改めて生真面目だと認識させられました
エルダクガでの二日目の朝。
二日目でありながら、この国に巻き起こる騒動を解決して、国王陛下に船までいただいてしまったのだから、我ながらとてつもない速度で問題解決をしていると思う。
一ヶ月準備しただけあって、かなり自分の中に確固たる自信が備わっている。
そんな僕でも、目の前の光景には驚いた。
「おはようございます、ライ様」
ユーリアが既に起きていて、ベッドに腰掛けていた。
僕を見ながら嬉しそうに微笑んでいる姿は、昨日と全く同じ。
……昨日と全く同じ、ということは……!
「おはよう、ユーリア」
「はい」
「聞きたいことがある」
僕は起き上がり、ユーリアの近くまで顔を寄せた。
ユーリアは「えっ、あの」と小さく困惑した声をあげているけど、ちょっとそれに構っている場合じゃない。
「正直に答えてくれ。嘘はつかないように」
「あの、はい」
「……君は、いつから寝ていない?」
そうだ。僕はユーリアに、夜中の監視をお願いした。
起きてる間もずっと魔法を使い続けて、そして僕達が誰も何も言葉を発しない状態で、八時間ぐらいだろうか。
その間、ユーリアは……。
「いつから、と言われますと……シレア帝国からですね」
……ッ!?
だめだ、この子の真面目さを完全に侮っていた。
迂闊にお願いなんてするんじゃなかった。
ユーリアは、四日前から寝ていない。
シレア帝国ということは、グランドサンドキャメルの車内でもずっと監視をしていた。
……そうだ、ドラゴンに襲われた直後の護衛任務に、夜の安全は保証されていない。
だからユーリアは、ずっとあの荒野を抜けるまでの間、眠っているようでしっかりと魔法を展開し続けていたんだ。
仮に人間が同じ事をやっていたら、十人がかりでも耐えられずに皆が倒れるような、そんな強力な魔法を四日間……。
「すまない、君にここまで負担をかけるなんて……」
「————ライ様」
ユーリアは、僕の言葉を遮って首を振る。
そこには、疲れとは無縁の優しい顔があった。
「私は、ずっと訓練ばかりをしてきたのです。自分に厳しく。しかし私には無属性魔法の適合がなくて……努力は報われなかったんです。でも、今は」
視線が横のベッドを向くと、アンがまだすやすやと眠っていた。
その頭を撫でながら、ユーリアがこちらに向く。
「一番お役に立ちたい方のお役に立てる、それが何よりも嬉しいのです。本当にこの旅は、リンデ様にビルギット様までいて、私にとっては旅行みたいなものなのです。せめてこれぐらいは、頑張らせてください」
そこには、何も気負いする様子がない。
僕の役に立つことを、それだけを何よりもの喜びにしている、気高い少女の姿があった。
……しかし、僕はユーリアの両肩を握る。
びくっと震えた感触が伝わってきたけど、これだけは伝えておかなければ。
「ユーリア、これだけは覚えておいておくれ」
「は、はい」
「君が僕の指示をどれだけ大切に考えてくれているか、ちゃんと分かっているし、それ自体は嬉しく思う。でもな」
「……」
「僕も、レオンから君を預かっている責任を感じている。君の身体のことも、決して順位をつけるわけじゃなく、それこそリンデさんやビルギットさん、それどころかマーレさんとも同じぐらいに、大切に考えているということは覚えておいてくれ」
きっとあの魔王様なら、そう考えているだろう。
生まれの立場による上下という考えは、あの人の常識にはない。
だから、ユーリア自身の体調も、きっと自分の体調以上に気にするだろう。
そう考えて伝えたのだけれど……。
「…………」
「……ユーリア?」
僕の顔を見て……いや、僕の顔を見ているのかこの子は。
「……第三……」
「ん?」
「第三側室……もしくは第四……? ですが、私がリンデ様を置いて先に産むわけには……」
————あっ、完全に妄想の世界に飛んでる!
真面目な話をしていたんだけれど、一気にそんな空気じゃなくなっちゃってちょっと苦笑い。
……でも。
うん、そうだ。ユーリアって完璧な美少女っていう感じだけど、こういう抜けちゃってる部分も含めて、ユーリアの魅力だと思うな。
ちょーっと、いや、かなーり真面目すぎるのが心配なのだけれど。
「つん」
「ふひゃ!?」
突然の攻撃に、ユーリアは小さな悲鳴を上げる。ふと見てみると、アンが脇腹を突いていた。
「楽しそうだったので起こしたよ、ライさん、おはよーございます!」
「はい、おはようアン」
「も、もぉ〜〜っ! 今ようやく家族が十人を超えたところだったのに!」
十人!? 妄想の展開スピード早くない!?
普段の頭の良さを妄想力に振り切っちゃってない!?
「あ」
そんなユーリアと目が合うと、みるみる恥ずかしそうに顔を染めていった。
「ええっと、その、はい……今日はちゃんとお休みします……」
「うん、必ずだよ」
なんともしまらない自分自身に呆れるようにユーリアは溜息をついて、アンをつつき返していた。
そんな二人の様子を微笑ましく見ていると、部屋の扉が開く。
「おはよーございます!」
「リンデさん!」
「えへへ、今日は先制挨拶ですっ!」
「これはやられてしまいましたね」
リンデさんに笑顔で挨拶を返すと、ユーリアとアンも挨拶をする。
ユーリアが丁寧に礼を返したところで、次いでファジル様が部屋にやってきた。
「おはようございます、ファジル様」
「ええ、おはよう」
三日目でありながら、この濃密な時間の間にすっかり打ち解けて、ファジル様はユーリアやアンにも話しかけていった。
ユーリアはやはりガチガチだったけど、アンは怖い者知らずって感じだ。
ファジル様自ら距離を縮めようとしているからか、ユーリアに抱きついたりいろいろしているけれど。
そんなユーリアを見ていると、僕の方を急に向いた。
何だろう。
「ライ様、ビルギット様が起床なさったようです」
ユーリア、無理をするなといいつつもしっかりビルギットさんの様子まで窺っていた。本当にすごい子だし、頼りになる。
ビルギットさんは、テントで今一人だ。しかも僕達がこの中に住んでいる以上、入ってくるわけにはいかない。
「ビルギットが? だったら行くわ」
ファジル様は、昨日の今日でビルギットさんのことをすっかり気に入ったようで、率先して会いに行った。
話しやすいとか、どこか普段の相手みたいに話し慣れている感じがするとか、そういうことを言われていた。
さり気にお姫様が普段の相手って呼んでいるってことは、当然貴族の子女のことだよな……。さすが淑女のビルギットさん、全身筋肉でありながら、このメンバーの中で一番貴族の令嬢っぽい。
ファジル様を追って、みんなで外に出て、ビルギットさんに挨拶したところで、アブラハム様がやってきた。
「諸君、おはよう。ちょうど皆で出て行っていたところが見えてな」
「アブラハム様、おはようございます」
「せっかくだ、この足で船のほうまで見に行くか」
「よろしいのですか? でしたら、是非!」
僕達は皆で頷き合って、再びグランドサンドキャメルの車の中に乗った。
心苦しかったけど乗れなかったビルギットさんは、納得した上で走って余裕でついてきた。
街の外れから道をさらに進むと、大きなシルエットが見える。
やがて空気の青い層のようなものを抜けると、目の前現れたのは……!
「す、すごおおおいっ!」
「おっきい〜〜!」
リンデさんが飛びはね、アンもぴょんぴょんとはしゃぐ。ビルギットさんやユーリアも、首を上に挙げて溜息をついていた。
「これがこの国にある、俺の……じゃなかったな、ライムントの船だ!」
「これをいただけるのですか!?」
「自分で欲しいってあんだけしつこく交渉してきただろう、今更やらねーよなんて言わないから安心したまえ」
アブラハム様の高笑いを聞きながら、僕は目の前の建造物の立派さに舌を巻く。
シレア帝国とは違う、一回りも二回りも大きい金属でできた船だ。
装飾も施されており、なるほどこれが国の権威でもあるというわけだ。
……今更ながら、とんでもないものをもらっちゃったぞ。
「一応言っておくが、金などを取るつもりはないし、返せとも言わないからな。昨日のうちに、王家ゆかりのものは全て回収してある。残ったものは自由に持っていって構わん」
「ほ————」
「ほんとですか! やったー!」
僕が返事をする前に、リンデさんが返事をして飛び跳ねだした。
こんな時でも、嬉しいことには遠慮知らずのリンデさんなのであった。しかしリンデさんみたいに飛び跳ねたいぐらいに僕も嬉しい。
アブラハム様自身がはっきりと僕に所有を認めてくれたのだ、この船を。
今日からこの綺麗な大型船で旅立つんだ。
どんな世界が待っているだろう……楽しみだな。




