信じる信じないは、難しい判断です
ギルドマスターの部屋を後にすると、後ろから副ギルドマスターのレジーナさんが一緒についてきていた。
レジーナさんは、先ほどより大幅に弱ったような顔で声をかけてきた。
「あの……ごめんなさい」
「ん? 何がですか?」
「ライムントさんのことを、黙ってかなり調べさせてもらったことです」
なんだ、そんなことか。
「そりゃ気分は良くないですが、何かしら僕が怪しいのなら疑うのは当然ですよ。それに関して僕が理不尽に怒ったりはしないので、ご心配なさらず」
マーレさんなら、きっとこう言うはずだ。
警戒するのは、当然のことでしょう? と。
それは、二人にとって当然のこと。
「……ありがとう」
「警戒しているのは、もちろん嘘じゃないです。でも、これを言った以上はある程度信用していると思っていただいて問題ないですよ」
軽くかまをかけて言ってみた。レジーナさんは少し寂しそうな表情をしたけど、納得したように頷いた。
……それに、僕自身も会話の中で分かったことがある。
ダニオの任務を話すのは、かなりの悪手だ。僕への調査を徹底的に有利に進めるのなら、絶対にエラルドさんとレジーナさんは、ダニオのことを隠し通した方がいい。
ダニオ自身が僕に伝えたってことは、そこまでギルドに忠実な諜報役ってわけじゃなさそうだけど。
それを簡単に暴露したということ。その理由は恐らく二つ。
一つは、この秘密を知ったことによりある程度僕のことを信用している、同時にギルドと互いに秘密を持つ仲だと認識されること。
もう一つは……恐らく、領主の貴族組とは折り合いが悪いということ。
船の任務も大口の仕事で、ギルドは依頼料のいくらかを懐に入れるために裏方の仕事をしているのだから、少なくともギルドにとって貴族の依頼は歓迎することはあっても批難することは普通考えにくい。
それでも先ほどは文句を言ったということは、やはりある程度の実力者である二人には分かっているのだろう。このまま挑発を続けて、仮に魔人王国の逆鱗に触れたら勝てるのか。
間違いなく、二人とも絶対に勝てないと思っている。
そして……僕の勧誘があったということは、魔人王国の船にまで届いた攻撃を味方に引き入れたいという目論見があの貴族の中からあったと考えるのが自然。
ならば、僕がいざ貴族の船で攻撃を行って当たったりしたら、その後どうするかは恐らく何も考えてない……というか勝てるつもりでいるんだと思う。
……お気楽もいいところである。
「一応、ギルドが僕の味方側でいるうちは、協力していくつもりではありますよ。魔人王国と争うようなことをしたくはありませんから」
「それが聞けて良かったわ。……あの、私は……」
レジーナさんが、今までの姿から更に弱ったような小さい声を出した。
「私は、個人的にライムントさんに嫌われたくないわ。その、こんなこと急に言われても困るかもしれませんけど。なるべくあなたみたいな、話せるタイプの人とは密に連携を取っておきたいというか……」
「はあ……」
それまでとはどうにも雰囲気が違う様子で、本心から懇願しているという印象を受ける。
個人的に、かあ。なんだかちょっと意外なお願いに感じた。
……まあ、僕もそんなに困らせるのが趣味というわけではないし。
「んー嫌ってるわけじゃないですよ。これは本心です。元々協力的な方ですし」
「本当に?」
「本当ですよ」
僕が返事をすると、レジーナさんはようやくほっとしたように微笑んだ。
そして、手にしていた袋を僕に渡した。
「それでは……えっと、これは今日の迷惑料ってことで」
「いいのですか?」
「もちろんよ。代わりにまた明日からも、ギルドを利用してもらえると助かるわ」
僕はレジーナさんの言葉に頷くと、今度こをギルドを出た。
-
帰り際、ダニオとオフェーリアに会った。
「お、ライムント。急にギルドマスターの部屋まで行ったけど、何か変なこととかなかったか?」
「全くなかったかな」
ギルドは僕の情報を調べていて、そのことを教えてくれていた。
でも、だからといって僕から情報を出すというわけではない。
ダニオが情報収集をしているというのなら、僕との会話の中で自然と回収していくだろう。警戒されたらもっと巧妙になるだろうし、ある程度自然な状態の方がわかりやすく聞いてくるだろう。
それに———オフェーリアが関係ない場合は、仲が拗れそうだもんな。
あまりそういう茶々の入れ方はしたくはない。
二人には世話になった。だから、自然な状態で付き合いたい。
……ああ、なるほど。
(確かに、個人的に嫌われたくないというのは分かる)
立っている場所が違ったとしても、なるべく協力者であってほしい。
レジーナさんのさっきの言葉は、やはり本心なんだろう。
「……どうしたのよ、ライ君」
「————ああっ、あははすみません、ちょっと考えごとをしていて」
「……本当に大丈夫だったんでしょうね?」
僕は疑問を重ねるオフェーリアに手を軽く振って否定するように笑うと、ダニオと三人で今日の予定を考えた。
考えたんだけど……あまりいい案はなかった。
「んー……まだ昼前だしよ、暑いしいっちょ飲むか!」
「ちょっとダニオ、相も変わらず不真面目よね……」
「あ、いいですね。昨日は駄目だったので今日はお供しますよ」
「えっライ君結構いける方なの!?」
ま、エールの街ビスマルク王国で、近所が酒屋だったからね。
リリーも元気にしてるだろうか。まあ元気だろうなーあいつは。心配はかけてるかもしれない。心配してなかったりして。
姉貴がいるなら、大丈夫かな? 大丈夫だと思いたい。
僕は再び村に帰ることを夢見つつ、ダニオ達と一緒に酒場まで足を運んだ。




