ミア:悪鬼王国での出来事は、これで全部よ
アンダリヤを、後ろのマグダレーナさんらしき人に任せたいんだけど……確かにこえーっ……。
そりゃビルギットさんみたいな大きさじゃないけど背が高いし、なんといっても表情がすごく冷ややか。やっぱ話し慣れてない相手だとちょい緊張するわね……。
リンデちゃんの話によると、厳しい人っぽいし……事情を話したところで、デーモンの、しかも悪鬼王の娘の治療を頼んでやってくれるのかしら。
さっきからあの人、こっち見てる。身長差の分めっちゃ見下ろされてる。
……ええい、迷っている暇などない!
できるだけ、できるだけ下手に……。
「あの、その、ええっと……魔人王国の、魔法使いの御方です、よね……?」
周りが相も変わらずドッカンドッカンやかましい。もしかしたらあたしの声が届いていない可能性もある。
なんとか近くに近づいてへこへこ頭を下げながらも、声を張り上げる。
「あの! あたしの弟の、居場所を知っているっぽい子が、声が出せなくて! あなたが、治療できると聞いて————」
「『シールド・ディッセ』」
「————え?」
ぼそりと。
何か魔法を使ったと同時に、あたしと魔人族の人と、リンデちゃんにアンダリヤまで含めて魔法の盾に囲まれた。
その魔法の強度はちょっと見ただけでも分かるほどの強力さで、しかもほとんど周りの音が通ってこない。
なるほど……この魔法、つまり防御というより会話がしやすいようにやってくれたのね。
あたしが再び声をかけようとすると……その人が先に動いた。
「ねえ、リンデ」
「ひうっ……」
「この人が、ミアさん、で合ってるの?」
「は、はい……」
ずんずん歩いてリンデちゃんと距離を詰めていく。
リンデちゃん、顔面真っ青……って元々真っ青だった。しかし明確に怯えてるって分かる顔で震えている。
「マーレからさ、どついてくるぐらい軽くて明るい剛胆な人って聞いたんだけど」
「あの、はい……」
「……もしかして私のこと、変な紹介したんじゃないでしょうね……?」
びくっ、とリンデちゃんが震えて、返事を返せずに目線を逸らす。
魔人族のお姉さん、その姿を見て噴火した。
「なに勝手に人のいないところで印象下げまくってんのよおおオオオ!!?」
「ぎゃーーーーーーーっ! ごめんなさーーーーーーい!!」
涙目で頭を抱えてしゃがみ込むリンデちゃん。
そして、魔人族のお姉さんが振り返る。
「えーっと、どうやら予想してもらってると思うけど……私が『時空塔騎士団 第五刻』魔法使いのマグダレーナよ」
「はい。よかった、それで合っていたんですね」
「それ」
ん? それって、今のあたし何か変なこと言った?
「その丁寧語よ。マーレに対しては、やってないんでしょう? だったら私にも、してほしくないかなって」
「あー……えーっと、わかりまー……わかったわ。うん、わかったオッケー。マーレと同じでいい、のね」
「そうそう。あとアマーリエのことをマーレと呼んでいるなら、私のことはレーナって読んで」
「へっ? えーっと、じゃあレーナさん」
「ええ! よろしくね、ミア」
マグダレーナさん、まずは敬語を外してもらって、あたしにあだ名で呼ぶように……って、なんか思ってたイメージと全然違うわよこの人。
気さくないいお姉ちゃんって感じの人だ。笑うととっても綺麗な顔立ちだし、話しやすさも感じるぐらい。
「リンデちゃんやユーリアちゃんから聞いた時は、もっと怖い人だとばかり」
「あれは魔法を教えていたからよ。先生でいるうちは厳しくしているの。つーかリンデ! あんたが授業になってもずーっと逃げ回っていて、魔力量は魔人族最大級の才能持ちなのに、初歩中の初歩の魔法を一つも習得できていないから、マーレの願いもあって私が厳しく指導したんでしょうが! それをまるで怖いのが私の責任みたいに言うなんて、もう!」
「あわあわわ……ごごごめんなさい……」
うーん……横から聞いた限り、リンデちゃんが十割悪いわコレ。
レーナさんが怖いのは、才能があるのに努力しない子を怒る先生だから、か。なんだか気持ちわかるわね。
もしもマックスが、あの体格と役職で不真面目だったら。……まあ、間違いなくめっちゃ怒って追いかけ回すだろう。
「えーっと、それでごめんなさい。横道にそれちゃったわね。その子を看ればいいのね?」
「そうよ。どうやら悪鬼王から呪いを受けているようなんだけど、あたしの弟の居場所を知っているみたいで……レーナさん、なんとかできない?」
それまであたしを見ていたレーナさんが、アンダリヤに近づいて喉に触れる。
アンダリヤはびくっとしていたけど、治すためと分かっているからか抵抗はしなさそうだ。
「へえ、さすが悪鬼王。強力なカースがかかってるわねー。ジェジチというより、ヴィチ程度なら……うん、可逆っぽいわね」
「やっぱり難しいですかね?」
「『カースリリース・ディッセ』」
あたしの懸念を余所に、レーナさんは魔法を使った。
一体何の魔法……と思っていた思考も、次の一瞬で吹き飛ぶ。
「あ……あ……! ……こ、え! で……ケホッ!」
「暫く使っていなかったから、少し痛むのね。『ヒール・ディッセ』……どうかしら?」
「え……? え、あ、ああっ! 喉、痛くない!」
「上々。ん〜、悪鬼王の魔法より私の魔法の方が上みたい。これはいい情報が手に入ったわね」
……すげー。
なんか、今の一瞬の出来事とにかくすげえ。悪鬼王の呪いを解いた後に、さくっとアンダリヤの喉まで治してしまった。
というか、魔法を使う判断がすげー早い。呪いのレベルとか、喋り慣れてない喉とか、的確に看てあっさり治して、その能力が悪鬼王より上。
こりゃ半端ない。以前レオン君が『マグダレーナさんがいたら大体が足りてしまう。僕達は彼女一人じゃ手が足りない時のためにいるようなもの』と言ってたの、わかるわ。
さてと、感心している場合じゃない。
「アンダリヤ、でいいのよね」
「あ、はい……私の名前、長いけど……アンと略していただければ」
「アンちゃん、ね。それじゃ答えてちょうだい。あたしと同じ赤髪……はこの環境じゃわかりにくいだろうけど、ライとはそこそこ似てると思うわ。ねえ、あたしに似た雰囲気の男、ライの居場所はどこ?」
「南の、転移魔方陣に、のりました! 私が、ライさんを、逃がした、のです」
アンちゃんがそう言って向いた方向が、南……あたしらが入ってきた方向とは反対側、向こうか!
ここでビルギットさんが合流する。
「マグダレーナ様! 既に此方へいらしていたのですね」
「ええ。ある程度、話は聞いたわ。どうやら南の方に……ん?」
レーナさんが、何か疑問に思ったように声を上げて「『エネミーサーチ』」と呟く。
多分すげー精度いいやつだ、ユーリアちゃんであのレベルだったんだし。
眉を寄せてレーナさんが、南の方を向く。
「そういえばビルギットは、普通にやってきたわね。シールドの内側には入って来られるようにしてはいたけど」
「はい。クラーラさんがゴーレムを後ろから一撃で破壊して下さって、それからクラーラさんと、悪鬼王……でいいんですかね? 二人の争いがあるうちはさすがに動けませんでした。それも終わったようで、それで近づいたのです」
二人の戦いが終わった……!?
じゃあ、結果は……って、レーナさんが警戒していないということは、既に戦いは終わったのだろう。
それにしては、顔が全く晴れていない。
「どうしたの、レーナさん。なんだか怖い顔」
「……クラーラ、手加減できなかったとはいえ、ちょっとこれはまずいわね」
「え?」
あたしが何か聞き返す前に、クラーラちゃんが近くまで戻ってきた。
怪我は……服が多少切れている程度だ。五体満足っぽいわね、よかった……。
でも、自分の服の袖を見ながら、嫌そうな顔をしている。
「……こんなに服が切られるなんて……あいつ、次会ったら……穴だらけにしてやる……」
「何言ってるの、あの悪鬼王相手に服だけで済むなんて凄いわよ! もーほんと格好良かった。すっかり助けられちゃったわよ、クラーラちゃん。服は、新しいのいくらでも買ってあげるし、今日のお礼として、お気に入りの店もたくさん紹介しちゃいたい気分よ」
「……それは、期待、しようかな……?」
あたしの提案に、ようやく鬼神と化した魔族から、口角を緩やかに上げる服飾宝飾大好きな普通の女の子のクラーラちゃんが戻ってきてくれた。
そんなクラーラちゃんに、レーナさんは握り拳で頭を小突く。
「……何……?」
「南の端まで行って、悪鬼王には逃げられたって言ったわよね」
「……ん。多分……どっかに転移した……」
「追撃するために、魔法攻撃とか撃ち込みまくった?」
「……撃ち込んだけど……」
……あー、なんとなくレーナさんの言いたいことが分かった。
つまり、こういうことだろう。
「クラーラちゃん。多分だけど、その壊した転移魔方陣の先に、ライがいたわよ」
あたしの発言を聞いて、クラーラちゃんが今までで一番の驚愕の顔をする。全く見たことないレベルの、大ショック! っていう感じの、目と口の開き具合だ。
そして、目線を左右に揺らしながら、おろおろし出す。
「……ご、ごめんなさい……」
「あーっ! いいって、手加減できなかったんでしょ! あたしらの方にクラーラちゃんより上手くできた人なんていないんだから、そんな顔しないでちょうだい! それに、生きていることが確定したんだもの。あいつはきっと大丈夫よ」
そう、アンちゃんが逃がしてくれたのだ。
わざわざ選んでその魔方陣にライを逃がしたということは、恐らくこのビスマルク王国と同様、人間の国があるのだろう。
悪鬼王は……多分、天界とやらに行ったと思う。いきなり一人で人間の国で暴れるということは……今までしていなかったんだから、急にすることはないと思う。
それを考えるとデーモンの動きは不自然な気がするけど……何か、あいつらには人間に対して暴れる理由とか、あるのかもしれない。
リンデちゃんは不安そうな顔をしているけれど……でも、ライの強さを間違いなく一番近くで見ているのも、リンデちゃんだ。
リンデちゃん曰く、ライは『普通に魔人族の討伐隊に混ざっても強い方』ってぐらい強いらしい。……なんか、前聞いた時より評価が上がってない?
ま、そんなわけであたしらは任務完了。
アンちゃんのことは……マーレが受け入れないとは思わないし、事情を喋れば大丈夫でしょう。
とりあえず……疲れた。
悪鬼王があんなに恐ろしいなんて、ね。
マーレぐらいかなと思ってたけど、正直なめてたわ。
それでも、ここまで悪鬼王国を滅ぼしたのだ。三人で大暴れしたからね。
村もきっと、今後は安全が保証されるだろう。
……あたしの、この五年間の行き場のない怒り。
それも、ここまで原因に対して暴れりゃあ多少は解消したといってもいい。
今日はきっと、お父さんとお母さんも、活躍したって言ってくれるわよね。
でも、二人に報告するのは、ライが帰ってからだ。
ライ……あんたのこと、あたしもリンデちゃんも信頼してるんだから。
だから、早く帰ってきなさいよ。
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……それでも、一人になった感覚は抜けなくて。
「昔は、この家も四人の家族で食べていたのに……ね」
ライのいない食卓は、本当に寂しい。
誰も料理しないキッチンと、綺麗な食器が並ぶだけの食卓。
まるで、生活する人がいなくなったような空間。
リリーのお店でマリアのハンバーグという最高のメニューを出してくれて、ライがいない間も同じ味のチーズハンバーグを、リリーや魔人族のみんなで会話しながら食べることができる。
あの時間がなければ、ライのいない食卓はちょっと心が折れそうなぐらいだった。
ライは既に、ここまで手を回してくれていたんだ。本当に……ダメなねーちゃんとしては頭が下がるしかないってぐらい、どこまでもあたしの心を救ってくれている、自慢の家族だ。
————家族。
あたしは、部屋に戻る。
レオン君が、いつものようにベッドに待っていてくれた。
普段はおちゃらけてさ、照れるレオン君を巻き込む感じで、一緒に服着たまま触れ合って寝ているだけだけど。
「……あれ、ミアさん?」
今日は、レオン君を正面に向けて、ベッドに寝かせる。
そして、彼の服に手を触れる。
魔人族は、不器用だ。着るのも、脱ぐのも、一人ではできない。
つまり、この服を扱う権利は、今あたしにしかない。
あたしは一言だけ告げた。
「————今日は、覚悟してね」
この晩の記憶は、ない。




