相手の情報を引き出します
ユーリアの報告に安心してほっと息をつく。少し驚いているファジル様と、しっかり相手を確保していながら未だによく状況がわかっていないリンデさんの方を向いて、
「もうすぐ来ますので、待っていてください」
と伝えた直後、後ろから着地音が聞こえてきた。
そちらを振り向くと、アンが戻ってきていた。しっかり手に、私服姿の男を確保して。
男を見ると……服が一部赤く染みついている。布に光沢が……これは、アンは腕を刺したのか! リンデさんもユーリアも息を呑んでいる。ファジル様は落ち着いているようだ。
そうか、アンは別に魔人王国の魔族ではないし、リンデさんのように約束して出て来たわけでもない。マーレさんの『人間に危害は加えない』という約束自体知らないし、守る理由もない。
しかし、何の理由もなく怪我をさせるような子ではないはず。
「かなり派手に刺したな……! アン、どうして腕を?」
「人質取ろうとしたんだよ、なんかあわててたのか、まわりの人だれでもいいからぶすっとやるつもりだったみたいだから、ぐさっとやった。……だめだった?」
「いや、とんでもない。そいつが十割悪い、アンはよくやってくれたよ。周りの人に怪我は?」
「よかったー……怪我したひとはいないよ」
通行人に猛毒の吹き矢を撃とうとしたってわけか……それはアンの判断が正しい。遠距離武器で人質を取られると危険だ、しかしアンのスピードには着いてこられなかったわけだ。
「取り敢えず怪我は治そう。一応言っておくけど、命が惜しかったら抜け出そうとは思わないことだね。『ヒール』」
「……くそっ……余所者と魔族風情が……」
「そんな地形も把握してない他国の人に不意打ちして返り討ちに遭うようじゃ、暗殺向いてないんじゃないの?」
「ぐっ……」
煽られたら、煽り返す。僕は聖人でもなんでもないので、リンデさん達をそこまで言われて黙ってはいないよ。
男は膝を突いて、降伏の意を示した。
「ファジル様、恐らくこれが雇われの暗殺者です」
「そう、この二人が……。ご苦労でした、あなたたちを護衛に選んで正解だったわ」
「勿体なきお言葉」
ファジル様に礼をしつつ、ユーリアに目配せする。
ユーリアは首を横に振った。先ほどの作戦完了の報告通り、もう暗殺者はいないらしい。あまり数を雇っても扱いづらいだろうし、事業を失敗したという話も聞いていたから、他にもいるとは考えにくい。
「あのあの、ライさんは知ってたんですか? 襲撃のこと。なんだかユーリアちゃんは知ってるみたいな雰囲気だったんだけど……」
そういえば、リンデさんには一切連絡をしていなかったのだった。
「ええ、予測を立ててユーリアとアンには情報交換していました。リンデさんに報告していなかったのは、まだ相手に察知されていないと思い込ませて相手を誘い込むためです」
「ふええ……相手が来ることを分かっていたんですね……」
「はい。そしてリンデさんがこちらの人間の戦士に比べても圧倒的に強いことは信頼していますから、相手の攻撃を見た後に防ぐことを予測していました。同時に……相手も防がれることを予測していたと思います」
「えっ?」
リンデさんの足元で、黒ずくめの男が眉間に皺を寄せて地に目を落とす。
それは明確に、僕の言ったことが正解であることを示していた。
「リンデさんが護衛だってはっきり分かるように、そしてリンデさん以外は護衛に見えなくなるように。ユーリアとアンは僕と一緒に少し離れていました。皆ぱっと見では戦士っぽくないですし、相手の攻撃を防ぐような護衛だと思わないんじゃないかなと」
「あ、だから後ろの相手が」
「そう、チャンスだと思い込んで、注目を正面に向けさせるための両面攻撃をしてきた。これも情報共有なしのぶっつけ本番で、無警戒なまま見事に相手を組み伏せてくれたリンデさんのお陰ですよ、ありがとうございます」
「ど、どーいたしまして? なんだか私、あんまり活躍した気がしないんですけど?」
「謙遜しすぎですよ。」
本当に、謙遜しすぎな話である。砂漠の国の戦士の練度は高いと聞く。先ほどの暗殺者の動きを見ても、明らかに洗練されていたし、どんなに手練れの人でもあの不意打ちに反応することは難しい。
この作戦は、後ろの敵の攻撃を誘い出すことが目的だった。リンデさんは、全く想定していない暗殺者の素早い不意打ちに余裕で反応した上で無力化したのだ。
みんな本当によくやってくれた。
それではここから……僕の時間だ。
人が集まってきたので、ファジル様に人払いをさせて、人気のないところまで二人を連れてくる。
「さて、お二人に聞きたいことが……ああいや、特にないんですよね」
「……」
「いや、怪我を治したはいいものの、お二方とも生きて返す理由がないですし、どのみち口が硬いのが一流の暗殺者です。喋らないでしょう……が、まあそれはいいんですよ」
「……?」
表情を動かさないように……意識しつつも、やっぱり疑問だよな。
そういうのはどうしても、顔に出なくても雰囲気に出る。
特に後ろのやつは、僕が怪我を治したこともあって少し油断をしているようだった。
「だってハンダル家から襲撃してきたって知ってるし」
「……」
「それに、ハンダル家が使い捨てるって予め知っていたから対応できたわけだからね。使用人も揃って無能なことだ。ま、それだけ箝口令を出すほどでもないって扱いだったんだろう」
「……。……」
視線が、こちらをじっと見ている。見定めようとしている目なのか、表情を隠しつつどう判断しようか迷っている目か。
「これからアブラハム様のところへ『ファジル様を暗殺しようとした人を確保しました』と伝えるだけだ」
「……」
「ところで」
黒ずくめの男のマスクを外す。
中から出て来たのは、想像よりも若い顔の男だった。背丈も少し僕より低いし、もしかすると年下かもしれない。
「ハンダル家であったことを話すのと、このままハンダル家にエルダクガの王以上の忠誠を誓って引き渡されるの、どっちがいい? もし話してくれるなら、多少アブラハム様に口添えしてもいいけど。口添えっていうか、暗殺じゃなかったって嘘ついて引き渡すぐらいはしてもいいよ」
「……!?」
「……は、話す! 話すから……!」
後ろから声がかかった。
そちらを見ると、白いマスク姿の男で……マスクを外すと、こちらも意外と若い雰囲気だった。
黒ずくめだった少年が声を上げる。
「おい、カリム!」
「モハメドも聞いただろ、ハンダル家に情報が漏れてるってことは、オレら完全に捨てられたんだ! もうあんなやつに忠誠誓う気なんてねえ! くそっ……使用人よりも少ないメシでこきつかいやがって……!」
「……カリム……」
それからカリムと呼ばれた吹き矢の少年は、様々なことを話してくれた。
ハンダル家の当主、ハリム・ハンダルの言動や思考に関して、いろいろなことを話してくれた。
その情報はファジル様も知らない情報に溢れていたようで、かなり貴重な情報であることがその様子から伺えた。
……よし、この国に来て二日目にして、敵側の情報がかなり引き出せた。
僕はファジル様に許可を取り、城の兵士にこう伝えた。
「旅行客目当てのスリでした。でも未遂ですし、悪いようには扱わないであげてください」
兵士達は僕の願いを受諾し、牢へと連れて行った。
終わった後に、リンデさんが聞いてきた。
「それにしても、よくはんだ? ハンダル? の家だって分かりましたね」
「いえ、確証はなかったですよ」
「……エッ!?」
僕はみんなの方へ向くと、両肩を竦めて笑った。
「ユーリアからどこから来たかという情報は魔法で知ってましたが、使用人に箝口令がどうこうという話はでっちあげですね。相手が信じ込むように、僕が全部知っていると見せかけただけですよ。うまくいってよかったです」
「……やっぱりライさん、ちょっとすごすぎませんか……? さすがの一言で済ませては間に合わなくないですか?」
「い、いやあ……そこまで言われると……はは……」
リンデさんが感心しながら口角を上げていて、僕も晴れた空の熱にも負けないぐらい顔から発する熱に照れつつも笑い返した。




