あの魔人族のことが気になります
屋敷から馬車に乗る直前、ようやく少し意識が復活した僕は、ウンベルト様に一言告げた。
「一応念のため言っておきますが、今こうやって我々が無事でいられるのは、相手が手加減している……つまり、まだ攻撃に転じてないからです。もしも怪我をさせてしまうと、反撃されるかもしれません。そうなったら僕は戦いませんからね、相手に勝てないことぐらい分かってますから」
「お主がそう言うのなら、そうなのだろうな……」
僕はウンベルト様の目に気圧されないようしっかり頷くと、馬車に乗り込んだ。
帰りの馬車の中で揺られている最中、どうしても外を見てしまう。
……あの人は、どこにいるんだ?
一瞬で消えた辺り、身のこなしが半端ではない。
間違いなく、相当な実力の持ち主だろう。
しかし……まさか、シレア帝国にも偵察に来ているとは。
完全に、こちらの内情は把握され尽くしていると見て間違いないな……。
「ギルドの前まででよろしいでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
僕は行きの時と同じ執事さんに礼をすると、ギルドへと持ってきた。
挨拶しつつも、ギルドを前にしてなお僕の頭の中には今の魔人族の姿がしっかりと焼き付いていた。
あんなにはっきり見えたんだし、同時に目も合った。間違いなく向こうも、僕と目が合ったと思ったはず。
————は?
待てよ?
それっておかしくないか?
魔人王国は、シレア帝国にとって現在は戦争相手の敵国だ。
誰がどう見てもわかる魔人族の姿は、間違いなくこの辺りにいてはまずい。
だから身を隠さなければならない。
じゃあ……じゃあなんで、僕と目が合った?
僕に見られたんだ?
僕以外が見つけてしまったら、大騒動じゃないか。
……いや、違う。
それが今の違和感だ。
あの魔人族は、僕にわざと見つけられたんだ。
だから、未だにシレア帝国では魔族が出たという話題はない。
その理由は一つ。
僕が『マーレさんの友人ライムント』だと分かっているからだ。
だとすると————。
「おおい、ライ!」
————と、思考の海から僕を砂浜まで持ち上げたのは、ギルドに来ていたダニオだった。
「来ていたんだ、ただいま」
「おう! ……大丈夫だったか? いきなりギルドの方にメルクリオの遣いが来たって聞いたんでびっくりしてよ、全くあいつら、油断も隙もねえぜ」
「ああ、うん。ある程度魔人族に関する話はしたよ。無事に帰れる保証はなかったけど、戻ってこられて良かった」
これは本心だ。
もしもウンベルト様が節操のない人だったら、あの屋敷の執事やメイドに拘束される危険性もあっただろう。
恐らく皆、相当な実力者だ。当主のウンベルト様自身も。
「そうか、ライがそう言うならいいけどよ、今度はあまり単独行動するなよ」
「心配してくれているのか?」
「あったりまえだろお前。これでも見る目あるんだ、お前は今のところギルドじゃ一番話せる奴だぜ」
「ダニオもいい奴だよ、これでも僕にだって見る目はある方だからね」
そう言うと、ちょっと照れながらも僕の肩を抱えて身を寄せてきた。
こういうのもいいな。
それから、屋敷から帰ってきた時点でまだ比較的時刻が早かったこともあって、一緒に昼食を食べることにした。
-
出て来たパスタは、白一色といった様子のクリームスパゲッティ。このスパゲッティという細いもの、なかなかペンネなどに比べて面白い食べ心地だ。
「ダニオに一応聞くけど」
「ん?」
「魔人族……肌の青くて角の生えた魔族の目撃情報って、ギルドにあるか?」
ダニオは口にピッツァをつっこみながら、あっさりと首を横に振った。
まあ、そりゃそうか。目撃情報があったら討伐任務など、もっとでかでかと張り出していないとおかしい。
「藪から棒に変わった質問だな」
「気になっただけだよ、いたらどうなのかなって思っただけ。じゃあ……灰色の魔族は? あまり人間には似てないやつだよ、角が生えていかつくて、なんだろ……牛とか羊みたいな顔してる人型魔族」
悪鬼王国のデーモン。
ビスマルク王国でも度々出現しては、永らく人間に対しての天敵として戦ってきた、本当の人類の敵だ。
ダニオはそれに関して、今度はなんと首を縦に振った。
「めちゃくちゃ強い骨の馬面みたいなやつだろ、あったな。時々なんだけど東の方から来るんだよな、とにかくでかくて嫌な感じで、人間を食べるとかいうやつだ……あれに殺されて食われたくはないな……」
悪鬼王国は、こちらにも攻めてきていたのか。
……しかし、目撃情報があるということは、それはつまり。
「ダニオも、デーモンを討伐したりしているのか?
「協力体制だけどな、一度出くわしたことがあるぜ」
「よく生き残ってこられたね」
「ほら、船で酔ってたデカイ奴いただろ? あいつが結構いい勝負して、その隙に剣を突き立てて倒してたぜ。ま、さすがに俺の出番はなかったな」
なるほど……やはりデーモンは普通にここで現れて、シレア帝国にも侵攻しようとしていたのだ。
姉貴だったら黙っていないだろう、徹底的に洗いざらいほじくり返しかねない。
しかしここは、シレア帝国。
「弟の僕が言うのも何だけど、勇者みたいなものがシレア帝国にはないのか?」
「ねえなあ。まあ一人一人がそれなりに頑張ってるさ。以前の危機の時はそれこそあれだ、勇者ミアが助けに入ったんだよな」
ああ、そうか。姉貴は既に、ここで何度も人助けしているんだ。
じゃあ勇者がココにいなくても、皆の支えになっているって部分はあるんだな。
「でも、今は裏切りの勇者だからな……」
……そうだった。
さすがにおおっぴらには、こんな店内じゃ喋れない。
「よし、食べ終わったし店出るか!」
ダニオに明るく話を切り上げられ、そういえば皿の上のものはもうなくなっていたなとようやく気付いた。
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なんとなくダニオと一緒に歩いていると、オフェーリアがこっちに手を振っていて合流した。
最近はずいぶんと縁があるな。
少し街から離れた、森の中を三人で進む。
すっかり周りには人もおらず、僕たち三人だ。
「ところでよ、ライ」
ダニオが、難しそうな顔をして腕を組む。
何だろう、何か言いづらいことがありそうな気配がするけど……。
オフェーリアも、どこか違う様子のダニオを見て表情を引き締める。
しかし僕はその直後の言葉を聞いて、やっぱりダニオは相当な切れ者だなと思った。
「……なあ、もしかして魔人族、シレア帝国にいるのか?」




