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姉貴は無事に着いただろうか

 森の道は深く広い。落ち葉で地面は見えず、高い木々が日光を遮るけれど、そんな道をエファちゃんは迷いなく進んで行った。

 何か魔法を使っているんでしょうね、きっと正確に場所を把握する方法があるんだわ。


 あたしはエファちゃんの後ろについていってずんずんと道を進んでいった。……こっちの道は西かしら。そういえば、なんだかんだ魔物を討って、現地の食べ物を食べてっての、東に行く旅でもあったわね。

 東ほどデーモンのヤツがたくさん出てきやがって、結構きつかった。結局本拠地らしいものは見つけられなかったけど、十体以上は間違いなく倒したと思うわ。


「デーモンって東にいるのかしら」

「正確な位置は割り出してないですが、そのはずです」

「そっかー、あたしの村の近くに出たのは驚いたけど、基本的には東の国の更に東って感じだったから、予想としては合っていたのね」

「あの、ミアさんはデーモンと何度か敵対したことが?」

「あるったらあるわ。あいつら喧嘩腰だし何かにつけてクソむかつくから、もう十体から先は数えるのも飽きるぐらいバッサバッサ斬りまくったわよ」

「デーモンをですか!? 悪鬼王国のあの灰色の筋肉すんごい魔族ですよね!?」

「そうよ」


 あたしの発言を聞いて、エファちゃんが驚いたようだ。


「まーさすがに強かったけどね。でも負けナシだからあたしはまだこうやって生きてるの」

「……本当に強いんですね、ミアさん……。私も多少自信はありますけど、デーモンを倒したことはないです……」

「一応名目上は人類で一番強いって扱いだから、本当はもうちょっと強くならないといけないんだけどね。まだまだ未熟者の勇者ってところよ」


 そう、あたしは未熟者だ。リンデちゃんにはあんなに簡単に負けてしまったし、この近くを歩いているヒーラーの女の子の防御魔法でさえ破れるか怪しい。

 人類の希望の勇者が聞いて呆れるわね。


 気を取り直して。デーモンが東ってことは、人間の国を挟んで西が魔人王国ってことね。そりゃ出会わないわけだ。

 勇者は人間の危機に現れるもの。デーモン自体が西の魔人王国を攻めに行かなければ争いは起こらないし、魔物がただでさえ多い西の海にわざわざデーモン討伐が忙しい中であたしが行くことはない。


「西ってあんまりチェックしてなかったのよね。襲いに行かなければ襲ってこない、強力な魔物の巣窟ってだけしか知らなかったから」

「海とか当たり前のようにクラーケンがわんさんかいますもんね。魔人にとってもちょっと面倒な場所なんですよ」

「あら、そうなの?」

「増えるペースが半端ないので、再々大量に討伐しまくらないと、遠くに影響が出て船も通れないほど増えてしまうらしいんです。これも訓練だって言って陛下が討伐させていますけど」

「あれ、魔族は船を使うの?」

「? 使いませんよ」


 ……うん、わかってた。これが魔王陛下のご采配ってやつなのね。この子を含めて、人間を助けていることに何も含むところがない。

 人を助けるのは当たり前の日常の一環。


 こいつら討伐しちゃったら、人間の方が立ち行かなくなるわねー。


「ところでエファちゃん」

「はい?」

「おなかすかない?」

「そうですね、そろそろ食事にしないと……」


 エファちゃんは、アイテムボックスの魔法から、なにか肉っぽいものを出した。


「それは?」

「えっと、猪の肉です。正確には魔猪ですけど、島に出ていたものを、いくつか貰い受けているんです。予め焼いているので食べやすいですよ」

「……ねえ、それ、味は?」

「味は猪のそのままの味です。……塩煮込みはし忘れたのと、やろうと思っても結構きつい味になっちゃって難しいので、味付けとかはないです……」


 エファちゃんは味付けできなかった。しかも魔猪肉、見るからに下処理してないというか、血なまぐさい! って感じの肉ね。


「食べますか?」

「……少し、いただこうかしら……」


 あたしはその魔猪肉をちょっとちぎって、口の中に放り込んだ。


 …………。

 肉質は悪くない気がするけど。

 うん。


————獣くっせえ!


「あ、あんた、よくこんなもん食えるわね!?」

「ぴぃっ!? お、お口に合いませんでしたか!?」

「合う合わない以前の問題よ! 血抜きとかやってないの!?」

「ち、ちぬき、ですか?」

「肉の血を抜くとか冷ますとかして臭みを取るとかさあ!」

「臭み……? この猪の匂いって取れるんですか?」

「取れないとおかしいわよ! あたしもそんなにこういうの得意な方じゃないけど、弟が出す料理はどれを食べてもこんなに臭い匂いは出てこないわよ!」

「そ……そうだったんだ……」


 エファちゃんは、感心しながらも普通にこの肉をむしゃむしゃ食べていた。塩味のない臭い猪肉まるかじり。見ようによってはなかなかワイルドな子ね。

 ……魔人族のこの食文化レベルを見てると、この食事メニューから急にライの料理のレベルまで引き揚げられたら、そりゃリンデちゃんがベタ惚れしちゃうのも分かるわ。


「はー、あたしはあたしの携帯食でも食べますか」


 あたしはアイテムボックスから、パンとベーコンを取り出して、適当に挟んで食べた。


「……………………」

「……………………」


 ……な、なんか、めっちゃ見られてるんですけど……!


「……。……食べる?」

「い、いいんですか?」

「そんなに穴が開きそうなほど見られたら落ち着いて食べられないわよ」

「ぴぃっ! す、すみませんごめんなさい!」

「あー、怒ってないからいいって」


 あたしはその小動物みたいなエファちゃんに、ベーコンを挟んだパンをちぎって渡した。エファちゃんはその食べ物を警戒しながら匂いを嗅いでいたけど、やがて目を閉じて口に入れた。


「…………!」


 一口食べて目を見開いて、ものすっごい勢いで口をもぐもぐさせている。なんだか森の子リスみたいでかわいいわね。

 っていうか、このエファちゃんって子、ほんとかわいいわ。


「どうかしら?」

「んっ、んぐっ、っはぁ! お、おいしいです! 何の肉なんですかこれ、味付けも全くわからないです……!」

「塩と胡椒じゃないかな、あたしは料理人じゃないからよくわかんないのよね」


 なんてったってライに丸投げだったのだ。お陰様であたしは今でもろくに料理できないけれど。でも、見た限り気に入ってくれたようね。


「ということは、王都で売っている食べ物ということなのですか?」

「そんなところね。食べ物ばっかり作っているっていう仕事とか、食べ物の元になる食材ばかり作っている仕事とか、そういうのがあって、あたしは食べ物を売ってるだけの仕事の人から買ってるわ」

「これが人間の文明、魔人王国とは絶望的なまでの差……!」


 ベーコン。あんたの存在、魔族に絶望与えてるわよ。


「そんな大げさな反応しないの。リンデちゃんだって今では沢山食べてるんだから」

「沢山!? そんなに食べていたんですか!?」

「同居人があたしの弟だからねー。あいつが一緒なら、それはもういろんなもんたらふく食わせてると思うわよ」

「うう……リンデさん、そんなうらやましい生活を……」


 あらら、ちょっと涙目になっちゃったわね。


「ま、あんたもあたしの用事終わらせてくれたらあたしの弟紹介してあげるわよ」

「いいんですか!?」

「いいけど、先に一緒になったのはリンデちゃんなんだから、あんまり二人の生活のお邪魔をしたら駄目よ」

「わ、わかりました……うう、こんなことなら私も先手を狙えばよかった……」


 ……なんだか軽率に約束しちゃったけど。これライ、家の中魔族の可愛い子でハーレムになりそうでこわいわね。

 あっ、あの家あたしの家でもあったわ。

 んー……ま、いっか! あの狭い家が魔族のハーレムになっちゃっても、がんがん増築すりゃいいでしょ。ライはあの性格じゃどうせこの子のこと拒めないわよ。甲斐性見せて人類のために100人200人囲いなさい!


 あたし? あたしは1人でいいわ。


「もうちょっとかかるわよね」

「魔人王国は遠いですからね。私が馬に乗るわけにも行きませんし、あとしばらくは歩く感じでしょうか」

「来る時も歩いてきたの?」

「そうです。食べて野宿して、そこらの動物や魔物を食べるって感じですね」

「たくましいわねー」


 見た目よりよっぽどしっかりした子みたいね。あんまり心配する必要は無さそうだわ。


「はー、今頃ライのやつはどうしてるかしらねー」

「リンデさんと一緒にいるんですよね」

「そうよー。村のみんなともすっかり馴染んじゃったわね」

「それが驚きです……陛下は、人間と理解を深め合うのは非常に困難だと予想していたので。私たちの見た目に警戒しなかったなんて、陛下の予想も外れるんですね……」


 ……それは、あたしも思った。

 確かにね、リンデちゃんはかわいいわよ。あれだけ明るい子だもの。ライも世話になったと聞いたし、村人は助けてもらったし。

 それにしたって、ねえ。あんなに警戒心なく、あの青い肌と真っ黒の金に光る目を見て、昔からいた友達みたいに馴染んじゃうものかしら。


「あの村ぐらい魔人とデーモンの差の認識が広まればいいんだけどねー」

「デーモンとの差も村人全員が認識しているのですか?」

「してるわね、あれは。っていうか村に来たデーモンを討ったのがリンデちゃんなのよ。すっごい強いから、それで信頼されてるんでしょうね」

「なるほどですです……」


 村の危機を救ったというのは、やはり実感として強いだろう。特にデーモンのヤツ、明らかにあたしの村滅ぼす気でいたものね。


「ところで、ミアさんは本当に出てきても良かったんですか?」

「ん?」

「人類で一番強いと聞いたので、デーモンの討伐をしなくてもいいのかなって」

「ああ、そのことね」


 エファちゃんの言うことは尤もだ。デーモンが出た時に、あたしナシで王国には対応してもらわなくちゃいけない。

 でもそのことに関して、あたしは……


「……2人ほど、信頼しているやつがいるのよ」

「2人、ですか?」

「片方は、あたしの村に居着いたリンデちゃん」

「あっ」


 そう、なんといってもリンデちゃんだ。


「あの子はあたしが来る前から村を守っていた。その上でデーモンも斬っていたし、ライは村を守るという約束で食事を出している。あの二人の雰囲気を見るに、その関係が崩れることはまずありえないと思うわ」

「な、なるほど……」

「正直あたしが村にいるよりよっぽど安全は保証されてるわね」


 自分で言っててちょっと悲しいけど。でも事実として、リンデちゃんなら絶対にデーモンに負けるようなことはないと安心できる。

 デーモンとも対峙したから分かるけど、リンデちゃんのあの黒いオーラを纏った姿はちょっと強いとかそんなレベルじゃない。人間が到達できる戦闘力の世界を超えている。それこそあたしぐらいしかあの世界には行けないんだろう。

 現状リンデちゃんが負ける時は、あたしがいたって意味ない時だ。


「村の周りの守りはわかりました。でも、その東側や、お城の周りでデーモンが出た地域なんかは難しいですよね」

「詳しいわねー。そうね、Sランク冒険者でもデーモンは相手にできるでしょうけど、それ以上に信頼しているヤツがいるのよ」

「そんな人がいるのですね。どなたですか?」

「あたしはそいつのこと、散々な目に遭わせちゃったし、今も結構散々な扱いだし。最初の出会いが最悪だったから、その関係が修正できないまま今まで来ているんだけれど。

 ま、そのおかげで随分鍛えちゃったヤツが一人いる」


 あたしは、そいつの名前を出した。


「マックス。さっきの男、なかなかあれで強いのよ」


 =================


「マックスさん珍しいですね、村に来るのなんて」


 僕は、その王国騎士団の団長が個人的にやってきたことに驚いた。珍しい客人に、何人か野次馬がやってきている。


「ああ、君に……いや、村全体に話があってやってきた。中に入れてもらっていいだろうか」

「村に、ですか? とりあえず中へどうぞ」


 僕は、そのまま断る理由もないので村の中に招き入れて、家まで歩き出した。マックスさんとは姉貴を通じて顔なじみだから、僕は何の疑問も持たずに……家の前まで来て気付いた。




———リンデさん家の中にいるじゃん!




 そうだった。思いっきり青肌の魔族が今休憩時間だ。昨日と同じなら、パトロールを終えてのんびりリビングでくつろいでいるはず。

 ……どうする、どうする!?


「あー、あの、えっと」

「どうした?」

「ちょっと待っててくださいね! すぐ! すぐ片付けますから!」


 僕は、マックスさんを家の外に待たせて、家の中に入った。


「あっ、ライさんおかえりなさい」

「り、リンデさん! 王都からお客様が来ちゃいました! 騎士団長です!」

「えっ!?」

「急いで寝室の方に隠れてください!」

「わ、わわわわかりましたっ!」


 リンデさんが寝室に行ったのを見て、僕はマックスさんを招き入れた。


「すみません、お待たせしました」

「ああ、待ってないからいいよ。……ふふ、引っ込み思案な少年だったと思ったが、なかなか隅に置けない……」


 中の声が聞こえたのか、マックスさんはちょっとにやつきながら入ってきた。うん、普通そういう反応だよね。そのまま勘違いしていてください。


 -


 マックスさんはやや軽装とはいえ、それなりに重量がありそうな胸当てを置いて椅子に座った。僕はコップを二つ出して、水の魔法を使って水を入れてマックスさんに出した。


「すまない、気が利くな」

「はい、どうも。それにしてもマックスさん、久しぶりに急に来ましたね」


 僕はその正面の男、マックスさんを再びゆっくりと見た。

 マックスさんは、短く刈り込んだ金髪と、背の高くがっしりとした体つき。年齢はまだ20台で、その実力で騎士団長になった人だ。それでも姉貴に比べたら大幅に見劣りするけど、今や王国ではSランク冒険者に並ぶ実力者のはず。


「いや、先日ミア様とちょうど別れてきたところでな。……話があるとは言ったが……俺自身どう話を切り出していいものか迷っているのだが……」


 歯切れが悪い。……姉貴と別れた? 姉貴……って、確か、あれだよな。今は、魔人王国に男を捜しに行くとか言って出ていって……。

 ……まさか、姉貴、それそのまま伝えてしまったのでは……。


「……なんとなく、事情は察しました。姉貴はああいうヤツなんで、特に何から言っていただいてもいいですよ」

「すまない、助かる。……はぁ、君のお姉さんには本当に振り回されてばかりだよ。ライムント君のほうが勇者だったらなあ……」

「ははは、それ久々に聞きました」

「そうか?」

「そうです、半年ぶりですね。以前は毎日のように聞いてましたからね!」


 そう冗談を言って、マックスさんも以前村に来て鍛えられていた時の頃を思い出して笑い合った。

 このマックスさんが、よりにもよって姉貴の前で酔っ払って、胸を触って腕を折られた男だ。その後それはもう激しい訓練と連れ回しにより、立場に見合った今の実力まで強くなった。


「それで、だ。……実は王都の近くで……魔族の女を見て、な」


 がたり、と後ろで音がした。……リンデさん、聞き耳立ててますね?

 さっきの音を聞いて反応したのか、マックスさんが、僕に顔を寄せて言いづらそうに小声で言った。


「その……プライベートには関わらないつもりだが、別にいたからと言って責めたりするつもりはないんだが……」

「すみません、なるべく触れないでいてくれると……」

「そうか」


 マックスさんは、再び離れて咳払いした。こういうところ、踏み込んで聞いて来ないのはマックスさんのいいところだ。


「あー、まあその魔族の……魔人族の女の子にミア様が用事があると言って、そのまま連れて行ってしまったんだ」

「魔人族を連れて行ったんですね」

「そうだ。……ふむ」


 マックスさんは、腕を組んで僕を見た。……何かまずい対応だっただろうか。


「魔人族の女に用があると言ったという話を聞いても、驚かないのだな」

「えっ」

「魔人族という呼び方にも反応しないようだし……もしかして、ミア様が言っていた、勝てなかった魔人族というのは、既にライムント君も見ているのかな」


 ……そうだ。魔族の話を出されて驚かないなんて不自然だった。まずったな……正直に話した方がいいだろうか。

 それ以前に、どうも姉貴は既にリンデさんに負けたことも話しているようだった。


 じゃあ、問題ない……かな。


「……ええ、そうです」

「そうか。いや、俺もミア様に青い肌の魔族とは敵対するな、灰色の魔族は倒せと教育するように言われてな。……だが、教会連中は全く駄目だし、王国の内部の文官、他の誰に話を持ちかけても、まるで俺の言っていること自体分からないような様子だった。話が通じたのは兵士と、冒険者と、一部の前線伯爵系の貴族だけだ。つまり戦う者、現実を見ている者達だな」

「そうですか、既にそこまで……」


 なるほど、マックスさんは魔人族のことを広めていってくれているのか。話を聞く限り、かなり広範囲に渡って動いてくれているみたいだ。

 魔人族のことは、どうやって周知させようかと思っていたので、先にマックスさんが動いてくれていたのはとても助かる。


「それで、その話をしようとこの村までやってきたんだ」

「そうだったんですね」

「俺自身も、どうやって話を切り出したらいいか分からない問題だからな……。ただ、敵対するということは避けたいと思った」

「敵対するのは避けたいと思った……ということは、マックスさんは魔人族の人を見てそう思ったんですよね」

「ああ。強かったな……ヒーラーだというのに棒術を使いこなし、ミア様の剣を防御魔術で防いでいた。さすがにミア様の方が上回っていたが。青い肌に低い背丈、桃色の髪だった。名前は何だったか———」


「———エファちゃんに会ったんですか!?」


 マックスさんが名前を言う前に。

 リンデさんが扉を開けた。


 そのままリンデさんはマックスさんの近くまで行って、もう一度言った。


「今の話、エファちゃんですよね!?」

「リンデさん! 何勝手に出てきているんですか!?」

「———あっ……!」


 僕が怒ったことで———そういえば今まで怒鳴ったことなかったな———リンデさんがようやく今の状況に気付いた。リンデさんは僕を見て、申し訳なさそうに小さくなった。

 マックスさんからの視線が痛い。


「ライムント君、これは……どういうことかな?」

「……はぁーっ……。マックスさん。こうなった以上素直にお話しします。……彼女はジークリンデ、僕の……同居人、です」

「同居人だと?」

「はい。姉貴が帰ってくるより先に家で一緒に暮らしています」


 マックスさんは、僕とリンデさんを見比べて……状況を理解したのか、溜息をついた。


「そうか、じゃあミア様を倒したという魔人は、このジークリンデという方だと」

「そういうことです」

「……なるほど、この魔族が……。話によると、相当に強いのだな」

「僕も目の前で戦いを見ましたけど、今の姉貴じゃ10回戦っても10回は確実に負けますね。僕でもそう思います」

「あの素手で俺の腕を折る人類最強のミア様だぞ? さすがに言い過ぎでは……」

「しかも姉貴は両手剣、リンデさんは片手剣です。力も速度も負けていました」

「……人間と魔人族には、そこまで圧倒的な差があるのか……」


 さすがに自分が力において絶対の信頼を寄せていた勇者が全く勝てないという事実に、マックスさんは少なからずショックを受けているようだった。その相手であるリンデさんを上から下まで見て、再び顔を見た。


「ふむ……ジークリンデ殿と呼べばよいかな?」

「あっ、リンデと呼んでいただければ! それで、その、エファちゃんは」

「そうだったな。防御魔法を使うエファ殿の前で、突然ミア様が剣を鞘に仕舞って話しかけてな。そこから攻撃する必要がないことを俺たちに伝えた」

「じゃあ、無事なんですね!」

「もちろんだ。というかあれだけ強いのならミア様以外では勝てそうにない」

「よ、よかったーっ……!」


 リンデさんがヘナヘナと僕の横の椅子に座って背もたれに身を預けた。


「エファさんって、前にリンデさんが言っていた?」

「あっ、はい! 私と仲のいい子です。そっか、近くまで来ていたんですね」

「話を聞くに確実に連れて行かれたと思いますけどね」

「あはは……まあ、ミアさんが一緒ならむしろ安心です。人間もそこそこ見てきましたが、ミアさんほど強い人間はいませんでしたから」

「それ、姉貴をあんなにあっさり倒しちゃって、姉貴の代わりに村の守りをやってるリンデさんが言っちゃいます?」

「もぉ〜っ、ライさん、そういうのだめですよぉ……でも、エヘヘ。そうですね。ミアさんの分まで頑張りますっ! ですから、その……」

「ふふっ、いいですよ。今日はあのソーセージを使ったシチューを作ります」

「あっ、もしかして! あの赤っぽいほうのやつですか! 食べれなかったやつだ! や、やったーっ!」


 リンデさんにそのことを言うと、両手を挙げて喜んでくれた。僕もそんなリンデさんの姿を見て笑顔になる。


「……。……なあ、君たちは普段からそうなのか?」

「あっ!」「あっ!」


 すっかりマックスさんのことを忘れてしまっていた。僕とリンデさんはちょっと居心地が悪そうに頭を掻いた。


「えと、まあ、その……ええ、リンデさんとは、普段からこう、村を守ってもらって、お礼に食事を出しています」

「なるほど……ミア様が魔人族に馴染んでいたのは、この空気を何度か体験していたからか、なるほどなるほど……じゃあ村人全員も」

「そうですね、リンデさんのことはみんな受け入れています」

「それはいいことを聞いた」


 マックスさんは腕を組んで、そのまま立ち上がった。


「ミア様の勇者の村をこちら側に引き入れるのは最大の懸念事項だったが……この村で俺がすることはなさそうだ」

「あれ、マックスさんもう帰るんですか? もう少しゆっくりしていっても」

「君たち二人の時間の邪魔はしないさ」


 二人の時間。その意味するところに気付いて、再び僕とリンデさんは顔を染めて下を向いてしまう。まいったな、マックスさんにも完全にそういうからかわれ方をしてしまった。


「本当に仲がいいようで何よりだ……。ああそうだ、リンデ殿」

「えっ、あっはい!」

「もし王都が危険になったら、私から君へ救援依頼をしてもかまわないか? デーモンの討伐なら不可能ではないが、なにぶん不測の事態というものがある。先日ミア様に話をされたが、二体以上のデーモンが現れた場合はミア様はともかく俺では対応できん」

「えっと、いいですよねライさん」


 リンデさんは、僕に確認をとってきた。


「もちろん、王都が危険になったら僕の食材を買う場所もなくなってしまいますから。ただどこまで魔族を受け入れているかは分からないので、もし行くとすれば僕も一緒に行こうと思いますよ」

「えっ!? ライさんもですか、危険なんじゃ……」

「リンデさんが危険な目に遭っている間に、僕一人が部屋でのんびりしてられないです。それに、僕が危険な目に遭った時は、リンデさんが守ってくれると信じてますから」

「ライさん……! はい! もちろん、私がお守りします!」


 うん、リンデさんが一緒ならきっと大丈夫だ。それに、やっぱりリンデさんが強いと分かっていても、リンデさん一人に何でも任せておしまいというのは我慢ができない。

 なるべく、リンデさんの苦労は分かち合いたい。


「……こりゃミア様が耐えられるはずもないか……。よし! ライムント君、俺はもう帰るよ」

「あっ、すみませんマックスさん、お構いできずに」

「いやなに、俺がやらなくちゃならん仕事が既に終わってたんだ、ライムント君には助けられたようなもんだし感謝だな」


 爽やかに笑うと、マックスさんは再び胸当てを装着した。

 出る寸前、ふと思い出したように


「そうだ、ミア様が結局どこに行ったかわからないんだが、その……エファ殿だったか。ライムント君はミア様の行き先を知らないか?」

「あれ、聞いてないんですか?」

「ああ……用事があるとか言ってエファ殿を連れたというところまでしか見ていない」

「……うーん……じゃあ、姉貴も言いたくないのかもしれません」

「ということは、ライムント君も聞いていないか」

「はい、知らないです」


 ……言えるわけがない。勇者の仕事をほっぽり出して、魔王討伐はなかったことにして、魔人族の男を漁りに行ったなんて。

 それを、僕とリンデさんを見て決心しただなんて、とても言えない。


「まあ、ミア様のことだ、結果的に人間の不利になるような結果を連れてくることはないだろうと思っているよ」

「それは安心して大丈夫だと思います」

「うむ、それでは俺は出よう。またな、ライムント君。リンデ殿も、先ほどの件のこと、よろしくお願いする」

「はいっ、お任せ下さいっ!」

「いい返事だ」


 マックスさんは、リンデさんの返事を聞くと満足そうに頷いて、そのまま振り返らずに出ていった。マックスさんが出て行った後、リンデさんは肩から力を抜いて机に突っ伏した。


「はー。きんちょうしましたー」

「緊張しましたか?」

「そうですよぅ。なんだかやっぱり村の人とは雰囲気違いますね。こう、きりっとしてます。村にはいないタイプです」


 確かに、村の人間とはちょっと雰囲気が違うというのはわかる。特にマックスさんは姉貴に鍛えられたからそうだろう。


「あと、エファちゃんが来ていて無事で安心しました……エファちゃんは積極的に戦う子ではないから、一人でいるのは心配でした」

「そうですね、姉貴が一緒なのでいざという時は守ってくれると思います。先に姉貴が帰ってきていてよかったですね」

「……ほんとですね、ミアさんとエファちゃんが戦うなんて怖すぎます……」


 ……実際に姉貴がリンデさんの親友を殺してしまったら。僕とリンデさんの関係も今のような関係は絶対に無理だろう。

 しかし、その可能性は十分にあった。……この魔人族と人間の関係、なんとかして広めていかないといけない。


 マックスさんの話によると、やはり戦う人間以外にはあまりぴんとくるものではないらしい。やはり教会と中央貴族か……なかなか難しい。


「……その……ライさん……」

「ん、なんですか?」

「あの…………勝手に出てしまって、すみませんでした……」


 リンデさんは申し訳なさそうに小さくなった。


「ええ、大事に至らなかったからよかったですが、話に聞いたとおり、まだ魔族と知るやいなや討伐しようとしてくる人間は多いです」

「う、はい……」

「僕もリンデさんをそんな目に遭わせたくないですから。今後は気をつけてくださいね」

「わかりました……。……あの、もう、怒ってないですか……?」

「……急に僕も怒鳴ってしまってすみません、リンデさんが危ない目に遭う可能性は出来る限り未然に防ぎたかったので、出てきたことでリンデさんの身に危険が及ぶと思うとつい頭に血が上ってしまいました。でも友人のことなら、仕方ないと思います」

「あっ、えっ、私が心配で怒ったんですか?」

「それ以外ないですよ」

「……えへ、えへへへ……」


 リンデさんは、座っている僕の後ろの隙間に回り込んで……つまり、僕と同じ椅子に座って、再び髪の毛の匂いを嗅ぎ出した。リンデさんは照れるとこの行動をしてくるけれど、正直これ、僕の方が照れる。


 腕を体に回されながら、なんとか他の事を考えようと頭を働かせる。


「姉貴、今頃到着している頃かなあ」

「結構経ちましたからね、そろそろ島の近くではないでしょうか」

「無事だといいな」

「ミアさんとエファちゃんが組んでいるなら、誰が相手でもきっと大丈夫だと思いますよ」


 リンデさんは、僕の髪に顔を埋めながら喋った。うう……ちょっとくすぐったい……ああ、凶悪なまでにやわらかい……。


 こうなったらしばらく離れないし、僕もそんなに、その、嫌じゃないし……覚悟を決めて、ゆっくりリンデさんとくっついて時間を過ごそう。


 =================


「ライのいちゃつく幻覚が見える……。……男……おとこ……もうすぐ、もうすぐあたしの花園が……ぐふふ……」

「はわわ……飢えたケルベロスの目です……人間の女の人こわい……」


 さあて、目的の海岸の近くにやってきたわ。

 話によると、この海の向こうに島があって、そこの洞窟を利用した地下都市の廃墟に住んでいるらしいわ。


「そろそろなのよね!?」

「ぴっ! は、はい! もうここまでくれば、あとは渡ればおしまいです」

「シャオラァ! あとは渡るだけ! そんじゃこの海岸、でかいデビルフィッシュどもでできた串刺し墓場にしてやるわ!」

「はわわわわ……」


 なんだかエファちゃんが涙目でガクガク震えてるけど、あたしにかかればクラーケンは怖くないから安心していいわよ。

 あたしは森から出て海岸の近くまでやってきて———




———瞬間、あたしは、背中の大剣を抜いた。


「フンッ!」


 その幅広で重めの両手剣を振り上げ、あたし……ではなく、エファちゃんを狙ったその黒い魔法の矢を弾く。


「甘いッ!」

「えっ!? な、攻撃!? すみません呆けていました!」

「そうみたいね。……なるほど、くそデーモン野郎、ちゃんとこの辺まで斥候寄越してくるんじゃん、やっぱトップ連中、バカじゃないわね」

「なっ……デーモン!?」


 あたしは、魔法の矢が飛んできた方角を見た。


 そこには、全身ボコボコに殴られて腕の折れ曲がった魔人の少年と、全身から青い液体を流している魔人の少女と、こちらに目を向けた灰色のデーモンがいた。


「人間が、俺様のダークアローを防いだだと……!?」

「あたしの楽園が目の前にあるってのに、あともうちょっとの所で邪魔してくれたわね! ああもう美少年の顔が台無しじゃない!」


 あたしの目の前で顔半分が腫れた少年を踏んでいる、そのくそむかつく顔をしたぶっさいくなデーモン野郎を見た。

 ……まずはあの二人が心配ね。まだ死んでないといいけど……。


「エファちゃんは、あの二人の回復をお願い」

「は、はいっ! あの、ミアさんは……」


 あたしはエファちゃんの方を向いて、獰猛に笑った。


「八つ当たりしてくるわ!」

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