アウローラと子供達に、説明をします
「そうか……わかった、これで当面の魔族との懸念事項はなくなるのだな」
「そうだと思います。私も結局、目の前で話が進んでいるのを見ただけですけどね」
レジーナさんは、報告をまとめたものを渡してエラルドさんに自分の見てきたことを説明した。
魔人王国との和平。
それは、先日まで争う気満々だったシレア帝国にとっては大きな方針転換となる。
「ライムント、本当に君には迷惑をかけたな」
「いえ、僕にとっても望ましい結果になったのでよかったですよ」
「そうか……君が来てくれてよかった」
エラルドさんは、僕に報酬をまた持たせてくれた。
辞退しようかと思ったけど、貴族に対するギルドの立場として、ある程度看板として支払って懇意であることを見せたいという説明をもらった。
「それ、本来は隠しておくべき本音ですよね?」
「君に対しては何の意味も持たないことぐらい分かるよ」
エラルドさんは朗らかに笑っていたけど、いえ、過分な評価だと思います。
「そういうことなら、もらっておきましょう。そちらからも仲良くしていただけると、あと魔人王国の魔人族とも仲良くしていただけると嬉しいです。みんな本当にいい人なので」
「そこまで言うのなら、楽しみにしておこうじゃないか。我々の原点は好奇心であり挑戦心。新しいものは何だって好きだからな。そこのレジーナなんてお転婆で」
「まだ魔人族を見ていないのに、一番向こう見ずだったエラルドには言われたくないんだけど……」
二人は視線を合わせると、お互いに大笑いしていた。そんな二人が本当に面白そうで、僕もつられて笑った。
二人に挨拶をして、難度も顔を合わせた受付の人にも、これで最後になるだろうと礼を言った。
ギルドを出たら、少し曇っていた空は大きく晴れ渡っていた。
-
孤児院に帰ると、アウローラが心配そうな顔で出迎えてくれた。
「だ、大丈夫だった!? なんだかここからでも、帝都の方でとんでもない爆音というか、すごい揺れがあって……」
ああ、レーナさんの魔法ってここまで届いたのか……それは心配するよな。
同時に、そんな魔法を至近距離で全部防ぐ防御魔法を使っていたというのも、とんでもない話だけど……。
「うん、色々あったけど全てが丸く収まるみたいで、僕にとっては良い結果になったなって思うよ」
「そうだったんだ、よかったぁ〜」
アウローラは玄関で、僕にもたれかかるようにへたり込んだ。
「ちょ、ちょっと……」
「心配だったから……まさか皇帝陛下までライの前に出てくるとは思ってなくて、いなくなったらどうしようかと」
「あ……」
いなくなる……という言葉を聞いて、僕は一瞬言葉に詰まった。
そして、アウローラの後ろで話を聞いていた三人のうち、一番無口だった子がすぐに勘づいた。
「……ライさん、帰っちゃうの……?」
その一言は、静かな孤児院に不思議なぐらい大きく響き渡った。三人の子供達の視線が僕に突き刺さる。
アウローラも、すぐに視線を上げて僕を見た。
……返事を、しなくてはいけない。
「……そう、なるかな……」
「そんな……!」
アウローラは、先ほどは堪えていたであろう涙腺をついに決壊させ、僕の両肩を持つ。
「こ、ここにずっと、いてくれても……」
「ごめん、僕にも家族がいるし、いろんな人に心配をかけたし……。アウローラと別れるのはつらいけど、ここに残るということは、できないよ……」
「……。……そう、そうよね……ライは、孤児のみんなとは違う。家族が……お姉さんが、いるんだものね……」
アウローラには、本当に世話になった。
僕は彼女に出会わなかったら、一体どうなっていただろう。
起き上がった直後は全身が痛かったし、ここシレア帝国では頼れる人なんていなかった。会話の切っ掛けを掴むことさえ難しかっただろう。
孤児院のシスターであるアウローラは、優しくて、顔が広くて、それでいて強くて……誰からも好かれる女性だった。
そんな彼女と一緒にいて、そして孤児の三人とも仲良くなって……彼女の考えが分からないほど鈍いわけではない。
もしも、僕が、あと一年早くここにいたら————。
————なんて想像は、何の意味も成さない。
そもそも魔人王国の人達が来たからデーモンの本拠地への道が拓けたのだ。
アウローラと先に出会う可能性は、きっとなかっただろう。
それでも。
「アウローラ。僕は君に助けてもらって本当に良かったと思うよ。君以外だったらと思うと怖いぐらいにさ。だから、本当に感謝している」
「……っ、ううっ……」
「もしも、アウローラさえよければ、みんなで魔人王国に来てほしい。みんないい人だから、きっと気にいる。ビスマルク王国での食材を使った料理も、みんなに食べてほしいし。レノヴァ公国の料理はもちろん、高級レストランで出るような甘いものだって、いくつか練習してるんだよ」
「わーっ! 食べたい!」
「……ん……!」
「まあ、楽しみですわ……!」
三人の孤児たちは、話を聞いて最初は暗い顔をしていたけど、新しい料理の話をする頃にはもう明るい表情で前向きだ。
そんな逞しい子供達をみて、アウローラもようやく口元に笑みを浮かべてくれた。
「そう……そうね。孤児院はお金をやりくりするのはもちろん大変だけど、おいしい料理を食べさせることも余裕がなくてできていなかったし、ダニオやオフェーリアに頼るのも心苦しかったから……助けたお礼として、気兼ねなくおいしいものを食べさせてくれたライに、一番救われたのは私なのかもしれない」
「アウローラ……」
「ありがとう、ライ。あなたが来てくれて、みんな一段と明るくなったわ。もしもビスマルク……ではなくて、もう魔人王国なのよね。魔人王国との和平が正式に締結したら」
「ああ、僕の家に来てくれ。近所に酒場……というより、ここの食事処みたいなものがあって、そこの家族とも懇意にしているから、そこに行くのもいいな。僕の料理の先生もいるし、みんなにも食べきれないぐらい用意するよ」
僕ははしゃぐ子供達の頭を撫でながら、孤児院での最後の夜を皆と一緒に過ごした。
-
翌日、ダニオが孤児院にやってきた。
「ライ、いろいろと昨日の件で話は聞いてる。が、とりあえずそれは置いておいて、すぐに来てくれ!」
昨日の出来事に関して、ギルドマスターに近い立場のダニオは既に詳細を聞いているようだった。
そのことを省略してまで、僕を急かす理由は何だろう。
とりあえず、アウローラと顔を合わせて、僕たちはダニオを追った。
ダニオの行き先は、いつかの港。
その港を遠くから見られる人のいない場所に、僕たちはいた。
港の方には、今日はいつもとは明らかに違う人数の人だかりが出来ていた。
そして、その理由はすぐに分かった。
「まさか、もう来ちゃったんですか……!?」
「そうだねー、あのマーレがあんなに暴走しちゃうなんてねー」
急に後ろから湧いた声に、ぎょっとして振り返る。
そこには、いたずらっぽく笑うあの金の瞳。
「レーナさん!?」
「実はマーレに、ライとずっと会ってたのを秘密にしていたことがばれちゃってね。昨日ずっと帝国にいたよって言ったら、いてもたってもいられずってやつね」
そう。
魔人王国の船は、既にここから見える場所に来ていた。




