海の上での、魔族の役目と僕の役目
リンデさん達の救援を!
……と気合いを入れて甲板に出て来たはいいものの。
「ライ様? 外は魔物が多くて危ないですよ?」
正面には、三メートルほどもある巨大なシャコガイみたいな魔物の、今にも閉じようとしている凶悪な貝殻を、ぱきっと片手間に開いているビルギットさん。いや、その超巨大な貝殻の一部、片手で握りつぶしていましたよね今。
そして周りを見ると、四方八方で海に投げ飛ばされている、首のない半漁人の死体が見える。
よく目を凝らすと、全てリンデさんが移動して斬っている。
アンは……甲板の真ん中であくびしていた。
「あ、リンデさん、この女神の絵などで見た気がする貝の魔物ですけど、どうでしょうか」
「わかんないので、とりあえず投げといてくださいっ!」
そしてビルギットさんが貝を無造作に甲板の中心に投げると、その着地地点にリンデさんが一瞬で現れて、手を翳したと思った瞬間には消えている。アイテムボックスに収納していた。
……。
「ユーリア」
「は、はい」
「これ、僕の支援要ると思う?」
「あはは……」
さっきまで、困っているリンデさんを助けに行かなければ、なんて使命感に燃えていたけど……そうでしたね。この人達って、普段一緒に食事しているときは、仲良し女子組みたいな雰囲気だけど、具体的にどれぐらいか全く分からないぐらい滅茶苦茶強かったですね。
「ひまだな〜」
アンに至っては、もう船の柵に肘をかけて、のんびり海を眺めている。
リンデさんはそんなアンの様子を気にかけていないどころか、
「そだねー。手応えなさすぎて、ちょっと暇だねー」
と同意した。
……この働きぶりでどの辺りが暇なのか、真面目に聞いてみたい。
リンデさんは軽口を叩きながらも、船に乗り込もうとしている魔物を全部一撃で絶命させて、死体を遙か彼方へ吹き飛ばしている。
半漁人の身体はおいしくないんだろうか、あまり積極的に回収しようとしていなかった。まあ、見るからに人間にかなり近い雰囲気だものなあ。細いし、あまりおいしそうではない。
「リンデさん、これも良さそうです」
「はーい!」
そしてビルギットさんが、海の竜みたいな巨大で首の長い魔物の頭を、まるで鶏を絞めるみたいにきゅっとねじ切り、五メートルは超える巨体をそのままこちら側に放り投げる。
僕だと下敷きになった時点で即死としか思えない巨大な魔物の死骸。その衝突の瞬間に船が揺れるかと思いきや、またしてもリンデさんが船の真ん中で回収して、次の瞬きの時にはもう視界の甲板にはいない。
……もう支援どころか、手伝いに入ろうとするだけで邪魔になる気がしてきた。
ていうかこれ、食べ物集めてるだけで二人にとっちゃ危機でもなんでもないな……。
僕はここでは役目なさそうだ。
さっきの海竜を最後に、ぱたっと魔物の襲撃が止まった。
もしかしたら魔物も『あれが一瞬でやられてしまうのなら』と思ったのかもしれない。
「魔物、減ってきましたねー」
「この辺りは、もうこれで終わりでしょうか」
「勝てないんだから、そろそろ諦めてくれるといいんですけど。あ、おいしい魔物は大歓迎ですカモンカモーン」
楽しそうに受け答えするリンデさんを見て、口元に手を当てながらくすくす笑うビルギットさん。
そして変わらず海を見ながら「わたしだけぼうずだなー……」と呟いているアン。
……魔物の迎撃というより、完全に釣りやってるグループだこれ。
「あ、お待たせしちゃってごめんなさい。多分そろそろ終わりですねー」
「えっと、はあ。お疲れ様でした」
「でも、ちょっと困ったというか、わからないことがあるんです、助けてください」
リンデさんが、腕を組んで目を閉じる。
わからないことがある? 見た感じ皆の迎撃は非常に順調で、問題がないように思えるけど……一体何が問題なのだろう。
「リンデさんに解決できない問題が僕の力でどうにかなるかわかりませんが……僕に可能なことなら、何でも聞いてください」
「ほんとですか、よかった〜」
安心した顔のリンデさんを見つつも、その問題を解決できないといけないなと少し気合いを入れ直す。
一体どんな問題が出てくるのかと構えていると……リンデさんが先ほど倒した巨大シャコガイを甲板に出した。
「陸で買ったり取ったりした食料を温存しておきたいのですが、このちょっと見た目のふしぎな海の魔物が食べられるかわからないのです! ど、どうしましょう!」
リンデさんの難題は、食糧事情だった。
なんだか思ってたのと違ってちょっと拍子抜けしたけど……でもよくよく考えてみれば、確かにそれは問題だ。
水は魔法でどうにでもなるけど、食料はそうではない。この広い海ではどこまで旅が続くかわからないから、海の魔物を食べられるかどうかは重要な問題になる。
しかし、そういうことなら。
さっきまで出番のなかった僕の内側に、やる気が溢れてくる。
「見た目通りなら、シャコガイというものと同じだと思います。食べられるはずですし、確か買うとそれなりに高級だったと思います。おいしいはずですよ」
「ほんとですか! わーっわーっやりましたビルギットさん!」
「思わぬ収穫ですね! どんな味がするのでしょうか……!」
「楽しみです! えへへ、やっぱり困った時にはライさんが一番頼りになりますね!」
嬉しそうに僕にくっつくリンデさん。いつになってもドキドキする柔らかさを感じながら、どう考えても僕以外が頼りになるんだよなあ、なんて人間側での正直な感想を思い浮かべていた。
一人じゃ絶対この海域を移動するとか無理だ。姉貴は……まあ姉貴は派手な魔法大好きだし、めちゃくちゃ泳ぎも上手いからなあ。そもそも帆船ヨットなくても泳いで海ぐらい渡りそうだ。
「それじゃあ……生ものの死骸ですし、すぐに調理した方がいいでしょうね、せっかくですし、今からいただきますか」
「わーい、やったーーーっ!」
皆の雰囲気に自然と笑顔になりながら、僕は巨大な貝に近づいていった。




