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初めての魔人王国と、はっきりしない違和感

 氷の道を作った後、レーナさんは上空から海の中へと何やら魔法を撃ち込んでいっていた。

 暫くすると、周りにはぷかぷかと大きな……あれはイカか? それらしき魔物が浮き上がってきた。

 これからこの道を渡るから、先に海の魔物を倒してくれたんだな。気が利く人だ。

 その後、氷の道を軽く火で炙って、表面を平らにしている。


 海の上に氷で出来た幻想的な道は、太陽の光を浴びてきらきらと輝く。

 地面は綺麗につるつるで、手すりにあたる部分まで、細かくはないもののそれなりの形ではあるけど、きちんと作られてある。

 波の影響を受けないように、やや高いところに作られてある橋は、今の一瞬で出来上がったとは思えないほどのものだった。


 僕は、目の前にある海に出来上がった氷の道を一歩踏み出そうとして————リンデさんに抱え上げられた。


「え。あの、ここからは歩いて……」

「滑るので危ないですし、私が抱えていった方が早いですよ」

「いや、そうでしょうけど————ってえええええ!?」


 マーレさんが氷の道に飛び乗って、それに次いでリンデさんが飛び乗る。

 そこでようやくリンデさんが言った意味が分かった。


 つるつるの氷の上を、リンデさんは難なく僕を抱えたまま、まっすぐ滑りながら進んでいる。足を動かさずに、氷の上を器用に膝を曲げた状態で滑っているのだ。

 すっごく速い上、リンデさんは全く動いていないので楽そうだ。

 確かにこれなら、僕がよたよたと氷の上をこけないよう歩くよりも、断然先行するマーレさん達に迷惑がかからなくていいな……。


 ……そして、僕を抱きかかえたまま一切バランスを崩すことなく突き進むリンデさんを見ながら、やはり僕は思うのだ。


 ————魔人族の料理に関する不器用は、間違いなく呪いだ。


 リンデさんは、不思議なぐらい食器を運ぶことすら満足にできない。指を油で滑らせたり、ふらついたり、とにかくバランス感覚が最悪だし、微調整などが絶望的だ。

 そんな女の子が、果たして男一人を抱えたまま氷の上でここまで器用に動くことができるだろうか。

 もしも呪いなら、何かしらの手段を使って解けるのではないだろうか。

 そうすれば、もしかすると僕のキッチンには、僕以上にナイフ遣いが上手いリンデさんが隣に立って一緒に料理を————。


 リンデさんの真剣な顔を見ながらそんなことを考えていると、すぐに目的地に着いた。


 -


 魔人王国に降り立つ。

 ……普通の、島だ。まあ当然っちゃ当然かな。


 リンデさんと出会って分かったけど、基本的に魔人族といっても内面は人間と変わらなかった。魔人族は全て、生まれながらにして別の思想が備わった状態で生まれてきているわけではない。

 人間同士もそうだけど、アンを見た限りは恐らくデーモンも含めて、内面というものはは個人の資質ではなく、その個人がどういうい学習をしてきたか、なのだ。

 内面に影響を与えるものなんて、育ての親と環境の差ぐらいしかないのだろう。

 だからきっと魔人族も、普通の土地で生活する、普通の人達なのだと思う。


 そういえばアンは……と思って後ろを見ると、ビルギットさんの姿が遠くからも見えた。

 筋骨隆々とした青い女神像みたいなキトゥン姿のビルギットさん、猛スピードでやってきて寸前で跳び上がり、難なく着陸。

 見ると肩にアンが腰掛けていて、その両ふとももを片手で押さえていた。

 アンは満足だったようで、きゃっきゃと大はしゃぎ。


「たのしかった! ビルギットさん、ありがとうございました!」

「いえ、慣れないと渡るのは難しいですから。楽しんでいただけたようで何よりです」


 そうか、僕と同様アンも滑り慣れているわけではない。

 だからビルギットさんが乗せていたんだな。


 ふと、ビルギットさんがリンデさんと僕を一瞬視線に入れて、すぐに視線を外して……自分の体を軽く抱いた。

 片方で僕の頭より大きいそれが、少し潰れて形を変える。


 ……あの……ダメですからね……?

 僕がビルギットさんにお姫様抱っこされるのは、その……いろんな意味で命が危ないので、ダメですからね……!?

 一瞬でも想像してしまった僕も、相当ダメですけど……!


 そんなことを思っていると、突然の轟音と共に氷の道が崩れた。

 ビルギットさんの肩から降りた直後、びっくりして振り返るアンと……ビルギットさんの方は驚いていない様子だった。


「悪鬼王国の……今はもうデーモンもそうそういないだろうけど、渡ってきたら困るからすぐ崩しているのよ」


 なるほど、それで……それであの橋を一瞬で作って、一瞬で壊しているのか。

 いや、ほんとさらっとやってるけどすごい。ビルギットさんはもう驚いてもいないんだな……。


「ああ、ちなみにユーリアもできるわよ。……何よ」


 今の一言と、以前からのリンデさんの反応に、ふと思うことがあってレーナさんに一言申したくなってきた。

 僕は、こちらを見るレーナさんに、少し顔を近づけて言った。


「……ユーリアはかなり優秀で、一番と言ってもいいほど小回りが利いて役に立ってくれたんですが、あの子が自分について異様なまでに過小評価なのって、レーナさんが厳しく育てすぎたせいではないですか?」


 レーナさん、無言で目を逸らした。

 僕はその顔を、じーっと見る。

 ……じーっ…………。


「……わ、分かってるわよぉ……後でちゃんと褒めるって……」

「必ずですよ」


 両手を挙げて降参の意を示したレーナさんに満足しつつ、マーレさんの方へ向く。


「ええと、それで……案内していただけるんですよね」

「あ、はい。それじゃあ……レーナ、先行して」


 レーナさんは無言で頭を掻きながら、マーレさんの先に行った。

 次いでマーレさんが向こうを向いた直後、


「レーナ言いくるめてる人初めて見た……」


 と呟いた声が聞こえてきた。

 ……ああ、確かにあの人に意見するのって、なかなかできないよなあ。あらゆる意味で迫力あるし。


 マーレさんの背中を見ていると、横からリンデさんの目を輝かせた顔が覗き込んできた。


「すごい……」

「ど、どうも……」


 リンデさんに尊敬の眼差しを向けられて照れつつも、頭を掻きながらマーレさんを追った。

 ……やっぱりレーナさんが怖がられているの、レーナさんの指導がちょっと行きすぎているというか、怖すぎるからなのでは?

 僕が見た限り、ユーリアはレーナさんのことをちゃんと尊敬しているんですから、もっと褒めてあげたらいい関係になると思いますよ。


 -


 ……魔人王国は、すごい場所だった。

 姉貴の話には聞いていたけれど、まさか地下王国がここまで魔石によって発展した光り輝く街だったなんて。

 姉貴の言いぐさがあまりに大げさだったので、侮っていたかもしれない。


「ふふっ、その顔を見た限りでは気に入っていただけたようで」

「も、もちろんですよ……こんなに綺麗な街だなんて」

「私たちも、ここに住んでいた人のことは知らないのですけどね」


 マーレさんの言い方は、ちょっとひっかかるものがあった。

 それは、マーレさんやレーナさんの頭脳であっても、この地下王国の秘密に迫れなかったということだ。

 しかし……こんなに大きな国、本当に人間にも魔族にも知られずにいるということがあるだろうか?


 それにこの街並みの、白く、青く、どこか清涼な雰囲気は……そうだ、悪鬼王国とあまりに対照的なのだ。

 対照的というか、まるで対称のような街並みだ。

 全く印象は違うのに、むしろ似ているような気さえしてしまうほど。


 僕はその街並みを眺めながら、その灰色の無機質な建造物と、そこに住む魔人族の一般の人達を見て余計に思った。

 つくりが、本当に近い。それこそアイスロードの魔法がなくて、地上への出口が塞がっていたら、魔人族も陸地へと転移魔法で行き来するんじゃないかと思うほどに。

 それも含めて、建造した人達の特性の違いなのではないかなと思う。


 どうして、この地を放棄したんだろうか。

 ……いや、放棄したわけではないのか?

 だから……。


「————ライ様?」

「あっ、すみませんマーレさん、少し考えごとをしていて……」

「何を考えていたか、聞いてもいいですか?」


 マーレさんが、興味津々といった様子で僕を見つめる。


「まだ断定的なことは言えないんですけど……悪鬼王国と近い作りだなと思って」

「ここが、ですか?」

「色以外はほとんど一緒です。その上で、どうして放棄……ないしは何かに敗北して滅亡したのかなと考えて。それと同時に、悪鬼王国も元はデーモンが作っていたわけじゃなかったのかなと。両方とも王国では見られない魔石ですし、陽赤魔石と月青魔石は僕も初めて見たので」


 マーレさんに曖昧な考えを話したけど……マーレさんは一瞬驚いた顔をしたものの、満足そうな顔だ。

 僕が首を傾げると、少し笑いながら続けた。


「ふふ……いえ、私自身ずっと考えていたのですが、とにかく手がかりさえないという状態です。でもライ様の発言は、新しい情報ですし、新しい着眼点でした。やはりライ様に来ていただいたのは正解ですね」


 嬉しそうに話して、大きく図書館と書かれた建物の中に入っていく。

 僕もその場所へと足を踏み入れた。


 ————違和感。


 基本的に今は全ての国が世界共通言語だ。

 それでもシレア帝国の食事処が、トラットリアという名前がついていた。

 僕は、図書館の看板を見た。


「共通言語、なんだよなあ」


 ……違和感がない。それが妙な違和感に繋がっている。

 何かそこにひっかかりを覚えて、足を踏み入れた。


 -


 図書館の中は魔人族がたくさんいて、マーレさんに……膝をつくとかそういうことはなく、腰を曲げて一礼するのみだった。

 視線は僕の方に集中している。……さっきからリンデさんが、僕を離さないように腕を組んでいるので、それで注目されている部分もあると思うけど……。

 あと、当然のように顔見知りじゃないアンも注目されていた。


 奥の広い部屋に入る。

 そこには今誰もおらず、更に向こうへと続く扉があるのみだった。


「フリッツ、ハンス、フォルカーは出ているのね」

「マーレがいないんじゃ、ここでじっとしてても意味ないからね」


 レーナさんの言葉にマーレさんが頷くと、僕に振り返りながら奥の扉を開く。

 少し廊下を歩いた先に、もう一つあった大きな扉を開く。


 そこには……壁一面の本。

 円柱状に広がる大きな空間の中心に、何故か巨大な塔。

 緩やかな螺旋階段が、壁の本棚に沿って下に伸びている。


 間違いない、夢の中で見た光景だ……!


 マーレさんが、僕を見ながらその名前を告げた。


「ようこそ。ここが、時空塔螺旋書庫です」

明日は同人イベントに行ってます。

ビッグサイト西館にいるので、会いたい方は是非どうぞ!

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