宝飾品は、やっぱり憧れでした
リンデさんのいない朝は、本来いつもどおりの朝の筈だったのだけれど、少し肌寒く感じた。
僕はその一人にしては少し大きいベッドの毛布を払うと、朝の寒さを更に感じながらも、起きて伸びをした。
少し姉貴の様子を見に行こう。ちょっとリンデさんも心配だし。
姉貴は……リンデさんと仲良く向かい合って寝ていた。姉貴も姉貴でリンデさんを気に入ったのか、しっかり抱いて眠っていた。リンデさんも……姉貴の体を抱いている、のかな?
仲が良さそうで安心したところで、朝食の準備をするために部屋を離れた。
いつもの朝食。だけど、僕は毎日同じというのは、安定しているけどどうしても冒険心というか、代わり映えしない毎日に進歩のなさを感じて不安になる。
今日は……そうだ、普段はあまり意識しないサラダの方へ、味の種類さんを向けて見よう。
……ふふっ、すっかりリンデさんの口癖が移ってしまったかな。
「おはよ〜」
姉貴が起きてくる。寝ぼけ眼で現れた姉貴は、僕の調理姿を見て、そのままじっと観察を始めた。
「……ど、どうしたの? なにか面白い?」
「おもしろいよー、ライの料理を作る姿は、おもしろい」
「リンデさんにもずいぶん見られたけど、そんなに面白いものかな」
「面白いにきまってんじゃん、ライはわかってないなー」
姉貴が、ゆっくりと歩きながらその理由を語り始めた。
「あんたさ、あたしの勇者としてのすげーつよい魔法とか、どう? 魔物をぱぱっと片付けてしまうような巨大な魔法、見てみたくない?」
「そりゃ、見てみたいよ。派手でかっこよさそう」
「そういうことよ。あたしにとってその範囲魔法なんてなーんの面白みもない、自分の中では普通のものでしかないわけ。でもね、滅多に見てない人にとってはとても珍しいものなの。だから、あたしにとってライの調理姿ってね、Sランク大魔術師の驚異的な魔法に匹敵する、とても珍しいものなのよ」
「ああ……なるほどなあ」
確かに、その能力が希少であるか希少でないかというより、その人にとって希少であるかないかというほうが、大事なんだろう。
僕はそういうこと、あまり考えたことがなかったけど……確かに、そういうものかもしれない。魔族のリンデさんにとっての僕の料理技術が、その珍しいものに当たるんだろう。僕にとっては、あの時空塔強化という謎の魔法の方がよっぽど珍しいけど、リンデさんにとっては何度も使ったいつもの技、ぐらいの感覚なんだと思う。
「あたしと何度も共闘したことがある人だったら、あたしの能力なんてそんなに大した珍しい見世物じゃなくなっちゃうの。だけど、きっと勇者を見慣れた人には、ライにしかできないことは、あたしの力より珍しいものになる。
そこに能力の上や下なんてものはないの。そして、場合によっては私の力より、ライの料理技術の方が良いとか、凄いとか、必要と思われたりもするのよね」
姉貴の話を改めて思うと、人間の関係って、きっと自分の出来ないことを補うことで出来ているんだろうと思う。
その話は、きっと……姉貴が僕を連れて行きたかったけどいけなかった話にも繋がっていて……
「おはよ〜ございま〜す……」
……っと、リンデさんが起きてきた。
「そうそう、ライ、リンデちゃんとーってもいい抱き心地だったわー。あんたがぎゅーってしちゃった気持ちわかるわねー」
「や、やめてくれよ……あれは……」
僕がそのことを思い出して顔を赤くしていると、リンデさんも寝ぼけ眼に姉貴のことを言った。
「あ、私も……ミアさんって、ライさんと近い匂いがして安心します。私より小さいですし……すごく、その、かわいいなって……」
「かわいい! 勇者になってからというもの、絶対にもらえなかった評価で嬉しいわ!」
姉貴はリンデさんのその一言を気に入ったようで、満面の笑みで抱きついた。よかった、この様子だともう二人とも安心だろう。
「それじゃ、あたしはライの調理をもうちょっと監視してるわ」
「あっあっ! 私も! 私もライさんの料理姿見たいですっ!」
……仲が良すぎて、ちょっと恥ずかしいことになってしまったけど……まあ、いっか。あの初対面の心臓が止まりそうな光景に比べれば全然。
もうあんなこと、起こらないよね。
「はい、朝食できました」
「やったーっ!」
僕は、今日の朝食を出す。
「……あれ? 今日は違う雰囲気ですね」
「はい。今日はサラダを中心に作ってみました」
そう、今日はパンと肉ではなく、野菜のものを中心に作ったものだ。皿の上には人参とポテト、ブロッコリーなど食感のある野菜が乗っている。
「えーっ、肉じゃないのー?」
姉貴らしい文句がやってきて、あいかわらずだなあと苦笑する。でも今日はちょっと違う。僕はそんな姉貴に、特製のそれを出した。
「……それは?」
「今日は、リンデさんもいるのでいつものようにセルフで味をつけるものではなく、僕がもともと味をつけたものを使います」
「へえ、ライが何考えているかわからないけど、やってみなさいよ」
「それでは遠慮なく」
僕は、トマトをつぶして、レモンと塩胡椒にオリーブオイルなどを混ぜたものをかけた。赤いソース、サラダ用のものだ。
「見た目は悪く無さそう。食べるわね」
「どうぞ」
「あっ私も、私もーっ! ミアさんだけ先にずるいですーっ!」
「はい、もちろんリンデさんの分もありますよ」
「わーい!」
リンデさんにサラダを用意する間に、姉貴が一口その野菜を食べた。
「……これは……いいわね……野菜のくせに食べやすくておいしいわ。葉っぱと比べて食べてる感じがあるのもいいわね」
「野菜のくせにって……その様子だと外でもあまり野菜を食べてないね?」
「もちろんよ。そもそも売ってるもの肉と豆と芋にパンばっかりなのよね、野菜なんてそうそう食べる機会がないの」
まったく、こんなので体が……大丈夫だから勇者なんだよなあ。でもせめて家にいるうちは体にいいものを食べてもらわなくては。
「んん〜〜っ! おいしい! この赤いソースさん、とってもさわやかで、おいしくてすごーいっ! あの草っぽい感じの野菜さんが、スープじゃないのにこんなにおいしくなっちゃっていいんでしょうかっ!?」
一方リンデさんは、元気いっぱいに僕のサラダソースを絶賛してくれて、聞いている僕も笑顔になっていく。
「ありがとうございます、本来サラダは一人一人自分で味を決めるものなんですが、リンデさんが塩も扱い慣れていないということなので、僕が作りました」
「あはは……本当に恥ずかしい限りで……でも、こんなにおいしいものを出されちゃうと、自分でがんばろうなんて思わなくなっちゃいますよぉ」
「ふふ、ずっと頼ってくれていいですからね」
「もう元の生活に戻れませんっ! ずっと頼りにしますーっ!」
朝からリンデさんを餌付けしているみたいで、ちょっと後ろめたいなって思っちゃうぐらい、頼りにされてしまった。リンデさんに頼りにされるのは、本当に嬉しい。
リンデさんと僕は、そんなやり取りに一緒に顔を合わせて笑い合った。
「……はーっ! あっついわねー!」
「あっ」「あっ」
横から飛んできた大声に、僕とリンデさんが同時に飛び上がった。
「もーあんたたちどうしてそんなに息ぴったりなのよ、一体どんだけ長い間暮らしていたのよ!?」
「ま、まだ1週間経ってないどころか、3日とか4日とか……」
「えええ!? ほんとどーなってんのよ!? よっぽどじゃないのあんたたち、なんでそんなにお互いのことは全部知ってますみたいな反応なのよ!」
サラダをいつの間にか食べ終えてた姉貴は、両肩を上げて、やれやれといったジェスチャーを取った。僕もリンデさんも顔の色を濃くしてしまう。
「……あたし、これ完全にお邪魔よね?」
「い、いえ! ミアさんのことも、私は興味ありますし! 知りたいことたくさんありますから! ほんとですよ〜!」
「そお? あたしもリンデちゃんに興味あるし、もうちょっとお二人の時間にお邪魔しちゃって大丈夫かしら」
「ふ、二人のなんて……! まだそんな、えっと、えっとぉ……」
もじもじしているリンデさんの言葉を聞いて、「……へえ?」と片眉上げてなんだか納得した様子の姉貴。ちょっと変な方向に向かいそうな会話を修正する。
「ああもう……いいだろ姉貴、その辺で」
「ごめんごめん、あんまりにも面白いんでからかっちゃったわ。ライ、今日のもおいしかったわ。あたしの嫌いな料理とか食材とか、ライにかかればあってないようなものね」
姉貴は楽しそうに二階に上がっていった。最後に少しだけ、朝食の感想を言って。
……その一言で僕の気分は大分上向きになってしまったんだから、我ながら甘いというか、ちょろいというか。
でも、本当に嬉しい。母さんにももっと言ってあげたかったな。
姉貴は部屋の荷物を軽く整理してから床板を午前中に直してくれた。少し遅めのステーキメインの昼食を食べた後、姉貴の予定を聞いてみた。
「午後は何かするの?」
「……うーん、デーモンをリンデちゃんが先に倒してくれちゃった以上、あたしのやることってないのよね……周りの魔物も綺麗にいなくなってるし」
確かに、姉貴がやるべき事というのは、リンデさんが先に全てやってしまった。なので、勇者の姉貴としての仕事は何もないといえば何もないのだ。
「じゃあ……ライの、そうね……久々にあの飾り物作りでも見せてもらえないかしら。指輪とかもいいの買ったけど、ちょっと相性が悪いというかね」
「か、かざりもの! 宝飾品ですかっ!? み、みせていただけるのでっ!?」
「うおっ食いつくわねリンデちゃん!」
「きらきら宝飾品は、魔族の間では女王様のものだけで少なくて女の子の憧れなんですよぉ〜っ!」
そういえば、先日そういうことを言ってた。じゃあ……
「いいよ、今日はそれをしよう」
「や、やったー! やったやったー! やっったーーーっ!」
リンデさんはよっぽど嬉しいのか、全身で喜びを表現していた。姉貴がそれを見て「揺れてるわねー」なんて言ってしまったせいで、迂闊にも僕は思いっきり揺れているリンデさんの方を見てしまった! そして僕とリンデさんは、目を合わせると再び顔を染めて下を向いた。姉貴はそんな僕たちを見て、カラカラ笑っていた。
ぐぬぬ……覚えてろよ姉貴……!
僕は、元々作られた無地の太めの魔石の指輪を持ってくる。これは王都で大量生産されたもので、冒険者の身体強化に使われるものだ。
安くはないが……魔石自体が大量にあるので、決して高くもない。この魔石に模様を彫って、成功すれば特殊効果が、失敗すれば破損か効果の低下がかかる。
色は能力によって様々で、赤は攻撃、青は防御など。この指輪は白い魔石なので……その他、という扱いになる。なので、無地の白い指輪には大した効果がなく、冒険者への需要が皆無なので練習用として安値で売られていた。
……ん? これは少し金属が入っている? ちょっと混ざりものだったかな……。
指輪、腕輪、首輪や耳飾りを作るのは、一人で住んでいる僕の趣味であり、また効果のあるものを作り出せた際には量産してギルド経由で王都に売る実益も兼ねていた。
というか、こっちの方が向いていたため今や生活に困った時にするこちらの方が収益のメインになっていた。
僕は、以前作った魔物の角のアクセサリーを作った時と同じ要領で指輪を専用の道具に固定し、鏨、鑿とハンマーを使って慎重に彫っていく。
この工具を沢山の種類と製作者別に買い集めるのも、実益半分、趣味半分になっていた。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
無言で、集中する。しかし……
「…………………………」
「…………………………」
「………あの……そんなに、見られると、緊張します……」
「で、でもでも! こんなの見ちゃいますよ! ど、どうなっているんですか!」
「どうって、叩いて、削って、それで魔石の表面を模様にするんです」
「すごすぎて意味不明です……」
感心したように言い、再び僕の手元至近距離に顔を寄せて動かなくなるリンデさん。変わらず手放しの大絶賛が嬉しくて、今日も顔が熱い。
褒められて悪い気はしないけど……そんなにやりにくいものなんだろうか。同じ人間感覚だとどうだろう。
「姉貴はどう? できる?」
「頑張ればそりゃまあやってること単純だし出来るだろうけど、あたしにはそういう細かいのやる前に飽きちゃうわねー」
「姉貴らしいね……」
うん、姉貴が彫金技術を習得するまでの地味な作業を耐えられる様子がかけらも想像できない。というか指の力だけで金属の指輪ぐらい曲げてしまいかねない。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
……仕方ない……ちょっと、がんばって、集中しますか……! 大丈夫、あの、背中に貼り付いて、大きいものが大変なことになったあの時に比べれば、余裕余裕……!
…………。
…………。
「…………こんな、感じ……かな?」
僕は、出来上がった指輪を見てみる。そこには、波が横に重なるような形でぐるりと円を描くように並んだ、魔石でできた指輪が出来上がった。
模様を作るのとは違い、作るのには頭をかなり使うのでちょっと難しいけど……その見た目はなかなか満足の一品となった。
「はー、見てるだけで肩が凝るわね……! そんな似たような形を繰り返して繰り返して……よくもまあ飽きないもんだわ」
「実際ちまちました趣味だと思うよ。でも、この完成後の姿を見る瞬間は格別だからね、それに手を動かしてこういうものを作っていくって、やっぱり楽しくてやっちゃうんだ」
「趣味でやるもんじゃないわよ、料理といいまったく凝り性なんだから……以前見た時より大幅に上達したわね」
「そう? だったら嬉しいな」
僕は、そう言って指輪を窓に透かしてみようとして……リンデさんと目が合った。
「…………」
「…………」
「……あの……?」
「………………………………」
リンデさんは、指輪を凝視したままなんだか不安になるぐらいぼーっとしていた。そしてカタカタと震えだした。
「リンデさーん」
「ほんものだ……」
「ん?」
「ほんものだーーーーっ!」
急に叫んだと思ったら、リンデさんは出来上がった指輪を至近距離で、あっちにこっちから見ていた。
「ほほほんとに! ほんとに宝飾品って人間が作るんですね! びっくりしました! うわーっこれで金とか銀とかも、作るんですね!」
リンデさん、どうやらまだ宝飾品を人間が作っていたということを信じていなかったらしい。僕が手元で作って、ようやく本当だと分かったみたい。
「これは……感動です……どうやってここまで細かいことが……?」
「基本は少しずつやるんですよ。やりすぎないよう少し削るという動作を、繰り返して、繰り返して、作っていきます」
「あたまがおいつかない……」
ふと、リンデさんがやったらどうなるだろうと思った。
「やってみます?」
「……いいんですか?」
僕の提案にリンデさんは興味津々といった様子で、せっかくなので何も彫っていない指輪を固定して、道具を渡してみた。
リンデさんは喜び勇んで道具を受け取ったはいいけど、手元に鑿を構えた瞬間に凍り付き、どうすればいいか分からないのか、ガタガタと震えだした。それはゴブリンに出会った幼少期の僕以上に恐怖に震えて涙目になっていて、ちょっと見ていてかわいそうになってくるレベルだった。
リンデさん、指輪は襲ってきませんから安心してください。
「大丈夫です、そーっと、そーっと。まず指輪に、軽く鑿を当てます」
「はわわはわわはわわわわ……」
「そして、ハンマーをその鑿の……そう、後ろ側に、最初は乗せてみてください」
「あわわわわわ……」
聞こえているのか、いないのか、もう返事もできないぐらい余裕がなくなっていた。
「そして、少し持ち上げて……」
「……っくちゅんっ!」
パキリ。
「…………」
「…………」
じわっ……。
「わーっ! ごめんなさい僕が変に無茶振りしたせいですリンデさんは悪くないです泣かないでください!」
「ううっ……ぐすっ……指輪がぁ……」
「ま、まだまだありますから! 家にもたっくさん! とまではいかなくともありますから! 無地のやつは王都に行けば山ほどありますから! ね!」
「うぅ〜〜〜っ………………」
リンデさんは、かわいいくしゃみの声と共に思いっきり割ってしまった指輪を、こらえきれない涙を流しながら悔しそうに眺めていた。
ま、まいったな……やらせてみたらなんて、調子に乗ってしまった。
……そ、そうだ!
「あの! お詫びといってはなんですが!」
「う〜………………」
僕は、今完成したばかりのその指輪をリンデさんの指にはめ……ようとして入らなくて、あわてて別の指にはめた。
「……ふぇ?」
「これ! 差し上げますから! だから泣き止んでください!」
「……………………」
リンデさんは、指にはまった指輪を見て、ぴたりと泣き止んで……いや、動くの自体止まってしまってちょっと心配になるレベルだった。
何か、指輪に変な効果でもあっただろうか。
「……あの……大丈夫、ですか……?」
「…………」
「リンデさーん……効果、危ないようなら、取り下げますが……」
リンデさんに声をかけて、先ほど嵌めた指輪を取ろうと、自分の指先を指輪の近くまで持っていこうとした。
一瞬。
本当に一瞬で、僕の手首が捕まれていた。
手が、前にも後ろにも、動かない。……いつの間に……。
視界の端で、姉貴が立ち上がっていたのに後から気付いた。二人ともあまりに反応が速い。完全に僕一人だけついていけない世界だ……。
「は、はじめて……」
「ん?」
「はじめて、ゆびわを、しました……」
リンデさんは、掴んだ手を震わせていた。姉貴が呆れ気味に座ったのが見えた。
「あの……ほんとうに、もらってもよろしいのですか……?」
「えっと、うん。まあ目の前で見てもらったとおり、時間をかければ同じものが……全く同じではないものの作れますから」
「…………」
リンデさんは、僕の手首を離すと、指輪のついた手を大切そうにもう片方の手で包み込んで、目を閉じた。しばらくそうしていると……やがて、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私たち魔人の住んでいる島って、人がいなくなって長い島なんです。どうして私たちがそんな島に住んでいるのかはわかりませんけど……。でも、その元々あった人間の持ち物を使って、あとは狩猟しながら暮らしているという話は以前したと思います。
その中でも宝飾品は、どうやら元々人間の王様一人しか持っていなかったようであまりに少なく、陛下が自分の身に付けるだけにとどまっています。
陛下の宝飾品は魔人の女みんなの憧れで、いつか自分にもあの宝飾品を身につけてみたいとみんなで言い合っていました。でもそれは、女の子同士の、恋に恋する女の子のような、実現することがない夢を語るだけで楽しいというものだったんです」
リンデさんが、目を開けて手を上に掲げ、自分の指輪をいろんな角度から見る。
「ごめんなさい、今すぐ飛び跳ねたいのに。叫びたいのに。……幸せすぎて、私、どういう反応をすればいいのか全く分からなくて。本当に、ただただ幸福感に包まれて……こんなに幸せでいいのか怖いぐらいで……」
そして僕の顔をまっすぐ見ると、今までで一番優しい笑顔を作った。
「ありがとうございます、大切にしますね」
それは、どきりと心臓が跳ね上がるほど綺麗な顔で。
「あの、はい……どういたしまして……」
僕は、しどろもどろになりながも、なんとか答えるのだった。僕の反応を見てリンデさんも気恥ずかしくなったのか、指輪を撫でながら下を向いて照れてしまった。
「……はー」
その声に僕とリンデさんは、再び跳ね上がった。
「やっぱりあたし、かなり邪魔よね」
「そそそんなことありませんっ! わ、私の方こそごめんなさい! その、私一人だけ、こんないい目にあっちゃっていいのかって気持ちで……!」
「いっそ二人の時間の邪魔だから出て行けって言われた方がよっぽど気が楽だわ……」
姉貴が死んだ目でぼやく。結構長い時間いないもののように扱ってしまっていたせいか、機嫌を損ねて机に指を這わせていた。
無視しようとしていたわけじゃないんだけど……結果的に完全無視していた。
「ごめんごめん、リンデさんと話していると、どうしてもこっちに興味がね……」
「わかってるわよ、ちょっといじけてるだけ。リンデちゃんの反応って新鮮だものね。ライの気持ちも分かるわ。ただ、私にもいい相手がいないかなーって思っちゃっただけ」
「そういう関係じゃ、あっ……」「私ごときがライさんと、あっ……」
その意味は、僕のいい相手がリンデさん、リンデさんにとっての僕ということで、二人で否定しようと目を合わせて、やっぱり恥ずかしくなって黙ってしまった。
そんな僕たちの様子を見て……やっぱりじとーっと睨まれた。なんだか帰ってきてから姉貴の三白眼ばかり見てる気がするけど、えっと……その……自分で制御できないというか、仕方がないんだよ……。
「……あの、ミアさんは素敵だと思いますし、どうして男の方が寄りつかないんでしょうか」
「リンデちゃんはいい子ねー。人間の男ってのはねー、自分より強い女には気が引けちゃって受けつけないのよー。なっさけないわねー」
「いや、姉貴が酔って胸触ってきた騎士団長の腕を折ったせいだろ……」
「ウグッ、お、思い出させないで……相手が十割悪いとはいえ、あれからほんっとマジのマジであたしが素手でニコニコ近づくだけで男がみんな逃げるのよ……」
4年ほど前に聞いた姉貴の黒歴史だった。まだまだ駆け出しの頃だったので、相手にも舐められていたんだろう。しかし新人であろうがまぎれもなく勇者。並大抵の人間とは基本的な能力が違いすぎた。
騎士団長が男女貴族たちの前でやった醜態は、瞬く間に広がった。以来、男の縁はもはや関係の始まりさえ起こらないらしい。
それを聞いたリンデさんが、遠慮がちに提案をしてきた。
「あの……それでしたら、いっそ魔人の男性の方とならどうでしょう」
「魔人?」
「私と同じような見た目ですが……私より強い方、近い強さの方、いろいろな方がいらっしゃいますけど……」
「はいはいはい! 興味があります!」
姉貴が身を乗り出して食いついたので、リンデさんが「ぴぃっ!?」と声をあげて身をすくめていた。
「姉貴抑えて、リンデさんが驚いてるよ」
「だって! あんたにはわかんないわよこんな朝から晩までベタベタベタベタしやがって! あたしにも寄越せ!」
「えええ、まいったな……リンデさん、頼める?」
「えと、はい……言い出したの私ですし、何人かお話しますね」
「よっしゃあたしの春来た!」
それから、リンデさんが喋っている間、僕は夕食の調理を始めた。調理時間中、姉貴はずっと質問攻めを行った。リンデさんはその質問に、丁寧に答えていた。リンデさんも、姉貴にいくつか質問をしていた。
夕食は再び初日のオーガキングスープ。調理時間が長く取れたそれは初日よりもおいしくできて、リンデさんはまた嬉しくなるようなオーバーアクションで喜んでくれて、たくさん食べながらパンも一緒にたくさん食べていた。姉貴もぼーっと考え事をしながらも食事は満足気にしていた。
翌朝、元気よく姉貴が宣言した。
「魔人王国へ男漁りに行くわ!」
魔王を倒すはずの勇者は、やっぱり魔王退治を投げ出した。