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ようやく帰ってきました

 え、ええええーっ!? 急展開にも程があるだろ!

 妊娠って、そんなこの半年程度の間に……。


「……レオンか?」

「もっちろん!」


 扉の後ろから、ちょっと疲れが残るものの、満足げな笑い声が聞こえてきた。


「元々この村に来る前の時点でこっちから好意は伝えてたからさ、あとはミアの返事を待つだけだったんだよ」

「そう、だったのか……いや、しかしかなり急な感じがするな……」

「いやいや、そう思ってるのはライだけだよ」


 呆れたようなレオンの声に次いで、姉貴が溜息をついた。


「ただでさえ魔人族が来たってだけで大きな変化なのにさ、アンタはどっかいっちゃってるし、そんな中で何ヶ月も経っちゃうと、そりゃあたしもこーなるわよ」

「いや、確かに短くはないけどそーはなんないだろ」

「確かに思い切ったなって思うわ。でも……なんてんだろ。やっぱりあたしも可能性、考えちゃったのよね」

「可能性?」


 姉貴は、窓の外を見た。

 珍しく少し黄昏れた横顔で、思い出すように遠い目をしている。

 夏の風が、少し熱の籠もった部屋の中の空気を洗い流す。


「分かっていたのよ。こんな騒動の渦中にいたら、ライがいつか危ない目に遭うんじゃないかって」

「……」

「でもね……いざ、その時が来ると……ああ、私、家族いなくなっちゃうかもしれないんだって、急に実感を持っちゃってね」

「姉貴……」


 姉貴は愁いを帯びた目で、少し俯きながら呟いた。

 家族が居なくなる……その意味は、同じ境遇の僕に分からないわけがない。

 やっぱり、かなり心配かけたんだな……。


 しかし姉貴は、その雰囲気をかき消すようにこちらを向いて肩をすくめながら笑った。


「そしたらさ、思っちゃったわけよ。じゃあもう、今すぐ新しい家族を作ろうって。その相手なんて一人しか思いつかなかったし、あたしに対してちゃんとした好意があるのってレオンだけだったし。もうね、いくぞと決めたら今まで尻込みしてた自分に呆れ半分、怒り半分というか」

「……なあ、それじゃあレオンは……」

「まあ、無理矢理あたしに襲われちゃったようなものね。だから、妊娠するまで食事以外は全部だったわ」

「……。……だ、大丈夫だったか? レオン……」


 この首輪を忘れた猛獣みたいな姉貴がそこまで言い切るんだったら、そりゃもう欲望のままに圧倒されっぱなしだろう。気持ち的に参っているんじゃないのか……?

 レオンの方を見ると……なんか、照れていた。


「いやあ……デーモン相手に獰猛な顔をするミアも可愛いけど、理性をなくした顔は一段と可愛くてね」


 ……思い出した、レオンの美的センスは完全にどっか狂ってるんだった。

 ある意味世界一尊敬できる男、それがレオンだ。

 弟として、この貰い手が永遠に現れなさそうな残念猛獣姉貴に対してここまでのろけてくれるんだから、ほんとに感謝しかない。


 姉貴を見ると、姉貴もいっちょまえにデレデレと照れて頭を掻いていた。


「レオンは匂いも触り心地も良かったし、表情も声も……そう声とか、もうほんと可愛かったよぉ〜うっへへへ……」


 あ、ダメだこれ完全に馬鹿ップルだ。


 姉貴を半目で睨んでいたけど、ふと姉貴は気付いたように手の平を叩いた。


「そうだ、これ忘れちゃダメね」

「なんだよ」

「んもぉ〜ふてくされないの! えっとね、リンデちゃんに関すること」


 リンデさん。

 その名前を聞いた瞬間、僕は姉貴の方へ向き直った。


「詳しく」

「ん。やっぱライが行方不明のままじゃ、いてもたってもいられないって様子でね。ここ半年はずっとライを探しに出てて、月一で帰るのよ。レオン、いつだっけ」

「そろそろだと思うけど」


 そうか……リンデさんは僕を捜しに出ていて……。

 一体、どんな気持ちで出ていたのか。

 想像するだけで胸が苦しくなる。


「あー、それにしてもお腹の子の分までおなかすいちゃうのよねー。ライー、おなかすいたー」

「帰って早々それかよ……ちょっとは僕の苦労とか、僕への心配とかないわけ?」

「なかったわね」


 ……なんだか冷淡なようだけど、姉貴は全く笑ってなかった。

 何か、理由があるのだろうか。


「ライさ、再々あたしの夢の中に出て来たじゃない」

「……は?」

「うーん、なんだかね。本読んでんのよライ。暗い螺旋階段の中で」

「……それだけ?」

「それだけ。だけどあの夢見た後だと、不思議と『あ、生きてるわアイツ』って思ったのよ。半年間、あまりにも再々出てくるもんだから、もう確信に近かった」


 ……思った以上に曖昧な理由だった……。

 しかも、妙にはっきりとした……夢……螺旋階段と、本……?

 言われてみれば……。


 ……夢の内容というものは、すぐに忘れるものだ。

 だけど何度か同じ夢の内容を見ていると、起きた時に覚えていたり、何かから連想して思い出すということがある。

 そして僕は今、夢の内容を姉貴に言われて、そういえばそんな夢をシレア帝国で起きる前に見ていたなと思い出した。


「読んでた。確かに本、読んでる夢があった。それに……塔があった」

「あったわねー。もー夢の中だからってデザインおっかしいの。でっかい塔の周りに、螺旋階段がぐるっと————」


 思った以上に特徴が一致するなーと思っていると……レオンが急に叫んだ。


「何故それを!?」

「————ってうおわ! レオン、びっくりしたじゃない!?」

「あ、いや、ミア……ごめん。いやしかし、そんなまさか……」

「ちょっと、本当にどったの……?」


 レオンが少し呼吸を落ち着けて、僕と姉貴を見ながら一言告げる。


「二人が見たものは……魔人王国図書館の禁書庫である『時空塔螺旋書庫』じゃないか?」


 時空塔、螺旋、書庫……?


「特徴が完全に一致しているんだよ。何故か地下に異様なまでの大きさの時計塔があって、その周りを螺旋階段が下向きに伸びている。その外周壁一面に、本があるんだ。書物の内容がちょっと特殊で、立ち入りは自由ではない。一度見せてもらったことはあるけど、あそこの本は主に陛下とマグダレーナさんしか読んでないはずだ」


 ……なんだ、それ……完全に夢の中の光景じゃないか……!

 姉貴も驚いていた。目を見開いて「そーだそーだ、時計塔! そんな見た目してた!」と、レオンに言われて詳細を思い出していた。


「……これに関しては、陛下と共有したい。いいかな」

「もちろんだ、できれば直接その『時空塔螺旋書庫』を見て確認したい」

「分かった。僕は今から陛下に伝えてくる」


 レオンは姉貴に「それじゃミア、あんまり動いちゃダメだよ」と一言告げて出て行った。


「……姉貴」

「ええ……何か、とんでもない話に頭を突っ込んでる気がするわ……」


 僕も姉貴も、難しい表情で眉間に皺を寄せたところで……姉貴の腹の虫が鳴った。

 姉貴はそんな自分のタイミングを思いっきり笑った。


「あっははは!」

「緊張感ないよなあ……」

「ってわけで、よろしくぅ!」


 元気よく手を挙げて、再び横になる姉貴。枕に頭を置いた瞬間「ハンバーグがあたしをよんでいる〜」なんて言い出したから、呆れつつも妊婦となってもいつもどおりの姉貴に笑い、一階へと降りた。


 -


 ハンバーグ、ハンバーグかあ。

 種は多めにたくさん作っておくか。チーズ入り……いや、乗せる方向にしようかな。小さいハンバーグを沢山、それで必要に応じて、食べてもらう形で。


 ……家のキッチンだ。

 なんだか本当に、久々だなあって感じ。

 ミートナイフと細かい調味料はずっと『アイテムボックス』の中にあったけど、この使い慣れたまな板、魔石のコンロ、大きな鍋やフライパン。何もかもが懐かしい。

 そうだ、シレア帝国で買ってきたチーズもいくつか試してみよう。レシピを大切にしながら、新しい味にも挑戦だ。

 まずは、家の中に冷凍保存してあるオーガロードの肉を取り出して……。


 …………。

 ……この作業も、慣れたものだ。

 オーガの肉に行き着くまでに、ずいぶんと時間がかかったから、完成したのは最近でも手順は本当に何年もやっている。

 綺麗に整形し、小さいものをフライパンに乗せる。

 肉の焼ける、良い匂いがしてきた。




 ————ガチャリ。

 部屋の扉が、開く。


「ただいま帰りました。ミアさんが料理をしているんですか? 妊娠しているんだから、無理を、しな……いで……」




 ドアを片手で掴んだまま、動きを止めたその姿。

 白い髪に、赤い色が入った髪。

 青い肌の中にある黒い眼に、金色の瞳が燦めく。


「————え?」


 リンデさんが、いた。

 変わらない姿で、帰ってきた。




 ……。


 何と、声をかければいいだろうか。

 そう悩んでいると、ハンバーグの油がはねて大きな音を出した。

 慌てて火を止めて、焦げないようフライパンを揺らして軽く動かす。


「あっ、今日はハンバーグが出来上がってます。おかえりなさい、リンデさん」




 それは、いつもの返答。

 パトロールに行ったリンデさんへ、僕が料理を作って迎える。

 本当に、いつも通りだった言葉。


 ……いつまでも『いつも通り』に続くと思い込んでいた日常。




「……ライさん、ですか?」

「はい」


 リンデさんが、一歩近づく。


「本当に、ライさんですか?」

「本物です、今日帰ってきました」


 ゆっくりと歩いてきて……リンデさんは、僕を両腕で抱きしめて髪の匂いを嗅いだ。


「……ライさん、ライさんだ……」

「はい……」

「会いたかった……会いたかったです……」

「はい……僕もです……」




「う……うわあぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」




 リンデさんは、耳元で大声をあげて泣いた。

 僕もリンデさんの懐かしさすら覚えるほど久しぶりの匂いを嗅いで、堪えきれない涙を見られないように抱きしめて、黙って涙を流した。


「……よかった、よがった……!」

「はい、はい……すみません心配をかけて……」

「本当ですよ……! でも、無事でよかった……!」

「————うん! ぶじでよかったです……!」


 ……ん?

 今、知らない人の声が聞こえてきた。


 僕がそっちを見ると……なんと灰色の魔族がいた。

 あの時の、悪鬼王国の牢で出会った魔族の子。

 えっ……!? あの子、今リンデさんと一緒に行動しているの!?

 というか、初めて声を聞いたんだけど!




 まだまだ、聞かなければならないことが沢山ある。

 僕がいない間、いろいろなことがあったのだろう。


 だけど……ようやくだ。

 ようやく帰ってきた。


 ただいま、リンデさん。

これにて四章終了です!

ここまで毎日更新で続けてこられたのも、ブックマークをしてくださる方、ポイントを入れてくださっている方々のお陰です! 本当に感謝感謝です……!

引き続き更新していきますので、よろしくお願いします!


また、書籍二巻が発売され、一巻がKindle Unlimitedで0円となっております!

https://twitter.com/MasamiT/status/1113084092956856320

一巻はサイドストーリー多めに、二巻はほとんど書き起こしているというぐらい書きましたので、是非是非お手に取っていただければと思います。よろしくお願いします!

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