思い出のハンバーグを食べました
あけましておめでとうございます。
去年末から急に大変なことになってしまった自分ですが、気負わずマイペースにがんばろうと思います。
あと冬コミ来て買っていってくれた方で小説に言及くださった方も何人かいらっしゃいました、ありがとうございました!
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もう片方のほうもよろしくお願いします!
母さんは優しい人だった。
父さんは大らかな人だった。
勇者を輩出するという不思議な村は、何故か分からないがこの村から生まれた人しかその力に目覚めなかった。代わりに、この村の人間なら誰でも適性が現れる可能性があった。
だから、村の人間は、皆戦うことを意識している。
両親は二人とも戦士であり、いつも狩りをして暮らしていた。その時その時でいろんな肉が出てきたが、肉はどれもおいしいものだった。
そういえば……ハンバーグは特別だった。その日は必ず両親の機嫌が良く、母さんは満足した顔でおいしいハンバーグを出してくれた。
ハンバーグの味も好きだったけど、そのハンバーグを食べた日の両親はいつも楽しそうだったから好きになったのもあるのかもしれない。
とにかく、特別な日だった。
父さんが豪快に笑っていて、母さんが優しく僕の頭を撫でてくれている。
僕は機嫌のいい時の母さんに甘えるのが好きだった。
いいにおいがする。いつもよりいいにおい。
優しく後頭部を撫でる髪。
全身を抱きしめる暖かい腕。
僕も母さんにしがみつく。
本当に……頭が溶けていくような……
甘くて……蠱惑的な匂いで……
……
-
…………ん……?
なんだか、体が温かい。すごくいい匂いがする。
何か、すごく寝心地がいい。
寝心地……
……寝て……いた? そうか、朝か。
よし、目を開けよう。
「……あっ!」
「……!」
……目の前に、リンデさんがいた。それも、目を覚ました瞬間からばっちり目が合った。
…………? ……頭が……覚醒してくる……。
うん……うん、間違いない。
「結構前から起きてました?」
「……はい……」
寝顔、思いっきり見られてたみたいだ。……恥ずかしい……。
目の前で受け答えする、青の深い顔を見ながら、ほんとに美人だなーなんてぼんやり思って、何か様子がおかしいなと思って……ようやく僕は今の状況に気がつく。
……抱きしめてる。
僕が。
僕が、リンデさんを、思いっきり抱きしめている。
……こ……これは……。これは僕が、や、やってしまった……!
「す、すみません僕、完全に寝ぼけて、寝相でリンデさんの方を向いてしまっていて!」
「いいいいえいえいえいえ! 違います! だって私も背中向けてましたし! なにもライさんが悪い訳じゃ、いや悪くないですし! むしろ全く悪くないですし!」
よくよく見るとリンデさんもリンデさんで僕の方を抱きしめていた。そういえば寝る前はリンデさんも背中の方を向いていたわけで、お互いがお互いの方を向いて抱きしめていたことになる。
しかも……リンデさんの片手は僕の頭を撫でていた。
「頭……」
「あっ! ごめんなさい、嫌でしたよねごめんなさい!」
「ま、待ってください!」
「……え?」
今、頭を撫でられていたということに連想されて、僕は普段なかなか思い出さない、夢の中で何を見たかを思い出した。
そうか、あの夢は……。
「ちょうど、母さんの夢を見ました」
「え、お母様の、ですか?」
「はい。こうやって撫でてくれましたから」
「……。……そう、ですか。じゃあ——」
リンデさんは、それを聞くと遠慮がちに僕の頭を再び撫でてくれた。
少し……目を閉じかける。気持ちいい。ああ、この感じ……懐かしい……。密着しているのは恥ずかしいけど、リンデさんの綺麗な金色の目と目が合うと、お互い照れくさくとも幸せな時間に少し微笑み合った。
僕は少し、大胆になってリンデさんを抱きしめている腕をもう少し強くした。至近距離に来たリンデさんの顔。彼女は嫌がっていないようだったけど、恥ずかしそうにしていた。
リンデさんの手櫛が、対抗するように髪の中にまで入ってくる。お互い、何を意地になってるのか、おかしくてくすりと笑った。
ああ……本当に、気持ちいい……。
いい匂いで、体中が幸せな感情で満たさ————
—————腕を組んだ姉貴と目が合った。
………………。
………………。
———ッ!? い、いつから!? いつからだ!? 頭を撫でられる今のやり取り、まさか最初から見られていたのか!?
僕の様子が急激に変わったのを察したリンデさんが、後ろを振り向き……もちろん姉貴と目が合った。そして固まり、僕の後頭部から腕がゆっくり離れる。
「……あ……ああ……」
リンデさんは、ゆっくり僕から離れ、布団を出て立ち上がり……
「っすみませんでしたあぁぁぁぁー!」
思いっきり土下座をやって、
「あああああああーーーっ!? あーっ!? あああーっ!」
今度は僕の部屋に穴を開けた。
「……なるほど、ね。こうやって開けたわけだ」
「………………はい…………」
姉貴が呆れた溜息を出して、一言、
「ライ、朝食」
と言って部屋を出て行った。
「……」
「……」
僕とリンデさんは、お互いなんともいえない気恥ずかしさとともに、部屋を出たのだった。
-
朝食は、安定のパンとサラダと、ベーコンにチーズだ。コーヒーも淹れる。
「朝はこのメニューなんですね」
「はい、そういうことです」
「私この組み合わせ、一つ一つも好きなのに、一緒に食べると混ざり合ってますます好きになるから大好きです」
リンデさんはにっこり笑って、昨日と同じように不器用にフォークを使って食べ出した。
「……んー、ほんと、あたしを圧倒した魔族の戦士とは思えないわね……」
「だよなあ……」
姉貴のつぶやきはもっともだ。僕も最初に話しかけられた瞬間から驚いてしまったんだから。まさかこの見た目で、村の誰より幼い雰囲気の女の子だなんて思いやしないだろう。
「リリーと同じ感じで呼ぶわ……えーっとリンデちゃんね」
「もぐもごっ……! んっ……はい!」
「あたしはミア、なんだかあんな初対面になっちゃったけど、あたしは敵対する気はないわ。よろしくね」
「ああっ私の方こそ、ミアさんに向かっていきなりライさんの姉だと知った瞬間に失礼なことをして、申し訳ありませんでした……!」
リンデさんはぺこぺこと姉貴に向かって頭を下げた。上目遣いに許して欲しそうに見る感じは、怒られるのを怖がっている子供そのものだった。
姉貴はそんなリンデさんの様子にも苦笑した。
「いいわよ、ライのために怒ったなんて知ったらむしろあたしの方が謝らないといけないわ……そうね、あたし、ライの料理って褒めたことない。母さんの料理も……あまり、褒めなかった……し……」
「いや姉貴、あまり気にしないでくれ。その分リンデさんには沢山言ってもらってるし、そこでようやく母さんと同じ気持ちになれたんだ。リンデさんがいなければ、料理をおいしいと言って欲しいと言うことにすら気付かなかったよ」
「……そ。ライもすっかり大人になっちゃったね」
姉貴は少し寂しそうにそう言って、カップの中のコーヒーを混ぜた。
「あたしさ、なんだかんだ、ライの料理好きだったのよ。……ううん、言い訳みたいだからやめとく」
「姉貴……」
「……でも……自分も料理出来ない癖してさ……男のしかも年下に料理丸投げなんて、ダメな姉貴よね……それでライを連れて行かなかったけど、外の料理は、どれもライ以上に母さんの料理とはまるで違ったわ」
「……」
「それはそれでよかったけどね。でも……母さんの料理じゃないライに、別のメニューを覚えさせて、別の調味料を買い溜めて、思い出したくなかっただけかもしれない」
姉貴は手をあげると、「アイテムボックス」と呟き空間から道具をいくつか出した。
それは……新品の調理器具と、調味料の数々だった。
新品のフライパン。肉の追加。パンの追加……塩、胡椒、チーズの追加。そしてこれは……パセリの追加。
「ライ。あたしはあんたに期待してる。いいわね」
「任せて」
それは、母さんのハンバーグを作るためのものだった。
-
「ところで晩まで時間あるし、えーとリンデちゃんだっけ」
「はいっ!」
「魔族の話っていうの、いくつか聞かせてもらえる?」
「わわ、興味がおありですかっ!」
「あるわよ、そりゃもう今はめっちゃあるわ。ちょっと常識を洗い直さないとダメね」
「わかりました! それでは不肖このリンデ、お教えいたしましょうっ!」
そうして二人は、魔族のことを話し込んだ。僕も、姉貴に魔族の身体能力、属性や状態異常の耐性の話などをいくつか話をした。
姉貴は最初は真剣に聞いていたけど、だんだん怪訝な顔になって、最後の方にはもう放心状態って感じだった——
「———ライ」
「……なに?」
「もしかして、あたしってバカなのかな?」
「ハイリアルマ教の人間みんなバカだと思うよ」
「……慰められていることにしておくわ……」
姉貴は、教会から言われた教えに対して頭を抱えて悩んでいた。それは、魔族を滅ぼすこと、魔王を倒すこと、魔族と魔物を一緒に考えていることなどなど……様々だった。
でも、魔猪の討伐を担当されていると聞いたのは、さすがに効いたようだった。
「勇者の紋章を持って、勇者としての使命を持ったというのに。まさかその相手に人間が守られているなんて滑稽もいいところだわ……」
「ああでも、灰色のデーモン連中は明確に敵だよ」
「あたしを煽ったヤツのことね。……ほんと聞くほどに全然違うのね、一緒にしないように気をつけないと」
姉貴は一通り聞き終えると軽く息をついた。リンデさんはデーモンの話題が出たことで思い出したのか、デーモンがやったことに関して怒り出した。
だけど、僕の考えは違った。
「まったく、あの悪鬼のヤツ! ライさんの料理をあんな……!」
「安心しました」
「……え? はい?」
「デーモンに鍋を飛ばされてです」
リンデさんは、納得いかない、といった様子で立ち上がって抗議した。
「ら、ライさん! なんてこというんですか! あんなもったいないことをされて、しかも、わ、私がまだ食べてないのに! 許されません!」
「違います、そういう意味ではないです」
「ど、どういう意味なんですかっ!」
「デーモンって、僕の料理が嫌いなんだなって」
「———あっ」
リンデさんも、そのことに思い当たったようだ。
「デーモンは、僕の料理を食べた時に「草が入ってる」と言いました。それが野菜のことなのか、それともハーブやスパイスのことなのかは分かりません。でも、最後に血を抜かない人間が好き、みたいなことを言った気がするんです」
「つまり?」
「つまりそれは、僕が彼らの好みの料理を作れないことであり、彼らが僕の料理を求めないことでもあるんです。まあ早い話が———」
僕はリンデさんに、満面の笑顔をして宣言した。
「——僕もデーモン嫌いですね!」
リンデさんも姉貴も笑った。
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チーズハンバーグ。それは僕たち家族の思い出の味だ。
やや田舎の村だと王都にある食材は中々手に入らず、塩などの調味料のように買いだめしない、チーズやパセリを使った料理は、今はまだしも数年前はそれはもう贅沢な一品だった。
それを食べるのは、子供の僕たちのわずかな楽しみとなっていた。でも、ハンバーグが始まるとハンバーグが続くぐらい母さんは作ってくれた。
僕と姉貴の、大好きなハンバーグ期間だ。
まずは玉ねぎ。最初は目に染みるし切りにくかったたまねぎも慣れたものですぐに切れた。新しいため生で少し食べてみてもあまり辛くない。
挽肉……挽肉を作るにあたって、今回はせっかくだから、オーガキングの肉を使ってみようと思う。血の臭みのない状態までもっていったそれを大ざっぱに切った後は、木のまな板に乗せた切り身を細かく潰していく。細かくなっていく肉を見ながら、母さんのハンバーグを思い出す。
真ん中に、チーズが入っている。糸を引くように溶けるそれは、今ほど手に入らなかった。姉貴が稼ぐようになり、大量に買い込んでは僕の元へ届けてくれるから使えるものだ。
その周りの肉は、緑の斑点があって、それが不思議とおいしいのだ。
……っと、肉が綺麗に細かくなった。ここで先ほどの玉ねぎと、パンを細かくしたものと、塩は少なめ黒胡椒は粗く多めに……そして、パセリを細かくしたものをたくさん入れる。姉貴はチーズと同じ場所で大量に買い込んでいた。
考えながら混ぜていると、すっかり綺麗に混ざった。この種にチーズを入れ、母さんの……少し平たくて大きいハンバーグを作る。中心は少しへこませる。これは火を通りやすくし、かつ焦げないようにするための母さんの工夫だったんだろう。
くぼみはソースを載せるためかと思ったけど、これも膨らんでいくのを抑えるためであり、火の通りをよくするためだった。
焦げてないけど、しっかり火が通った、大きな大きなハンバーグ。
ソースは……今焼いているフライパンに、予め煮込んで作っておいたソースを入れる。姉貴が翌日晩を予約したのは、このソースがすぐ出来ないのを分かっていたからだろう。オーガキングの肉や骨と野菜で出来たそれはいつもより粘度が高い気がして、なかなかいい出来だった。
これを3人分3回繰り返して……完成。
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「わあわあ! すっごい! おにくがこんなにきれいになっちゃってます! なんだかどろっと乗ってるののにおいもすごい!」
「ソースですね、それが肉に味を付ける、濃い味のものです。口の中でバランス良く混ぜて食べるんです。ステーキなどにも使えますよ」
「そーす! ソースさんこれだけで味をつけちゃうなんてすごい! 感動しましたっ!」
相も変わらず元気なリンデさん、ソースさんに感激だ。
一方姉貴は、真剣な顔をしている。
「本当に見た目が綺麗になったわね……それじゃいただくわ」
「はいどうぞ。僕も食べるよ、いただきます」
「わっわっ、いただきますいただきますっ!」
姉貴とリンデさんと一緒に、僕もチーズ入りハンバーグをいただく。
……。…………。
……これは、おいしい……。
おいしいけど……。
……これ、は……。
「おおおいしいい〜〜〜っ!」
僕のぼうっとしていた頭にリンデさんの元気な声が響き、考え事をしていた意識が引き揚げられる。
「なななんですかこれーっ! おいしい! ソースが、ほんとに濃くて、お肉と混ざって、お、お肉がまたやわらかくて、こ、こんなの今までのとまた違いすぎます、おいしい〜っ!」
「ありがとうございます、今日のは我ながら、本当に……おいしい」
「ライさんの料理の中でもこんなにおいしいなんて、すごすぎますハンバーグ!」
「もうちょっと食べ進めると、新しいものが出てきますよ」
「たべますっ!」
リンデさんは少しスプーンを進めると、それに出会った。
「き、きいろいものが! きいろいものがでてきました!」
「朝食べたチーズです」
「ちーず! チーズってあのチーズ、こんなんじゃなかったですよ!?」
「温度を上げると、そうやって溶けるんですよ。食べにくいかもしれませんけど、口の中で混ざるとおいしいですよ」
「は……はいっ……!」
リンデさんは慎重に、真剣に、チーズを含めたハンバーグを掬い、口の中に運び……
「〜〜〜〜〜っ! んん〜〜〜〜〜っ!」
幸せそうに目を閉じて、体をくねらせた。
「こ……これが、チーズ入りハンバーグ……! す、すごすぎます……! こんなに、こんなにおいしいものがこの世にあっていいのでしょうか!?」
「いいんですよ、リンデさんがオーガの肉を取ってきてくれたら、キングじゃなくてロードでも、何度でも作ってさしあげます」
「しあわせすぎ〜〜っ! ライさん素敵すぎます〜〜っ!」
リンデさんの満面の笑みを見て、僕も笑顔になる。やっぱりおいしいと言ってもらえて嬉しいし、褒めてもらえると照れるし……でも何よりリンデさんのこの顔を見られるのは、僕自身幸せな時間だ。
しかし……僕は、リンデさんを見ながら、徐々に不安に駆られる。そして……姉貴に視線を向けた。
リンデさんもはっとして、姉貴に顔を向けて見た。
姉貴は、食べてからずっと、顔を顔を伏せていた。
「……姉貴……」
「ライ、これ……」
姉貴が、少し恨みがましい目で僕を見た。
「なんで、こんなもの作ってしまったのよ……!」
その一言を聞いて、リンデさんは立ち上がって怒った。
「な、なんですかその言い方は! おいしいでしょう!? 間違いなくおいしいでしょうこれは!? どうして、そんなことを言うんですか!」
「おいしいわよ! でも、これはダメ、過剰においしすぎるのよ!」
「……え?」
リンデさんが、言われたことの意味を理解して、少し疑問に思いつつも再び椅子に座る。
「姉貴。多分これ、答え……だよな」
「そうよ。ライ……これは、間違いなく。答えよ」
そして、姉貴は、母さんのハンバーグの秘密を言った。
「……母さんは、オーガを討伐した日にそれを料理にしていたのね」
……それは、僕も思ったことだった。
ずっと、姉貴に作っては、違うと言われてきた母さんの料理。今から考えれば、機嫌が良かったのは、オーガの討伐を両親が二人で成功させていたからだ。同じハンバーグが続いたのは、人型の魔物の肉を、ギルドが回収しなかったから。
僕はあの味をいまひとつ再現できず、納得できなくて、きっと姉貴も……
「……どうしようもなくてさ、ライが作ってくれたハンバーグはあんなにいつもおいしかったのに、母さんと違ったから、これは母さん以下の違うものだって思うと褒めたくなくなっちゃって……あたしもバカだよね、そんな姉貴、嫌われて当然だよ」
「別に僕は姉貴を嫌ってはいないよ」
「ん……ありがと、そう言ってもらえると助かるわ。……でも、今回のは……間違いなく、おいしいわ……」
隣でリンデさんが、笑顔になる。だけど……僕も姉貴も、顔は晴れなかった。それを見て、リンデさんは不思議そうな顔をする。
「……どうしたんですか? 二人とも、これは……よかったことじゃないんですか?」
「そう、よかったわ……よかったわ! これは、これは、ずっとあたしの中で頂点だった、過去との決別なの!」
姉貴は、今まで溜めた分を押し流すように、叫んだ。
「あたしは、ずっと後悔してきた。今でこそこんなに強いのに、どうして勇者の力にもっと早く目覚めなかったのって。
……もっと早く勇者の力に目覚めてたらあんなオーガロードなんて倒していた! 父さんも! 母さんも! まだ生きていた!」
姉貴が悔しそうな顔をして僕を見た。
「ライにこんな苦労をかけることもなかったのに! 自分が許せないことと、勝手に勇者に選ばれておいて、勇者に選ばれなかったライに当たり散らすようにしてしまって。食事で苦労をかけておきながら、母さんにおいしいと言わなかったのに弟に言うものかって……ライだって、私の年下で、母親が死んだ子供だったっていうのに……最低の姉よ!
でも、ライ! あんたがこんなもの作ったら———
——母さんが過去の人になっちゃったじゃない!
……ごめんなさい母さん、守れなくて、ごめんなさい、全く親孝行できなくて……おいしいって最後まで言ってあげられなくて……ごめんなさい……! ライ……今まで、ごめんなさい……!」
「姉さん……いいんだ、もう、僕は十分救われたし、報われたから……」
勇者として過剰な力を急に与えられた姉貴。
だけど守りたいものは。
勝手にやってきた力は。
手に入った頃には守りたいものはなくなっていた。
過酷で孤独だっただろう……。強い女として舐められないよう気丈に振る舞ってきた、豪快な戦士である勇者ミア。その姉貴が、僕の前で悲しみに震える女の子になっていた。
「僕の方こそ、ついていけるほどの強さになれなくて、ごめん……やっぱり自分で自分が情けないよ、姉に守ってもらうだけの弟で……。それでも、八つ当たり同然でもさ……調理器具も食材も、一人暮らしにはうれしかったよ」
「そう……そうなのね……あたし、ずっと自分のやったこと後悔してたけど、よかったのね、許されるのね……」
「もちろんだよ」
姉貴は、悲しい顔を止めて僕を見て優しく笑った。
「……。……うん。ライ、たった二人の家族だけど、一緒に両親の死を認めて、乗り越えていってくれる?」
「こちらこそ。一緒に一人前になろう」
「ん。おいしかったわよ、母さんのハンバーグ。母さんより、おいしかった」
「ありがとう、これで料理を上達する目的が達成できた」
僕も姉貴と一言交わして笑った……
……んだけど。
隣でリンデさんがまた泣いていた。
「うう〜〜っ……ごめんなさいミアさん、私、何も知らずにおいしいと言えだなんて言ってぇ〜っ、ぐすっ、こんなに、二人に、事情があったなんてぇ……」
そんな姿を見て、姉貴は呆れたように笑った。
「あんたが泣いちゃってどうすんのよ」
「リンデさんは僕の前ですぐ泣くし、よく泣くよ」
「はー、そうっすか。ほんと、魔族のイメージ根本からやり直しだわ……」
姉貴はそんなリンデさんの様子を見て、泣いているリンデさんの頭を撫でに行った。「よしよし」と言いながら優しく頭に手を乗せる姉貴。それはまるで、仲のいい姉妹のようだった。
-
そんな晩飯も終わった後、姉貴は僕に言った。
「んじゃまーあたし、暫くここいるけどいいわよね」
「それはいいけど……寝る場所は?」
姉貴はそれを聞くと、再び腕を組んで、眼を細めて言った。
「昨日二人でいるのは嫌だった?」
「え!? い、嫌じゃなかったけど!」
「見れば分かったわよ」
そうだ、今朝は一緒にいるのをじっくり見られてしまった。……というか、あれは……
「……あの、ミアさんはどこから見ていたんですか……?」
リンデさんが僕の代わりに質問してくれた。
「リンデちゃんが「むしろ全然悪くないですし!」とか言ったあたりかしらねー」
「かなり最初の方でしたーっ!?」
大体一連の流れを見られていたらしい。あの頭が撫でられるまでの流れも、その……僕が抱き寄せてしまったところも……。
「……ライ、どう?」
「正直言います。ちょっと、その、色々と耐えられないと思う……」
「オッケーわかったわ。まああたしも、あんまりせっつくわけにもいかないからね。この様子だと二人の中で結論がつくのはもう少し後だろうし。
リンデちゃん、あなたがよければ、私と一緒のベッドでどう?」
「よ、よろしいのですか!? 殺されたりしません!?」
「もうあんたには感謝しかないわよ、ていうかあんたを殺すと二度とライが口聞いてくれなくなりそうだから怖くてできないわ」
「そ、そういうことでしたら……! ミアさん、ご一緒しますっ!」
リンデさんは、姉貴と一緒にベッドで寝ることとなった。
今日も……いろいろ、あったな。
姉貴のこと、分かっているようで全く分かっていなかったけど。今日は停滞していた時間が動き出して、好転してくれたと思う。
母さんは優しい人だった。
父さんは大らかな人だった。
姉貴は、豪快だった。
僕は、繊細なんだろう。
でも。
姉貴も、優しい人だった。
僕も、大らかなんだろう。
両親の顔を思い出しながら、その血が自分たちに流れていることを再確認できたことを嬉しく思い、リンデさんに心の中で感謝した。
そのぬくもりのないベッドで、今日は心を落ち着けながら。……同時に、少し肌寒いな、と感じながら。
僕は今日の出来事を忘れないだろうと思いながら眠りについた。