エルダクガの料理をいただきます
まずはアブラハム様とファジル様に、宿泊の相談をする。
なるべく近くで、小声で……。
「アブラハム様、よろしいでしょうか」
「ああ、何だ」
「今日は、ファジル様の近くにリンデさんと宿泊したく思います。僕は別室で構いません」
「うむ、構わないが理由は?」
「……お察しの通りあのドラゴンは、暗殺のつもりでしょう」
ファジル様が隣で息を呑む。アブラハム様は十分に予想が出来ているようで、静かに頷いた。
「犯人に心当たりは?」
「ありすぎるぐらいだな……。この国の王は金細工の流通を担っている。高値で売ることは勿論、子孫に譲り渡すことも。しかし、そのようなことをしては国が滅びる。故に自信を持って国を動かす者が必要なのだ。この俺のようにな」
胸を張り、腕を組むアブラハム様。
そこには、この国をしっかり発展させているという自信に満ちあふれていた。
「だが、当然この立場を利用したいと思うものは多い。故に命が狙われるわけだが、まさかアブドゥラ達を連れて安心していたところにドラゴンとは……」
「はい。相手が諦めるとは思えませんので」
「分かった。皆はファジルとともにこの部屋に泊まるように」
アブラハム様から許可が下りて、僕は皆を集めてここで寝泊まりすることを伝えた。
「わーっ、ファジル様とご一緒たのしみですっ!」
「ふふ、私の部屋を見せるの、私も楽しみだわ」
二人はすっかり打ち解けたようで、そんな様子をアブラハム様も笑顔で見ていた。
僕はユーリアの近くに行き、確認をする。
「ずっと魔法を張った状態で、どこまで続く?」
「気合いを入れれば、一週間は寝ずに使い続けることが可能です」
「凄いな……でもさすがにそこまで消耗させるつもりはない。頼りにしてるよ」
僕の要望に嬉しそうに笑顔で応えてくれるユーリアに感謝する。この勝負はいかに相手に察知されないかが重要だ。本当に頼りにしてるよ。
「ん? ライさん、どうしたんですか?」
「いえいえ、リンデさんはファジル様の隣にいてください。護衛として頼りにしてますから」
「おまかせくださいっ! ファジル様いい人ですし、絶対護ってみせますよっ!」
僕はリンデさんに……心の中で謝りつつ、頷いた。
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晩になり、お腹が空いてきた。
アブラハム様は客人として僕たちをもてなしてくれるようで、エルダクガの料理を料理長に言って振る舞ってくれた。
エルダクガの料理は、羊がメイン。あまり王国では食べなかった肉である。
「おいしい! ライさん、これおいしいです!」
「そうですね!」
しかしリンデさんは、ちょっと味の感じが似ているオーガの肉を食べ慣れている。羊の独特の味も、十分好みだったようだ。まあリンデさんだからね、大体どんな食べ物でも大丈夫ですよね。
アンも嬉しそうに肉を頬張っていた。
「これは……これは何でしょうか?」
いくつか並んでいるうち、ユーリアが珍しそうなものに手をつける。
「ふむ、ホンモスが珍しいか。これは、アエーシに……こうやって食べるのだ」
アエーシというのは、あのパンみたいなものだろうか。
ユーリアが真似して一口食べて……あ、頷いている。僕も食べて見よう。
まずは、このペーストをパン……アエーシの上に乗せて。
口の中に入れると、今まで食べたことのない味が口の中に広がる。これがこのあたりの料理か……!
「もしかして、豆のペーストですか? 煮込むのならともかく、ここまで丁寧に細かくするとは……」
「おや、ミア様の弟は料理に興味が?」
「興味がっていうか、姉貴は料理とか細かい作業が全然ダメなので、家の料理を丸々全部任されたりしてましたね……」
僕が姉貴の家でのことを話題に出すと、アブラハム様は驚いたように、しかし興味深そうに聞いてくれた。
それから、両親がいなくなってから僕が料理を作るようになったこと、最近ようやく仲が戻ったことなどをお話した。
「……ライムントは相当に苦労したのだな」
「それでも、姉貴との溝も埋まりましたし、こうやって魔人族の皆とも仲良くなれたので、悪いことばかりじゃなかったですよ」
「そうか」
穏やかそうに笑うと、アブラハム様は自分の食事へと戻った。
僕もこの機会に、エルダクガの料理をたくさん食べてみよう。
次は、あのハンバーグっぽいけど串に刺さってある料理だ。おいしそうな匂いがする。他にも何かの揚げ物っぽい胡麻の降りかかってある料理も興味がある。
あ、このハンバーグっぽいものはカレー味のラム肉っぽいな。ちょうど食べてる途中のリンデさんと目が合うと、リンデさんはその料理を褒めて僕に同意を求めた。
そんなリンデさんに笑顔で頷きつつ、早速この料理の作り方を頭の中で考え始める。っと、いけないいけない、オーガ肉のチーズ入りハンバーグを求めて何年もしていたから、すぐに分析する癖がついちゃったな。
後で料理人の方に教えてもらうか、料理の本を探しに行こう。
僕達は目新しい料理の数々に満足して、夕食を終えた。
夕食後の時間に、勿体付けるわけでもないので、アダマンタイトゴーレムをリンデさんに出してもらいアブラハム様に伺ってみた。
しかし、やはりアブラハム様もファジル様も、他の城内の人達もこの素材に心当たりはないようだった……。
-
睡眠時、僕は客間に、リンデさんはファジル様の隣で眠ることとなった。
「ううーっ、そうでした……別々ですね……」
「リンデさん、僕も一日離れるのも寂しいですが……ファジル様を僕が護るわけにもいきませんし、夜中ずっと魔法を張ることはできないでしょうし……お願いできますか?」
「はい、もちろんです。ここでしっかり信頼を勝ち取らないといけませんからね!」
リンデさんは頷くと、ファジル様の部屋に向かった。
客間には、これでユーリアとアンと僕の三人になる。
リンデさんがいなくなってから……なんとアンが、僕にしがみついてきた!
「え? あの、ちょっと」
「えへへ〜、リンデさんがいないうちに、わたしもライさんさわるよ〜」
「あ、あんまりくっつきすぎないようにしてね……?」
嫌ではないわけだけど、なんだかすごく悪い気がする……。
「……不倫?」
「ユーリア? 違うからね?」
「言ってみただけです、今更ライ様のリンデ様への好意が微塵も揺らがないのは分かってますから」
「はは……」
変な汗が出てきた。……本当に冗談だよね?
しかしユーリアも、こちらに残った理由を察して……そして事前に連絡していたとおりすぐに真剣な顔で報告をしてくれる。
「……ずっと近くに一名います。様子を窺うだけで何もしてこないようですが……」
「何もしてこないのなら未遂だ、それに下っ端だろう。……しかし必ず相手はどこかで仕掛けてくる。リンデさんが隣にいるうちは間違いなく手を出してこないだろうけど、ユーリアは引き続き監視を頼むよ」
「お任せ下さい、城下街まで含めて夜中ずっと監視下に入れておきます」
明日が勝負になるだろうか。この賭けは、恐らくアンが大きな役目を担うと思う。
しかしいろいろなことがあった疲れで、僕はすぐに瞼が重くなった。
ユーリアには申し訳ないけど、ベッドで早めに横になる。
アンは隣のベッドで寝たけど、さすがにくっついてきたりはしなかった。
「おやすみなさいませ」
半分夢の中だった僕はユーリアの声に心の中で感謝を返し、眠りについた。




