魔人族の、核心に迫ります
令和最初の更新っ!
姉貴の話が、一旦終わった。
喋り終わって疲れたのか、紅茶をゆっくり飲み始める。
その姿を見ながら、さっきまでの話を思い出す。
……すごい、話だった。
途中固有名詞は抜け落ちていたけど(悪鬼王の名前が『お酒はザルですの=デュフフデュフフみたいな名前だった』はどう考えても違う)いくつか気になることを言った。
天界と、ハイリアルマ教。
ラムツァイトゼルマ教。
ゼルマ……そして、アルマ。
「姉貴、ハイリアルマのことをアルマと略して呼び捨てにしたというのは、本当なのか?」
「間違いないわ。聞き慣れない感じだったからよく覚えてる。王国でも余所の国でもみんなハイリアルマって言うし。あでもすぐハイリアルマって言い直したわね」
そうだ。なんといってもハイリアルマの名前は、教義で略することを禁じられている。
だからアルマなんていう普通の人間の名前をしてしまったら、『聖なるアルマじゃなくなってしまうのだ。
聖母の名前や武神の名前を取って子供に名付けをすることはあるが、ハイリアルマと名付ける親は居ない。女神の名前をいただく場合は、必ずアルマだ。そうでないと、ハイリアルマが特別な名前ではなくなってしまう。
————ハイリアルマが特別じゃなくなる?
何か、そこに重要な手がかりが隠されている気がする。
相手の正体に一歩近づいたというか。
もうひとつ、ラムツァイトゼルマ教の名前。
これも先ほどの話から察するに、ゼルマっていう女性の名前からだろう。
「マーレさんは、レオンから夢の話を聞きましたか?」
「はい。『時空塔螺旋書庫』の話ですね? にわかには信じがたいですが……二人の話が一致したということなら、それはつまり二人と実物の、計三つが一致したということ。二つならまだしも、こうなると決して偶然ではないでしょう」
そう、僕と姉貴が同じ夢を見た、程度ならそういうこともあるかと思う。
しかし、魔人王国に実在する部分で一致しているとなると、どう考えても不自然だ。
更にその内容が僕と姉貴だけとなると、ますます何か理由があるように感じる。
といっても、もうある程度予想はついているけど。
「姉貴は、悪鬼王に言われたんだな? ラムツァイトゼルマ教の魔法生物だと」
「そうよ」
「ってことは、姉貴はやはりラムツァイトゼルマの勇者……いや、むしろこの村そのものがそういう場所なんだろうと思う」
僕の発言に、姉貴は眉根を寄せて首を傾げる。
少し順序を立てて説明したい……が、その前にこの場に呼んでおきたい人がいる。
レオンの話を含めて、一連の話を聞いた際に、恐らく彼女と情報を共有している必要がある。
少し斜め上の宙空を向いて、声を上げた。
「レーナさん! 来てくれませんか!?」
「————呼んだら来るとは限らないわよ?」
「でもきっと、レーナさんならずっと見守ってくれていて、必ず来てくれるって信じてましたから」
僕は、斜め後ろに立っているレーナさんへと振り向いて笑いかけた。
……んだけど、レーナさんは僕の顔を、何故か真顔でじーっと見ている。
そしてレーナさんはマーレさんを見て、姉貴の方を見て……あ、振り返ると姉貴が例の三白眼を……。
姉貴と目が合ってると、後ろから溜息が聞こえてきた。
「……はぁ。なるほど、至近距離で正面からこういうの何度も喰らうわけだ。マーレも自分を抑えるのが大変ね」
「分かる? このもどかしい気持ち」
「そりゃまーね。まったく……リンデはおいしいわねぇ。一番手特権ってやつね」
「え? え?」
二人がなんだか訳知り顔で会話しているのを、リンデさんが困惑しながら首を何度も傾げる。
うん、僕もリンデさんと同じ気持ちです。
レーナさんは、マーレさんを挟んで姉貴の反対側に座り、僕の方を見ながら腕を組む。
「で、話って何かしら」
こちらを探る気が半分、興味が半分……といった顔かな?
確かに急に集めたんだから、分からなく思うのも当然だろう。
この話をするにあたっての主要なメンバーは揃ったと思っていい。
後でレオンからユーリアに、レーナさんからクラーラさんに話を通してもらうとしよう。
「今からする話題は……そうですね、この世界そのものに干渉するような話になると思います。それを踏まえた上で、まず最初の質問です。マーレさんとレーナさんは、時空塔螺旋書庫をどれぐらい進みましたか?」
僕の質問に、二人は顔を見合わせる。
先にマーレさんが答えた。
「二段ぐらい、でしょうか。さすがにあれだけの大きさです、決して広いわけではありませんが、それでも冊数があまりに多いですね。一冊一冊がものの数分で読み終わるのならまだしも、あの螺旋書庫の本は難解で、なかなか進まないのです」
「マーレに同じく、私もね。それでも八段ぐらいは進んでいるけれど……」
「…………それだけ、ですか?」
「えっ……? どういう、意味、ですか?」
以前も、こういうことがあった。
姉貴に目線を向ける。姉貴は……分かっていないような顔だったけど、すぐに思い出すはずだ。
……ここから先の質問で、恐らく……。
「お二人に、どうしても確認したいことがあります」
「ええ」
「いいわよ」
「どれぐらい進んだかと僕が聞いて、どうして階段を降りたと答えなかったのですか? いえ、そもそも————」
「————時空塔の一番下まで降りようと思ったこと、ありますか?」
……二人は、止まった。
その目は全くこちらと視線が合っておらず、何か心をどこかに忘れてきたかのように、無表情でぼーっとしている。
姉貴が目を見開き、こちらを向いた。リンデさんとレオンは時空塔螺旋書庫に入ってなかったはずだけど、今の話に思い当たらなくてもぼーっとしている。……あの時は、確か僕がこんな感じでぼーっとしていたはずだ。
恐らく、僕がマーレさんの『呪い』を解くのは今回で三回目だ。
落ち着いて三人を見る。そして十秒か二十秒か……すると、マーレさんの焦点が僕に合った。
「ライ様、今のはまさか……」
「おはようございます、どうですか? 今はもう————」
「————ちょっと」
あ、マーレさんと同様に復帰したレーナさんがこちらの方を睨んでいる。
……そういえば、レーナさんだけは初めてだった。
「レーナさん、落ち着いて聞いてください。今のはマーレさんにとっては三回目なのです。僕自身もこの現象の影響を受けたことがありますから、今からその説明をします」
「……わかったわ」
腕を組んで一層目を細めるレーナさんの迫力に気圧されながらも、なんとか説明をする。
リンデさんがちょっと視線を彷徨わせているけど、どうやら何が起こったか気付いたようだ。リンデさんに「大丈夫です」と小さく伝えて、姉貴がレオンに同様に伝えているのを確認しつつ、レーナさんに向き直る。
これは、僕が以前から思っていたけど、さっきのマーレさんの反応である程度確信したことだ。
魔人族には、何か強力な『呪い』がかかっている。
それも一族全員に、だ。
武器を寸止めできるほど器用なのにも関わらず、調理はおろか人間の服の着脱にも手間取るほどの不器用さ。しかし弓矢を使うと正確に敵を倒せる。
そのことを話すと、レーナさんは再び十秒ほど止まって、もう一度戻ってきた。
「……今のも、か……」
「はい。マーレさんやリンデさんは大分前に解消しているので、二回目は全く反応ありませんでした。なので余計に確信できました」
「何が、確信できたと……?」
「魔人族は、一族全員に生まれつき魔人族の能力とは全く関係なく、解呪できる程度の呪いが平等にかかっているということです。生まれた瞬間か、親の呪いを継いでかはわかりません」
レーナさんはもちろん、マーレさんも……もちろん姉貴やリンデさん、レオンも驚いていた。
それは、ずっとこの呪いがかかっていたことを誰も気づけなかったこと。
更にこの呪いには不可解な特徴がある。それは、こういった僕の簡単な日常会話でも解呪できていること。にもかかわらず、今まで誰も解呪されていないこと。どこかで単語が引っかかったり、話題に出たことが全くないとは思えない。
だからこの呪いは、あまりにも異様なのだ。
だって、僕の言葉で解呪できるんだから。
恐らく……マーレさんの言ったとおり、僕は魔人族に対する『何か』を握っているんだろう。
勇者のミア、死霊術士のハンナみたいな、その代にしか現れない特徴。
「レーナさん、今なら聞いても恐らく大丈夫なはずです。あなたは空を飛んだり瞬間移動をしたりすることが出来ますが、時空塔の一階まで降りることはできますか?」
「……ええ、どれほど深い書庫なのかはわからないけど、それでもあれだけの冊数のある書庫がそこまで深いはずがない。よっぽどの事がない限り、あの先に降りられないということはないはずよ」
「その答えが聞けて安心しました」
そして、マーレさんを見て、はっきりと告げる。
「僕を時空塔螺旋書庫の最下層に案内してください。恐らく僕は、時空塔の中に行かなければいけない。そこに……魔人族と、世界に関わる何かがあるはずです」
マーレさんが、僕の目を正面から捉えてはっきりと頷いた。
魔人族に関わる、数々の謎。
そもそもリンデさんは、どうしてあんなに料理ができないのか。
どうして一人で服を着ることができないのか。
どうしてそのことに、気づけないのか。
……全く姿も分からない何者かが、リンデさんの知らない間にこんなに彼女に不便を強いているのかと思ったら、段々と腹が立ってきた。
でも、もうすぐだ。
もうすぐ僕の力で、この明るく元気で優しくて、何にも興味津々の無邪気な女の子を縛り付ける呪いを、解くことができる。
そうすれば、僕が一番好きなリンデさんはもっと、その人生を色彩鮮やかに楽しむことができるに違いない。
そのためにも、頑張ろう。
僕は本当に……本当に、リンデさんに出会うために生まれてきたのかもしれないな。




