皇帝陛下に会いました
ウンベルト様と一緒に、皇帝の元へと馬車に乗る。
さすがに僕一人では事態の把握に心許ないとのことなので、あらましの仔細を確認するためレジーナさんがついてくることとなった。
最初は相手が相手なのでエラルドさん自らが出向こうとしたのだけれど、今日に限って少し大き目の案件が入ったため自ら応対しなければならなくなったらしい。
『合わせてきた? まさか、な……』
エラルドさんの小さな呟きに漠然とした不安を抱えながらも、僕はレジーナさんとともに帝都の城へと向かっていった。
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さすがというか、ビスマルク王国城下街に匹敵し、なおかつ華やかな賑わいを見せているシレア帝国の城下街。軍事国家であると同時に、芸術の集まる街でもあり、その活気は心を沸き立たせる。
……こんな状況でもなければ、もっと楽しんで見て回りたいのだけれど……。
「ライムントさんは、初めて?」
「はい。まだこちらに来て一月ぐらいなので、見るものすべてが珍しいですね」
「そうなのね、帰りに余裕があれば、ゆっくり寄ってみる?」
「いいんですか?」
「構わないわ。以前と同様にこれも迷惑料ってことで、ある程度なら都合をつけてもいいわね。エラルドが飲んだことにでもしちゃいましょ」
そう言って笑ったレジーナさんは、ちょっと空元気というか、自分を奮い立たせているようにも見えた。
「そういえば、レジーナさんはシレア帝国の皇帝とは会ったことあるんですか?」
「見たことはあるけど、直接会話したことはもちろんないわ。強そうな人なので、ライムントさんが見たら驚くんじゃないかしら」
強そう、かあ。王のイメージとはちょっと違う感じの人なのかな?
レジーナさんの話を聞いて、それまで黙っていたウンベルト様が、皇帝の姿に対して反応を示した。
「ここシレア帝国は、実力を第一に考える国家だ。だから私も鍛えていたし、息子達も常日頃から体を鍛えて剣を持たせている。皇帝もその例外ではないのだ」
なるほど、どおりでウンベルト様も只者ではない雰囲気だったわけだ。
今は貴族としての事務仕事を中心としていても、過去には随分と活躍した戦士なのだろう。
「ん、橋を渡っているからそろそろよ。少し顔を出すと、見えるわ」
堅牢な橋が広い運河を跨ぐように真っ直ぐ伸びており、その橋を渡りきったところで窓から少し顔を出す。そこにはがっしりとした円柱状の、大きな建物があった。
煌びやかな宝石をちりばめたような細く縦に長いビスマルク王国の城とは、また全然趣きそのものが違うなあ……。
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馬車を降りると、城壁の近くにある比較的小さな門から城へと足を踏み入れる。
清潔感もあり、装飾も綺麗だけれどしっかりとした作りの城だ。
中庭を一望できる、というよりほぼ隣接しているような広い廊下。その廊下を行き来する人達が僕を見る。
もしかすると、服装自体が珍しいのかもしれないな……。
居住空間としても十分に広い城門の中心、その城内へと足を運ぶ。
メルクリオ侯爵家当主であるウンベルト様が来たとわかると、門番の人達は姿勢を正して、右手を額に当てるように腕を曲げて敬礼をした。
「メルクリオ侯爵様ですね、皇帝陛下がお待ちです」
「ああ、ご苦労。こちらの二人が私と同行する。一人が陛下の話題にあったライムント殿、もう一人が領内のギルドから記録として来てもらったレジーナ殿だ」
「了解しました、少々お待ち下さい」
門番の片方が、中に入って少しの時間が経過する。確認が終わったのか、戻ってくると「どうぞ」と扉を開けた状態で待機した。
……この先に、皇帝陛下がいるのか。
ここまできたら、なるようになるしかないだろう。
僕は覚悟を決めて、鉄仮面を被った案内人に促されるまま扉の先へと足を踏み入れた。
そこは……すごい場所だった。
芸術の街でもある、栄華を誇るシレア帝国を侮っていた。
壁も、天井も、絵画がある。
「すごい、ですね」
「そうよね、贅の限りを尽くした御城だと言われているわ。でもこの光景を見ると、私もそう思わざるを得ないわね」
「うむ、私の家にも絵画はあるが、例えば……あの天井の絵は、ここからだと小さく見えるが、至近距離まで行くと私と同じ身の丈がある」
そうか、当然遠くにあるから小さく見えているわけだけど、近くで見るとあの絵画はそんなに大きいのか。
……それが、天井に沢山貼られている。
「贅沢な作りですが、嫌味に感じたりはしますか?」
突如、後ろから案内人の内の一人が鉄仮面の中から小声で聞いてくる。
まさか兵士がそんなことを言ってくるとは思わなかったので驚いた。
んー、なんだか気さくそうな雰囲気だし、正直に感じたことを言ってしまおうか。
「そうですねー、ぱっと見たらそうは思うんですが————」
「……が?」
「————例えばあの絵画は、恐らく本人的には満足じゃないというか、どこか違うように思うのです。作風がこの辺は近いのですが、あの絵は同じ作風でも少し荒々しいというか」
それは、壁に並んでいるうちの一つが、妙に気になったことだった。
絵画というより見たまんまの光景がキャンバスの上に再現されている感じがする。
その中では、妙に派手な色で、現実を再現するにしてはちょっと変な感じの絵だった。
でも、嫌な感じはしない。中心に描かれた女性は表情が笑っているのだ。
「他にも、さっき天井で見た絵画、二枚ほど同じものがあったように思うのです」
「……」
「もしかすると、複製品の失敗作とか、あとは習作や……そう、画家の趣味そのものを詰め込んだ、採算度外視の作品とか。そういうものも全部含めて飾ってるのかなあと。なんだか生意気言ってすみません、あくまで僕の印象ですね。でも、絵自体はどれも悪い気はしないというか、むしろ好きですね」
そりゃあもう、芸術関係は彫刻・彫金をやってるだけあって絵画も石像も音楽もかなり好きだ。
ほんと、あの一色の絵からこれだけのものを生み出すんだから、驚きだよなあ。
「今日は冒険者として呼ばれているとは思うのですけど、僕は指輪を作って生計を立ててる身ですからね。芸術は全て好きです」
兵士がその答えを聞いて、感慨深く頷くと「それはよかった」と嬉しそうな声色で答えた。
この人も、芸術が好きな感じの人なのかな?
そう思っていると、前を歩いている方の兵士から声がかかった。
「謁見の間に到着しました」
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扉の先に入ると……そこには複数人が座れる長い机があった、謁見の間といっても、ビスマルク王国のように高い場所から見下ろす感じの席ではないんだな。
皇帝の席を守るかのように並ぶ、左右の騎士の石像もとても綺麗だ。その後ろにある大きめの絵画も……独特だけど、迫力がある。
今までの絵画とは、全く違う雰囲気だ。
「あの絵、どう思います?」
と、またもや鎧兵士が声を上げた。
んんー、皇帝陛下がいないのなら、ちょっとお喋りするぐらいはいっか。
「あの絵、面白いですね」
「面白い?」
「ええ。まずキャンバス自体が特注ですし、それでいて何が凄いって、そのキャンバスに遠慮無く絵の具を塗りたくっていることですよ。緻密なものを描こうという感覚がない」
「……」
見れば見るほど、不思議な絵画だ。
「作者は、多分相当肝が据わってるか、よっぽど絵が好きかどっちかですね。上手く描こうという気負いがないから、こう、一筆が大きいんですよ。見ていると『あ、楽しんで描いたなこれ』って思うような絵ですね。この場所にあるということは、皇帝陛下か別の方か分かりませんが、同じものを感じ取って気に入ったからここに置いたんじゃないかなと思います」
「……将来的に、この絵に価値がつくと思うか?」
「んー……分かりませんけど、ゼロではないと思いますよ。僕は買いませんが、将来的に廊下の絵画より高値になってもそんなに驚かないと思います」
なんとなく、そんな気がしただけだけどね。
絵画についてそこまで喋ると、後ろの兵士は黙った。
……そういえば途中から思いっきタメ口調にまで砕けていたな。
「……ふふふ」
と思いきや、なぜか急に含み笑いを始める鉄仮面の兵士。
何だ……?
不審に思い、レジーナさんを見るも首を捻るのみ。じゃあと隣のウンベルト様を見ると……ウンベルト様は驚愕に目を見開いている。
「まさか……!」
「はっはっはウンベルト、どうだ賭けは私の勝ちだろう! やっぱり娘の絵画の良さは、分かる奴には分かるのさ」
「謀りましたね、そういうことをするのはもう学生時代でやめていただきたいのですが……」
「ハメるつもりじゃなかったさ。どんな回答でも寛大な心を持って接するつもりだったが、いや、こ奴気に入った!」
なんだか展開についていけないまま……いや、なんとなくもう頭の片隅に、一つしかない可能性を予想している。
レジーナさんも瞠目して両手を口元に持っていき、固まってしまっている。
鉄仮面の兵士はぐるりと長机を迂回すると、その中心にどっかりと腰を落ち着ける。
その仮面の中で大きく息をつくと、邪魔そうに頭の装具を取り外した。
その中には……金のボブカットを鉄仮面の中からさらりと出した三十路半ばといった様子の、切れ長の目を持つ美男がいた。
……圧倒的すぎる存在感。
もしかしなくても、そういうことだろう。
「ビスマルク王国からの者だな、初めまして! 俺が二十三代皇帝、サンドロ・シレアだ!」




