アブラハム様に、事件のことを話します
アブラハム様に報告することは、既に報告されているであろうハリム・ハンダルの反乱のこと。
反乱と言っても、彼一人がデーモンに唆されてやったに過ぎず、他の計画に荷担した人達に反乱の意思はなかったことを告げた。
そして、アブラハム様には懸念材料であったであろう、ファジル様がドラゴンに襲われた件の詳細を話した。
「それも、ハリムが道具を使って召喚したと」
「はい。デーモンの王が放置されている以上安心は決してできないでしょうが、ハリム・ハンダルが召喚に関わっていた以上、いったんの原因は取り除くことが出来たと思います」
「それは良い報告だ。……アブドゥラ達がいなくなったと聞いて、昨日はまだ気が気ではなかったが、ようやく安心して寝られる。親族にも報告できるな」
やはりアブラハム様は、ずっとファジル様を心配していたようだ。
ファジル様を送り出したのも、ドラゴンを実際に倒したリンデさんを信頼してのことだろう。
原因は早い段階で取り除きたいと、アブラハム様自身も思っていたに違いない。
同時に、アブドゥラ……そう、あの護衛の四人に対しても特別に感じた。
アブラハム様は、アブドゥラ達四名が殺されたことを驚いていた。それは姫の護衛にしては少ない人数ながら、殺されたことをあそこまで驚いたということは、相当に腕の立つ護衛であり、また信頼できる相手だったのだろう。
信頼できる相手なら、この王はきっとそれなりに親しくなっていたのではないかと思う。それ故の、四名が殺されたことへのショックだ。
恐らく普段から護衛をしていたのだろう。
護衛四人の親族の、ドラゴン相手というやり場の無かった怒りは、全てハリム・ハンダルへと向かう。
無事では済まないだろうが、彼はそれだけのことをやったし、僕としてもああいうふうに平民を見下す人間は嫌いだ。
自分が勇者の紋章なんていうものを何の努力もなく授かっただけでハリムの対応が変わったことが、余計にハリムへの評価を下げた。
そして……ここからはもう一歩踏み込んで、別の問題に関わってくる話をしよう。
「ところで、アブラハム様。ここからは少しこれまでの話とは異なるのですが……」
「……ふむ、聞こう」
僕はアブラハム様に、ハリムへデーモンの王である悪鬼王自らが道具を渡してでも、ファジル様をハリムが殺そうとした理由の考察を話した。
悪鬼王は、恐らく別の何者か(宗教観が違うかもしれないので、アルマの名前は伏せておく)の命令で動いていること。
この部分の理由はまだわからないけど、その者の命令は絶対厳守のようで、悪鬼王自らの手でファジル様を殺すという行動をしていないのは不自然だ。
何故なら悪鬼王はデタラメに強い。ハッキリ言って本人が出て来たほうが早いのだ。
理由があるとしたら、間違いなくアルマであることは数々の要素から予想できる。
その悪鬼王がハリムの家にいたかもしれないこと。
目的はファジル様の排除だろうけど、その理由が恐らく僕とエルダクガ王国の引き離しにあること。
「……エルダクガ王国との引き離し?」
「はい。恐らくファジル様が殺されてアブラハム様も次いで殺された暁には、この国はハンダル王国となるでしょう。それは今までの比ではないほどの階級社会です。増税と法律の変革。ハリム・ハンダルによるハンダル王家の財産独占になります。そして事業をまた始めて財政は破綻し————」
「…………」
「————砂漠の国はなくなるでしょう」
「……なるほど、確かにそうなるだろうな……」
ハリムは、事業の失敗をしていた。
そのハリムが王の立場に着いた時に、真っ先に何をするだろうか。
その答えは……自分の所に金品を集める政治だ。
一度金がなくなったものといっても、それまでの事業に手を出す人間性がすぐに変わるとは思えない。
何度も失敗しているということは、ある程度残すとか、慎重な采配はできない性質なのだろう。
そんな人間が一気に財産を手に入れたら、どうなるか。まあ次々と使いまくるんじゃないかと思う。
ここで一番厄介なのは何か。
それは、この砂漠の国にやってきた理由にも繋がる。
アブラハム・エルダクガにやってきた理由は一つ。
「船を借りる、のではなく……丸々一つ、僕たちが所有したいのです」
「船を一つか……! なるほど、確かにそれなら王家に言うしかないな」
海はこの砂漠の国エルダクガにとって、特別な場所。
大河が生活の基盤になっているように、広大な海は王国の土地にない水の象徴である。
そのため、このあたりでは船を持っているのは、王族だけなのだ。
僕はそのあたりの話を読んだので、覚えている。
……では、この話をいつ、どこで読んだか。
それは、恐らくあの時だ。
つい最近、ビルギットさんに強化魔法を入れた時。
そう。僕は気絶している間に時空塔螺旋書庫で、この話を読んだ。
自分がいかに、人間離れしている存在か分かる。
確かに戦う能力なんてなくても、姉貴の筋力魔力並みの、人外としか思えない能力だ。
必要な知識を、必要な時に、何処にいても手に入れることができるのだから。
「それにしても、随分とこの国に詳しいんだな、ライムント殿は」
「砂漠の国へ来るのは楽しみにしてましたからね、最近まで隣の国にすら行けない生活でしたから」
「ははは! なるほど、そういうことなら城で歓待できて良かった。ミア様の弟様ならば、存分に楽しんで行かれよ」
少しずるい能力を使い得た知識だけど、自分の能力として存分に使わせてもらおう。
リリーを助けに行くためなら、何でも利用する。手段を選んではいられないからね。
「ふうむ……船は確かに所有しているのだが、娘の恩人とはいえすんなり渡してもいいものか」
「お、お父様!」
「ファジル、これは簡単な問題ではないのだよ」
アブラハム様は、やはり船を一隻丸々渡すのは渋った。まあ、そりゃそうだよな。
交易のためとしての側面はこの国では弱くても、王家の象徴として存在するのなら船の所有は特別な意味を持つ。
なら、説得するしかないだろう。
「それでは、もう一歩踏み込んで話してもいいでしょうか」
「……いいだろう、それで此方が考えを変えることになるとは思えないが、聞こうじゃないか」
「それでは言います。船が僕たちの手に渡らない以上、次もファジル様が狙われる危険性があるということです」
「な……!?」
悪鬼王は、ハリム・ハンダルを狙ってやってきた。
その前に今回の件は、一つどうしても考えなければならないことがある。
こういう問題を、レノヴァ公国ではこう言っていた。
————キャビアが先か、チョウザメが先か。
僕は、アブラハム様に、今回の事件の話を始めた。




