魔人王国になった経緯を聞きました
インターバルをもらおうと思ったのですが、反響が大きかったので更新します!
村に帰ってきた。
それは僕にとっては一ヶ月とちょっと程度の期間に過ぎなかったわけだけど、みんなにとっては半年以上の生死不明だった。
リンデさんはそれまでの時間を埋めるように、僕の体に抱きついて暫く大声で泣き続けた。
その声に感化されて、僕もリンデさんの肩に顔を埋めて静かに涙を流す。
お互い服がグショグショで、体の水分が空になってしまいそうな勢いだ。
そんな、いつまでも続くと思われていた涙も、やがて乾いて。
「……とりあえず、えっと……いろいろ事情を聞きたいんですけど、いいですか?」
「あっ……えっと、そうですね。はい。それじゃええっと……アンちゃん」
アンちゃん、とリンデさんが名前を呼ぶと、「はい」という返事とともに、あの灰色の少女が声を上げた。
あの子はアン、というのか。
「あの……えと、こうやってお話、はじめて、ですね。いろいろと、その、ありがとう、ございました」
「こちらこそ、僕が生きているのはアンさん、でいいんですよね? あなたのお陰ですよ」
「どう、いたしまして。あの……あらためて、自己紹介。わたしの名前、ちょっとながくて、変なので……面白くない、かも……」
「構いませんよ、教えてくれますか?」
「はい。えっと……アンダリヤエフヴェフツィリーヤクセナズダ=ズィヤヴォル、といいます。ながいので、アンでおねがいします」
……お、お、思った以上に長い名前だった。しかも可愛い容姿には全く似合わない、想像以上に変というより厳つい名前だったのでびっくりした。
えーっと、さっき言った名前は……。
「アンダリヤ、エフヴェフ、ツィリーヤ、クセナズダ=ジヤ、ジ……ズィヤヴォルさん、ですかね? ええ、わかりました。よろしくお願いします、アンさん」
「…………!?」
僕の返答を聞いて、固まるアンさん。
そしてリンデさんの方を振り返り、驚きの声を上げる。
「り、リンデさん! ライさん、わたしの名前、おぼえちゃった!」
「やっぱりライさん凄すぎですよぉ〜! 私未だに半分も覚えてないんですから!」
いや、せめて名前は覚えてあげよう?
でも確かにこれを一発では覚えにくいと思う。むしろ自分、今のでよく覚えたな……自分でびっくりだ。
「まったくよね〜、ほんと腹立つぐらい出来がいい弟を持って姉ちゃん安心だわ」
「姉貴、降りてきてたんだ」
「感動の再会はいいんだけど、ハンバーグが冷めちゃってるからお願いねー」
のんびり言いながら椅子に座る。
見てみると、確かに表面から艶がなくなりかけたハンバーグがあった。
……ってことは、さっきまでのリンデさんとのあれ、しっかり見られていたのか……。
あ、リンデさんが顔の青色を一層濃くしながら「へ、陛下を呼んできますっ!」と去ってしまった。人間じゃなくてもわかる、思いっきり赤面顔だ。
ほんと、リンデさんって特別にかわいいよなあ……。
「……やっぱ殴っていいかな?」
聞こえているぞ、そこの馬鹿ップルの片割れ。
あとさりげに二人は呼称が呼び捨てになっていたよな。
……まったく、姉貴は人のこと言えないってぐらい先に進みすぎだ。いや、むしろ姉貴自身が言ったとおり、今まで尻込みしていた方がおかしいよな、なんたってあの姉貴だし。
僕とリンデさんも……。
……いやいや、その想像は……その想像はまずい……。
忘れよう。まだまだ考えることは多いんだから、やめておこう。
あの暖かい青肌の感触を想像するのはやめるんだ。
子供っぽい性格に似合わない、凶悪な体つきの想像はやめるんだ。
……。……やっぱ一発ぐらい姉貴に殴られた方がいいかもしれないな……。
「あ、あの」
と、そこへアンさんが声をかけてきた。
「どうしたんですか?」
「わたし、リンデさんや、ライさんより年下で、そんな、さん付けとかにあわないと思うので……呼び捨てか、リンデさんと同じように……」
「んー……分かった。じゃあアン、よろしく」
「……! はい!」
アンはにっこり笑うと、椅子にいそいそと座った。
姉貴はアンの頭を撫でた。二人も仲が良さそうだな、よかった。
-
「それでは、久々のライさんの食事を先にいただくということで」
レオンが呼んできたマーレさんも合流し、久々の食卓を囲む。
すっかり僕がいない間はリーザさんに頼りっきりだったようで、今もみんなは話がまとまるまで、店でここ半年のように食べてもらっているとのこと。
アンには、ちょっと普段とは形が違うけど、僕のチーズハンバーグを食べてもらうことになる。
ソーセージを食べてもらった時は好評だったけれど……。
「おいしい……! これが、ライさんの作ったマリアさんのハンバーグのほんもの、元々のなんだ!」
よかった、笑顔で喜んでくれた。
……そうか、元々ってことは、ずっとリーザさんが食べさせてくれたんだ。
リーザさん……母さんの名前を冠して、料理を提供し続けてくれたのか。まさか今日名前を知ったような魔族の子からも、母さんの名前が出るなんて。
母さんは、村のみんなの中に生きている。
……後できちんと、リーザさんにお礼を言いたいな。
マーレさんも、そんなアンの様子を微笑みながら見て、僕に向き直った。
「いろいろお話しなければならないことはあると思いますが、まずは……そうですね、ライさんのお話は魔人族や村の人と共有するから後に回すとして、こちらの状況を先にお話しますね」
「助かります。まず聞きたいのですが……」
「はい」
僕は、村に帰ってきて一番聞きたいことがあった。
それは、最早ここが村というより巨大な街、貴族の領地といって差し支えないレベルで発展していること。
そして……。
「……この村、もうビスマルク王国じゃなくて、魔人王国なんですよね?」
「はい、そのとおりです。理解が早くて助かります」
予想通り、どうやら既に、ここはビスマルク王国ではなくなっていた。というより、ビスマルク王国はあるのだろうか?
僕はふと、そういった占領というか、敵対行為みたいなことを気にしないマーレさんだろうかと思い、それでも納得しているような彼女の顔を見て一つの言葉を思い出した。
「……優しい、侵略」
「!」
マーレさん、驚いた顔で頷く。
やはり、あの言葉に則った何かをしたということだろう。
「ふふ、一発で当ててきましたね。さすがライさんです」
「でも、それだけです。一体どういう意味なのか、さっぱり分かりませんよ」
ハンバーグを食べ終えて口を拭いたマーレさんは、僕に料理のお礼を言って、身振り手振りを加えながら説明を開始した。
「ご存じの通り、南の森を私たち魔人族は開拓していました。そして休憩所をトーマス様に手伝っていただき、建設したところまでは覚えていると思います」
「はい、覚えています」
確か、連れ去られる直前はそうだった。
「それからすぐ、ライ様が連れ去られて。直後に……マグダレーナとは会っているのよね。ええ、レーナがやってきました。少しその後の間のことは省きますが、レーナの魔法とトーマス様の協力で、建設が一気に進みました」
「その結果があの街ですか……」
「ええ。木と土の家ですけれど、魔法で補強しているから見た目以上に堅牢なのです。そして私はこの街に、人を呼びました。『税がなく、まずはお試し期間ということで特別に食料も提供する』という条件で。でもまさか、こんなに早く事態が動くなんて思いませんでした」
そりゃあ、僕だって驚いている。
王国の城下街の利便は一朝一夕に出来上がるような街ではない。さすがにこの人数が移住するのは早すぎると思う。
「ここで最も影響を与えたのが、カーヤ様」
「カーヤ……ってカーヤおばさま!?」
カーヤおばさま。
それは、マックスさんのお母さんの名前。
魔人族に片足を治された人だ。
「王国の周りの魔物が急激に強くなって。そこでビスマルク王国騎士団とハイリアルマ教会戦士は協力して守護に当たったのですが、カーヤ様は馴染みの友人知人と連絡を取り合って、影響力の強い主婦達を『魔人王国が一番安全、大怪我しても絶対元通りにしてくれる』と宣言してくださって、皆とともにこちらへ移住したのです」
そりゃあ確かに、エファさんの回復魔法の能力をその身で経験したし、何よりおばさまの友人は、おばさまが体の欠損をするほどの大怪我から文字通り完全回復したのを知っているのだ。
自分の足で歩くおばさまの姿は、衝撃に歓喜を伴って広まっただろう。
「インフルエンサー、といいましょうか。騎士爵位の奥様で顔が広く現騎士団長の母親であるカーヤ様の影響力は凄まじく、特に幼い子供のいる家族は一気に集まってきました」
「そりゃあ、そうでしょうね……」
「ええ。そして何より、マックス様とエファが、はっきりと組んで戦ったのです。ちょっと仕込みというか、レーナの強化魔法を入れたので相当に強くなりすぎたんですが……人間側の安全の指標となるマックス様が、カーヤ様の息子であり、同時にカーヤ様付きの手伝いとしてエファと同棲したため、こちらに住んでしまったのが決定打となりました」
王国最強の剣士が、魔人族最強の強化魔法を受けて、そのまま魔人王国に住んでしまう。
その影響力は計り知れないだろう。
「しかも、ハイリアルマ教の聖女バルバラ様も、魔人王国へ移ってしまったのです」
「……は?」
「なんだか村の雰囲気が懐かしくて好きって言っていましたね。あのキラキラとした白と金の服で土いじりを始めるんですもの、驚きましたよ」
くすくす笑うマーレさん。そりゃ確かにあの美の化身みたいな綺麗な人が、そんな行動を始めたら面白いよなあ。
そういえば、聖女バルバラ様って自分のことを『見た目と声がいいだけの、魔法も使えない村娘』って言ってた。
それにしても、バルバラ様か。つまり、この話の行く末は……。
「ええ。教皇も来て、神官戦士も……あの人達はラクできたらいいという部分も強かったように思いますが、騎士団以上に素早くこちらへ移り住んでしまいましたね」
騎士団長マックス。そしてそれを慕う人達。
ハイリアルマ教の教皇と聖女、そして神官戦士全員。
そうなったら当然、城下街は兵力不足のかなり危険な街だ。
「後は、ライ様の付き合いの良さでしょうか」
「……僕ですか?」
「ええ。まず最初にやってきたのは、なんといってもあの宝飾品店の店長様! ライ様との付き合いと、私たちの強さを知ってのことでしょうね。店のものを守るためにも、すぐにこちらに移りました。店内に綺麗に宝飾品を並べて……レーナがあんなに大きな声ではしゃいじゃうの、私初めて見ました」
あーっ、おっちゃんかー。
そりゃリスク管理において、安全を最も大切にするのは高級店舗だ。
兵士の数が減れば、警護に出回る兵士も当然減る。荒れた街で盗難を行う人は、高級店舗を当然狙うし、兵士や通行人が減ったタイミングを必ず逃さないだろう。
だからおっちゃんは、世界一安全な魔人王国の中に、宝飾品を持ってきたのだ。
「付き合いのあった服飾店、そして果実を扱う果物屋のテントの方々。やがて魔人王国の勇者の村は、一時建設待ちが起こるほどの人気となりました」
そりゃ、そーなるよなあ。
安全を保証され、衣食住が保証されている。特に城下街の安全が怪しくなっているタイミングで、それは決定打となる。
全ては、命あっての物種なのだ。
そして、伸び伸びと店を営む人が一番集まれば、そこが一番発展した街になる。
これは敵対侵略ではない、間違いなくマーレさんの人柄と能力による結果だ。
なるほど、魔人王国は確かに『優しい侵略』をしていた。
「そして、ビスマルク十二世がやってきました」
「……どうなったんですか?」
「王城の人材が流出して、それでも反省せず……簡単で収入の良い労働のチャンスを与えたのですが、翌日盗みを働いて、今は牢にいます」
……そこまで、腐ってしまったか。
いや、あの王ならそうなるだろうな。
「というわけで、ここは今『魔人王国の勇者の村』となりました」
なるほど、納得した。
つまりこれで、僕も姉貴もマーレさんが陛下ってわけだ。
姉貴を見ると、満足そうに笑っていた。
うん、確かに悪くないね。




