エルダクガの城に入ります
いつの間にか緩やかに減速していたグランドサンドキャメルは、テントが左右に並ぶ街中を悠々と歩いていく。
シレア帝国ではこんなに街中まで来るというのはとてもではないけど不可能だったけど、この街なら大丈夫そうだ。心なしか、グランドサンドキャメル自身もこちらの方が余裕があるように見える。
窓の外を見ると、周りの住人達がこちらを見ている。王族や貴族だけが使う車なだけあって、やはり注目を集めるのだろう。メルクリオ侯爵が来たのがどれぐらい前なのかによって、人々にとっての珍しさも変わりそうだ。
やがて、テントの地帯よりも大きな街並みに入っていく。
見ればそれ相応に緑も育っていて、建物もしっかりとしたレンガのものが建造されている。ちゃんと都心部は発展しているようだ。
正面を見ると、そこには遠くから見た時にも目に留まった大きな建造物がある。
ビスマルク王国とは幾分意匠が違うけど、間違いなく王城だろう。
……そろそろ到着か。
僕はユーリアとアンに、少し話をしておく。
ユーリアは僕の話を聞いて目を見開くと、すぐに頷いた。アンも了承してくれた。
グランドサンドキャメルは、王城正面で止まった。
後ろを開けると、真っ先にファジル様が先頭に立って僕に目配せをする。その直後に後ろの扉が開くと、ファジル様と同じ肌の色をした兵士が二人、ファジル様と目を合わせた途端に槍を上に向けて胸に手を置いた。敬礼だろう。
「リンデ! こちらへ」
「えっ! あ、はい」
ファジル様がリンデさんを呼び、その手を握るように手を差し出す。リンデさんが手を握ると、周りの兵士達から少しどよめきが起こる。……まあ、いきなり魔人族と姫が手を握っていたら驚くだろう。
ファジル様は、兵士達に向かってそれまで車内で発していた声色とは全く違う声で、兵士達に叫んだ。
「この者は、例のシレア帝国と友好関係を結んだ魔人王国の者だ! 世話になったため私が護衛として雇った、失礼があると国の恥だぞ! 丁重にもてなせ!」
「ハッ!」
兵士達が一斉に背筋を伸ばす。その姿を見て頷くと、ファジル様が振り返り、僕たちに頷いた。
……さすがお姫様、圧倒的なカリスマ性だ。
僕はリンデさんの隣に降り、アンとユーリアもそれに続いた。
ファジル様がリンデさんと手を繋いだまま王城の中へと入っていく。すっかりファジル様はリンデさんに心を許したようで、その点はリンデさんの良さに全幅の信頼を置いていたので安心していた。
城の中は……本当にすごいものだった。
「ふわぁ……!」
「ふふ、すごいでしょう?」
「すすすごいです! なんですかこれ、お城そのものが宝飾品みたいじゃないですかっ!」
僕も、その感想には同意するしかない。周りを見れば、リンデさんの感動もわかるというもの。
建物は、本当に黄金に溢れていた。細かい装飾を施した動物などが立ち並ぶ、とんでもない王城だった。
砂漠の国エルダクガ、完全に侮っていた。黄金細工のレベルは、ビスマルクやレノヴァより上だろう。
やがて廊下の突き当たりで、幾人かの商人たちを見つつ、兵士にファジル様が「緊急の要件よ」と指示を出す。
「ファジル様のお帰りィーッ!」
兵士が大きな声を上げて、豪華絢爛な扉が開く。
その先は……金銀煌びやかな室内。その大きな椅子の中央に、筋肉質な男前の中年男性がいた。どことなく顔つきもファジル様に似ている。
この人が、アブラハム様か……。
「ファジル! 随分と速い帰りだったじゃないか、まだ先日出たばかりであろうに」
アブラハム様は、ファジル様のところまで行き……当然リンデさんの方を向く。
「この者が魔人族だよな? 話にあった女王か?」
「エッ!!?」
リンデさん、恐らく僕が聞く限りでも一番ってぐらいの大きな声で驚きつつ必死に否定した。
ファジル様が、アブラハム様に説明をする。
「違うわ。彼女は護衛として雇ったの」
「護衛としてか?」
「ええ。行きがけに出会って、それで……」
「……待て、護衛に付けたアブドゥラ達はどうした?」
アブドゥラ。その名前を聞いて、ファジル様は視線を落とした。
……そうか、あの人達が……。
「……私を護って、死んだ。勇敢だったわ」
「死んだ、ってアブドゥラ達がか!? 彼らは優秀だっただろう!?」
「追って説明させて。まず……」
ファジル様は、それから僕たちと出会う前の話から始めた。
グランドサンドキャメルの車の中で談笑をしていたこと。夜寝泊まりして、翌日シレア帝国が近くなった辺りで、ドラゴンに襲われたこと。
「ドラゴン、だと……! にわかには信じられん……!」
「そりゃ私も信じられなかったわ。でも……リンデ、頭を出してもらっていい?」
「え? でもでも、絨毯さんが汚れてしまいますよ? あとこの部屋だと小さいかも」
「そうね……それじゃあ」
ファジル様が先導して皆で中庭に行く。
砂漠の国とは思えないぐらい自然豊かに広がった中庭の、砂地部分にリンデさんがドラゴンの頭部を出現させる。
中庭を取り囲んでいた兵士達が、その姿にざわざわと騒ぎ立てる。アブラハム様が「静かに!」と声を上げるも、なかなか声が止まないし、兵士達の気持ちも十分に分かる。
地面に現れたその姿は……改めて見ても、大きいし怖い。
死んでいる生首だと分かっていても、今にも襲いかかってきそうな迫力だ。
「……こ、これが……!」
「ええ、このドラゴンに私は襲われたところを、そちらの魔人族の方々に救ってもらったの」
「では、アブドゥラ達は……」
「……アブドゥラが私を車の外に思いっきり蹴り飛ばして、その直後に背中に大きな傷を負って……他のみんなも一瞬でやられて……」
ファジル様が思い出そうとするところを「良い、もう言うな」と頭を自らの胸に抱え込むようにして抱き留めるアブラハム様。
隣で再びリンデさんが、もらい泣いていた。
「……ファジルに感化されたか、優しい魔人族。ファジルはこれで心を開く相手も少ないが、それだけお主が優しいという証明だろう。娘を助けてくれて感謝する」
「ずずっ……いえ、困ってる人がいたら助けるのは当然ですから……でも、みんな助けたかったです……」
「ドラゴン相手に無傷の勝利のみを願うか。……魔人王国が友好的であるということは、何よりもの救いだな」
アブラハム様は、僕たちを……僕に目を止めた。
「君は?」
「はい。僕はこの魔人族を率いている立場の、元ビスマルク王国で現魔人王国のライムントと申す者です。姉は勇者のミアと言って————」
「勇者ミア!?」
「————こちらの国にも、って、姉をご存じなのですか?」
アブラハム様が、しっかりと頷く。
「それはもう、勇者ミア様はこの近くに出た巨大なるサンドワームを何匹を切っては捨て、一度街を救ってくれたのだ。そうか、君は弟か……確かに面影がある」
「そうですか、姉貴が……」
アブラハム様は、僕が姉貴の弟であることを何よりも信頼できる要素としてすぐに心を開いてくれた。
……僕は、ドラゴンの頭を回収してファジル様と話し出したリンデさん達を見つつ、ユーリアに小声で聞く。
「……いたか?」
「はい。ライ様の言ったとおりの動きをしておりました」
「やはり……」
僕たちはこの国で、立ち止まっているわけにはいかない。
ファジル様の身に起こったこと、そして突然出現したドラゴン。
僕は、今回の件の解決に向けて頭を動かし始めた。




