ミア:衝撃の事実が多すぎて、あたしの頭じゃ追いつかない
あたしは大剣を構える。
正面のやつが、細い剣を出す。
意外なことに、体格に似合わない小型の剣ね……機動力で負けると、すぐに後手に回りそうだわ。
それにしても、悪鬼王国の伏兵っぷりがやばい。
まさかビルギットさんもリンデちゃんも、一人で受け持つほどの強い相手が悪鬼王国にいるなんて……完全に侮っていた。
あたしはこの三人の中で、恐らく一番弱い。さすがにそのことが分からないほどうぬぼれてはいない、っつーか二人が強すぎる。
そんなあたしに、明らかに本命って感じのデーモンが相手になるのだ。
やってやる、と気合いを入れたはいいものの、相手を知らずに挑むほど無謀ではない。
勇者の役目は、魔王の討伐。
勇気がある者だから、勇者。
っていうけど、勇気と無謀は違う。
当たって砕けるのは、後の人のことを考えない無責任なヤツだ。
だって最良なのは、何が何でも勝って帰ることだから。
こいつは誰なのか。幹部なのか、王なのか。
こーゆー時は、まず会話から入るに限る。
意外とガルガル……名前忘れた、デー幹も話しかけたら喋ったし。
「いちおー自己紹介しておくわ。あたしはミア。アンタの名前を聞いてもいいかしら」
「貴様が勇者ミアだな? 成る程、ドルフを殺ったのは間違いないらしい。……ザルダンノギルジェロフザダヤスキヴィルヴァルダヴナ=ズィヤヴォルだ」
…………。…………はい?
何、今の。違う国の言語を喋ったとか、じゃなくて、自己紹介……自己紹介よね?
それ、名前? 今の名前? マジで名前? え、あの、その呼びづらいのが名前のつもり? さっきのザルダヨオサケツヨイノアブラカタブラ=デュフフデュフフみたいなのが名前なの? 笑わせにきてるわけ……じゃないわよね。
うん、真顔で言い切った辺り、マジで名前っぽい。普通に会話できてるし、突然言語を変えたわけじゃないっぽい。
同時に、今の名前を聞いて、明確に一つ確信したことがある。
ていうか、そうじゃなかったらおかしいってもんだ。
————あちゃー。絶対悪鬼王だこれ。
とにかく、こうなった以上迂闊に打ち合うのは余計にナシだ。
同時に、悪鬼王国一番の情報源が現れた。
倒すより先に、いろいろ聞きたいことがある。会話を続けよう。
「悪鬼王って名乗らないの?」
「……自らをそう名乗ってもいいが、先代と被るのでな」
「ま、そりゃそうか。……それにしても、悪鬼王がこんなところで出てくるとはね」
「こんなところも何も、悪鬼王国なのだから居て当然だろう」
やっぱりここが悪鬼王国なんだ、まあそうかなとは思ってたけど。
魔人族が人間から差別される原因となった、マーレの因縁の相手であろう悪鬼王。こんなに思いっきり出て来ちゃったわけだけど。
さすが両親の情報、本命も本命だったわ。
もう少し、情報を集めたい。
「あっちのゴーレムは何なのよ、オリハルコンゴーレムにしては強いんじゃない?」
「あれか? あれはアダマンタイトゴーレムという、天界のゴーレムだな」
「……てんかい? どこよそれは」
「ラムツァイトゼルマ教の魔法生物なら知っているだろう、ハイリアルマ神国のことだ」
……。
いや、待て。
待て待て待て……。
こーゆー頭使うことは、ライの役目なのよ。
いや、本当は勇者のあたしが全部やんなくちゃいけないって分かってるけど、ほんっと頭使うのは苦手っていうか、ライが優秀すぎるから任せちゃうというか。
でも、あたしでもこいつの言ってることが、無茶苦茶おかしいことぐらいはわかる。
天界。
ハイリアルマ神国。
アダマンタイトゴーレム。
……そのアダマンタイトゴーレムが、悪鬼王の手の中にある。
「それ、さ。ハイリアルマ神国からもらってきたわけ?」
「そうだが?」
あっさり肯定した。
今ので、アホのあたしでもさすがに分かった。
悪鬼王、ハイリアルマ神国と普通に取引してる。
ちょっと待て。
あたしら人間はハイリアルマ教を信仰して魔族の討伐に頑張ってるっつーのに、何こんな凶悪なゴーレム普通に渡してんのよ。
人間どころかあたしでも勝てないでしょこれ。完全に人間滅ぼす気じゃん。
いや、前も……何か、こういうことがあった気がする。
あれは、そうだ、ライだ。
ライが教皇のもとへ行き、ハイリアルマ教の原典の秘密を暴いた時だ。
原典を燃やす決まりだったのを燃やさなかったせいで、ライにハイリアルマ教の教義と全く違うことを暴かれたのだ。
その直後、原典は完全に燃やされた。
……何故か、デーモンに。
その時は村がハンナの魔法によるネクロマンシーのゴブリン大量発生で大変だったから、難しいことはまったく考えてなかった。
でも、おかしいのだ。そもそもなんでデーモンが原典を燃やす必要があるんだって話なのだ。ていうか今までそのことを考えてなかったあたし自身がおかしいけど。
でも、まとめるとこうだ。
ハイリアルマ教の原典を燃やしたのは、デーモン。
デーモンにその指示を出したのは、女神ハイリアルマ。
ハイリアルマって概念じゃなかったんだ。
普通に生きてて、活動してるんだ。
ていうか、そもそもデーモン側の女神なんだ。
じゃあ、ハイリアルマ教の戦士として人類代表だった勇者のあたしって……。
あたしの中で、勇者としての何もかもが崩壊していく。
これ、予めライに魔人王国との架け橋になってもらっていなかったら、完全に精神やられていたわ。
今はとっくにハイリアルマ教なんぞ信仰しちゃいない、だからダメージは軽微だ。足元が崩壊してるっつっても、その崩壊した場所にあたしは立っていないのだ。
勝手に崩壊してろ、人間の作り上げた勇者のイメージ。今のあたしは、ライが魔人王国を紹介してくれたから、マーレにレオンという心の支えがあるんだ。ふらつくはずがない。
ライ……あんたって、いないところでも姉ちゃんのこと救ってくれるのね。
もう一つ、気になることを言った。
「ラム……なんとか教って何」
「……これは驚いた、ラムツァイトゼルマ教が知られていないとは、ゼルマはそこまで弱っていたか。さすがアルマ……おっと、ハイリアルマの戦略だな」
「あたしらの方の……恐らく魔人王国側の教えってことね。それに、ハイリアルマってのも実在するとは知らなかったし」
ラムツァイトゼルマ教、ね。こっちはなんとか覚えておこう。
かなりの情報を集めることができた。この話、ライに共有したいわね。
あたしが目の前のごついデーモン相手に次の話題を考えていると、リンデちゃんと……魔人族っぽいけどそうじゃないっぽい子の剣を打ち合う音が、至近距離で聞こえてびっくりした。
どうやら移動しながら打ち合っているらしい。お互い怪我とかしてないあたり対等のようだけど、あの子こっちを攻撃してきたりはしないわよね?
さっき悪鬼王の指示をもらっていた以上、リンデちゃんを狙うと思うけど。それにいくら強いといってもリンデちゃんを相手にして、さすがに視線を外してこっちを見るほど強いとは思えない。
「くっ、こんのッ……!」
「……!」
「あああッ! こんなところでッ! 足止め、されてる場合じゃないのにッ!」
いつものかわいらしい顔も、冷静に魔物を仕留める顔も、完全になりを潜めていた。
今のリンデちゃんは、怒りの形相を隠そうともしない。本気でライのことを心配して、全力で敵にぶつかっていく女の子だ。
女の子、じゃないわね。愛する男を救う恋人で、奧さんだ。
「ッ、こんな、やつがいるなんて……!」
「…………」
「どいて……どいてよッ!」
リンデちゃんの攻撃が大振りに叩きつけるようになり、デーモン側の子も嫌そうに顔を顰めて受け止めながら引く。
あっちの刺突剣も、ずいぶんと頑丈ね。かなり良い物使ってるわ。
「ほお、膠着状態だな。アンダリヤ相手に随分と健闘するものだ」
「リンデちゃんは、魔人王国の中でも強いのよ。そっちの子の強さの方があたしには驚きだわ」
「突然変異体で、まるで趣味趣向が会わず閉じ込めていたが、これでも俺の娘なのでな」
突然変異体。俺の娘。
そうか、ということはあの子は悪鬼王国のお姫様ってことか。
やべーわね、あの子。マーレとか、マーレの娘ぐらいのポジションってわけじゃない。それであれだけ強いのなら、完全に向こうの方が上を行ってるわ。
同時に、目の前の悪鬼王がそのアンダリヤっていう子を黙らせるほどに強い沈黙魔法をかけていることも分かる。
つまり、リンデちゃんと同等のアンダリヤより、悪鬼王の方が強い。
……こりゃ、マジでやばいわね。
あたしの担当、荷が重すぎない?
「さてと、そろそろ————」
「あああああああああーーーーッ!!!」
「————む?」
そろそろ年貢の納め時、ってタイミングでリンデちゃんが急に叫んだ。
やられた!? と思ったけど、どうやら膠着状態にしびれをきらしただけのようで安心した。と言いたいところだけど、あんな悲痛な顔を見て安心なんてしていられない。
ライのために、あそこまで怒ってくれているんだから。
「こうしている間にも! どこにいるかわからない! 生きているのかも! 飢えているのかも! 怪我しているのかもわからない……! 今すぐ会いたいのにッ!」
「……」
「どこにいるの! どこに……ッ!」
リンデちゃんの荒れ方が、徐々に激しくなる。
そして、ついに油断そのものっていうぐらい危うい大振りの上段斬りをしながら叫ぶ。
まずいわね……あれは助けに入らないと!
「——ライさんを返せえええええーーーーーッ!!」
……そう叫んだ瞬間。
あのアンダリヤという子がリンデちゃんの胸を一突き! ……するかと思いきや剣を引き、唖然とした顔で凍り付いた。
そして……口をぱくぱくさせた。
……なに? 何か言いたいの?
あい?「あいあん?」首を振った。舌の裏側を見せびらかして……ライアン? あっ。
「『ライさん』、か」
全力で首を縦にかくかく振った。
「あたしの弟のことだけど。ライがどったのよ」
「……!?」
急に変な反応になったアンダリヤに、悪鬼王も不穏に思ったようだ。
リンデちゃんも、さすがにその変化に毒気を抜かれている。
「おい、アンダリヤ。一体何を」
「……!」
アンダリヤ、完全に悪鬼王を無視してあたしに意思疎通を図ろうとする。
あいんうん……じゃなかったわね、ラインウ…………え?
「ライムント?」
「……!」
「いや頷いてるんじゃないわよ。だからライがどったのよ。あんた知ってるの?」
「知ってるんですね!? ライさんの場所を!」
あたしが声をかけた直後、リンデちゃんが被せるように叫んだ。
いやいや、なんで? ライの場所をこの子が知ってるの?
つーか喋ってないでしょ、さっきから。
あの口パク以外で、何か意思疎通できた部分とかあった?
「おい、アンダリヤ。お前……」
悪鬼王が、剣を構える。
アンダリヤ、リンデちゃんから完全に顔を逸らして、悪鬼王の攻撃からあたしを護るように立つ。
……何が、どうなってるの?
あたしが展開についていけない中で、リンデちゃんが横に来て悪鬼王を見据えながら剣を構えた。
「ミアさん」
「何なの、この状況。あたしにも教えろ」
「気付かないんですか?」
あっ、今よりによってあのリンデちゃんに馬鹿扱いされてる気がする。
じろりと睨むけど、今日のリンデちゃんは怯まずにあたしをしっかりと見返して、そのことを告げた。
「今、私たちってみんなライさんを略称で呼んでいます」
「……あっ!」
「そう。ライムントというフルネーム、私たちから漏れているはずがないんです」
言われてみると、その通りだった。気付かないあたしが馬鹿だったわごめん。
「だからあの子は、ライさんに会って、しかも会話して名前を聞いているはずです。そしてミアさんがライさんのお姉さんであると知って、親である悪鬼王に剣を向けている」
そこから分かることは一つ。
あの子は————。
「————間違いなく、味方です」




