マーレさんとレーナさんの関係を聞きました
マーレさんに一通りの話はできたと思う。
時空塔螺旋書庫と、夢の中の光景。その意味するものは、その場所に行った時にきっとわかるだろう。
もしもその場所がかなり深くても、今のレーナさんならきっと大丈夫だ。
……僕はふと、そこで二人を見比べてみて、疑問に思ったことを聞いた。
「ところで、マーレさん」
「はい、まだ何か?」
「必要事項ってわけではないのですが、その……レーナさんとはどういった関係なのですか? 呼び捨てにしあっているので、不思議だなあと」
僕の問いに、ああ、とマーレさんは呟き手を打つ。
姉貴も「あー、確かに」なんて言…………っておい姉貴、今まで気にしてなかったのか?
まあそういうところも、妊婦でこれから母親になろうともぶれることなく姉貴って感じだよなあ。
「確かに言われてみると、レーナが私を呼び捨てにしているのは不思議な感じがしますよね。説明不足でした。レーナはもちろん形式上は部下ではあるのですが、友人というか、同期なのですよ」
「ま、同じ年ってやつよ。マーレと、フリッツと、私は昔からの友人でね」
マーレさんと、レーナさんと、フリッツさん……フリッツさん?
「そのフリッツさんというのは、もしかして弟さんですか?」
「ええ! リンデちゃんから予め聞いていましたか?」
「弟がいると聞いていたので、名前は知りませんでしたが、仲が悪いわけではなければそうなのかなと」
僕の回答にリンデさんが「ふえぇ……しゅごい……」なんて目をきらきらさせて感心してくれるものだから、照れて思わず頭を掻く。すごいすごい言ってくれるのは素直に嬉しいのですが、臆面もなく皆の前で言うので恥ずかしいです……。
そんな僕たちの姿を見てマーレさんは微笑みながら、続けてフリッツさんのことを話した。
「弟のフリードリヒは……あ、ライ様もフリッツと呼んで下さいね。フリッツは魔人王国の準魔王というか、臨時の代理というか……そういう役目を担ってもらっています。そして同時に、ね。何だと思いますか?」
マーレさんは、意味ありげにレーナさんを見た。
レーナさんは……なんと珍しく照れている様子。
フリッツさんとの関係……? 何だろう、想像つかない。
「フリッツは、レーナと結婚しているんですよ」
……ええっ!? レーナさん、魔王の弟さんと結婚しているのか?
ああ……なるほどそれで。
「そういうことです。弟の嫁で同い年のレーナに、私が部下だからって敬語を使ってほしくなかったから、私がやめさせたのです」
「あの時最初に『陛下』って呼んで丁寧語で話しかけた時の、マーレの顔ったらねー。今にも泣き出しちゃいそうな感じで、さすがに悪い気がしたわ」
「もう友達がいなくなっちゃったかと思ったから、なんだか急に一人ぼっちになっちゃった気がしてね。明確に友達って言い切れるの、ミアが来てくれるまではレーナだけだったから」
マーレさんとは、すっかり短くない付き合いだ。
本人は女王としての資質を全て兼ね備えていながら、その中身は姉貴に引けを取らないほどの人なつっこい性格で、姉貴以上に女の子らしい。
服も、宝飾品も、甘いものも。リンデさん同様に目を輝かせて飛びつく、そんな普通の女の子なのだ。
だから、周りから陛下と言われていることに対しても、あまりそのことそのものに喜んでいる様子はない。多分だけど、リンデさんにも名前で呼んでほしいんじゃないだろうか。
同時に、この魔人王国女王アマーリエ様の凄さを体験すると、とても気さくに呼べるわけがないというリンデさんの気持ちも分かるけど。
……いや、思いっきり僕もマーレさんって友達みたいに呼んでるんだった。
でも、今ここって魔人王国だから、正式にマーレさんは陛下なんだよな。
「もしも僕もマーレさんのことを陛下って呼んだら——」
「泣きます。夜から朝まで、ライ様の枕元で大声で泣きます」
「——絶対言いません」
「ふふっ、よろしい」
自分のせいでマーレさんに号泣されたら、心臓に悪いってレベルじゃない。
罪悪感で押しつぶされてしまう。
……それに、姉貴と仲良くしているマーレさんは、本当に楽しそうだ。それだけ距離の近い人というのを、望んでいたということだろう。その中に僕も入れてもらえていることを、光栄に……いや、単純に嬉しく思う。
姉貴自身も、表面上ではさらっと流しつつ、マーレさんとの会話を楽しんでいることぐらいはさすがに分かる。
姉貴も、外では敬語を使われる勇者ミアだから、友達らしい友達は久々のはずだ。
そう思いながら姉貴を見ると……あれ?
「姉貴?」
「……ん? ああ、何?」
「何、じゃないよ。ぼーっとしてたけど考えごとか?」
「……ま、そんなところね。大丈夫、ライは気にしなくていいわよ」
ちょっとひっかかる言い方だけど……姉貴がそう言うのならいいか。
姉貴はレーナさんの顔を見ていた。それにレーナさんが気付いて振り返ると、姉貴は一言。
「レーナさんは、フリッツさんのこと、好きだったから結婚したの?」
なんてことを聞いた。
「えっ!? ストレートに聞いてくるわね。まあ? フリッツはこんなでっかい私よりも背が高いから、そりゃ本命だったけど……」
「そう」
姉貴は……あれ、なんだか優しい目つきというか、親が子を見守るような……不思議な雰囲気だ。
レーナさんに対して、そんな目つきする理由、あったかな……?
時々姉貴は、こういう分からないところもあるんだよな。
「なんでそんなこと聞いてきたかわからないけど、ま、そういうわけでマーレは夫の姉、つまりマーレにとって私は部下というより弟嫁なのよね。みんな仲良いのよ? 力自慢の多い魔人族の男でも格好良かったフリッツに対して、私の方が強いのはちょっと悪い気がするけど」
「ふふっ、レーナ。それを言ったらこの空間ってみんなそうじゃない?」
「……あー、それもそうねぇ……頑張れ男諸君」
レーナさんが、高い身長に見合った高い座高から、こちらを見下ろしてちょっと半笑い。
いや、ほんとその通りなんですよ……レオンは身長も低いし強化魔法が強いからまだしも、僕はさすがにかっこ悪いかなーとは思いつつも、このメンバーに対抗できるような男はそうそういない。
村だとカールさんだけだよなあ。あの人ほんと、よくこの世界に入って来られてると思う。
「いえ! この中で一番凄いのは、ライさんです! ぜったいぜ〜ったい! ライさんが一番ですっ!」
と、ここで手を挙げて主張するリンデさん。
いやあの、一番って言い過ぎでは!? 強さで言うと、間違いなく一番下です。妊婦の姉貴にも、片手で捻られそうなぐらい僕は弱いです。
リンデさんが急に声を上げてレーナさんはびっくりするも、マーレさんはにっこり笑って頷く。
「ええ、ええ! ライ様ほど素晴らしい方はいらっしゃいませんからね! 私たちがこうやって集まることができたのも、全ては私の信仰する最高神ライ様のお陰です!」
「前聞いた時よりかなり過激な評価になっていないですか!?」
「とんでもない! ただでさえ料理できる男性というだけで私の中で驚きでしたのに、あの甘いものの数々は……! いい? レーナ。あなたもライ様の甘味を食べると、確実に負けますからね。ライ様に勝てるとは思わないように!」
「あー分かった分かった! 分かったわよ、はいはい。それじゃ私も、楽しみにしてるわ」
マーレさんの珍しくグイグイ来る姿に若干引きつつも、レーナさんは席を立つ。
「それじゃ、また晩になったら呼んで。少し外と、シレアも見てくるから」
「分かったわ」
一言告げると、ふわっとレーナさんは消えた。
……姉貴は、またレーナさんの席をぼんやりと見ていた。
-
晩は、すっかり僕への歓迎会ムードだった。
「それじゃ、ライの帰還を祝して、かんぱーいっ!」
音頭を取ったのは、リリーだ。
ていうかもう飲んでた。早いよ。僕がどうこうっていうより、完全にリリーが飲みたくてやったんじゃないか?
なんて言ったら思いっきり肯定されそうなので、それはそれで悲しいので言わぬが華としておこう。
リリーの隣には、久々に見るザックスがいた。茶髪の軽く伸ばした髪を無造作に掻きながら、しばらく見ないうちに肌の焼けた友人に片手を挙げる。
「よ、ザックス」
「おう。……元々久しぶりって感じだから、あんまり行方不明になったって感覚ないんだよな」
「はは! やっぱそれだよなー、僕もそう思ってたところでさ」
久々に見たリリーの旦那さんは、ビールを沢山飲みつつも、リリーと違って全く酔っ払っている様子はない。
そんなザックスの腰に、リリーが後ろからしがみついている。
「ぐへへー、ライが元気そうで何よりじゃー」
「はいはい、よかったな。お前ほんと心配してたもんなあ」
「え、何? 僕のこと心配してたの?」
リリーは返事を聞く前に、空になったエールの追加をもらいに店の中に入っていった。
……本当に僕の帰還を祝う気あるのか……?
「いやもうリリーはさ、ずーっと塞ぎ込んでいて、マーレさんとミアのヤツが話し相手になってたんだよ。ミアのお腹を触りに行ったりして、気を紛らわせていたのかもしれん」
「そうなのか。じゃあ多少は羽目を外しても大目に見てやるか」
「ああ、そうしてやってくれ」
そういうことなら、話は別だ。
リリーにも心配をかけたというのなら、素面の時に、また一言謝っておくか。
店の方を見ると、姉貴が店の方に入って行っていた。
リリーに話でもあるのかな? つーかあいつ、飲んで寝たかな……?
「ザックス、リリーが潰れてないか気にかけてやってくれ」
「ん? ああ……そう、かな。ミアが今行ったからいいとは思うが……」
「いいんだよ、行ってやれって」
ザックスは何故か少し悩みつつも、店に戻っていった。
おいおい旦那だろ、もっと積極的に気にかけてやれって。
そんなザックスと入れ違いでやってきたのは、マーレさんを護衛している、クラーラさんとビルギットさん。
真っ先に声をかけてきてくれたのは、クラーラさんだった。
「……ほんとに、ライさん……ライ……ひさしぶり、だね……」
「クラーラさん、姉貴を護ってくれてありがとうございました。ビルギットさんも、一通り話は聞きましたよ」
「ライ様、ご無事で何よりです……。……はい。正直あんなに強いゴーレムが出てくるとは思わなかったのですが、なんとかミア様に近づけずに、場を持たせることができました」
……二人とも、本当にありがとうございます。
正直、悪鬼王の話を聞いた時はあまりの実力差に、姉貴が語っているのが過去の話であると分かっていても震え上がってしまった。
そんな悪鬼王からリンデさんと二人は、姉貴を護ってくれたのだ。僕にとって最強の人類でも、魔族の頂点にとってはそうではない。
ここにいる、ちょっと眠そうな目のクラーラさんは……本当に、本物の最強なんだなって思う。
お陰で姉貴は生きて戻ってきて、そしてそんな僕と姉貴だけだった血縁に、新たな命が生まれようとしている。
二人のためにも……それに、僕をここまで連れてきてくれたレーナさんのためにも。
特別な、お礼をしたいな。
その日の晩は、みんなと沢山話した。
リーザさんの料理は、確かに母さんのハンバーグの味だった。自分が作ったのではないハンバーグは、まるで本当に母さんが調理して出してくれたみたいで、込み上げるものがあった。
リリーは結局戻ってこなかったので、代わりにエファさんが持ってきてくれた久々の村のエールも、しっかり堪能させてもらった。
高揚の喇叭を鳴らす酒精が体に染み渡り、多幸感に包まれる。
誰も、欠けていない。そのことがどれほど貴重なことか噛みしめながら、みんなで無事を祝った。
ああ……本当に、帰ってきたんだなあ。




