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ミア:勇者と魔王のご対面よ!

 ……ちょっと時間を、遡るわね。


 あたしはクラーラちゃんと、仲良く魔人王国の島にたどり着いた。島にはちらほら魔物を討伐している魔人がいて、ふわふわ浮いてるクラーラちゃんを見ると、礼をしていた。見た目は野性的なのに、礼儀正しいのね。

 でも、その魔人達も、あたしの存在を認識すると、びくっと震えて固まってたわ。……やっぱり人間、相当珍しいというか、初めて見るのね。

 むしろ、あたしが魔人に慣れすぎているともいえるけど。


 珍しい目で見られながら、洞窟の入り口まで来た。門番っぽい背の高い魔人の男もあたしを見て驚いていた。


「……グスタフ……この人間は、私が呼びました……」


 クラーラちゃんが、その門番の魔人族に説明した。

 グスタフさんというのね。背の高い、白い髪を頭の後ろに伸ばしたような槍持ちの男魔人。顔は……年齢を感じさせるけど、精悍で男前。落ち着いた雰囲気の中年。


 これは……とてもいいわ! ダンディなおじさま! 執事みたいな戦士って感じ! 魔人王国、全く期待外してこないわね!


「……近くまで……強い個体のデーモンが、来ていた……レオンとユーリアは……かなり、危なかった……」

「レオン君とユーリア君が、ですか?」

「……そう……二体のデーモンに、増援がエファだけ……危なかったけど……そこにこの人間が……加わった……」

「いや、クラーラ君。エファ君の棒術で対応できない相手に、人間の女が一人で対応するなどさすがに信じられません」

「……私も……そう思う……。……だけど、事実として、デーモンの一体は、この人間が刺したところを私は見た……」

「まさか……」


 そこで話を聞いていた兄妹が出てきた。


「クラーラさんの言っていることは事実だよ、グスタフさん。僕の強化魔法を使ったとはいえ、僕の本当に目の前でそれをやったからさ」

「私も見たよ、剣をずばーっとデーモンの胸に突き入れて倒したの。すっごいかっこよかったんだから」


 二人の証言が増えたことで、段々事実だということが分かってきたみたい。門に集まっていた周りの魔人たちの目が驚きとともにあたしの方を向く。

 グスタフさんの目もあたしの方を見た。そんな熱の籠もった視線を向けられると、あたしのマグマが噴火しちゃうわ。


 話が分かったというところで、クラーラちゃんが再び宣言した。


「……だから……この人は恩人……。陛下に……会わせる……」

「なるほど、わかりました。陛下も拒むことはないでしょうし、きっと人間とも話をしたいとずっと思っていたはずです。慎重すぎるきらいがありますからね」

「……ん、私も、そう思う……。……これは、良い機会……」


 クラーラちゃんがこっちを向いて、あたしを招き入れた。


「……それじゃ、入ります……。…………ふふ、これ言ってみたかった……」


 ふわりとクラーラちゃんが浮き上がり。眠そうな目と、表情の乏しい口元を、少しにこりと可愛い表情にして言った。


「……ようこそ、魔人王国へ……。魔人族は、人間を歓迎します……」


 -


 洞窟を入ってしばらく斜め下に歩くと、その先に広い空間が出てきた。


 ……街とは聞いていた。人間の都市を利用したものだと。でもね、これは予想外よ。

 街は、レンガで出来た城下町だった。本当に、城下町。ビスマルク王国の城下町を少しダウンサイジングした城下町そのものだったわ。

 このサイズのものが地下空間にすっぽり収まってるって、ものすっごい大きさの地下都市よねこれ。


「……ふふ、驚いてる……」


 クラーラちゃんが、あたしの前にきて口元をにんまりさせていた。


「驚いたわ……すごいわね、この地下都市」

「……私も……昔からあるものだから気にしなかったけど……。……この規模の街を地面の下に作るのは……本当に、大変なはず……」

「元々住んでいた人はどこに行ったのかしら」

「……それが……まだ謎なの……。……陛下は、ずっとそれを調べているみたいだけど……まだわからない……」

「なるほど、ね」


 あたしはその地下都市である魔人王国に踏み入った。さすがに緊張するわ。

 歩きながら、スススとレオン君の横を陣取る。美少年アロマの香りであたしの心を落ち着けてレオン君! あっこれ違う、興奮するやつだった。

 まあいいわ! 燃え上がっていきましょう! フゥー!


「ね、ね、レオン君」

「はい、なんでしょうか」

「レオン君も、話を聞く限り、えーっと、時空塔騎士団っていうリンデちゃんやエファちゃんと同じやつなのよね」

「あ、そうですね、説明……自己紹介がまだでした。僕は時空塔騎士団第十一刻、エンハンサーのレオンです」

「エンハンサーのレオン君……」

「はい、主に誰かと組んで能力を上げることを目的としています。だから僕自身はそこまで戦えるわけではないんですよね……」

「じゃあ、やっぱりさっきの戦いではあたしに使ってくれたのよね」

「そうです。でも、あまり能力を上げることはできなかったみたいで……」

「違うわよ」

「え?」

「あたしはあたしで、結構強い強化魔法を使っていたの。まさかレオン君の強化魔法があたしの強化魔法より上だったなんてね。おかげで助かっちゃった。ありがとね、レオン君!」


 あたしは勢いに任せて、レオン君の頭をあたしのそこそこサイズの胸に抱いた。周りで見ていたエファちゃんとユーリアちゃんがびくっと振り向いたけど、これは役得なのでいただいておきます。

 そしてこれは、レオン君……ひいては魔人族の男というものが、人間の女であるミアを女性として、恋愛対象として見れるかという調査でもあった。

 あとあたしの男慣れね。もう慣れてるって? まあいいじゃない。


 頭全体を抱え込むように、むにゅむにゅ押しつけて、息苦しいかな、ってタイミングで離した。レオン君は「あ……あ……どう、いたしまして……」と顔をものすっごく濃い青にしながら照れていた。視線は、あたしの顔と胸を行き来していて、もじもじと……両手を合わせて前にしていた。


 ふぅ〜っ……。




 ……………………滾るッ!




「うわ、お兄ぃ、完全にやられちゃってる……」

「……まあ……目的が……ううん、何でもない……」


 女子二人がこそこそ喋っているのを横目に、あたしは心の中でガッツポーズを取っていた。あっ心の中じゃないわ、今こっそり右手ガッツポーズしてる。でも仕方ないわよね、レオン君、絶対今あたしを女として見たもの。

 なんかものすっごい力がみなぎってるわ。今強化魔法受けてないわよね。これが美少年エキスを摂取したあたしの真の力! 無敵のミアちゃんよ!


「……あの、着いたんですが……」


 クラーラちゃんが立ち止まって言った。……いつもどおりのジト目三白眼だけど、若干呆れ気味なのは、気のせい……気のせいよね?


 あたしは正面の、……あれ? お城……じゃなかった。これは……。


「図書館よね?」


 あたしの目の前にあったのは、お城じゃなくて、すんげーでっかい建物だった。看板に図書館って書いていて、本の絵が描かれてある。お城はお城で、ちゃんと地下都市にもあったはずだ。さっきでかいのが見えた。


「……陛下は、あの広くて、椅子が高い所にある謁見の間、嫌いみたい……」

「へ?」

「……ずっと……同胞のために……誰よりも一番、勉強、しているから……図書館を住居にしているの……」

「そう、なんだ……」

「……お城……外交用に客人を見下すような……仲間を遠ざけて威圧するような空間……遺産じゃなければ今すぐ壊したいって……」

「…………」


 ……随分と、謙虚で勤勉な王様も、いたものね……。


「……ミアさん……?」

「あっ、ごめんごめん。それじゃ入りましょうか!」


 あたしは頭の中にもやっと現れた考え事を振り払って、図書館に踏み入った。ここに、魔王様がいるのね……。


 -


 図書館の中は、とても広くて整然としていた。王都のぐるっと円柱の壁を本棚にしているようなかっこいい見た目ではなく、きちっと列にしているような空間だった。どうやら内容によって棚が分かれているらしい。

 ものすごい量と、そして空間……確かにこれは、お城の代わりに使えるわね。

 そして、魔人族の人たちが、ちらほら見えた。優しそうな女の子から筋肉ついた男まで図書館を利用している。魔人さん、かなり勤勉ね……。


「……こっち……」


 クラーラちゃんは、図書室の奥の部屋の大扉に入って行った。ここだけしっかりした扉になっているわね。

 中に入ると、そこは縦にも横にも広い空間だった。執務机に紫のロングヘアの魔人族の女が本を読んでいて、ちらりとクラーラちゃんの方を見て、直後にあたしの方を見て……目を見開いて固まった。


『何故勇者がここにいる!?』


 ……突然、空間に直接声を乗せたような音が響いた。


『リッター全員構えろ! ハンス、あとフォルカー! 分かっているなヨルムンガンド、こいつが!』

『分かっているぞよ。しかし見るに、クラーラが招き入れたようじゃのう。裏切りか、叛逆か、そんなところかの』


 ……え、え? 何を、言っているの?

 クラーラちゃんも、驚いた顔で、でもすぐに言葉を発することが出来ない子だから、黙ったままあたしの方を素早く見て、あたしをかばうように立った。


「ど、どうしたんですか、勇者って」

『この人間は……勇者! 魔王を倒すためだけに作り出された人類最強の後天性魔法生物の一種! その戦闘力は人間でありながら陛下と同等! カール! ビルギット! 油断するとマーレが死ぬぞ!』


 最初は彫像かと思った青くてでかい要塞が、姿に似合わない可愛い声で質問すると、でかい犬が返事をした。


———後天性、魔法、生物……?


 あたしが言われたことにひっかかってるうちに、犬の上に男が、ヘビの上に男が乗った。近くにいた魔人二人も、立ち上がり構えてこっちを見た。

 クラーラちゃんが、剣を引き抜いた。エファちゃんがあたしの腕に掴まって震えていた。後ろでレオン君とユーリアちゃんの息を呑む音が聞こえた。




 ……そんなわけで、冒頭に戻る。


 あたしは、魔王陛下の直属の超強そうな四人と敵対していた。


「…………。……『時空塔強化』……!」


 クラーラちゃんが、強化魔法を使う。……その瞬間、正面の赤髪の男と、筋肉要塞は、かなり怯んだ様子になった。男は剣を取り落としていた。

 ハンスさんとフォルカーさんは効いてない感じだったけど、クラーラちゃんの明確な意思に緊張しているようだった。


 あたし? あたしは膝ついてるわ。別次元の迫力に、立てない。


「……この人間は、ミアさんは……レオンとユーリアの命の恩人……! デーモンを討伐してくれた、私の仲間……。傷つけるつもりがあるなら……容赦は、しない……!」


 クラーラちゃん……あたしのために、このメンツに敵対するんだ。ものすごい意思力。本当に……いい子ね。

 そう思っていると、あたしの周りに、防御魔法が張られた。


「……私の防御魔法、本気だと時間は持ちませんが、ハンスさんでもそう簡単に破れはしないはずです」


 エファちゃんだった。あたし同様に腰を抜かしたエファちゃんも、それでもあたしを守るために頑張ってくれていた。そのことを嬉しく思っていると、体を活力が漲った。


「僕も……ミアさんの味方です」

「わ、私もっ……! ミアさんに助けられなかったら、死んでいました!」


 レオン君と、ユーリアちゃんも、あたしについてくれるようだった。

 みんな、こんな短期間でそんなにあたしのことを信頼してくれるなんて……。陛下とだって、長かったでしょうに……。


 あたしがそう思っていると、フェンリルが少しずつこちらに歩いてきた。その上から声が出てくる。


「クラーラ、本気なのか? 今のフェンリルの話を聞いただろう?」

「……信じない。私は……目の前で、捨て身の攻撃でデーモンのダークアローを、レオンとユーリアを助けるために全身に浴びても、一歩も引かなかったミアさんに、感謝の意思を示したい……。

 ……陛下には、感謝も、忠誠も、あるけど……。仲間の命を助けてもらって、感謝の意思を示すことも許さないような陛下なら……今までの世話になった分を全部返上してでも……ミアさんの味方をする……」


 ……クラーラちゃん……そこまで、あたしのことを……。


『人間がデーモンを倒したと聞いたのもびっくりじゃが、魔人族を助けたというのも、信じられんのう』

「……でも……目の前で、助けた……だから、二人もミアさんの味方をしている……。エファも……殺されていない……」

『わらわが知っている勇者とはあまりに違うておる。一体どうして、こんなに人間が魔族に対して理解を示しているのか、怪しいのう?』

「……騙していると……いうの……!?」

『目的が魔王討伐、それが人間の王国であり、人間の教会であろう。間違いなくその者が手を出すのはここのマーレ一人』

「……ミアさんは……ミアは、そんな人じゃない……!」


 クラーラちゃん……あたしのために、本気で怒っている。さすがにクラーラちゃんは迫力があるのか、少しヘビは気圧されたわね。

 でも、実際この人数差で勝てるとは思えない。どうすれば——




「——ああもう! あなたたち私に断りもなく勝手に話を進めないで!」




 その場に、凜とした声が響いた。そしてフォルカーさんの槍を無理矢理押し上げて、紫色の髪をした魔人族が前に出てきた。


「へ、陛下! なにを勝手に出てきて」

「勝手にやってたのはあなたたちでしょうが! まったく、私を無視して話を進めるとはどういう了見なの!?」


 ……陛下。

 じゃあ、この人が、魔王?


 魔王様は……普通の魔人族だった。角は、クラーラちゃんより迫力がないし、身の丈はあたしと同じぐらい。胸もあたしと同じぐらい。

 威圧感もなにも感じない、みんなと違って人間の服と宝飾品を付けている以外は、本当に普通の女の子だった。


「あの、人間の方。ミア様……でよろしいでしょうか」

「えっ……あの、はい」

「私の部下が無礼を働いて申し訳ありませんでした。どうか、このような事で魔人族に対して失望しないでください。あなたにとって価値のない私の頭でよろしければ、いくらでもお下げいたします」


 そう言って……なんと、魔王様は、私に膝を突いた。……いや、膝を突いたなんてもんじゃない。地面に額をこすりつけて土下座した。


 これには一同驚いて、ハンスさんもフォルカーさんもクラーラちゃんも武器を放り出して陛下に駆け寄った。


「へ、陛下! そんなことなさらないで下さい!」

「そうっすよ、そこまでやらなくてもいーじゃありませんか!」

「ハンス! フォルカー! ……これは必要なことよ。私は、私は人間を殺したくはない。殺されても殺したくはない。その人間に、私たち魔人族に失望して戻ってもらいたくない。……必ず後悔することになるぞ」

「陛下……」


 魔王様は、地面から一切顔を上げることなく、ハンスさんとフォルカーさんに返事をした。二人はもう声をかけることができなかった。

 そこへクラーラちゃんがやってきた。


「……へ、陛下……ごめんなさい……私、そんなこと、してほしくて、剣を向けたんじゃなくて……えっと……」

「クラーラ。あなたは正しいことをした。命の恩人は、命を張ってでも守る。私はあなたのことを誇りに思うわ、ありがとう」

「……陛下……」


 クラーラちゃんも、魔王様の覚悟に押し黙った。

 ……今度はあたしが話しかけよう。


「えっと、いいですか?」

「……はい」


 あたしは、自分の背中にかけている剣を繋いだベルトを外して、後ろの床に放り投げた。敵対する意思ナシの表明だ。

 そして、片膝をついて、魔王様の紫の髪に話しかけた。


「あの、とりあえず私は怒ってもないし失望もしてないので、顔を上げて下さい。それじゃ話しにくいですし、正直周りの目が痛くてかえって迷惑というか……」

「……そう、ですね……失礼いたしました」


 魔王様は、そう言ってあたしの前で両膝をあわせて座り込んだ。なので、あたしも同じポーズで両方の脛を地面に当てて座る。


「あ、あなたまで、そんな膝に土を付けるような真似をしなくても」

「折角背丈が一緒なんです。目線が同じ高さにある方が、話しやすくないですか?」

「……はい、そうですね。ありがとうございます。じゃあ……立ちますか?」

「そうしていただけると私も助かります」


 魔王様は……あたしが立つまで立たないだろう。あたしは立ち上がると、魔王様もようやく立ち上がった。


「……えっと、魔王様。一つ質問していいですか?」

「あなたに様付けされるのはそれだけで心苦しいです。私の名はアマーリエ。どうか私のことは、マーレとお呼びください」

「じゃあ……マーレさん、でいいですか?」

「はい」

「じゃあ私も、ミアって呼んで」

「わかりました、ミアさん」


 魔王様……もとい、マーレさんが優しく微笑んだ。


「じゃあマーレさん、質問します」

「はい」

「……あなた女王様なんでしょ? みんなそりゃ心配しちゃいますよ。あたしが本当に魔王を殺す存在だったらどうするんですか?」

「あなたは、レオンとユーリアの命を救ってくれたんでしょう?」

「ええ、まあ」

「じゃあ私があなたに殺されたところで、差し引きでプラスです。二人の命を救ってくれたあなたに、私は殺されたところで感謝こそすれ恨むようなことはありません」

「……え?」


 ……この人は……。


「あ……あなたは、自分の命の価値が部下と同等だとでも言うのですか!?」

「それは当たり前でしょう? 全ての魔人族は、立場の重要性あれどその命の価値は同じですけど……」

「女王は自分の命を一番に大切にするものでしょう!?」

「その、ありがとうございます。でも、私の命はあくまで一人分です」

「だって、あなたは貴族で、王族で……そんなのおかしい!」

「えっ……も、申し訳ありません、あなたが一体何に怒っているのか、馬鹿な私には分からなくて、教えていただければ———


———え、ええっ!?」


 あたしは。

 あたしは、魔王のマーレさんと話していて、涙がぼろぼろこぼれまくっていた。




 だって、そうじゃない。

 あたしが見てきた王族は、みんな自分が一番で。

 他人の命なんて、自分のためにいくらでも犠牲にさせていて。


 あたしは、まるで貴族には感謝もされずに生きてきて。

 王族には、助けても助けなくても、鬱陶しい虫のように見られて。

 ずっと一人で。

 5年間。

 ずっと一人で。


 どうして。


 どうして


「アマーリエ」

「は、はいっ……!」

「どうして」

「え?」




「どうして、あなたが私の陛下じゃないの……」




「……え……?」


 あたしは、マーレさんのお腹に顔をこすりつけるように跪いて、その服で涙を拭うように声を押し殺して泣いた。

 マーレさんはあたしの急な反応に最初困惑していたけど、やがてあたしの髪を遠慮がちに撫でてくれた……。




 あたしが落ち着いたところで、マーレさんの服から離れた。……やってしまった……目を合わせづらい……!

 あたしは近くの椅子に座った。今度はマーレさんも隣に座った。一連の流れであたしへの疑惑は晴れたのか、周りのみんなも警戒を解いて椅子に座っていた。


「あ、あはは……初対面でめっちゃ恥ずかしいことをしちゃったわね、やらかしちゃったなーあたし……」


 あたしが真っ赤に照れて頭をぽりぽり掻いていると、マーレさんは優しい顔で微笑んで言ってくれた。


「気にしてないですよ、むしろ私の体で安心してくれたことが嬉しくて。……でも、どうして急に? それに、ミアさんは先ほど、私のことを、その、自分の陛下だったらというふうに言っていたようで……」

「……そう、ですね。じゃああたしの愚痴、聞いてくれます?」

「はい」

「じゃ、お話ししますね」


 そこで、あたしは王国での苦い思い出第2位、『林檎園事件』を話し出した。……1位? そんなん『腕折り事件』に決まってるでしょ!


 話しているうちに、林檎園の情景の話でみんな食いついてきた。魔王様以外ざわざわ言ってる。よっぽど果物育てているのが衝撃的なのね。

 それじゃ……次の、とりあえず食べる目的もなくボキボキ木を折られまくった話はどうかしら。あたしはその、地面に落ちて腐った林檎と、もう二度と育たない大量の林檎の切り株の話をした。


 ……。


 ……話したけど、殺気がすごい。魔人族一同、今からデーモンと全面戦争しそうな雰囲気に包まれている。

 林檎、あんたのせいで世界大戦起こりそうよ……。


 でも、本番はここからだ。

 核心部分だから、話さないわけにはいかない。


 あたしは、ビスマルク国王とのやりとりを話した——


「——ってわけで、今でもあたしは独り身で、仲間もなく追加報酬もなくデーモン討伐してるってわけよ」


 話し終えた。話し終えた後の、マーレさんの真っ白な血の気が引いた顔は、ちょっと心臓が止まりそうになるレベルだった。

 沈黙を破ったのは、いかついワンちゃんことフェンリルさんだった。


『……まさか、あの聡明な建国の第一国王から、数代に渡ることでここまで腐りきっていたとはな……』

「ってことは、えーっとフェンリルさん? は、第一国王を知っているんですか?」

『ああ。ギルドもない頃の冒険者上がりで、仲間を集めて、主要な女性を全て娶って街を作り、最終的な友人は千人以上、自分の王国民はみんな友達だと豪語するとても活動的で気さくな男だった。我も協力したことがあるぞ』

「そうだったんだ……」

『その子孫が、ゴブリンも倒せないのに、年下のデーモンを討伐する女性を見下すとは……時の流れとはなんと残酷なことか……』


 フェンリルさんは、目を閉じて顔を伏せた。

 今度は、マーレさんが口を開いた。


「……ミアさんは、だから私の方を陛下に望んだ、のですね……」

「はい……だって、あなたみたいな自己犠牲と謙虚さの塊みたいな王族、あたし出会ったことなくて感激しちゃって……」

「それは、その、光栄です。私も……あなたみたいに、誇り高く、誰に頼まれるでもなくデーモンを討伐する意志の強さと行動力を持った人材、とても渇望します。どうしてこの子が魔人族じゃないのって」

「あはは、ちょっと前まではなんだそれって感じだったんですけど、今だと勇者のあたしも本気でそれ望んじゃいますね、魔人族だったらよかったなって。あっでもおいしい料理はないからやっぱ母さんの娘だった今以外は望まないかな? 弟もいるし」


 あたしが喋っていると、赤い髪のイケメンの兄ちゃんって感じの男魔人が身を乗り出して聞いてきた。


「あのー、いっすか? オレ気になってんすけど、ミアさんめっちゃ魔人族詳しいっすよね。料理がダメとか、デーモンは討伐するとか。クラーラは今日出たばっかだし、エファとそんだけ長いこと喋っていたんすか?」

「ああ、そういやそうね、えっと……あなたは」

「あ、オレはカールっていいます、よろしくな、ミアさん!」


 カールさんは、少女向け恋愛小説の三角関係モノの、グイグイ来る男ヒーローみたいな王道イケメンスマイルで、ニッと笑った。

 ハイあたし堕ちた。恋に落ちるの早過ぎ? 魔人王国が美男子パラダイスなのが悪い! あたしは悪くないぞ! この後も出会った男全員に一目惚れする予定だっ!


 あたしは高鳴る胸をクールに鎮めつつ、カールさんに答えた。


「それはね、弟のライってヤツの影響ね」

「弟の影響?」

「うん、リンデちゃんと同棲してるから」


 その名前を出した瞬間。5名の魔人族は身を乗り出した。

 マーレさんは叫んだ。


「同棲〜〜〜!? は!? え!? 人間と、魔人族ですよ!? つーかリンデちゃんが、同棲!? 同棲!? 一緒に暮らしている!?」

「は、はい」

「えええええーーーーーっ!? 詳しく! 詳しく聞かせて!」


 魔王様は、女の子になった。

 あたしは、ライとリンデちゃんの話をした。




 マーレさんは、話を聞いているうちに、ぽへーっと放心状態になっていた。


「……フォルカー」

「えと、うぃっす」

「今の私ね、読んでいた10巻セットのサーガが、1巻読み終えたら2から9まで欠番だったみたいな気分」

「心中お察しするっす……」

「絶対察せてないわよ」


 すっごい投げやりな返事をかましていた。フォルカーさんは、美しく細い美形顔をかなり困惑させていた。イケメンって困り顔もイケメンねー。


「あの、マーレさん?」

「ああえっと、突然ごめんなさいね。私、いずれ人間と友好関係を結びたいと思っていたんです。でも、私たちって……その、こんな見た目でしょう? それに、ハイリアルマ教のことも、勇者の選定のことも勉強しているんです。だから受け入れられるには時間がかかると思っていました」

「そりゃそうですよね」

「だというのに、あなたの弟のライさんは、全くリンデさんに臆することなく受け入れてくれたのです。それはもう驚きますよ。私とフォルカーで考えてたじっくり友好計画、全部放り投げていいですねもうこれ。要らないです」

「そ、そうっすか……」

「そうっす。あーもーリンデちゃんうらやましいなー。私もライさんみたいな人と一緒の屋根の下で暮らしたいなー」


 魔王様、すっかりフランクな感じになっちゃった。


「ていうか、報告に来なかったのよね! 人間と友好関係を結べたら報告に戻るって約束だったでしょリンデちゃん!」

「あー、それは、村にデーモンが来ちゃったから、引くに引けなくなったんだと思います」

「うう、そうなのね、それは仕方ないわ……。……おのれ悪鬼王国、こんなところでも私の邪魔をしてくれて……! 今もライさんの料理を食べているんでしょうね、リンデちゃん。たかだかオーガロードを倒すぐらいで、お礼が毎日の男性からの手作りスープ! う、うらやましい〜っ!」


 なかなか魔王様とリンデちゃん、仲が良さそうな関係みたいね。……ふと思い出したように、マーレさんはあたしに質問した。


「……あの、それで、ミアさんの目的は何なんでしょうか。まさか私にリンデちゃんの代わりに報告をしに来たとは思えないですし」

「あっ……そう、でしたね」


 あたしは、本来の目的を思い出した。


「魔人王国の友人が欲しくてやってきました」

「……魔人を目的にやってきたのですか?」

「はい。もうエファちゃん達とは仲良くなっちゃいましたけど」


 あたしが正直に言うと、マーレさんは身を乗り出した。


「あ、あの! それじゃあ!」

「はい」

「私なんてどうでしょうか……!」

「へ?」


 立候補したのは、マーレ……アマーリエ魔人女王その人だった。


「えっと、あなたと同じ身の丈、同じ強さ、そんな私です。あなたの困った時には、必ず駆けつけます」

「ま、マーレさんですか!? あ、あたしはそれこそ、あたしからお願いしたいぐらい光栄なことですけど」

「もう気軽に呼んでくれてもいいです、ミア! 私と友達になって! 私も、ずっと、ずっと人間の友達が欲しかったの!」

「マーレ……うん! マーレ、じゃああたしたち友達! よろしくね!」


 マーレは嬉しそうに、子供のような笑顔になってあたしに抱きついた。うーん、魔人王国恐るべし! 魔王様まで含めて女の子全員可愛かった!


 近くの筋肉要塞の女? あれも見た目だけのかわいい系に決まってるでしょ。あたしはもう疑っていなかった。

 だってあたしとマーレを、嬉しそうにニコニコ見ているんだもの。


 あたしが魔王様と友達になったことで感無量になっていると、うしろから、つんつんと指で突かれた。振り返ると、エファちゃんだった。


「いいんですか?」

「え、何が?」

「……本当の目的のこと」


 エファちゃんに小声でそのことを言われて、すっかり感激していたあたしは再び本来の目的を思い出した。そして……


「本当の目的? 本当の目的って何ですか?」


 ……マーレに聞かれた。

 覚悟を、決めるべきかしら。


「……その、あたしの目的は……ライとリンデちゃんが羨ましくて来たの」

「ライさんと、リンデちゃんが?」

「そうよ。だから魔人王国の友人が欲しいってのは間違いじゃないんだけど……」

「だけど?」

「本当の目的は、その……恋人! だって……だって! 毎日二人はあんだけいちゃいちゃして、永遠に一緒に暮らすような無自覚な愛の言葉を言い合って、しかもライは指輪を自作してリンデちゃんに嵌めて、その上髪の毛の匂いとかお互いめっちゃ嗅ぎまくっている変態になっちゃってるのよ! しかもそれ、あたしを無視しながらやってるのよ!」


 マーレが目を見開く。その向こうで筋肉要塞ちゃんが、両手を顔に当てて「ふえぇ……」と顔を染めてもじもじしている。ホラ、可愛い系女子。


「でも、あたしの王国では自分より力の強い女とは付き合いたくない男だらけなの。だからあたしは、相手が見つかるなら魔人王国しかないの! だから、魔人の男性と、お付き合いしたいの!」

「お付き合い、ね」


 ……言い切った。

 果たして、どういう反応になるのかしら。


「いいよ」


 マーレは、即答していた。


「個人の裁量に任せるけど、どの魔人族の男とお付き合いしてもいいです。私はそれを邪魔することはないと約束するけど、誰かの恋愛の後ろ盾にもならない。恋の手伝いはしない、それでもよろしければ」


 マーレは、ハンスさんを見て、フォルカーさんを見て、カールさんを見て、レオン君を見て、再びあたしを見た。


「もし男性側があなたに好意を抱いているのなら、あなたは誰でも、相手にしても構いません。女神が拒否しても、ビスマルク王国が禁止しても、私が許可します。あなたは魔人を、年齢、性別問わず何人娶ってもいい」


 堂々とマーレは宣言した。


 あたしは……


 あたしは、両腕を天に突き上げて立ち上がった。


「…………」


 感無量。

 ありがとうマーレ、あなたは最高の友達よ。




「ところで……」


 あたしが立ち上がって魔人王国の中枢で、大勝利ミアちゃん像になっているところをマーレに声をかけられた。


「匂いを嗅ぎ合っているというのは、本当なの?」

「えっと、そうなのよ。リンデちゃんはちょっと変だけど甘めの匂いで、ライはものすごい好きみたいで、一度見たけどグイグイ腰を抱き寄せて、首とか耳元とか鼻を埋めてめっちゃにおい嗅いでるの。ド変態です、姉としてどんびきっす」

「……そ、そんなに……?」

「リンデちゃんもリンデちゃんで、ライのあの至近距離だと出てくるくっさい頭に、グリグリ鼻を押しつけて、深呼吸してるの。ガッチリ腰を後ろから抱いて、あの凶悪なデカパイを背中に押しつけてね。ライはデレデレよ、完全にリンデちゃんのこと好きね、アレ。……正直あのライの匂いのどこがいいのか、あたしは全くわかんないんだけど」

「……そう……やはり、これは……そういうこと……」


 マーレは腕を組んでつぶやいた。


「直接確認できればなあ……」




「あの、会いに行けませんか?」


 それまで黙っていた、筋肉要塞ちゃんがかわいい声を出した。


「あ、えっと、私はビルギットと申します。このような威圧感のある姿でのご挨拶で申し訳ないです」

「いやいや、姿とか自分で選べるもんじゃないし謝るとかおかしいから。ビルギットさんね、よろしく」

「ありがとうございます、宜しくお願いします。……それで、ミアさん。あの……陛下、私もリンデさん羨ましいです。料理を作る男性に、会いに行きたい、です……」


 ビルギットさんは、ライに興味津々だった。……大丈夫かしら。大丈夫よね。ライが受け入れられないとは思わないけど、でもうちにこの体は入らないわね。


「ビルギット……行ってもいいけどよ、恐らくお前は家に入れないぞ?」

「あっ……そう、だった……どうしようカール」

「オレに聞くなよ……」


 あたしが言おうとしていたことをカールさんが答えていた。


「まあ人間のところには、テントとかあるし、大丈夫でしょ」

「テント……ですか?」

「そ。布と柱を組み合わせて、簡易的な住居にするの。砂漠の遊牧民とか、移動しながら雨風砂とか防げるものなのよ。あれはサイズとかおかまいなしじゃないかしら」

「そ、そんなものが……! へ、陛下! 私……!」

「そうね、ビルギット。あなたも随分と苦労と我慢をさせてきた。そろそろ世界に出てみたいわよね。……私も、覚悟を決めるべきね」


 マーレは、小さく呟くと、あたしを見て言った。


「ミア。友達になって早々にお願いしちゃうのも心苦しいけど、私からのお願い聞いてくれる?」

「予想してるけどいいわよ」

「じゃあ、言うね」




「ライさんとリンデちゃんに会いに行きたいの。案内して?」


 あたしはもちろん、「いいわよ」って即答した。

ちょくちょく前から名前出してましたが、また増えたので整理。


マーレ(アマーリエ):魔人王国女王

ハンス:フェンリルライダー

フォルカー:ヨルムンガンドライダー

カール:騎士団第三刻 剣士

ビルギット:騎士団第四刻 拳闘士

グスタフ:門番 槍術士

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