初めての船長室は、快適でした
船旅といっても、僕はいままであくまで乗員として乗っていただけだ。
だからこの旅が一体どれぐらいうまくいくのか、少し不安がないわけでもなかった。
しかし……いざ操作を始めてみれば、それは杞憂であった。
「……本当に、細かい部分は全部調整してくれるんだな、この船は……」
砂漠の王家が時々使用していたという、王家と国の豊かさを象徴する巨大な船。その性能はあまりにも圧倒的だった。
きっと姉貴でも、ここまですごい船を使ったことはないだろう。
むしろ姉貴はどうやって一人で渡ったんだろう……あまり深く考えなかったけど、実はとんでもないことをしてるんじゃないのか?
それこそ帆走ヨット一艘で海を渡るとか……ああ、あの姉貴なら有り得そうだなあ……。
『わーーーっ!』
『わーーーっ!』
船内からでも、甲板の楽しげな声が聞こえてくる。リンデさんとアンの声だ。
……あ、いやこれは、甲板の声がここまで届くようになっているのか。ここからだと甲板の上を見ることができないもんな。船長室は見張り場所とは別に、船長を守るためなのか少し下側にあるのだった。
本当に至れり尽くせりの船だなこれ……とんでもない船をもらってしまった……。
「そちらのようすはどうですかーっ!?」
『ふひゃんっ!? へ? えっ、えっあれ? あれあれ? ライさん? ライさーん!』
「はーいリンデさーん! 細長い管が、どこからか、伸びてきてないですかーっ!?」
単に管が伸びているだけではないだろう、音量増幅のための魔法も備わっているのだと思う。
『リンデさん、こちらのものではないでしょうか?』
『わーーーっ! みっけ! おーーーい! ライさーーーん!』
『あ、えっ!? あっこれ!? これですかーっ! ライさーん、聞こえますかーっ!?』
「はーい、聞こえますよー!」
僕が返事をすると、どうやらビルギットさんが見つけたようで、楽しげにきゃっきゃと笑う声が向こうから聞こえてくる。それから少し低い音がぼふぼふと……これはアンが触ってる音かな?
『このようなものからライ様の声が聞こえるなんて……』
『ふえぇ……すごいです、いみふめいすぎます……』
「本当にすごい船ですね、僕もびっくりです。外の様子はどうですか?」
『かいてきだよーっ!』
『うんうん、一面海で、船の上にいるのって、楽しいです! よっと』
『ひょいひょいっ』
『はい、はいっ』
アンの元気な声に次いでリンデさんの楽しそうな声も聞こえてきた、甲板の上で、三人で遊んでいるのかな? みんな仲が良さそうで嬉しい。僕も安心して、西へと航路の向いた手元の操作盤を見る。
地図が魔法で表示されてあり、それを見ながら操作しているので目的地への移動も迷わない。こうやって世界の地図を見ることは少なかったけれど、多分これも『時空塔螺旋書庫』の……つまり夢の中で学習した記憶なのだろう。頭の中の地図とこの地図はちゃんと一致する。
シレア帝国側からは行きにくい、西の海。その方向へ無事進んでいるのを確認して、僕も少し操作の手を休めて、船長室の椅子に座る。
ユーリアには事前に眠ってもらっている。さすがに疲れが溜まっているだろうから、副長室のベッドに、無理矢理寝かせた。
いざという時に、体調不良で倒れてもらっては困るからね。
それにしても、ゆったりとした旅だ。
魔力と風力で動く最先端の船の旅っていっても、基本的には陸地を走るグランドサンドキャメルより速いかどうかはわからない。
それぐらい、船の上でまっすぐ動くって大変なのだ。
特に海は、あの僕達が住んでいた国と、更に砂漠の国を全部含めた大きさよりも、遥かに大きい。
地図の形で見ると、その大きさは想像もつかないぐらいだ。リンデさんと必死に走り回ったあのビスマルク王国城下街の、なんと狭い箱庭だったことか。
馬車で隣の国に行く距離の、なんと短いことか。
だから船旅は、基本的にのんびりと大きく構えるしかない。
到着することをあまり意識せずに、この時間をのんびり楽しむとしよう。
……それにしても、ゆったりとした揺れだ。
なんだか揺りかごみたいで、どうにもふわふわとした気持ちになる……。
最初の船での任務では……結構船酔いしてる人もいたけど……。
……あんまり酔う人の気持ちとか、わからないなあ……僕は結構好きかもしれない……。
ちょっと気持ちいいぐらいで……。
-
……。……あれ……? あ、もしかしてこれ、寝てたか?
しまった、みんなは大丈夫か!?
時間の経過が分からない。すぐに状況を把握して覚醒し、起き上がる。
「わっ!」
「え?」
起き上がったと同時に、声が上がった方を向くと……そこにはユーリアが尻餅をついていた。
「ユーリア? 大丈夫か?」
「は、はい……はしたないところをお見せしました……」
恥ずかしそうに首を俯けて少し横に振ると、起き上がって僕の近くまで来た。
「おはようございます、ライ様」
「ああ。もう起きていて大丈夫なのか?」
「はい、短時間でも集中して眠ると、すっかり睡魔もなくなりました。それにしても……」
ユーリアは、少し上の甲板の方を見た。
「みなさん、すごいですね」
ユーリアの言ったことが、一瞬分からなかった。
しかしユーリアが、一体何を担当しているか……それを察して、僕は気付いてしまった。
「まさか、みんなは」
「あっ、と。ご存じではなかったのですね? はい、ずっと魔物を倒しては投げて……あ、リンデ様は回収していってますね。ビルギット様もアンちゃんも、リンデさんの方に倒した魔物を投げているようです」
うわ、なんてことだ……完全に三人とも遊んでいる音だとばかり思っていた。
甲板は既に、海の魔物の襲撃に遭っていたんだ。
そんなことも知らずにのんびり寝てたなんて、なんて恥ずかしい……!
「ユーリア、僕達も支援に向かおう」
「了解しました!」




