ファジル様と街へ出ます
砂漠の国エルダクガ。その街は草木の跡すらない細かい砂が地平線まで続く大地の中に突如現れる、河と湖を中心とした国家。
その城下街は発展しており、活気に溢れている。
ファジル様が街の中に出向く。
リンデさんが先頭に立って護衛を担当し、ユーリアと僕とアンは、後ろにいる。アンとユーリアは、少しファジル様から離れている状態だ。
「あっ、あれはなんですか?」
「あれはシャワルマ、持ち帰りの食事よ。……食べてみる?」
「たべたいです!」
お姫様相手でも、食べ物とあらば我慢は出来ないリンデさん。ファジル様も嬉しそうに、店の人へと近づく。
お店の人はファジル様を見て背を伸ばした直後、リンデさんの姿を見て驚く。
「これはファジル様、本日は何のご用でしょうか」
「シレア帝国から魔人族のお客人よ。護衛として雇っている優秀な方達だから、是非ともいいところを知ってもらいたくてね。シャワルマを……あ、そっちの皆は」
「僕は大丈夫ですよ」
「私も、問題ありません」
「はいはい! わたしたべたい!」
「ふふっ、では二ついただけるかしら」
遠慮のなさならアンも負けていなかった。
ファジル様は懐から財布を取り出すと、店頭のおじさんが慌てて止める。
「い、いけませんお代をいただくなど」
「私が食べるわけじゃないし、どのみちこんな街中の料理をケチるほど貧乏じゃないわ。その代わり、ちゃんと王家に忠誠を誓うこと。いいわね?」
「も、もちろんです!」
男性はお金を恭しく受け取り、ずっと串に刺さったまま火で炙られている肉を……おおっ、豪快にそぎ落として、こちらのパンであるアエーシを袋状にしたもので受け止めている。切り落とした後の串刺しになっている肉塊の切断面は、再び火で焼かれて焼き目がつく。
なるほど……シャワルマ、お店としてはなかなか効率的な料理だなあ。
そして先ほどの肉の中に、野菜を……野菜を?
野菜が糸を引いている。……あれは、大丈夫なのだろうか?
いや、何か知識にあったはずだ。あれは……。
「……葉っぱは分からないけど、星形のものは、オクラ?」
「あら、あなたこの野菜を知っているのね! さすがミア様専属シェフ」
「専属ってわけでは……ああ、いや、否定できないですねそれ……」
「あなたにとっては身内の姉なのだろうけど、周りから見たら勇者の料理人って憧れの職業なのよ?」
……そういえばそうだった。姉貴はあれで世界トップクラスの貴人扱いなんだった。
そうやって考えると、姉貴の求める料理をずっと作り続けていたって過去も、それだけで誇れるものなんだな。
「ちなみにこの葉っぱはモロヘイヤ。どちらもこちらのもので、糸を引く野菜はこの付近では珍しくないのよ」
「そうなのですね、野菜の生命力に関わる何かがあるのかな? 糸を引く野菜か……すみません、僕も一ついただけますか?」
「そういう好奇心と探求心、私嫌いではないわ」
僕が要求したことにより、ユーリアが横から「あっ」と声を上げる。
その小さな声を聞き逃さなかったファジル様がにっこり笑いかけると、ユーリアが顔色を濃くして俯く。
そしてファジル様は、店の男性に元気よく振り向いて声をかけた。
「追加で三つ頼むわね。やっぱり私も、皆が食べてるのを見てるだけなんて納得いかないもの!」
「はい、承りました!」
そして僕たちは、シャワルマを食べる。
非常に食べやすく、また糸を引く野菜がなんとも独特の食感を生んでいる。唾液と肉が混ざり、不思議と食べやすさを感じる。
……あと、中に挟まっているトマトが甘く感じる。
「ん〜っ! シャワルマさんおいしいです! あとその、もろもろさん? も、おいしいです!」
「あら、リンデはこの野菜は好き?」
「はいっ! たくさん噛んでると、たくさん幸せになりますっ!」
「そちらの子……ユーリアはどうかしら」
「は、はい。新しい食感に驚きましたが、確かに口の中で食材がほどけるような感じがして、肉と混ざって大変おいしく感じます」
「魔人族はこちらの野菜もいけると。嬉しいわ、以前シレア帝国の使節団にはオクラとモロヘイヤが不評だったから」
なるほど……この野菜、確かに食感は面白いけれど個性が強い。食べ慣れたモノ以外は受け付けない人なら、食べられないというのも納得がいく。
姉貴も食べたのかな。後でこの地方の野菜も買っていくか。
ファジル様が、次の目的地を探して歩き始めたので、僕たちもついていく。
この料理は、歩きながら食べるのに向いている。
ファジル様もお上品に食べるよりは、カジュアルに食べ歩きするのが似合いそうなお姫様だった。
「我が国の文化が受けいれられるというのは、それだけで嬉しいわね」
「受け付けない人がいるなんて信じられないです、こんなにおいしいのに」
「ふふ……魔人王国と仲良くなる人の気持ちも分かるわね」
リンデさんのエルダクガを満喫した感想、もしかしたらマーレさんが望んだ以上の結果を生み出すかもしれない。
すごいですよ、リンデさん。
次に向かうのはどこだろう。食べ物の店というわけではないだろうけど……。
というところで、ユーリアが僕の服を少し引っ張る。
……合図だ。
「前後です。リンデさんの正面に一人と、後ろに……四時方向ですね。一人います」
「了解」
ユーリアに頷きかけた後、アンの方を向く。こちらを向いて、にーっと笑った。
こんな小さな子だけど、実力は一級品。きっと大丈夫だろう。
「ライさんって、回復魔法もすごいんだよね」
「すごいってわけじゃないけど、かなり使えるようになったよ」
「おっけー」
ん? なんでそんな質問をしたんだろう。
何か怪我を治す必要があることを————。
————と思った瞬間、正面で大きな音が鳴った!
僕は考えるより前に叫ぶ。
「『シールド・トリプル』!」
ファジル様がリンデさんの方からこちらに振り向くと同時に、魔法の盾に針が刺さる。
これは……吹き矢!? 見たところ、毒か何かか!?
正面を見ると、リンデさんが黒い剣を出して全身黒ずくめの暗殺者のナイフを軽く受け止めていた。
さすがリンデさん、こちらと情報共有していなくても、暗殺者の不意打ちに後れを取るわけないですね!
既にナイフを叩き落として、事情が掴めずとも腕を後ろにして両手首を動かせないように握っている。
リンデさんの握力で握られたら、間違いなく動けないだろう。
黒ずくめの男は縛られつつも、自分の作戦が成功したのを確認するようにファジル様の首元を睨みつけている。
ファジル様は、事態を把握したようで大きく息をついた。
その問題なさそうな姿を見て、男はようやくファジル様が何の攻撃も受けていないことを認識した。
「……なぜ、まだ立っている……? 失敗したのか?」
「そういうことだ」
僕が宣言したと同時に、ユーリアがはっきりと告げた。
「ライ様、作戦は成功しました」




