お互いの陛下の話をしました
「姉貴、そろそろ着いたかな」
「ふふっ、ライさんそれ今日2回目ですよ」
「ありゃりゃ、そうですか」
僕はリンデさんに言われて、そういえば朝も言ったなあと自分の心配性なところに苦笑した。やることをある程度終わらせた僕らは、部屋にあったソファに一緒に横になって座っていた。
「それにしてもミアさんってすごい方ですよね、まさか魔人王国へ一人で行っちゃうなんて」
「それだけリンデさんとの出会いが衝撃的だったんじゃないかな」
「そうなんですか?」
「だって、姉貴はずっとデーモンを5年間倒し続けてきましたから」
リンデさんは、僕の言ったことに驚いていたようだった。そういえば、姉貴のことを詳しく話したことはなかった。
「5年間ずっと……って、ミアさんは一体どういう生活をしている人なんですか?」
「まずその話の前に、勇者の紋章の話はしましたっけ」
リンデさんは首を横に振った。そうか、そこから説明が必要だったか……。
「この村は、勇者の紋章というものが体に出る特殊な村なんです。その紋章が体のどこかに出た者は、身体能力が急激に上がり、普通の人間とは全く違う力をつけます」
「それが、ミアさんだと」
「はい。教会では、女神が勇者を選び、女神の力によって選ばれし勇者となった者は、力を持つ者の責任として魔王と倒し人類に平和をもたらさなければならないと教えられています。今となっては疑心暗鬼ですけどね」
「……」
「だから姉貴は、15歳の頃から勇者として、固定パーティというのもなく、誰かと組むことはあっても基本的に一人で魔物を、あと恐らくデーモンも討伐し続けています」
「え……!? ま、待ってください! 15歳から5年間ずっと一人!?」
「はい……。本当は、僕もついて行きたかったんですが、勇者の姉貴に比べたらもう貧弱もいいところで。きっと一緒についていっても守られるだけだったと思います。だから、姉貴は一人で出て行きました」
「そんな……ミアさん、なんでそんな……」
リンデさんは、姉貴の境遇にショックを受けていた。
「なんて勝手な話なんでしょう」
「勝手、ですか」
「だって……ミアさんは、自分から勇者になりたいと思って勇者になったわけじゃないんでしょう!? それなのに、誰かのために戦うのが義務なんて……もっと自分のために生きてもいいはずです!」
「……」
「ちょっとしか一緒にいれなかったけど……わかりますよ、ミアさんのこと。本当はライさんのこと大好きで、ライさんの料理を毎日毎日食べたいって思い続けています。家族が離ればなれになるような責務なんて、そんなもの無視してしまえばいいんです!」
「……リンデさん……!」
僕はたまらず、リンデさんの髪を撫でた。リンデさんは「ふぇえっ!?」と驚いて固まっていたけど、僕は我慢ができなかった。
「……ありがとうございます、姉貴に対してそう言ってくれたのは2人目です」
「あの、あの……ふあぁ……。……えと、2人目? 1人目は誰だったんですか?」
「リリーです」
「あっ、リリーさん……」
僕はその、酒場の娘の名前を出した。最初にリンデさんを受け入れてくれた、今ではリンデさんにとっても友人の一人だ。
「姉貴の友達だったんですよ、リリーは。だから、そんな義務やる必要ない、ミアが王様たちの苦労を背負い込む必要なんてないって言ってくれて」
「……」
「でも姉貴は、強くなったんだから自分の力を使って無双してみたいと言っていたし、それに自分が楽勝な相手によって誰かが苦労するのはもやもやすると。後で後悔するのは気持ちが悪いし、弱いヤツを強い自分が助けるのは気分がいいので、自分は自分の一番気持ちの良い生き方をするために勇者になる、と言ってました」
「……ミアさんらしいです。誇り高くて、でもどこか自分本位で。……すごい人ですね、魔人族の中でもあそこまで真っ直ぐな人、なかなかいません。敢えて似てる人を挙げるなら……そうですね、陛下ぐらいでしょうか」
「陛下!? え? 魔王様は姉貴みたいな人なんですか?」
「いえ、どっちかというと真逆ですね」
……? 言っている意味がよく分からない。似ているのに、真逆?
僕が不思議そうな顔をして首を左右に傾けていると、その様子がおかしいのかリンデさんがくすりと笑った。
「陛下は、とても慎重で。あまり自由奔放にはやりたがらない、誰よりも自分の欲望を押し殺すような、自分の立場の責務に生きるような人です」
「確かに、姉貴とは真逆ですね」
「はい。でも……何よりも自分の後悔する選択はしたくないという主義なんです。だから、助けてもらったら御礼をすると思えないような同胞は処罰するとか、助ける力があるのなら助けなければ後悔するぞとか、ずっと言い続けていて。そういうところ、似ていますね。実際に処罰なんてしたことないんですけどね」
「ああ……なるほど、なあ。確かに自分主義な姉貴とは違うのに、どこかやってることは似ていますね」
「はい」
リンデさんはにっこり笑うと、やがて懐かしむように上を向いて喋りだした。
「陛下は、気がついたら、いつも人間の書物を読み漁って、自分の研究にしているんです。文字は書けるけどそれ以外が不器用で、料理も、宝飾品作りも、裁縫も全部挑戦しては失敗して、いつも手は傷だらけで。
ハンスさんから聞いたんですが、自分だけが服や貴金属を持っているのが後ろめたいと一度漏らしたこともあったそうです。女王の器じゃない、こんな金の首飾りを付ける価値など本当はないんだと。
……私たち魔人族は、誰よりも働き、誰よりも考え、誰よりも悩み……しかし同胞のためなら前線に立って怪我することも厭わない……あんなに、私よりも弱くて小さい体でも、気がついたら私よりも矢面に立ってしまう陛下を。その苦労をすべて同胞と……恐らく話をした限りでは人間に対しても。そのために生きる陛下に影響を受けています、ライさんを助けたのも、陛下の影響です」
「……そんなに……そんなに魔人王国の陛下はすごい人なんですね……」
「ふふっ、わかっていただけて嬉しいです」
リンデさんは、女王陛下を褒められたことを、自分が褒められたことのように本当に嬉しそうに笑って言った。
……魔人王国の女王陛下のこと、自分では出会ってもないのに評価を上げすぎたかなと思っていた。
駄目だ、全然足らなかった。
これは本当の偉人だ。慕われて然るべき人だ。
リンデさん以外の魔人族も、リンデさんと同じぐらいの絶対的な忠誠心を持っていると見て間違いないだろう。
「ちょっと、うらやましいですね」
「ふふふ、陛下が羨ましいですか?」
「ちょっとって言いましたけどかなりうらやましいです。僕たちのビスマルク王国の国王陛下は、ハッキリ言ってあまりいい人ではないですから」
「えっえっ国王ですよ? そんなこと言っちゃっていいんですか?」
「駄目です。ダメですけど、絶対みんな思っているし、僕は言ってもいいんです」
「……え? ど、どうしたんですか、ライさん……?」
僕が露骨に不機嫌になったことで、リンデさんは戸惑っていた。
でも……このことは我慢できない。折角魔人女王陛下の話を聞いたんだ。リンデさんにも聞いてもらおうかな。
「リンデさん。今からする話は恐らく面白い話ではないです。ただの愚痴になると思います。それでも聞いてもらえますか?」
「……は、はい……」
「ありがとうございます。では話します——
——ビスマルク国王と姉貴の話を」
姉貴の名前が出たことで、リンデさんも少し緊張して座り直した。
「勇者は魔物が出たら討伐に向かうようになっているんです。その指示を受けるにあたっての優先順位は、王族、貴族、冒険者ギルドの順になっていました。冒険者に依頼するような依頼、それを爵位持ちが優先的に使えるというのが勇者と王族の関係ですね。
……でもある日、姉貴は貴族ではなく冒険者ギルドの依頼のうちのひとつを優先して手伝ったんです。討伐対象が強かったということと、狙われたのが姉貴の好きな林檎の農家だったというのが理由です。でも男との縁も繋げなくなって、食べ物ぐらいしか好きなものがない姉貴にとってはそれは大きな理由でした」
「り、林檎農家! 林檎がたくさんなんですか!?」
「はい、林檎をたくさんつけた木がびっしり並んでいて、それが10、20とたくさんの列になっている林檎の木の道があるんです」
「すごい……! それは守らなくちゃ! 重要な任務です!」
「ふふっ、そうですね。それに、食料を守るというのは何よりも重要です。食べ物がなくなってしまったら大変ですから」
「そうですよね、そうですよね!」
リンデさん、林檎農家に食いついてきた。あの光景は本当に綺麗だから、いずれ見せてあげたいな。
「姉貴はそこを守った。農家の人も守り、林檎の木は1割が木の根元から折られる程度で済みました。今思うと、食べるでもなく木を折っていったあれは、人間の食料を減らすデーモンのやり方だったのかもしれません」
「うう、デーモンめ、そんなことを……」
「でも、9割は無事です。ところが……何故でしょうね、姉貴が林檎農家を守ったことを、国王陛下は非難したんです」
「……は?」
「それは、自分の指示を出せる状態で待機していなかった時に、たまたま魔物のそんなに出ない、せいぜい出てもコボルド程度の道の護衛任務を依頼できなかったという、それだけの理由です」
「……その程度の護衛を勇者のミアさんにって……」
「しかも腹の出ていてゴブリンも討伐できなさそうなビスマルク国王は、姉貴が結局林檎の木を1割折られたことを馬鹿にしたんです」
「…………」
「姉貴はそれはもう怒ってね。本来そういった食料を王国民のためにも死守するよう動くのが上に立つ者の役目だろうと。そこでもう王家の依頼は受けないって言い放ったんですよ」
「そんなの……当然です……依頼を受ける義務もない……」
「でもね、歴代の普通の勇者なら何も出来ない国王陛下でも、国王陛下ってだけで頭を下げるのが当然だったんですよ。先代も、先々代も、そうでした。教会の教皇も、似たようなものです。それが、このビスマルク王国の現状です」
「は? なんでそんなことになっているんですか?」
「なんで……でしょうね。でも姉貴は反発した。そしてその姉貴を止められる力のある人間はいない。……だから姉貴は、今も個人的にデーモンを討伐しています。いくら助けても、王国からは一切支援を受けられません。王国が冒険者ギルドに依頼を出して、その依頼を姉貴が受けて報酬をもらうという、かなりいびつな関係になっています」
「……」
「だから姉貴と、騎士団長のマックスさんとは個人的な仲間なんですよ。国王に忠誠を誓いながらも、その流れを知っていて陛下に納得してないから、姉貴には強く出れないんですよね」
マックスさんは、腕折り事件のこともあるけど。でも、一連の流れがあっても、マックスさんは姉貴との共闘を断ることはなかった。
だからマックスさん経由で王国の文官にも一応交流はある……らしい。王族との関係だけが壊滅的だとか。
……魔族との交流で教会との関係も壊滅的になるだろうな……。
リンデさんは、一通り聞き終えて、頭を抱えた。
「……人間の王国が、わからない……」
「わからなくていいと思います。僕もね、わからないです」
「人間の王族って、なんなんですか。頑張ってないんですか」
「最初に国を作った人は頑張ったと思いますよ。でも今の国王は産まれた頃から王族で、何もしなくても食べ物が出てきて太るぐらい裕福な立場です」
「……」
「だから、魔人王国は、本当にうらやましい。一度でいいから、そんな尊敬できる君主の元で、自分の陛下を自慢したりしたいですね」
「いっそ魔人王国の国民になりませんか? ライさんも」
「でも食材と調味料が買えないと僕は料理しませんよ」
「うっ……! そ、それは……それはやだあ……!」
そのことに思い当たって、リンデさんが涙目になった。
そう、魔人王国には食材をまとめて用意してくれる店がない。それらがなければ、僕の料理は当然出来ないのだ。
「こんな王国でもね、街の人はいい人ですよ。リリーだって、エルマの姉御だって、王国民です。そのまとまりに組み込まれて生活している以上、僕もここで生活することにしています」
「でも……こんな国王だと、後がないのでは……」
「そうかもしれません。でも、国王と問題を起こしたのは勇者一人で、勇者はちゃんと勇者の仕事をしているんです。殆どの王国民には、関係ないんです」
「……そんな……」
「だから、僕だけはせめて、姉貴のために国王が嫌いだと言いたいんです」
「私も嫌いですっ! ライさんと一緒! ミアさんの味方です!」
「リンデさん……ありがとうございます」
僕は再び、リンデさんの頭を撫でた。それまでキリっとしていたリンデさんは、再び「ふぁやぁ……」と融けた顔になってしまう。
でも今度は、リンデさんも反撃してきた。僕の髪に両手を入れて、わしゃわしゃ頭を揉んできた。あ、やばいコレ気持ちいい。
「……ふぅんっ……でも……ライさんも、我慢してきたんですよね……っ……」
「んっ……ええ、我慢しました……僕まで文句を言うと、村のみんなに迷惑がかかりますから」
「えらいです……私ぐらいは、ライさんを褒めてもいいですよね」
「……ありがとうございます……」
……なかなか、こうやって褒められるってむずかゆいな……。なんだかお互いに頭を撫でてるのも不思議な感じだ。
リンデさんは片手を離して、僕の匂いを嗅いできた。今日は僕も、対抗してリンデさんの髪の毛を嗅ごう。
耳の辺りに顔を近づける。やっぱり、甘い匂いだなあ……。
「ライーっ! ソーセージの追加おね……が……」
……リリーが、外から確認なく窓を開けた。僕とリンデさんは、お互いの頭に片手を当てて、その、顔を近づけ合っていたわけで……。
「……ご、ごめんねー……ごゆっくりー……」
「ま、待ってリリーさん! これは、違うの!」
「いやいや……どこが違うの……」
「そ、そういうあの、それじゃなくて……匂いを嗅ぎ合ってたというか……」
「リンデちゃんそれ余計レベルが上がってるからね!? まだキスしてたと言ってた方がノーマルだからねそれ!?」
「えっ……匂いとか、嗅いだり、しないんですか?」
「しないっつーの!」
リリーは窓の外で腕を組んで僕とリンデさんを見て、「はぁ〜〜〜〜っ」と一際大きい溜息をついて、なんともいえないジト目で言った。
「あとこれ前から言おうかと思ってたけど。リンデちゃん至近距離まで近づいた時限定だけど、かなり、変な匂いよ! ライも近づかないと気にならないけどクサイ系なんでたまには洗いなさい! あんたら変態以上の変人カップルよ! あ、ソーセージよろしくね!」
リリーは最後に一方的に要求を言うと、さっと出て行ってしまった。
「……」
「……」
後には、気まずい僕たちが取り残された。さすがに僕とリンデさんは、なんともいえない空気に耐えられず離れていた。
「あの……えっと……」
「……はい……」
「とりあえず……ソーセージ、届けに行きますか……」
「…………はい…………」
何も考えられなかったので、二人でソーセージを届けることにした。
「……ところでライさん」
「なんですか?」
「私、その、変な匂い……なんでしょうか……」
「僕はそうは思わない、というか好きな匂いなんですけど……好みの問題みたいなのがあるのかもしれません。……あの、そういえば僕は……」
「前も言いましたけどライさんの匂いはずっと嗅いでいたいぐらい、とってもとってもいい匂いです!」
「そ、そうですか」
「そうです! 絶対です! 洗った日の翌日は悲しいぐらいです!」
「え、ええ!?」
なんだか変なことで意地になっているけど、ちょっとリリーの言っていたことは気になった。……リンデさんの匂い、苦手なのか……わかんないもんだなあ。
僕は、その……かなり好みの匂いなんだけれど。でも、確かに、匂いを嗅ぐってかなり変態的だ……姉貴もそりゃ、女っ気のない僕が帰ってきた頃には女の子の匂いを嗅ぐ弟になってたなんて呆れるよな。
「……えーっと、私何の話をしてたか忘れちゃいました」
「国王陛下の話ですよ」
「あっ、そうでした! えーっとミアさん、無事到着しているといいなあ」
「そうですね、きっと仲良くしてますよ」
「そうですそうです、似たもの同士ですからね!」
「はい!」
お互いにさっきの恥ずかしい出来事を忘れるように、無言の空白を埋めるように喋りながら、ソーセージの準備をした。
ま、姉貴のことだから大丈夫だとは思うけどさ。
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……どうして、こういう状況になっているのかしら。
今、あたしの目の前には、でっかい犬がいる。犬じゃないわね、フェンリルよ。それはもういかつい顔をしたワンちゃん。そいつに背の高い青い髪の美男子魔人が乗って、剣を構えている。
構えているすっげえでかい剣で、魔人女王陛下を守るようにしている。
……これが、フェンリルライダーのハンスさんね。
もう一人、すんごいでっかくてごんぶとのヘビに乗ってる魔人がいる。水色の長い髪に細い眼をしている気さくそうなお兄さんって感じの人だけど、今は口元を引き締めて、こちらもすんごい長さの槍を持ってじっとしている。
やはり槍は魔人女王陛下を守るようにしていた。剣と槍が交差するように、魔王を守っている。
じゃあ、こっちがヨルムンガンドライダーのフォルカーさん。
更に、勝ち気な赤い短髪の、いかにもイケイケな魔人の男前なのが剣を構えているのと、なんだか身の丈3メートルは余裕で超えてそうな滅茶苦茶縦にも横にもでかい筋肉の要塞みたいな、青黒い髪をぱっつんに切りそろえた魔人の女が拳を握っている。……この拳で殴られたら一瞬でソーセージの中身になるわね。
あたしの正面には、クラーラちゃんの背中が見える。
クラーラちゃんは剣を引き抜いて、両手で構えた。
ハンスさんの剣が、クラーラちゃんの方に向いた。
———めっちゃコレ対立してるわよね?
ライ、姉ちゃんちょっとトラブっちゃったみたい。
生きて戻れなかったらごめん。