時空塔螺旋書庫の秘密に踏み込みます
螺旋階段へと足を踏み出す。夢で見たときはぼんやりとした印象だったけれど、今改めて踏み出してみると、本当に不思議な場所だ。
デザインとしてあまりに本棚の本が取りにくいし、整理しにくい。ただひたすら、見た目が綺麗であること以外は使い勝手が悪い。
何といっても、この螺旋階段の中心に聳える、無駄に大きい時計塔だ。
「時計塔とは、本来遠くの人に時刻を見せるためのものなのに、どうしてこんな地下深くに沈んでいるのか、本当に不思議な場所ですね」
「……ええ、本当、ですね……」
マーレさんは、少し血色の悪いような顔をして頭を押さえた。
「……大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ではあるのです。ですが……そうですね、ライ様に言われるまで、どうしてこんな不自然な場所を自然に受け入れていたのか、不思議で……」
確かに……自分の知らないところで自分の意思が変わっているというのは不気味な話だろう。
僕は、本棚から一冊の本を出した。そこに書かれている本は、龍帝国の古い兵法書のようだった。
隣の本は、人心掌握術とか、交渉術。
かなり高度ではあるけど、文面も普通でちゃんと読める内容だ。しかし……。
……この内容、どこかで読んだことがある。
夢の中で、読んだ? そんなこと、ありえるはずが……。
……ありえるはずがないのに、夢の中の記憶と一致したのだから、こうやって記憶通りの図書館に辿り着いているんじゃないか。
「ライ様、いかがされましたか?」
「ええ。僕は恐らく、このあたりの本を読んだことがあります」
マーレさんは少し眉を上げて瞠目するも、すぐに普段通りの顔になって何かを納得するように深く頷いた。
「ライ様は、本当に優秀な村人だと思います」
「ええっと、恐縮です」
「はい……それも、優秀すぎるというか……ライ様はあまりに、何でも知っていすぎるというか……」
マーレさんのぼんやりとした質問に、僕は頷いて答える。
「つまり、王国の城下街、平民で得られない知識を、ここで学習したのではないでしょうか」
……さすがに呪いの晴れたマーレさんは、頭の回転が速い。
すぐに僕が、夢の中で読んだ本から知識を学習していることに気付いたようだ。
僕を夢の中で見たということは、姉貴も……と思ったけど、姉貴は遠くから僕が本を読んでいるのを見ただけ、と言っていた。
姉貴には読む権利がないのか、もしくは読める場所にいたのに読まなかったのか。どちらかはわからないけど、どちらにせよ僕と姉貴は、ここにやってきたのだ。
マーレさんに先行して、レーナさんが螺旋階段の手すりから、塔と階段の間にある下側の空間を不機嫌そうに睨みつける。
「……ほんっと、自分で呆れるしかないわね。どうしてライに言われるまで、私はこんな大したことない距離を降りようと思わなかったのか」
「大したことない距離、ですか?」
「ええ。リンデも、ビルギットも、強化を」
レーナさんの指示に、二人は「『時空塔強化』」と小さく呟く。
そしてリンデさんが、手すりから下を覗き込んだ。
「……リンデさん、何か分かったんですか?」
「何かっていうか、その……ぶっちゃけここ、四階ぐらいしかないです。えーっとですね、図書館的に見ると本とかそれでも結構な量に感じるんですが、正直レノヴァ公国の見張り台より小さいですよ? これ」
……なるほど、それはレーナさんも怒るわけだ。
よくわからない呪いに晒されて、何故か降りるという発想を持てないまま、律儀に本棚の本を一列ずつ沢山読んできて。
それが蓋を開けてみれば、読まずに降りてみればとても小さな時計塔である。
「……マーレさん、ここまできたら覚悟を決めて降りてみましょう」
「わかりました。引き続きレーナが先行してちょうだい」
レーナさん、マーレさんいついていきながら、螺旋階段を降りていく。
……。
……降りきってみれば、本当に大したことない謎の時計塔だ。
そのドアの近くに行くと、なんと中から動く音が聞こえてきた。
マーレさんが声を殺す。
「誰か、いますね。レーナのエネミーサーチからはどう?」
「……敵、ではないけど……人間でもない? 何かしら、霊に近い……いえ、近くないわ。未知の生物ね」
レーナさんが難しい顔をして、時計塔のほうを警戒して見る。
その扉の方をじっと見ていると————。
「もしかして、どなたかいらっしゃるのですか……!?」
————中から、女性の声が聞こえてきた。
一瞬で僕の前に来て剣を抜いたリンデさんと、僕の体を両腕で護るように覆うビルギットさん。
マーレさんを庇うように立っていた先頭のレーナさんの前にも、恐ろしい数の魔方陣と、防御魔法が展開されている。
中から声がする、それは衝撃的なことだった。
霊体なのか何なのかわからないけど、コミュニケーションが取れるとは思っていなかった。
しかし、あまりに隣のリンデさんの顔が怖い。
なんだか別人みたいだ……今の女性の声、そこまで敵意を剥き出しにするほどだろうか。
眉間に皺を寄せて今にも斬りかかろうとする姿は、かなりの警戒心を抱いているようだ。僕を庇ってくれるのは嬉しいけど……正直、そこまで嫌悪するのは違和感がある。
……同時に、リンデさんも僕にこんな顔を見せたくはないはずだ。まるで僕が、見えていないかのような……。
「あの……。……私の、気のせい、かしら……」
中から聞こえたその声は、何故か段々と弱々しくなっていく。
「……そう、そうよね……ここに人が来るはずがない。……上の段から図書を読み進める呪い、階段の下の方を避けたくなる呪い。更には……私を敵視する、呪いも……」
……今、中の声は言った。
はっきりと、呪いと。
そして中の声の内容を理解する。
この自分を遠ざける呪いに、落胆していると。
僕は、魔人族にだけ伝わるぐらいに、小さく呟いた。
「……中の人を知らないのに、敵視する必要はないと思いませんか?」
そう呟くと、リンデさんの横顔から表情が消えた。それから……十秒ほど。リンデさんがこちらに振り返る。
「……わっ。あ、あれ? ライさん、今のは————」
「やっぱり気のせいじゃない!? 誰か、いるのですね!?」
「————あっ」
リンデさんが思いっきり喋っちゃって、塔の中の声が大きくなる。
マーレさんが心底呆れたという表情で頭を抱え、レーナさんは眉間を抑える。頭上からはビルギットさんの、盛大な溜息が僕の髪にかかる。
そんな僕達を余所に、中の何者かはどんどんとこちらへ声をかける。
しかしその声は……あまりに弱々しいものだった。
「ね、ねえ! 私の声が聞こえたら返事を…………あっ……! わ、私のこと……あの、えっと……、嫌っているはずだから……もしかして排除とか……殺しに……?」
少しずつ、中から聞こえる声が怯えるような色を帯びていく。
……なんとなく、全ての事態が飲み込めた。
姉貴が言っていた話。単語。
悪鬼王がこぼした話。名前。
僕の言葉の持つ力。今の女性の呟き。
「今、僕の周りの魔人族の呪いを解いたので、敵視はしていないと思いますよ!」
いきなり声をかけた僕に、リンデさん達は驚いた顔で振り向く。
その顔へと、畳みかけるように一言。
「中の人、別に敵視してないですよね?」
と聞いてみると、
「そりゃまあ、そうですけど……怖い人っぽくはなさそうですし……」
と、きょとんとした、いつものように可愛らしく、偏見のないリンデさんの声が返ってきて、心から安堵した。
「ま、まさか……! 解呪を、した……!? 本当に、あなたたちは私を憎んで、殺そうとしていない……!?」
「いやだって、知らない人ですし?」
リンデさんが、扉に向かって当然のように首を傾げる。
そうだ。リンデさんの反応は、やっぱりこうでなくっちゃ。
僕はリンデさんに重ねて、中の人に質問する。
「その前にいいですか?」
「……は、はい」
「あなたの名前、『ゼルマ』で合ってますか?」
中から小さく、息を呑む音が聞こえた気がした。
イベントに参加した方、お疲れ様でした!
本を持ってきてくださった肩も何人かいらっしゃいましたので、その場でサインをいたしました!
いろいろお話もできて、本の感想もいただけて楽しい時間でした、ありがとうございました!




