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みんな、頑張りました

「『シールド・トリプル』……ッ……ふぅ……」

「強化魔法は相性が良かったが、防御魔法はようやくここまできたか。……そうだ、ライの心の中で細く頑丈な糸を構築するように……イメージは細かければ細かいほどいい。そしてその果てに、『ディッセ』がある。発動だけならできるだろうが……くれぐれも、軽率に使うな」

「はい……師匠……」

「よろしい。……ま、ライの場合はもうそれだけで死ぬってことはないと思うけどねー。でも動かなくなったら狙われ放題だからやっちゃーダメよ?」


 それまでの張り詰めた雰囲気をほどいて、レーナさんが笑う。その姿を見て、今日の訓練が終わったと思った途端、緊張がほどけて尻餅をついた。

 目の前には、僕が使ったであろう防御魔法。その向こうには、クラーラさんに二人がかりで刃を潰した剣を振り上げるリンデさんとアンが見える。


 ————レーナさんの指導が始まって、一ヶ月ほどが経過した。


 あの日以来、僕は毎日朝から晩まで、レオンとユーリアの三人でレーナさんの指導を受けていた。

 ユーリアは自主的に参加。レオンは父親としての役割もあっただろうけど、不器用が迂闊に発動すると迷惑がかかるかもしれないと、自ら引いた形だ。代わりに姉貴が、持ち前の体力で子育てをしている。


 最初は本当に、リンデさんが逃げ出した気持ちもわかるってぐらいレーナさんの魔法の指導の厳しさ、そして進むスピードと同時進行する範囲の広さに目が回る勢いだった。

 しかし、ユーリアと一緒に魔法を練習していて分かったことがある。

 実に効率よく魔法の習得が進むのだ。同時に難しそうな魔法に対してはかなり厳しめの指導をする。かと思ったら、進行が遅いとすぐに切り上げる。

 ユーリアが無属性魔法を習得していないのも、理由が分かった。不得意なものを延々習うよりも、あまりにも習得が遅いのなら早めに辞めて、その時間を別の魔法の練習に使うと判断したからだ。

 その判断が、とてつもなく早い。だからレーナさんに習うと、使えるようになる魔法がものすごい勢いで増える。


 まぎれもなく、レーナさんが指導者として優れていることの証明だ。


 僕は隣で、地面に大の字になって空を見上げているレオンと、反対側でうつ伏せになって完全に死んでいるユーリアを見た。

 ……僕が一ヶ月やってこのきつさなんだから、そりゃ二人は相当な訓練を積んできたんだろうな……。


「それじゃ、今日もこれで終了。ライはもう、ある程度教えることもないんじゃないかしら」

「そうですか? まだまだ魔法使いとしては未熟なんじゃ……」

「私は私以外全員未熟者だと思ってるわ。だけどね、ライに関して言うなら後はもう段階を上げていくだけ。君も何でもできるわけじゃなかったけれど、それでもライらしくていいって思えるわ。だから自信を持って」

「師匠に言ってもらえると、喜びもひとしおですね。……今までありがとうございました」

「ん。ああ、そうそう」


 レーナさんは飛び去る寸前、空中に止まってこちらを振り返る。

 腕を組んで、自信に満ちあふれた顔をしていた。


「私は私以外を未熟者と言いはしたけど、みんな私と同じぐらい使えるようになる才能が秘められているって信じているわ」

「師匠……」

「あと、もう師匠はやめてね。マーレの尊敬する君に師匠だなんて呼ばれるの恥ずかしかったんだから、師弟関係は今日でおしまい」

「わかりました、レーナさん」


 僕が久々に名前を呼びかけると、レーナさんは満足そうに笑って姉貴の部屋へと飛んでいった。

 レーナさん、マーレさんに負けず劣らずの子供好きで、いずれ王族の血を引く子供を産む身としても、姉貴の子供のことはじっくり見ておきたいと以前話していた。

 ……そして先ほど話したように、マーレさんのクリストハルト好きがすごい。いつものキリっとした顔がすっかりだらしなくなるほど、マーレさんはクリストハルトのことを気に入っていた。

 その姿は本当に、女王というより親戚のお姉さんそのもの。

 マーレさんはこの一ヶ月、今までで一番幸せそうだった。




 僕がマーレさんの姿を思い出しながら家の窓の方を見ていると、急に大きな金属音が耳に飛び込んでくる。

 あわててそちらを見ると……なんと、クラーラさんの剣を、リンデさんがはじき飛ばしていた。

 ……いや、逆じゃ……ない!? クラーラさんの手に剣がない!?

 僕は疲れなんてすっかり忘れて、リンデさんに方に駆け出した。


 リンデさんは、自分でクラーラさんの剣を弾いておいて、信じられないといった様子で呆然としている。

 クラーラさんは、自分の手元を見ている。僕に気がついたようで、こちらを振り向く。


「……ライ、見てた……?」

「はい。今のはリンデさんが?」

「……二人がかりとはいえ……リンデは、強くなった……」


 満足そうにクラーラさんは笑うと、アンの方を向いた。


「……アンは、リンデと同じぐらい強かった……だけど、リンデの方が、今は強い……」

「ううーーーーっ!」

「……不満を、感じる必要、ない……。……アンも、十分強く変わった……」

「う〜っ……でも、まさかこんなに離されちゃうなんて……!」


 クラーラさんは、腕を組んで、アンと僕と、ようやく落ち着いたであろうリンデさんの方を見た。


「……私が強くなった理由……」

「え?」

「……私は、恐がりだから、強くなった……」


 ……恐がり……?

 クラーラさんが? この、誰から恐怖を受けるんだっていうぐらい強いクラーラさんが?


「……私は、ずっと、自分一人が強くなれば、いいと、思っていた……。……だけど……ある日……私の友人も、両親も……」

「そんな……」

「……私は、その頃まで、そしてその後も……負けたことなんて、一度もなかったけど……でも、その時思ったの……」

「…………」

「……私は……弱い……! 自分の強さを、知れば、知るほど……自分の強さじゃ、足りないって……!」


 ああ……そうか。

 クラーラさんは、いつかの姉貴が言ったことと同じことを、ずっと思い続けていたんだ。


 自分一人だけならどうにでもなる。

 だけど、誰かを護ろうと思うと、どんなに強くても足りない。


 クラーラさんは……この最強の戦士は、自分一人で魔人王国の全員の守護を担当しようと、本気で思ってここまで強くなったのではないだろうか。

 だとすると……なんと、途方もない訓練をしてきたんだろう……。


「……この、喋りも……何を話すと、嫌がられないか、いつも考えていたら……速く話すことが、できなく、なった……」


 ……そんな、理由で……。

 クラーラさんの喋りは、そんな控えめで相手を思いやる心理から、こうなってしまっているのか……!


 飽くなき欲求。それは、決してプラスの心ではないかもしれない。

 だけど、その果てにクラーラさんは、ここまでの境地に辿り着いた。


 クラーラさんを構成する要素は、恐怖と、それに連動した深い優しさなんだ。

 ……なんて、なんて凄い人なんだろう……。


「……リンデは、ライを一度失った……だから、リリーとミアを、同時に護れなかった私より、強くなろうとした……そうだよね……?」

「クラーラちゃん……。うん、そうだよ。今度こそ、絶対にライさんを護りたいから。私は今までの、クラーラちゃんに勝てなくても仕方ないと諦めてた私と決別したかった」

「……うん……」

「それに、私が諦めた魔法を、ライさんが人間の身であそこまで使いこなしている。私が逃げたレーナさんの指導に、全力でついていっている。その上で時空塔騎士団に入れなくても、あんなに私より努力しているユーリアちゃんを見ていて、このままじゃいけないって」


 リンデさんは……そこまで考えて、強くなってくれたんだ。

 クラーラさんと同じ理由で、強くなった。


 今のリンデさんが隣に居てくれること、本当に心強い。

 そして、それが僕のためだっていうんだから、こんなに嬉しいことはない。

 思えば僕もここまで頑張れたのは、このパーティの皆と……特にリンデさんの隣に立って戦えると思うと、このままではいけないと頑張れたのだ。


 みんな本当に頑張った。

 さあ、僕の……僕たちのパーティの旅を始めよう。


 そして、リリーを必ず救い出す!

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