今後の方針を決めました
ゼルマさんからの途方もない話を聞いて、世界の真実に触れた。
それは僕たち人間の今までの歴史を塗り替えてしまうほどのとんでもない話だった。
……しかし、そうなると当然疑問に思うことがある。
「ゼルマさんに質問したところで分からない問題なのですが、えっと、ゼルマさんの息子はケヴィンさんでいいのですよね」
「はい」
「当然なのですが、ケヴィンさんも周りの大人達も、ラムツァイトゼルマ教を信仰して村を作ったはず、ですよね?」
そう、そうなのだ。
ラムツァイトゼルマ教の勇者として僕たちに能力が備わっていて、それがケヴィンさんの住んだ現『勇者の村』なら、当然僕たちはずっとラムツァイトゼルマ教になっていないとおかしい。
しかし今は、ハイリアルマ教だ。
「……そう、ですね。恐らく魔人族が私に関する記憶、記録の類を全て封じられてしまったのと同様に、アルマに封じられてしまったのでしょう」
「そんなことが……」
「一度封じてしまえば、それまで宗教が存在していたかどうかも忘れてしまいますから、最初からハイリアルマ教だったと布教したのだと思います。……それにしても……まさか、私の魔導適合を利用した後天性魔法生物である勇者が、能力そのままハイリアルマ教の勇者として扱われているなんて……完全に利用されてしまったわね……」
そうか……勇者自体がどうやって産まれたか分からなければ、勇者というものはただ単に強いという存在以外の何者でもない。
だからハイリアルマ教は、ラムツァイトゼルマ教の勇者を自分の勇者として名前をつけた。ゼルマさん以外にこの情報を知る者がいなければ、もはや言ったもの勝ちである。
そしてそのゼルマさんを封じたのがアルマ本人とならば、情報が漏れる可能性が全くないことは本人が一番よく分かっている。
「私の魔導適合による能力に関して、アルマには知らせていなかった。解呪ができる洞観士を入れたことはたまたまだったけれど、どうやらその一歩がアルマの明暗を分けてしまったみたいですね」
「ええ。僕の姉がラムツァイトゼルマ教の勇者であることは、既にここの皆に知られました。恐らくもう、僕が近くにいる限りは呪いを受けることはありません」
周りを見ると、魔人族の皆が僕の方を向いて頷いた。
マーレさんが、一歩踏み出す。
「私は魔人王国女王として……いえ、ただの人間の文化に憧れた一人の魔人族として、これほど打ち震えたことはありません! 人間と魔人族の友好のための宗教を立ち上げてくれたゼルマ様に敬意を示し、女神ラムツァイトゼルマ様を信仰し、私たちの宗教としたいと思います!」
「わっ、本当ですか? ありがとうございます! やっぱり魔人族って、何年経ってもみんないい人ですね」
「それはあなたですよ、ゼルマ様! ラムツァイトゼルマ教、是非魔人王国だけでなく、世界中に普及させましょう!」
マーレさんの手を、ゼルマさんが取る。そして二人が両手で互いの手を握りしめ、しっかりと頷いた。
女神と最初に親交が深まったのは、人間の王でも教皇でも勇者でもなく、魔王でした。
ま、そりゃマーレさんを知ってたら当然の結果だったね。
ゆっくり話をしていると、部屋の中の魔石が少し暗くなった。
「ああ、周りに光を解放してから少し弱くなってしまいましたね」
「ひょっとして、先ほどのステンドグラスのためにですか?」
「ええ、本来はここの本を読めるように光を動かすんです、内側の魔力を外に流すように。すぐに戻って馴染むでしょうけど……そうですね、久しぶりに太陽の光も浴びてみたいです。今はまだ昼過ぎのようですし」
そういえばゼルマさんは、ずっとここにいたのだ。
この部屋も見飽きているだろうし、僕たちもあまり暗い部屋に居続ける趣味はない。
「わかりました、外に出ましょう」
「やった! 楽しみだわ」
にっこり笑いながら飛び跳ねる姿は、本当に冒険者時代の若い母みたいな姿以外の何者でもなくて、ちょっと不思議な感覚だった。
塔を出ると周りの螺旋階段は確かにかなり明るくなっていた。
本を読むのも、これならかなり気分良く読むことができそうだ。
すっかり警戒心の解けた僕たちは、もう隊列も気にせずのんびりと地上まで上がっていった。
……途中、魔人族の視線がゼルマさんに集中しまくったけど。
図書館を振り返って、違和感の正体が分かった。
それは、ここがあまりにも地下王国という特殊な作りでありながら、あまりにも僕にとって普通すぎるのだ。
店の名前にその雰囲気。ぱっと見てどういう店舗かわかる仕組み。地下に作られている以外は、ビスマルク王国そのものなのではないかというぐらい、多分僕の国の人が住みやすい。
そりゃあ当然だ、元々住んでいたんだから。
魔人王国の地下王国、人間が再び住んでみるのもいいかもしれないな。
外に出ると、それなりに時間が経過していたとはいえ、まだ日は高かった。
そして明るいと思っていた地下王国も、やはり日光の眩しさには敵わない。
僕は手で日光を遮りながら、地上の明るさに安堵する。
「んん〜〜〜っ! やっぱ日光っていいわね〜〜〜!」
気持ちよさそうに伸びをする、冒険者女性その一もとい女神様。
女神ということで緊張するかなと思ったけど、話しかけやすくていい女神様だと思う。
確かに本人が言ったとおり、女神ってガラじゃないのかもしれない。だけどそれが、この女神様の一番の魅力なんだと思う。
この人を女神と信じてもらえるかどうかは分からないけど。
でもきっと、大丈夫だろう。ゼルマさんは正真正銘の、勇者を作った人なんだから。
マーレさんもみんなも、そう信じている。
それに……なんといっても、母さんと似ているゼルマさんを、姉貴が受け入れないという可能性は想定する必要もなさそうだ。
逆に感極まっちゃったりしないか心配ではあるけどね。
姉貴がはっきりとゼルマさんを女神だと断言してくれたら、きっとうまくいくはずだ。
「それじゃ、えーっと、マーレさんはこの後どうするんですか?」
「勇者……ラムツァイトの戦士ミアが妊娠しているから、出産までには間に合いたいからすぐに帰るつもりですよ」
「あら、戦士は妊娠してるのね。村の護りは大丈夫なんですか?」
「信頼できる私の部下を置いています。デーモン、悪鬼王がやってきてもあの子ならきっと大丈夫」
「デーモンって、山羊人族の? 人間襲ってるんですか?」
……?
今の発言、なんだ?
デーモン? 山羊人族?
人間を襲っていることに疑問を持っている?
————何か、とんでもない見落としをしていないか?
「ゼルマさん」
「はい」
「デーモンというのは、人間が嫌いな悪魔で、人間を殺して食べたり、人間の料理を嫌ったりしている人類の敵、でいいんですよね?」
僕の発言に、ゼルマさんは首を傾げた。
「何ですかその怖い種族は……。ずっと一緒にそちらにいる、灰色の魔族の子がデーモンですよね?」
「彼女は……名前は長いのでアンと呼んでいます。でもデーモンの中でも特殊で、他のデーモンと全く見た目が違って—————」
僕の発言を遮って、ゼルマさんははっきり言った。
「いえ、どう見ても標準的なデーモンがその子だと思うんですけど……」




