レナさんの秘密を知りました
視界に突然現れた魔族、その名もレナ。
腰に剣を携えた、背の高い女魔人族の剣士だ。
「…………」
さすがにこの展開は皇帝も予想できなかったのだろう。
反応できずに暫く固まっていたが、すぐに一歩下がって、周りの帝国軍兵士達が武器を構える。
そんな緊張した様子に……レナさんはマイペースだった。
「久しぶりだなライムント、呼んでくれないかと待っていたぞ」
「レナさん、ですね。もう少し頻繁に会いに来てくれても」
「……呼んでくれなかったからこちらから出て行きづらかったんだよ」
奔放な人のようで、やはり魔人族らしく遠慮をする方なのかもしれない。
少し頭を掻く姿を見ながらそう思った。
しかし今はそれどころではないぞ。
「ま、魔族! 出たな! 聖戦だ……!」
「ええ、魔族の魔人族、レナよ。なかなか好戦的な反応ありがとう」
あの軍団長が剣を構えて、レナさんに近づく。
さすが軍団長、背丈も武器もレナさんより大きい。見た限りでは並大抵の腕ではないだろう。恐らくマックスさんと肩を並べるほどの。
……同時に思う。
マックスさんと肩を並べる程度なら。
「ウオオオオオオアアア!」
獣の咆吼かと思うような大声と共に、剣が振り下ろされる。
それに対してレナさんは————。
「……んー、これが軍団長?」
————片手。
そう、片手。
剣ではなく、素手で受け止めていた。
「な……」
「弱くはないけど、誤差かしら。頑張りが足りないわね」
そう呟くと、今度はレナさんが剣を抜いた。
刀身は黒く、一目で見てリンデさんと同じものだと分かる。
そして……剣を仕舞った。
「え?」
「ん、どうしたの?」
「いや、レナさんなんで剣を抜いて仕舞ったんですか?」
その疑問に対しての返答は、あまりにも驚愕だった。
「終わったからよ」
親指を横に、軍団長の剣を指す。
と同時に、剣が地面に落ちる音がした。
……いや、違う。
巨大な剣が、真ん中でばっさり切られている。
「…………」
実力を侮っていたわけではない。
ないが、それにしたって強すぎる。
これが時空塔騎士団の上位では名前のなかった戦士?
……あまりにも強すぎないか?
魔人族の平均レベルは、どうなっているんだ?
レナさんが、こちらに向き直って笑う。
その姿は、もうシレア帝国軍を敵とさえ認識していない様子だった。
「……!」
しかし、なんと軍団長は折れた剣で斬りかかってきた!
「あぶな————!」
僕が叫んだところで間に合わず、軍団長の剣がレナさんの頭に衝突する!
完全に、油断していたところへの一撃。
なんて、卑怯な……!
皇帝も、さすがに今のは顔を顰めていた。
……レナさんは、大丈夫か!?
「へ、へへ……勝負は終わっていな————」
「そう、まだ分かってないの」
「————な……」
レナさんは、無傷だった。
表情一つ変えずに、首だけで後ろを向く。
「仕方ないわね」
……仕方ない? 何をやるつもりなんだ、レナさん……!?
まさか、早まったりしないよな……!?
「レナさん、だめです! そんなことをしたらマーレさんが」
「ちょっと黙っててもらえる?」
「んっ、んーーっ!」
レナさんは、僕の口を片手で塞いだ。
その手を両手で掴むけど、全く動かない……! そもそも僕より背丈が高い剣士なのだ、とてもではないけど、強化魔法がかかっていようと力では敵わない!
シレア帝国軍が、嫌な予感をして剣を構えて取り囲む。
しかし、誰も動けない。
軍団長を見ていて、動けるはずがない。
そんな膠着状態だったが、訓練場にやってきた一人の人間によって解かれた。
「ほ、報告します! 魔物の群れが……!」
「何!? まさか、魔族! 貴様が!」
「魔族は別に魔物を操らないわよ。私たちだって魔物に襲われるし、だから魔物を討伐しているわ。あんな言葉を喋らない生き物と一緒にされては困るわね」
「……」
「それより、行かなくていいの?」
軍団長はすぐに皇帝を見て、それに対して皇帝は黙って頷きつつ、自らも剣を持った。
他の兵士達も、魔族であるレナさんを気にしている様子ではあったものの、とりあえずは魔物の討伐を優先するようだった。
皆と距離が少し開いたタイミングで、レナさんが僕に近づく。
そして、頭の上から小声で話しかけてきた。
「早めに決着つけて、あなたを魔人王国に返したいからね。……こういうの、よくあるパターンよね。都合良く魔物が襲ってくるの。普段から魔物を操っているわけじゃないけど……ま、オリエンテーションってやつよ」
「え?」
「デーモンだって、やる奴はやってるでしょ? あれと同じ」
レナさんはこちらを向いて、何でもないかのように無表情で肩をすくめた。
「今やってるのが、私」
信じられない発言と共に、悠々とシレア帝国軍を追いかけるレナさん。
……僕が思った以上に、このレナさんという魔人族、とんでもない曲者だぞ……。
-
森には、多数の魔物が広がっていた。
「オーガキングがいるのか! 軍団長!」
「はっ! 四人で組め! 三人で防御、残りで攻撃だ!」
皇帝の声を受け、軍団長が周りに指示を飛ばす。
横並びになった魔物の群れから、一体のオーガキングがやってきて攻撃を開始する!
「ッ! ぐ……!」
屈強な兵士が二人で相手の攻撃を受け、周りの槍兵と弓兵が攻撃を加える。
僕も加勢に……というタイミングで、レナさんに腕を掴まれた。
……そういえば、魔物はレナさんが呼んだと言っていた。
しかし、オリエンテーション? なんだったか……どこかで読んだ。これから方針を決めるために、演出するのか? 何をだ?
それに……何故、魔物を操れるんだ? そういう魔法なのか?
……魔法?
「————うわああっ!」
僕の考えごとを中断するように、帝国の兵士達が吹き飛ばされる。
やはり三メートル半の巨体は半端な強さではない……!
「ぐっ、こんな連中が城下にやってきてしまえば……!」
「何故こんなタイミングで……」
及び腰になりながらも、じりじりと後退する帝国軍。しかし迂闊に動けない。周りには他にも狼の魔物、空には翼竜。恐ろしい戦力だ。
あまりにも分が悪い戦いだ、オーガロードならまだしもオーガキングとなると、あまりに大きさの差がありすぎて、人間や普通の魔物相手とはまるで勝手が違いすぎる。
そんな中で————レナさんが動いた。
「なるほど、あなたたちはこれぐらいなわけだ」
「ッ、魔族!」
「そろそろちゃんと、魔人族、と呼んでほしいんだけど?」
文句を言いつつも、レナさんはオーガキングの正面に立った。
そして、こちらを向いて呆れたように大きな溜息をつく。
「はぁ〜〜〜〜〜っ……それじゃ、あなたたちに現実を見せるわね」
余裕そうに呟いてるけど、いや後ろ! オーガキングが腕を振り下ろして————!
レナさんは軍団長にやられたさっきと同じように、頭の上を思いっきり倍の背丈の巨体で殴りつけられる!
い、今のは大丈夫なのか……!?
しかし、そこで僕が見たものは、防御魔法だった。
「まず、相手が剣を持っているから剣士って、単純すぎると思わない? 誰が何を使えても、私は不自然ではないと思う。そこのライムントが、宝飾品を作りながらも弓矢を扱えるように、魔法を使いながらついでに剣を嗜むぐらいする者がいてもいいだろう」
……何を、言ってるんだ。
それじゃあ、まるで。
「剣は苦手だから……やっぱり、得意分野でやらせてもらうわね。まずは『シールド・ディッセ』」
軽く呟く。それで僕たち人間の周り全てを、大きな魔法の盾が囲む。
……待って。今、どこかで聞いたことのある単語を。
レオンに教えてもらった単語を。
確か、その段階を気軽に扱える者は、一人しかいないと。
「終わりでいいわね、『メテオ・ディッセ』」
もう一言、呟くと。
僕たちの視界は、真っ黒になった。
……何が起こっているのか分からない。
音と、地響きがすごい。何かとんでもないことが起こっている。
やがて土煙が晴れると。
そこは、完全なる荒野と化していた。
最早、土地一帯が滅んでしまったといっても過言ではない。
僕はこの人が誰かに思い当たり、すぐにそれは事実として告げられた。
「これでもこういう時のための、魔王の片腕でね。……そろそろ、偽名もいいかな。改めまして自己紹介を。私は時空塔騎士団 第五刻、マグダレーナという者だ」




