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砂漠の感想と、人それぞれの感じ方

 ……いけない、すっかり眠っていたようだ。

 僕は暑い車の中の空気を入れ換えるように、少し後ろの布を開けて風の魔法を使い車内の空気を入れ換え……あっつ!?


 外を見ると……木が、完全に枯れて小さくしか育っていない。

 なんだこれは……! これが、砂漠の国なのか!


 遠くを見ても、一切の緑が存在せず、地肌剥き出しの赤い岩の崖と、砂地ばかりの地面。

 薄暗くても分かる、まさに草木の育っていない土地だ。

 かろうじて道らしきものが踏み固められていて、ぽつぽつと立っている看板が短い間隔で視界の向こうに行く。グランドサンドキャメルの足は、本当に速い。

 そしてあの看板が規則正しく見えるということは、進んでいる道が正規の道だと分かる。

 ……正規の道で、この荒れ地なのか。


「旅路は順調なようだね」

「え? あっ、ファジル様、起きていらっしゃったのですね」

「ええ」


 ファジル様は僕と同じように、荒野を見られる位置に腰掛けた。


「この辺りは、ずっとこんな景色ですか?」

「そうよ。といってもこのあたりだけの道だけどね。私の国はもっと違う景色になるわ」

「これよりは、木が多く見られる景色になりますよね?」

「まさか、周り一面砂しか見えなくなるわ」

「え……!?」


 こ、この荒野よりも不毛の地が、砂漠の国!?

 以前書物で知識だけは得ているけど……それでも想像つかない。人間が生活するのに、水は必要不可欠だ。砂だらけの場所は、どうやって生活するんだろう?


「ああ、とはいっても街中まで砂だらけってわけじゃないのよ。大きな湖と大きな河があってね、そこの周りを街にしているの」

「そ、そうなんですね……安心しました」

「さすがにそこまで砂だらけじゃないわ。でも、砂漠はとても綺麗なのよ。……そう、砂漠はいいものなの。あなたも気に入ってくれるといいわね」

「はい、期待しています。もしかしたら僕より先に、リンデさんの方が気に入っちゃうかもしれませんけど」

「それは反応が楽しみね」


 ファジル様はくすりと笑うと、再び奥までいって目を閉じた。

 僕も……氷の魔法を少し使って、室内の温度を下げて寝よう。


 -


「ふわぁぁぁぁ〜〜〜っ……!」

「すごい、すごいーっ!」


 そんな楽しげな声に、僕はゆっくりと目を開ける。


「リンデさん? アンも」

「あっ! 起こしちゃいましたね、すみません!」

「ライさんも、みてみて! すごいんだよ!」


 アンが指差す外を見ると……そこはすごい光景が広がっていた。

 一面に広がるのは黄色い砂。それがあまりにも広大に広がり、そして乱れらしいものが全くない。看板に沿って、グランドサンドキャメルの足が作った砂の巻き上げられた道がまっすぐ続いているのだろう。

 これが、これが砂漠の国! 確かにこれは、さっきまでの荒野とは全然違う!

 横の窓から見た砂漠は、多少の湿度があったのか地面が水に濡れて、太陽の光を反射してきらきらと輝いている。


「すごいですねこれは……! 途中の荒野はあまり綺麗な感じはしなかったんですけど、ここまで徹底して何もないと、まるで新築の家屋みたいに綺麗になるとは……」

「途中はそんなだったんですね。でもでも、私はこの砂漠さん気に入りましたっ! きらきらの砂がさらさらいっぱいで、地面全部がきらきらしていて、お屋敷の絨毯が広がっているとか、この国土が全部宝石みたいです! 砂さんがこんなに素敵に感じるなんて……!」


 ついにこんな小さな砂粒にまで敬称を付けだしたリンデさんの可愛らしさと好奇心に笑顔になっていると、奥から「ふふっ」と声が聞こえてきた。


 そちらを見ると……どうやら先ほどからずっと、ファジル様が見ていたようだった。

 驚くリンデさんの方へ、ファジル様が歩み寄る。


「お、おはようございますっ!」

「ええ、おはよう。あなた、この砂の国のことを面白い表現していたわね」

「へっ? ……何か面白い表現していましたっけ? ライさん分かります?」

「砂さんがいっぱいの国土が全部宝石みたいって言ってましたよ」

「ふえ……面白い表現でした?」


 リンデさんは、その言葉を言ったことを何の気負いもなかったかのように、首を傾げた。

 それは、リンデさんにとっての『普通の感想』であることの、何よりの証左。

 魔人族のジークリンデという存在の感性そのものだった。


 ファジル様は、リンデさんの手を取る。


「あなた、リンデというのね」

「は、はいっ! えとえと、ファジル様はお姫様なんですよね」

「ええ。でもあなたはそこまで気にしてくれなくていいわ。ね、もっとあなたの感想を聞かせてちょうだい」

「え、えっと、はい……?」


 それからファジル様は、リンデさんにいくつか質問をした。

 砂漠地帯の途中の多肉植物を見て「ぷにぷにでかわいい! あれ好きです!」とか、サボテンを見つけては「あれもふかふかかわいいです! 砂漠さんの植物さんは、かわいい系ですね」と楽しそうにはしゃいでいた。

 ちなみにサボテンがふかふかじゃなくて針だと聞くと、顔を白くしてカクカクと首を横に振りながら「サボテンさんはこわいです……」と本気の声色で言い出したので、ファジル様は思いっきり笑っていた。


 ファジル様はリンデさんのこと、気に入ってくれたみたいだ。

 何でも褒めてしまい、好奇心旺盛に興味を示すリンデさんは、やっぱりこういう時にその性格の良さが出るね。


 ……僕から見ると、この砂漠は本当に綺麗であると同時に、残酷なぐらいに不毛だ。

 生活するのは厳しいだろうし、恐らく他国からもここまで植物資源が少ないと交易でなめられたりもするだろう。

 少なくとも遠征での採集任務は、この国には多くはなさそうだ。


「ファジル様自身は、本心からこの砂漠を良いものだと思っているのだろうか」

「……反動形成、でしょうか」


 ファジル様から離れた場所に座っていた僕の隣には、いつの間にかユーリアが起きていた。

 地面の音もあるし、ここからだと小声なら二人に声は聞こえないだろう。


「反動形成?」

「はい。……私は性格がリンデ様ほど透き通っていないので、少し思うところがあります。きっとこの国は、資源が少ないと」

「僕も、そう思っていたところだよ」

「あっ……申し訳ありません、ライ様の感性を否定するつもりでは」

「いやいや、いいんだ。僕も自分のことをリンデさんほど純粋じゃないと思っていたところだから」

「ほっ……そうですか、よかったです……」


 ユーリアは、ファジル様の嬉しそうな顔を見ながら呟いた。


「反動形成とは、嫌いな相手に対して過度に丁寧になったり大切に扱ったり……褒める現象のこと。心理防御みたいなものです」

「嫌いな相手に……ということは」

「はい。少しあの時の会話を盗み聞きしておりました。それ故、思うのです。……ファジル様は、砂漠を良い物だと褒めるのは、そう自分で言い聞かせておかないと良い物だと思えないからなのではないかと」

「ああ……」


 だから、この交易としては不利な砂漠のことを、あんなに褒めて……。

 本心は、この国の資源の少なさを、憎んですらいると。


 王の娘だからと、おべっかもずいぶん言われて育ったと思う。

 砂漠だって、姫に対して他国の者は批判したりはできない。


 だから、リンデさんの表裏を感じない感想に、嬉しそうなんだ。

 本心から、砂漠に喜んでくれる人と出会えたから。

 起きる前から、あんなにはしゃいでいたから。


 ……リンデさんがもたらす優しさは、僕の生活に潤いを与えてくれた。

 そんなリンデさんだから。

 こんな砂漠の大地でも、ファジル様に潤いを与えることができるのだろう。


 リンデさんって、やっぱりとっても凄いですよ。




 そして、もう一人。

 僕たちとは違う感想を持った人がいた。


「……広い……」


 アンだ。

 はしゃいでいた最初の頃とは違い、今は砂漠をずっと見て、遠い目をしている。


 そしてアンは、窓に手を置いて、空を見上げる。

 雲一つ無い砂漠の空。

 地平線まで伸びる、砂。

 青と黄色の二色しかない、どこまでも続く世界。


「……広いなあ……」


 僕はアンが何を考えて呟いているのかわからなかったけど、次の一言でいかに自分が愚かだったか分かった。


「世界って、こんなに広かったんだ……」


 アンは、ずっと地下の狭苦しい赤一色の悪鬼王国にいた。

 しかもその中でも、恐らくその容姿から魔王の娘にして異端児として、地下牢にずっと閉じ込められていたんだ。

 恐らく、何年もだろう。


 僕にとっては『何も資源がない』だけの不毛の地でしかない砂漠。

 それがアンにとっては『何も遮る物がない』という貴重な大地となる。


 人によって、感じ方は様々だ。

 それは、その人の感性だけでなく、生い立ちにも大きく影響する。


 そもそも僕が男でありながら料理をするようになったのも、感性や生い立ちによるものだったと思う。

 そういえば僕が料理を勉強するって言い出したとき、真っ先にリリーが僕のことを察してリーザさんに一緒に直談判してくれたんだっけ。

 ……こういうところを察する能力は、やっぱりリリーの方が昔っから一枚上手だったんだよな。

 僕は頭は良くなっても、心を読むのは良くならないってか。

 ははっ、やっぱり自分の性格、ほんとに悪いんじゃないかって嫌になってくるよ。でもこれ、ちょっとでも思おうものなら、絶対リリーが怒って否定するんだよな。前にやったからわかる。

 ……ほんと、リリーは村には必須の人材だよ。みんなに慕われるのも十分に分かる。

 早く連れ戻さないとな。


 僕はアンの近くに行き、彼女の頭を撫でた。

 ちょっとびっくりしつつも、くすぐったそうに眼を細めて僕を見てアンは笑う。

 その過去を感じさせないように。

 未来だけを見ているように。

 僕は、僕を助けるために種族の全てを捨てる選択をしたアンを大切にしよう。


 ……だからリンデさん。

 そんなふくれっ面で、僕の前に頭を突き出さないでください。

 頭を撫でたとたんにデレデレ顔になるあたり、本当に可愛いですけど……いろいろ台無しです。

 遠くで子供を見る親のように微笑むファジル様に、僕は恥ずかしさで思わず目を逸らすのだった。

 窓の外に、大きな建造物が見えてきていた。

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