魔物を討伐し、女性を助けます
外に飛び出すと、周りは少し岩肌が目立つもののまだ砂漠の国というわけではない場所のようだ。
乾いた大地に足を踏みしめて、悲鳴のあった方を向く。
「あ……ああ……」
隣には横転している馬車……いや、こちらもグランドサンドキャメルの車か!
車の布や枠、車輪に至るまで破壊されて、護衛と思われる浅黒い肌の戦士が血まみれで倒れている。
あの大きな巨体を倒す魔物となると、一体……!
「ううーんライさぁん、空に逃げられて倒しそびれちゃったぁ……」
先行して出ていたアンが、小剣を片手に上を向いている。
その視線の先を追うと、一体襲ってきた魔物が何なのかようやくわかった。
————竜。
翼の生えた竜が、空にいる。
強力な魔物だ、こんなところに出るとは……パーティメンバーをしっかり固めていないと厳しかったな。
それにしても、普通の冒険者パーティでの護衛なら、こんな強い相手が出る道を通るだろうか。相当運が悪かったのかもしれない。
「あーっ! あれはドラゴン!」
「……リンデさん?」
「ライさん! やりましたね!」
……やりましたね? リンデさん、ドラゴン相手に喜んでいるんですか?
「ドラゴンは、焼くだけでもとってもおいしいんですよっ!」
「そうなんですか!? あっ、そういえば初日に会った時言ってましたね」
「はいっ! 魔人王国の島にはいろんな魔物が自然発生したり飛来したりするんですけど、ドラゴンはめっちゃおいしかったですっ!」
そうだった、ここにいるリンデさんは食物連鎖の頂点みたいな子だった。
そうか、ドラゴンって体験者からするとおいしいのか。
人間が討伐できるような相手ではないから、当然その味を知る人間はいない。
この味付けもしない魔人族がおいしいと断言するのだ。恐らく以前食べたドラゴンステーキ、全く塩味も何もしない肉を火の魔法で焼いただけなんだと思う。
それでおいしいと断言できるのなら、それは間違いなく肉自体がおいしいのだろう。
なるほど、確かにこれは相当運が良かったのかもしれない。
……さっきと感想が逆だって? ま、リンデさんの近くにいると、自然とこうなるってことだね……。
「ユーリア、仕留められるか?」
「はい、あれならいけるはずです! 『ウィンドカッター・トリプル』!」
杖をドラゴンに向けると、空でこちらを警戒していたワイバーンの両方の羽の付け根から血が噴き出す。通常の魔法のようで、それは第三段階の強力な魔法。一撃とはいかなくともダメージは大きく、更にユーリアはその強力な魔法をあろうことか連射する。
急に激痛に見舞われたであろうドラゴンは、怒り任せにユーリアの方へと突っ込んでくる。
「んー、短気は損気ですねー」
リンデさんはのんびりと喋ったと思ったら、いつの間にかドラゴンの頭を掴んで相手の勢いを殺し、そのまま首を切り落とした。
ちょっと大きな蛇が出て来たので処分しました、みたいな感じで、ドラゴンは絶命した。
……そりゃもちろん皆のことが強いって分かってはいたけど、ドラゴン討伐の難易度がめちゃくちゃ低くて感覚おかしくなってくるなあ……。
そしてもちろん、リンデさんの第一声は。
「おにくだーっ!」
であった。
まさに食物連鎖の頂点って感じだ。
「リンデ様、頭部や爪も良い素材になるはずですよ。持っていきましょう」
「おっけー!」
そしてそのちょっとした一軒家みたいなサイズのドラゴンの死体を、あっさりとアイテムボックスの中へと入れてしまう。
後に残ったのは荒野の地面に散らばった赤い血だけである。
まずは、後ろの車だろう。
僕はアンの護っている女性のいる方へと足を進めた。
そこにいたのは、夏の木色の肌をした、砂漠の民の女性だった。
こちらの地方の人は皆見目麗しいと知ってはいたけど、その中でも特に首や腕に金で加工された装飾具、魔石の指輪などを見る限り、間違いなく貴族の類だろう。
「大丈夫ですか?」
「……え……あなた、人間……?」
「人間ですよ。シレア帝国の方から来た者です」
僕の手を取り、女性が立ち上がる。
こちらを見た瞬間「ひっ……!」と小さく悲鳴を上げて身を引く女性。
えっ、僕そんなに怖いかな?……と思ったら、リンデさんの顔が左のすぐ至近距離にあった。女性を覗き込んでいた、そりゃ驚くよなあ。
「むぅ……ライさんの旅路は美人さんと出会う旅路すぎます……」
「あ、あの、リンデさん?」
「偶然ですよね? 美人率百パーセントなの、偶然ですよね?」
僕はじーっとこっちを見るリンデさんに顔を寄せる。
急な行動だったのか、思っていた反応と違ったのかちょっと照れているリンデさんに、少し僕も恥ずかしいけど一言。
「そんな美人のうちの一人目がリンデさんですからね」
「あ、え、あう、あうあう、あうあうあうあう」
恥ずかしそうに目を彷徨わせて、しおらしく両手を前にしてもじもじと指をつつき合わせる。
そんな可愛い反応をずっと見ていたいけれど……今度は右からの視線が痛い。
「ええっと、とりあえず、あの通り魔物は倒しましたのでもう大丈夫です。お怪我は?」
「あッ……ええ、ないわ。ありがとう、旅の方。……それにしても、シレア帝国では人類と友好関係にある魔族と受け入れたという話、本当だったのね」
「魔人王国を知っているのですか?」
「話だけね、実際に見たのは始めてよ」
「そうなんですね。……ところで、僕はライムントというエルダクガ行きの旅の途中の者です。差し支えなければ、あなたのお名前を教えていただいてもかまいませんか?」
僕の要求に対して、女性は渋った。
……何か、理由があるんだろうか。
「あなたたちが信用できるかどうか分からないけれど……私はこれ以上一人では移動できないし、選択肢はないか……。……何か……証明……って、あなたのその車」
僕たちの乗っていた車のとこまで行き、女性がその紋章に手を触れる。
「『ヴァリ』」
それは、証明魔法。
つい数時間前、メルクリオ侯爵が行った魔法と同じものだった。
「メルクリオ家のグランドサンドキャメルの車じゃない。マジックストーンのサステンションも……悪くない。あの人の道具、飾りっ気ないけどどれもいいものなのよね」
「あ、あの……?」
「ああ、失礼。あなたたちの身元は証明できたわ。出発直後に証明しているということは、強奪したわけじゃなさそうね」
「証明魔法って、そこまでわかるのですか」
「分かるわよ、人間全てに違う情報が組み込まれているから、この魔法に嘘は通じないの。最後の証明の注釈に、魔族を連れている者に譲った旨が書いてあった」
ウンベルト様、あの時そこまでやってくれたのか。さすが侯爵家の当主、先まで見据えていて頼りになる。
この封筒は到着する前で使うわけにいかなかったからなあ。
それにしても、この女性は一体何者だろう。
「さて、と。あなたたちの身が怪しい者ではないということは分かったわ、改めて感謝を。絶体絶命のところ、ドラゴンから救っていただきありがとうございます、必ずエルダクガに着いた暁には父にお礼をさせます」
「ご家族の方に、ですか?」
「ええ。侯爵からということは、証明できる道具は車の他に封書や印、交換品などもあんじゃない? それを父に見せるのよね」
……もしかして、この人は……。
「その顔を見るに、察したようね。それじゃ自己紹介させてもらうわ。私の名はファジル・エルダクガ。あなたが今から会いに行く人の娘よ」




