次の目的地が決まりました
「おーい! ライー!」
村の南門の前まで来て、さあいよいよというところで後ろからよく聞き慣れた声が聞こえてきた。
「姉貴?」
姉貴は僕の近くに来ると、リンデさんの方を向いて両手を胸の前で上に向けさせた。
何をするのかと思いきや……袋が、ごちゃりと大きく乗った。
「はい、アイテムボックスに仕舞ってね」
「へ? はあ……」
リンデさんが特に疑いなくそれを仕舞って、僕に一言「半分ね」とだけ言った。
……いや、あの、半分ってまさか……。
「リンデさん」
「はい? なんなんでしょうかミアさん、よくわかんなかったですね……」
「今の袋、出してもらっていいですか?」
リンデさんが袋を開けると、その中には……!
「わぁ! 宝飾品……じゃないですね? あっこれレノヴァ公国のおいしいところで使ったやつです。でもおっきいですねー。あと青っぽい銀色のもありますよ」
「そりゃあ、そうでしょう。大金貨なんですから」
「……代金? なんの代金か? ですか?」
リンデさんのボケと対比するように、ユーリアが驚愕に口を開く。どうやらユーリアは、中身の規模を察したようだ。
「ライ様。ライ様から見て、この中身、どれぐらいだと思われますか……?」
「貴族と同じぐらいの蓄え、あると思うよ」
ようやくリンデさんも、手元がどういうものか分かったらしい。
驚いた顔で姉貴に対して本当にもらっていいのか聞くと、
「あたし高いものとかに使わないんだもん、こういうのは回してなんぼよ。ライがどんどん使ってくれたらいいわ。おいしいものでもおみやげに持って帰ってくれると、クリストハルトも喜ぶわね」
なんというか、その感想はどこまでいっても姉貴って感じで安心できるものがあった。
こんな時でも姉貴はぶれないなあ……。
「おいしいもの、ね。食材の丸い島でも見つかればいいけど、ほとんど姉貴が土地のものは買って来ちゃったからなあ」
「食材の丸い島さん! もしかしてもしかして!」
「はい、リンデさんにはお話したとおり、白い砂糖や一つで味を調える液体、甘い果物や野菜など、この地にはないものがたくさんある島です」
「いってみたいです! あ、でも見つかってないんでしたよね」
以前リンデさんに食べさせたチーズケーキに、雪化粧のような粉の砂糖を使うというアイデアがあった。
だけどそれは、この地方の砂糖では不可能なものなのだ。
僕がそのことを言うと、姉貴が口を挟んできた。
そして僕は、そういえば姉貴が勇者として出て行ってから、どうしても心の壁みたいなものを感じてあまりこういった話をしてこなかったことにようやく気がついた。
「食材の丸い島って、なんか『マナエデン』みたいね」
「……マナ、エデン……?」
「そうよ。白い砂糖とかいうのも売ってたし、野菜も売ってたけど、なんかぴんとこなかったというか……そうそう、最初に食べた調味料が複雑な感じの味な上に辛くて、なんか微妙だなーって思ってそのへん買って帰らなかったわね」
……いやいや、姉貴、もしかしてそれって……!
「僕が行きたかった場所、その島じゃないのか! 白い砂糖が売っていた?」
「砂糖かどうか自信ないけどねー、いいものっぽかったんだけど結局道具を買っただけよ」
「道具って、そんなものあるなら早めに言ってくれよ」
「何言ってるのよ、かなり昔に渡したでしょ」
「……え?」
姉貴が僕に渡してきた道具の中にある……?
「ホラ、あの使い込んでる無水鍋よ」
無水鍋……ああっ!
リンデさんに、一番最初にオーガのスープ、アイントプフを食べさせた時の、野菜のおいしさを引き出すあの鍋のことか……!
そういえば、あれは本当に精密に出来ている。似た商品はレノヴァ公国にもあったけど、あそこまで綺麗に密閉されることはない。
……料理が世界でもトップクラスのあの国以上って、よく考えたらこの鍋の出所、確かに異常だ。
「じゃあ、そのマナエデンという島が……!」
「ええ、結構昔に行った場所だけど、今も健在なら砂漠の国の……エルダクガだったかしら。そこから西に行けばいいわ。船を買って海の魔物を倒す必要があるから、あたしぐらい金持ってて強かったら行ける場所って感じよね。今のあんたらなら余裕っしょ。アイスロードだとちょっと遠いから注意ね」
なるほど、確かにそれなら姉貴じゃないと不可能だ。
それにしても……姉貴は随分前に、食材の丸い島に行っていたのか……。
しかし、その島に行ってもいいものかどうか、こんな状況だから判断に困るな……。
「……あ、悩んでるわね。リリーのことはあるけど、手がかり探しなら知らない場所の方がいいっしょ。どのみちアダマンなんちゃらゴーレム、この周りの国にはマーレ達が聞き回ってるから意味ないもの」
「ああ、そりゃそうか。マーレさんが僕でもできることを既にやってるわけないもんな」
「ん。あの島の売店の子……ってまあその島って売店の子しかいなかったんだけど、でも結構物知りっぽかったし、ミョーに隙がなかったから、なんか知ってるかもね」
それなら……優先順位に入れてもいいだろう。
「まずはマナエデンを目指してみるよ」
「うんうん、あんまり難しく考えなくていいわよ。あたしも知らないこと、いろいろ見てくるといいわ」
「分かった。ありがとう、姉貴」
「楽しんできな」
姉貴がニッと笑うと、手を振って去っていった。
……マナエデン、か。
「ライさん……!」
「ええ、どうやら第一目標が見えてきました。シレアに渡って、そこから更に南のエルダクガで船を買います。そして……食材の島に行きましょう! こうなったら、姉貴にもらった金とリンデさんのアイテムボックスの分、たくさん仕入れる方向で!」
「やったー!」
喜ぶリンデさんに、アンが「えっと、結局なにがあるところなの?」と聞いて、リンデさんは「甘いものがとっても綺麗な見た目になったりするものがあるみたいなんです!」と答えて、アンもリンデさん同様にぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。
ユーリアはアンの様子を見てニコニコしている。アン相手だとユーリアもお姉さんって感じだな。
よし、すっかり開拓され尽くした南から、シレア帝国にまずは向かいますか!
-
シレアに渡る船の中で、悪鬼王国がどうなっていたかリンデさんとアンが話し始めたんだけど……。
「……思った以上に破損がすごかったよね。ライさんがいなくなってから、私一人で追いかけるつもりで暴れたけど……あんなに壊れてたかなあ」
リンデさんが目を閉じて首を傾げる。
アンも悪鬼王国を思いだしながら、リンデさんと同じように首を傾げていた。
「……なんだか、建物の看板、全部こわれてたよね」
「あっ、やっぱり? 前はもうちょっと何かへんな文字っぽいの書かれてたはず」
「うん」
……僕はアンの言葉を聞いて、やはりなと確信した。
————皆が去った後に、改めて悪鬼王が壊したな。
それは、証拠隠滅だ。
一体誰の指示で? 間違いなくアルマだろう。
じゃあ、その理由は?
……恐らく、それが僕の能力なのだろう。
ゼルマさんからある程度デーモンの元々の情報を知っていたから今更ではあるけど、徹底的に灰にされたというのはかなり気になるところだ。
そこまでして、相手は僕の能力を警戒しているということか……。
僕は船の中で揺られながら、まだ見ぬアルマの考えを推察しようとしていた。
しかしいくら考えても、アルマを見通すことができるほど洞観の力はないようで……少し考えすぎて、船の揺れとともに睡魔がやってきた……。




