エルダクガでの事件の真相に迫ります
昼前のエルダクガ王城の庭に容赦なく差し込む日光が、否応が無く僕の体内から水分を奪おうとしている。
目の前にはこの気候に慣れた王が、僕を値踏みするかのように眼を細めている。
それはアブラハム様自身が、僕が今からするのは『僕自身のための交渉』だと分かっているからだろう。ファジル様も、今までとは違った雰囲気で僕を見ている。
……ここが、踏ん張りどころだ。
————このエルダクガに起こった事件は、前提条件がおかしい。
まずは、今まで僕が話したとおりの内容だ。
デーモンに唆されたハリムが、ドラゴンを召喚する。
ファジル様がドラゴンに襲われて、僕達が助ける。
到着した翌日には既に別の手が打たれている上に、この国を滅ぼすようなものが渡されている。
「……羅列してみれば、ハリム・ハンダルの反乱以外の何者でもないだろう。君はこの話に、他の要素があるとでもいうのか?」
「はい」
「ほう……随分と自信たっぷりに言い切るのだな」
もちろん、言い切るだけの事柄の証明もできる。
まずは、この事件を引き起こしたのは誰か。
ドラゴンを召喚したのはハリム。
この国を滅ぼすアダマンタイトゴーレムを召喚したのはハリム。
では、この国を危機に陥れたのはハリムか?
「……それは少し乱暴だろう。ハリムは悪人だが、この国を滅ぼすような力を持っているわけではない」
「そうです。では原因は?」
「デーモン、とやらだな」
僕は頷く。
どんなにハリムが後ろ暗いことを考えていようと、実行したのがハリムだろうと、実際にできる力をもたらした者が誰かというのは非常に大きな要素だ。
「そもそも、デーモンに話を持ちかけられる前は、計画すらしていなかったでしょう。しかし自分に突然それを可能とする力が渡ってきたから、急変した」
「ああ。それが君の気になる部分なのだな?」
アブラハム様に頷く。
……ここからが、本当に怪しい部分だ。
「デーモンに命令した者は、なぜハリムにファジル様を殺させようとしたのか。どうしてエルダクガを乗っ取ろうとしたのか」
「……」
「それは、僕たちとデーモンに因縁があるからです」
「……つまり、ハリムが話を持ちかけられたことは、君達の旅そのものとも関係していると?」
「どちらかというと、僕たちがこの国に来たからハリムが話を持ちかけられた、の方が正しいのかもしれません」
その方向での回答は予想していなかったのだろう、アブラハム様は瞠目した。
たまたま、ファジル様を救うことが出来た。
これは本当に、奇跡的な確率だ。
……それが本当に、偶然出会ったから、ならば。
悪鬼王は、行動しようと思えばいつでも行動できたはずだ。
しかし、僕たちが行動を始めたのと同時に動いた。
『一ヶ月も何もしていなかったのに』だ。
これは、そもそも話の起点そのものが違うことに起因するのだと予測する。
すなわち……『どこから悪鬼王が動き始めたか』である。
そもそも、僕たちの目的はなんだ?
それは、リリーを助けること。
リリーを助けるために、情報収集に食材の島マナエデンに向かうこと。
マナエデンに向かうために、エルダクガで船を借りること。
その日のうちにシレアで寝泊まりし、翌日にグランドサンドキャメルの車でファジル様に出会った。
僕たちがドラゴンを討伐して、ファジル様とグランドサンドキャメルの車でエルダクガに到着するまで一晩走りっぱなしだった。
つまり逆算すると、合流した地点でファジル様が、エルダクガを出発して一晩走りっぱなしだったことになる。
————そう、ハリムがドラゴンを放ったのは、マナエデンを目指すと決めた翌日。
つまり、そこを起点とするならばほぼ同時だ。
これは、一ヶ月間待ってからファジル様を襲ったのではなく、『姉貴が僕にマナエデン行きを勧めたから』ファジル様を襲うと決めたと考えれば全ての辻褄が合う。
……恐らく、姉貴がマナエデンを勧めたのは正解なのだろう。
僕達がマナエデンに到着すると、相手側にとって非常に都合が悪い情報があるのではないだろうか。
だから、妨害したのだ。僕達がエルダクガの船を取得しないように。
「……ハリムがファジルの暗殺を企てたのは、デーモンに唆されたから。そしてデーモンがファジルの暗殺を企てたのは、君達が船を取得することを妨害するため……!?」
「そうです。つまり、エルダクガは大きな争いに巻き込まれた形になりますね……」
申し訳ない気持ちが全くないわけではないが、デーモンのやったことで謝るというのも変だろう。
それでも……アブドゥラ達四人の戦士には、非常に申し訳ないことをした。
もう少し、駆けつけるのが早ければ……。
ドラゴンからファジル様の身を守れたことで、四人は認めてくれるだろうか。
「……君の話から察するに、今のエルダクガの騒動は内輪の話題ではなく、君達のパーティ用の船を希望している今の状況ではなく、君達が船を手に入れるという計画から始まっていると」
「はい。それが故に、恐らく相手は反乱を目的にしているわけではありません。意図は分かりませんが、人間の手が発端によるクーデターと、船の独占を目指しているのだと思います」
全ては、アブラハム様が認識しているよりも前の段階から始まっているのだ。
そしてこの騒動は、ハリムなどの貴族一人を逮捕したところで終わることはない。
なぜなら悪鬼王はどこにでも現れるし、誰にでもアダマンタイトゴーレムを渡すことができる。
この広い国だ。ほんの少しでも野心を持つ者は、一人二人ではない。
「つまり、君達が船を取得しない限り、エルダクガは……ファジルは、ずっと狙われ続けるということか……!」
「はい、まさにその通りだと思います……。理由は分かりませんが、目的そのものがアブラハム様の所有する船ならば、アブラハム様が持っている限りずっと狙われ続けるでしょう。そして————」
アブラハム様を見据えて、はっきりと宣言した。
「————僕達の手に船さえ渡ってしまえば、エルダクガが狙われることはないと思います。襲われる理由がなくなりますから」
だから、出来る限り早く、アブラハム様は僕に船を渡さなくてはいけない。
娘の命のためならば、渡す以外の選択肢がないのだ。
僕が一通りの話を終えて……アブラハム様は大きく笑い出した。
「ハハハハハ……! いや、全くどういった話を展開してくるかと思いきや、まさかこういう方向で攻めてくるとはな」
「それで……どうでしょうか」
「いや、参ったな。断る理由が完全に潰された」
アブラハム様は、ファジル様を抱き寄せて頭を撫でた。
「この国の船は宗教的な役割があるといっても、実際に何度も使っている船でな。どのみち、古くなる度に修繕したり、作り直したりしているものだ。船がなくなっても壊されても、元通りにできるが……ファジルが殺されては、元通りにはできない。……どんなに財宝を持っていようと、それだけはできないのだ。そしてこのアブラハムは、ファジルよりも大事な宝はない」
「お父様……」
優しい顔で王から父の顔になったアブラハム様は、僕の方を向き直った。
「いいだろう。今この瞬間を以て、エルダクガの船の所有権は君だ!」
「アブラハム様……! ありがとうございます!」
よし、最大の難所である船の交渉を超えた! ついに船の所有権を得ることができたのだ……感慨深い。
これでようやく、マナエデンへの上陸が現実味を帯びてきた。
ずっと気になっていた、食材の丸い島。
そして姉貴が話していた、物知りの島の人。
その距離が一気に近づいたことに、僕は今から逸る気持ちを抑えられないでいた。




