ミア:ライがいなかった間のことを話すわ
久々のミア視点です
ハンバーグを食べてご満悦のアンちゃんの頭を撫でつつ、あたしは魔人王国になった経緯を聞いたライに向き直った。
「それじゃ、ここからはあたしが。一体あんたがいなくなってからどういうことが起こったか、きっちり話すわ」
「わかった、頼むよ」
ライに頷き、マーレとも目を合わせて頷き合う。
アンちゃんの顔が強ばるけど……でも話さないわけにはいかない。
あれから何があったか。どうしてこの子がここにいるのか。
そしてこの子は、一体何者なのか。
さて、まずはライが連れ去られた直後から————
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————あたしを今突き動かす理由は一つ、たった一人の家族だからね!
だから、必ずライは助ける!
マーレを村に残して、あたしは南の森を走る。
ぶっちゃけリンデちゃんにもビルギットさんにも絶対敵わないであろうことぐらい分かるあたしだけど、それでも追いかけないなんて選択肢はありえない。
両親が魔物に殺された時、あたしには力がなかった。
何も出来なかったのは当然だ、十三歳の少女にオーガロードは荷が重い。
だけど今は、デーモンも素手で殺せる人類最強の勇者様なのだ。
ここで動かなくちゃ、何のために強くなったか分からない。
南の森はほんとによく開拓されていて、ずいぶん遠くまで道が続いていた。
ここを街道として、ここら一帯に人でも住めそうな雰囲気さえある。
デーモンも、そりゃ焦って先制攻撃とかしてくるわけよね。
しばらく走っていると、道の向こうから魔物が一気にやってきた。
ずいぶんとバリエーション豊かだけど……今のあたしには、役者不足もいいところだ。
村に向かわせるわけにはいかないわね!
「『ブレイブ・サンダーボルト』!」
片手から雷撃魔法を放ちつつ、大剣を振り回して近くの魔物を切り落としていく。
以前より体がよく動くようで、ゲイザーも通り際に一刀両断だ。
「ま、村にはあのビルギットさん以上に強いカールさんがいるから、あんな雑魚の魔物にやられるとは思えないけど……」
それでもなるべくは倒していこう。
実際広範囲に展開した魔物は厄介だ、わざとやっている節がある。
……毎日リンデちゃんはパトロールをしていたと聞いた。つまり、この広範囲の南の森を走り回って、あれだけの魔物を再々掃除していたのね。
なるほど、確かにライには荷が重いわ。リンデちゃんが来てくれてよかった。
本当に……奇跡的な確率で、二人が出会って。
あんな見た目のリンデちゃんをすぐにライが気に入っちゃって……そして、あたしがいない分を埋めるように、村が守られたのだ。
針の穴に糸を通すような選択肢の連続で、今日まで生き残ってきたライ。
絶対に、こんなところでやらせはしない……!
-
やがて開拓していない森の中に来たけど、ここから先はあたしも勘で探索をする。
ここらへんでお父さんが何やら木の生えていないところを見つけたって話だけど……。
…………。……………………。
……あった。もう海も近いんじゃないかという場所に、確かに不自然な場所があった。
木々の生えまくった森の中、そこだけすっぽり木が生えていない。
「ミア様!?」
名前を呼ばれて後ろを振り返ると、そこにはすっかり先に行っていたと思い込んでいた、ビルギットさんがいた。
「ビルギットさん、まだここにいたんだ」
「デーモンの住処であろう、その目的地がわからなくて……今、時空塔強化で私自身に探索魔法がかかっています。それでミア様の気配を追ってきたのですが……」
「ちなみにリンデちゃんは?」
「この付近にはいません、恐らくこの先にいるかと」
ビルギットさんは、視線あたしの後ろ側……つまり進行方向へと向ける。
……草だらけの木が生えていない不自然な広場の中心部に、藁が積み上がっている。
他にもカモフラージュに藁があるけど、中心のやつは明らかに不自然だわアレ、あからさますぎる。
「罠、ということはないでしょうか」
「あたしも考えたけど、仮に罠か、もしくは悪鬼王国じゃない場所への入り口だったとして、行かないという選択肢ある?」
「ありません。それにミア様ライ様のご両親の情報です、死んだ相手からは情報を聞き出せないと判断しているとなると、場所を変更している可能性の方が少ないのではないかと思われます。……例えば合鍵を盗んだ人がいたとして、盗んだ人を捕まえてもその鍵を落としていて発見できなかったとしましょう。でも、落ちている鍵がどこの家の鍵か分からなければ、一見危険でも家側が鍵を変える必要性は薄いと思うのです。この転移ポイントが家の鍵穴のように簡単に場所を変更できないのなら、尚更変えていないと思われます」
なるほどねー。確かに目撃者を始末できたのなら必要ないし、場所が分からなければ変更する理由もないだろう。
さらっとそこまで判断して、そんな例えをできちゃう辺りがやっぱりビルギットさんって頭いいわよね……この筋肉質な巨人で頭脳明晰な淑女とか、ほんと全能力高めって感じで凄すぎる。ぶっちゃけあたしが敵う要素マジでないと思うわ。
……それが故に、そんなビルギットさんがライのことをここまで意識して動いてくれるって、結構姉として嬉しい部分があるわよね。
以前レオンに、魔人族は力自慢が多いから、ビルギットさんは魔人族の中では全くモテないって聞いたことがある。
でも自分で自分の性格あんまよくないって一応認識してるあたしからしたら、ちょっと男が尻込みしちゃう程度の背丈になった程度で、こんな素敵な女の子が男から避けられるなんてあってはならないと思うわ。
少なくとも、ライは全くビルギットさんに気持ちが向いていないなんてことはないと、姉として断言できる。
つーかリンデちゃんと一緒にいる時を何度も見ていて思うけど、ライは絶対グラマーなのに弱い。多分ビルギットさんが本気でその武器を駆使すれば、めっちゃ簡単に籠絡しちゃえるんじゃねーのかなって思う。
でもしないだろうね、淑女だから。そしてそんな淑女だからこそ、ライもビルギットさんのことを気にかけている。
リンデちゃんとライの関係の間で、ビルギットさんがどんな結末になるかはわからない。でも、この淑女が横恋慕で横取りするような子じゃないことは分かる。
それでも、ライと一緒に会話している時のビルギットさんは、もう世界の幸福の全てがそこにあるかのような、見ててこっちまで笑顔になるような幸せオーラを出すのだ。
だから、あの魔王様……マーレの返事を聞かずして飛び出した。
ビルギットさんのためにも、ライは絶対に取り戻したい。
……あと、村で待っているマーレのためにも、ね。
あんたも大概、本命オーラ隠すの下手糞すぎなのよ。ぶっちゃけライの近くで聞いてると赤面するぐらいの、天然タラシ具合が理由の大部分なんだけど。
マーレが無理矢理リンデちゃんから略奪する可能性は間違いなくゼロだけれど、同時に一緒にいるだけで一番幸せってツラしてんのは、さすがに親友のあたしにはわかる。二人ともいいヤツだから、そういう部分は絶対に信頼している。
そしてそんな弟大好き具合を隠さない可愛いマーレがあたしは大好きなので(恥ずいので絶対本人には言わん!)、マーレのためにも、ライは無事に救出したい。
……ていうか、割と本気でクラーラちゃんとかユーリアちゃんとか含め、みんなライのこと見てるのよね。ほんとタラシ具合がやばい。
ライが帰ってきた暁には、さんざん苦労と心配かけさせられた分、みんなの王子様になってもらおう。
あたしの気に入った友人全員を相手して、全員を満足させてもらおう。
それぐらい要求する権利は、あるわよね?
さて、ライが返ってきた時のことにばかり想いを馳せてないで、今は自分のすることをしないと。
広場の中心に行き、ビルギットさんがその不自然な藁を慎重に持ち上げる。
藁は近くで見るとかっちかちに固まってて、まるで積み藁の形をした石膏像のように、その形のまま直角に転がった。
……マジで、あった。
魔方陣だ。
「ビルギットさん、先に乗ってくれるかしら。十秒で追うので、敵が強そうなら十秒以内に戻って、大丈夫そうなら重ならないように移動地点から動いてちょうだい」
「わかりました」
ビルギットさんが、「……『時空塔強化』……!」と自分に強化魔法を入れ直す。両拳が黒く揺らめくのを確認すると、魔方陣の上に乗った。
魔方陣が光り輝き……その姿は消えた。どうやら中へと入っていったようだ。
…………。……よし、出てこないわね。
あたしもビルギットさんを追って、魔方陣の上に乗った。
-
出現した場所は……うええ、なによこれ……すっげえ目が痛い。
魔石が赤い光のみで、ちょっと暗い。
まるで流血して時間が経過したかのような、悪趣味にも程がある場所だった。
「うっげえ……」
「あ、ミア様」
「ビルギットさんも到着したのね、よかった。……それにしても、ひでえ色だわコレ。目に痛い」
「はい……悪鬼王国の美的感性、あまりに悪辣で我々の感覚からすると、控えめに言ってあまり良い趣味ではないですね……」
「デーモン野郎どもに対して控えめに言う必要ないわよ、生き物の死体みたいでゲロ以下のクソ最低なセンスだってあたしは言い切る」
「全くの同意です……」
ビルギットさんとしっかり同意をし、悪鬼王国……であろう場所を進んでいく。
まずは一方通行の場所を、奥に進んでいこう。
扉が開け放たれており、そこには……!
「こ、これは……間違いありません! リンデさんです!」
デーモンの死体が積み上がっていた。
積み上がっていたというか、もう部屋の隅に投げ飛ばされて積み上がっているとか、首が吹き飛んでいるとか、デーモンの歪な大剣を胸に貫通させて壁に串刺しになってるとか……とにかくすごい。
「見て分かるわ、相当怒り任せでしょうねコレ」
「リンデさん……! ミア様、行きましょう!」
「ええ!」
あたしはビルギットさんと一緒に、部屋の向こうへと足を踏み出した。
ちなみにビルギットさんには建物は小さいので、パンチ一発で小さな扉とか壁ごと吹っ飛ばしてたわ。
……大概ビルギットさんも、怒ってるわね。
悪鬼王国の、外とでもいったらいいのか……魔人王国に近いけど、色は逆。そんな悪趣味な地下王国が広がっていた。
「こっちです!」
ビルギットさんが走っていった方角を追いかけると、すぐにビルギットさんは止まった。
そして————。
「——くっ、数が多い! ……あっ、ビルギットさん!? ミアさんも!」
リンデちゃんと合流できた。
相手は物量で攻めてきていて、さすがに雑魚の魔物ならともかくデーモン相手だと裁ききれない様子だ。
「数が多いのね、オッシャ任せな! 『ブレイブ・マジックアローレイン』!」
リンデちゃんの代わりに、無属性の魔法攻撃を撃ち込む!
集まっていたデーモンどもが、一時足を止める。
そして横には、相手を睨みつけながら拳を打ち付ける、やる気満々のビルギットさん。
あたしも、ライを誘拐したデーモンどもを目の前にして、早く暴れたくて疼いている。
————さあ、反撃開始よ!




