シレア帝国に再び着きました
微睡みの中、優しく肩を揺すられる。そちらを見ると、アンが僕の顔を覗き込んでいた。
「あ、おきた。おはよーございます」
「起こしてくれたんだ。おはよう、アン」
ようやく寝ぼけた頭が覚醒してきた。船の中にいたはずだ。アンが僕を見ている。現状の把握と思って周りを見ると……。
「すぅ、すぅ…………ん……?」
リンデさんが、僕の肩に頭を乗せて寝ていた。
僕が振り向いた時に頭が擦れて、起きたようだ。
……ってことは、今まで寄り添って寝ていたのがアンにじっくり見られていたというわけか……今更ではあるけど、やっぱりそういう寝顔を見られるのは恥ずかしい……!
ああっ、アンが微笑ましそうな顔を……!
「ふあ〜っ、おはようございますライさん〜」
「ええ、おはようございます……」
「……どうしたんですか?」
……いえ、確実に後から僕に肩を寄せたであろうリンデさんが全く照れてないのが不公平だとか、そんなことは思っていませんとも。
「ああ、夢の中でも二人はあんなことやこんなことをしているのでしょうか……もしやそのためにリンデ様はライ様に……! せ、積極的っ……!」
「ユーリアさん?」
「————ハッ!? あ、いや、アン、これは違うの」
「なにがちがうの? まだ何もいってないよ?」
……そういえば、ユーリアって妄想癖とかすごい子だったね……。
-
シレア帝国にやってきた。……久々にやってきた、という感じがするんだけど、実のところレーナさんの訓練を除いたらほとんど日は経っていない。魔人王国で起こったことが、あまりに濃すぎた……。
港に降りたはいいけど、まずはどこに向かってみようか。やはりギルドに顔を出すかな?
皆で受付を済ませて街に降り立つと、人の視線がぐっと集まってきた。
やはり魔人族は、まだまだシレア帝国では珍しいか。……そもそも最初はこの港から軍が出ていたんだもんな。その頃に比べると警戒されているだけでちょっかいかけられないだけマシか。
「ライさん……えっと、今更なんですが、大丈夫なんですか……?」
「大丈夫なはずです。マーレさんとレーナさんが下手なことをしているとは思えないし、領主のメルクリオ様が粗相を許すとは思えません」
「わ、わかりましたっ」
僕はリンデさんの手を繋ぐと、ユーリアとアンを反対側に寄せて歩き出した。
視線が下の方に集まって……あ、そうか。アンに関しては説明されている青肌とは違うから奇異の目が集まってるのか。そりゃ当然だよな。
僕はアンを安心させるように頭を撫でる。必ず保護者として間に入るから、心配しなくても大丈夫。アンはくすぐったそうに目を閉じると僕の方を向き、にーっと笑って正面を向いた。
……子供っぽいけど、ちゃんと聡明というか自分をしっかり持っているというか、僕の伝えたいことはわかったようだ。
ギルドに入ると、ぐっと視線が集まってきた。
一部の冒険者は装備の場所を確認して、お互いの仲間の目をちらちら見ている。
……やはり緊張するな……。
「——あっ、誰かと思ったらライムントさんじゃないですか!」
奥から大きな声が聞こえてきた。それは、受付の……!
いいタイミングで助けが来たと思い、大きな声で返事をした。
「お久しぶりです!」
「ええ、久しぶりですね。ほら、君達。この方は領主とギルドマスターが世話になった方ですよ。そんなに警戒しなくても大丈夫です」
「んあ? そうなのか……この魔族連れてる男が……」
「ええ。ライムントさん、少々お待ち下さいね。今ギルドマスターに話をつけてきますので」
それから少し経過して、上からどたどたと大きな音を立ててエラルドさんと、更にレジーナさんもやってきた。
「ライムントさん! お久しぶりです、その節はお世話になりました。いやあシレア帝国はまだ魔人族になれていないもので……おや、そちらは」
エラルドさんが、僕の隣で手を繋いでいるリンデさんの顔を見て、手を見て、僕を見る。
「僕の、えーと、パーティメンバーですね」
「後ろの魔族の方も?」
「はい。四人で」
「……魔族だけで構成されている理由でもあるのですか?」
「単純に強いからですよ。信頼できますし」
僕の回答に納得したように頷くと、次いでレジーナさんがやってきた。
「……も、もしかして、あのマグダレーナという方と同等の強さの人ばかりでは……」
「ふええっ!? ち、ちがいますよぉ!?」
「そ、そうですっ! あんなとんでもない方と同じにされては、あまりにも恐縮で表を歩けませんっ!」
「……あ、そうなのですね……」
リンデさんとユーリアは、さすがにマグダレーナさんと同等という扱いはありえないと震え上がった。……レーナさん、普段は気さくで良い人なんだけど、指導中は本当に恐怖の師匠だったからなあ……。
でもお陰様でかなり強くなった自信がある。
エラルドさんが再び話の筋を戻すように僕の方へと向いた。
「それで、本日はどんな用かな?」
「砂漠の国エルダクガに向かいたいのです」
「なんと、砂漠の国ですか……なるほど、わかった。私からメルクリオ侯爵に相談しておこう。あちらもライムントさんの頼みとあらば、すぐに対応してくれるよ」
「ありがとうございます、助かります!」
よし、移動手段がうまく取れた。
これで当面の懸念事項は解消された。後はエルダクガに着いてからだ。
ギルドを離れて、僕は彼女に挨拶しないでシレアを抜けるのは避けたいと、行っておきたい場所に足を運んだ。
彼女は今どうしているだろう。
街の中央を抜けて、人通りが少し少なくなってきた細い道。
その先に、ついこの間までお世話になっていた建物がある。
どうやって声をかけようかなと思っていると————。
「……あれ……ライ?」
アウローラが、孤児院の玄関でちょうど掃除をしていた。




