突然大会に参加させられていました
「ところで……」
アブラハム様は、僕の方に向いていた顔を上にあげた。
見上げなければ見ることが出来ない人は、もちろんここには一人しかいない。
「朝いなかったそちらの方も、友人と聞いたが……」
剛胆で男前なアブラハム様も、さすがにビルギットさんの迫力にはちょっと尻込みしている。
そんな中で、ファジル様が真っ先に膝を重ねて座るビルギットさんの太股に飛び乗った。
「お、おいっ、ファジル!」
「ふふっ、お父様。このビルギットは私がすぐに気に入った方。お父様もすぐに気にいるわ」
ビルギットさんに背中を預けて、ファジル様は笑う。
そんな娘の様子を見たアブラハム様も、意を決して立ち上がりビルギットさんに話しかけた。
さすがに座ったビルギットさんよりは、アブラハム様の方が高い……けど、それでも同じぐらいかな。
「君が、ファジルを危機から救ってくれたと聞いた。それで合っているか?」
「は、はい、国王様。私の名はビルギット、よろしくお願いします」
「ああ、ファジルが信用しているというなら疑ってはいない。娘を救ってくれたこと、感謝する」
「そんな、勿体ないお言葉です。私もファジル様をお守りできて嬉しく思います」
「うむ。この者を受け入れられるように、か……。……ふむ……」
ビルギットさんの、筋骨隆々とした脚や腕を見て、口元に手を当てて考えるような顔をした。
「ところで、君は見た目どおり量を食べる方かな?」
「あ……その、はい……」
「なるほど、それはいい」
「————え?」
アブラハム様は何故か嬉しそうに笑うと、ずっと後ろに控えて黙っていたメイドらしき人に、はっきりと伝えた。
「シャワルマの大会が今日あったな! 折角なのだ、あ奴が負けるところも見てみたい!」
「……! なるほど、わかりました!」
何故かメイドさんも嬉しそうな顔をして、城の中に入っていった。まるで子供の悪巧みに同調したような顔だ。
……シャワルマって、あの広場で食べた、あれだよな……?
大会? あれの大会があるのか?
っていうか食べ物の大会って…………もしかして!
-
昼食を食べた後、アブラハム様自らが、ビルギットさんに晩に行われる大会の参加をお願いした。
ビルギットさんは首を傾げながらも、王様自らが頼み込むという状況に断るはずもなく、了承をした。
そして、その晩。
「第四十八回ッ! シャワルマ早食い選手権ンンンンン〜〜ッ!!」
シャワルマ「早食い」選手権。
シャワルマは、あの肉の塊を串で刺して、表面を削り落としながら焼く食べ物だ。
その削り落とした薄い肉でも、あの大きな塊から比較すると僕達が食べるには結構な量になる。
非常に効率的であり、そして満足度も高い食事だった。
その、早食い。
つまりあの串に刺した肉を、これから皆が競い合って食べるということだ。
刺さっているのは、店頭で見たものよりは幾分小さめ。しかしあれが、一人分の量だというのなら話は別だ。
「前回、前々回、どころではないッ! ここ最近は八回連続で王者に輝いた、ミールザーの入場! 縦にも横にもデカイ男だッ!」
「ゲハハハハ!」
そこに現れたのは、全身毛むくじゃらの浅黒い肌をした巨漢。
この大会の王者らしい。
「アブラハム様が用意なさる挑戦者も、さすがに毎度この程度ではあくびが出てしまいますなあ! おっと、これは無礼でしたかな? ゲハハハハハ!」
「相も変わらず傲慢不遜ッ! しかしそれだけの発言を許されるのが、この男の強さだァ!」
聞くところによるとこの大会、着飾ることを除いて娯楽の少ないこの砂漠の国エルダクガでは、男達を中心として非常に人気の高い大会らしい。
そしてその現在の王者が、あのミールザーという男。
その食べっぷりは半端ではなく、どんな男を呼び寄せても敵わなかったとのこと。
そして同時に、見ても分かるとおりアブラハム様に対してもかなり大胆な発言をする。
それでも大会で優勝していると、こんな男でも相当に人気がある。
アブラハム様はもちろんのこと、娘のファジル様にとっても、そしてアブラハム様を慕うメイド達や家臣にとっても、なんとも頭の痛い相手なのだ。
平和であるが故の、政治とは違う人気のライバル、みたいな感じだろうか。
しかし、今回はそれも終わりだ。
「そして、今回アブラハム様が挑戦者に選んだのは……なんと、今回は娘のファジル様が自らの友人を指名ッ!」
「……あぁん?」
「挑戦者を紹介しましょう。魔人王国より緊急参加ッ! 魔人族の……ビルギットォォォッ!」
声は……でなかった。
ビルギットさんを見た瞬間、観客が唖然として言葉を発することができないでいたのだ。
しかしそこで、発破をかける人がいる。
「皆の者ッ!」
「……!」
「このビルギットは、私自らが選んだ最高の友人であり、最高の挑戦者! 今回は私のために、快く協力を引き受けてくれたこの女性に、応援を寄越しなさい! そして、あのミールザーを今日こそ倒すッ!」
肩車をした状態で、ビルギットさんに乗っていたファジル様が叫んだ。
その瞬間、状況を把握した男達と、それ以上の歓声で女性達が声を上げた!
やはり、そうだ。
人気があるといっても、それは実力の人気のみである。
普段の素行などが、彼以外を応援したいと思わせる部分も多いのだろう。
そこに現れた、ファジル様お墨付きのビルギットさん。
「おいおい、マジかよ? そりゃないんじゃねえですか?」
「あらぁ〜? ミールザーは女の子にも勝つ自信がないのぉ?」
「ッ! 言わせておけば……! いいや、勝つのは俺ですぜ!」
大声で叫んだミールザーに対して、こちらも歓声が集まる。声も野太い男が中心だ。
他にも数々の挑戦者が集まるが、恐らくそこまで食べられるわけではないのだろう。
皆の注目が、二人に集まる。
串についた肉の塊に、最大火力で魔石のバーナーが火を吹き付け始めた。
「それでは、用意……」
会場が、静寂に包まれる。
「……始めッ!!」
全ての人が、一斉に肉を削り取り、食べ始めた!
ミールザーは、手元に持ったナイフで軽やかに肉を削り落としていく。ゆっくり回る串を見ながら、食べる、食べる、食べる!
なるほど、速い! 食べるのは勿論、あのミートナイフの切れ味と切り慣れ方も速さに影響しているようだ。
他の挑戦者も速いけど、どうしても一歩落ちる。
手元のソースを使いながら、どんどん食べていくも、なるほどこのミールザーという選手の前では付け焼き刃のようなものだ。
そして、ビルギットさんはというと。
「……」
何故か、一歩も動かないでいた。
「ビルギット、速く食べ始めて!」
「……」
「ど、どうしちゃったの!?」
動かないビルギットさんを横目で見ながら、口に肉を頬張っているミールザーの口角が上がる。
ビルギットさん、何を考えて……?
「……!」
と思っていると……ビルギットさんは、なんと魔石で焼いている肉そのものを、串ごと引っこ抜いた!
……そうか! ビルギットさんは、ここまで演出に入れたのか!
ビルギットさんは、見た目どおりの人ではない。
彼女が格闘を専門としていながらも、しっかり勉強もできる丁寧な性格であるが故に、レーナさんの魔法教育もしっかり受けている。
だから、こういうことができてしまう。
「『ファイア・ダブル』」
ビルギットさんは、人間の魔術師以上に器用に火の魔法を使い、手元で直接焼きながら……肉の塊に横からかぶりついた!
「————ッ!?」
これには横にいたミールザーも驚愕。
周りの観客も、その食べ方に一同唖然としている。
「……。……」
そしてビルギットさんは、肉をナイフなしでも軽々と噛み切っていく。
火の魔法を使いながらでも、全然本人は焼けていない。魔人族は、そういう種族だ。
串がビルギットさんの手元で回っていき、一周回ることにはごっそり削れている。
ソースも大胆に肉の上に直接かけて、ぐるりと一周させて食べる。
別の味のソースも試しながら、一種類食べるごとに頷きつつも、どんどん食べ進めていく。
いつの間にか、串の上の肉は殆どなくなっており、手の火が消えたと思ったら、もうそこには何も残っていない銀の串の光沢が見えるのみ。
それは、誰が見ても完食が分かるものだった。
圧勝。
他を寄せ付けない、圧倒的な勝利である。
「……少し、上品さの足らない食べ方でお見苦しいところをお見せして申し訳ありません。砂漠の国エルダクガの素敵な料理、とてもおいしかったです。ごちそうさまでした」
そんな余裕の言葉で、口元を優雅に拭き終えると、両手を重ねて丁寧にお辞儀をする。
一瞬その場に静寂が訪れる。
「なんというスピード! そして自分で焼いて食べるという、究極の効率化! 優勝は大番狂わせの、ビルギットだァァァァ!」
審判の宣言と共に、爆発でも起こったかのような歓声が広場に響く。
ファジル様は胸を張り、ミールザーはうなだれて、そして当のビルギットさんは恥ずかしそうにしていた。




