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塔の中へと足を踏み入れます

 静かで薄暗い、ほんの少しの魔石の光しか届かない時計塔。

 その扉の前で、ゆっくりと僕は足を踏み出す。


「ら、ライ様! 迂闊に近づいては」

「いけないと思いますか? 今も?」

「え……、いえ、言われてみると、そこまでは……」


 僕は扉の前まで行き、手を伸ばそうとしたところで、リンデさんが前に立っていた。


「リンデさん? どうしたんですか?」

「んん〜、大丈夫だとは思うんですけど、念のため私が開けてもいいですか?」

「ええ、そういうことでしたら」


 止めに来たのかな、と思ったけれどそんなことはなくてよかった。こちらを配慮してくれるリンデさんに感謝しつつ、一番手を譲ることにする。

 リンデさんが扉に手を当てて……。


 …………。


「……何やってるんです?」


 リンデさんは、硬直していた。

 そして取っ手がなく中心に鍵らしきものもない、普通の両開きの大扉の前で首を傾げて、こちらを振り返った。


「あ、開かないです……」

「ありゃ、開かないんですか」


 リンデさんの力で開かないとなると、単純に向きが違うとかなのかもしれない。


「すみません、内側から開きますか?」

「……いえ、開かないと思います……」

「思う?」

「何度も、やりましたから……」


 内側からも開かないらしい。……まあ、話から察するにそりゃそうか。

 しかしまいったな、ここまできて引き返すというのはあまりにも味気ない。


「リンデさんの腕力で開かないとなると、どうやったら開くんですかね……?」


 扉に手を乗せているリンデさんの隣まで行き、僕も扉に触れる。


 ……キイ……。


「……え?」


 中から眩しい光がこちらの目を刺激する。

 あまりの出来事に、驚いて手を離す。扉はすぐに閉まり、光が届かなくなる。

 リンデさんが驚いた顔をして僕の方を向いているけど、いや僕自身全く分からないです。


「えっ? なんで? なんでライさん今こんな頑丈な扉を開け————わああ〜っ!?」


 リンデさん、今度は扉に両腕を乗せた瞬間にそのまま扉を大きく吹き飛ばして破壊した!

 ……いやいや、さっきまでの全く動かなかったのは何だったんですか!?


 そして扉が見事に壊れたと同時に、時計塔の中から光が溢れて、思わず顔を腕で覆う。

 徐々に目が慣れてくると……僕の周りの人が僕を護るように構えるも、建物の中をじっと凝視していた。




 白い壁に囲まれた、魔石の眩しい四角い空間。外からは気付かなかったけど、ステンドグラスがある。螺旋階段のちょうど裏側だったから見落としたかな?

 壁にはいくつか絵画があり、綺麗な長椅子が数行分並ぶ、いかにも教会みたいな場所。

 天井はやや低く、その上側にあの時計の仕組みが入っているのだと思わせる。


 そして……部屋の中心。

 そこには、一人の女性がいた。


 赤い髪のロングヘアで、少し釣り目気味だけどどこか優しい雰囲気のある女性。

 背は僕より少し低く、普通の王国民の古い服を着ていた。

 シャツと、革のズボンと、腰にはナイフ。村の近くの冒険者ギルドにいてもおかしくない。

 本当に、このびっくりするほど普通の女性だ。


 ……と、紹介しているけれど、僕は全く違う感想を持っていた。


「……あ……」


 僕が何か言葉を発する前に、リンデさんがその疑問を口にする。


「あれ? まさかマリアさんです?」


 いや、目の前の女性はゼルマさんで合っているはずだ。はずだが……そうだ、そうなのだ。


 ————母さんに、よく似ている。


 驚いたことに、その女性は髪を伸ばした姉貴かと思うぐらい、血縁関係の顔をしていた。というか、ほとんど母さんそのまんまだった。


 リンデさんが声を出したことにより、ようやく女性が呆然とした顔から意識を戻してこちらと目を合わせる。

 そして……。


「……ほ……本当に、ここに辿り着いたの? 私が、見えるの?」

「普通に階段降りただけですし、普通によく見えますよー?」

「私を……敵視していない?」

「んー、さっきも言いましたけどなんでです? 直接見てもそんな気まったくしないですよー」

「魔人族なのに? 魔人族、ですよね?」

「お詳しいですね! はい、魔人族です!」


 リンデさんが、極々当たり前のことを答えていき、最後に僕と初めて会った時のように明るく自己紹介した。

 そして正面の女性は……涙を流しながら膝をついた。


「来た……! ここに、ここに私と話ができる人がやってきてくれた……!」


 それから女性は、顔を手で覆い、人の少ない部屋に響き渡るほどの大声で泣き始めた。


 もう、警戒する必要もないと判断したのだろう。マーレさんやレーナさんは先行し、僕もリンデさんとビルギットさんと一緒に部屋の中に入った。

 マーレさんは泣き崩れる女性の近くで、肩を抱いた。

 女性はマーレさんの胸に頭を貸して、しばらく泣き続けた。その間、マーレさんは髪の毛を整えるように、ずっと頭をなで続けた。




 少し落ち着いたようで、女性は立ち上がり、改めてこちらを見た。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません、私はそちらの方の言ったとおり、ゼルマという者です」

「いえ、突然の訪問失礼いたしました。私は魔人王国女王アマーリエと申します。魔王、とも言われていますね」

「魔王……?」


 ゼルマさんがマーレさんの顔を見た後、僕を驚いた顔で見る。


「魔王と、人間が一緒に……? え、あの……あなたは魔王、恐ろしくないんですか?」

「話したらいい人だったから姉貴が友人になっちゃって、それに僕自身もマーレさんのこと……ああ、アマーリエさんのことです。マーレさんのことを尊敬していますし、素敵な人だと思っていますから」

「まあ、ライ様ったらっ! 改めて指摘されると、こうやって人間の方に私の内面を褒めていただけるなんて、本当に一年前では考えられないぐらいの幸せですね」


 マーレさんが嬉しそうに眼を細めてこちらを振り返り、そんな魔王様の姿に僕も嬉しくなって笑顔で応える。

 ゼルマさんは、こちらを見て驚く。


「魔王の内面を見て、魔人族に……というより、お姉様が凄い方なのでしょうか?」

「弟の僕から見ても、ちょっとどころじゃないぐらい変わり者だなーって思いますよ。勇者ミアっていうんですけど」

「勇者!?」


 顔をぐっと近づけて、僕の顔を覗き込む。

 そして、ゼルマさんは手の平を上にし、無言で魔方陣を使う。


 一瞬でレーナさんが防御魔法を展開したけど、見てみると警戒するようなことはしなかった。

 魔方陣が消えた途端、何が起こったか分かった。

 図書館の……つまり塔の周りの魔石が、大幅に明るくなっている。後ろの扉からも光が眩しいぐらい入ってきているのが分かるし、何よりも……ステンドグラスが輝いているのだ。

 僕は、それを見て息を呑んだ。


 ————勇者の紋章。


 紛う事なき、姉貴の背中にある紋章と同じものが、ステンドグラスに描かれてある。


「もし戦士なら、体のどこかに出ているはずです」

「はい、僕の村でも勇者の紋章と呼ばれるものです。僕の姉の背中に、黒でこの模様が出ていますね」

「ああ、やっぱり! 黒ということは『ラムツァイトの戦士』ですね! 『魔導適合』が行われている個人が、まだ出続けていたなんて」


 ラムツァイトの戦士。

 魔導適合。


 僕が新たに出て来た単語のことを考える前に。


「あれ……あのステンドグラスの形? どこかで見たことがあるような」


 リンデさんが、とんでもないことを言った。


「あっ思い出しました! ライさんの背中を拭いた時に、白っぽいあんな形の模様がありましたよ」

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