ギルドマスターと話をしました
ふたりをよく観察する。
ギルドマスターのエラルドさんは、中年で茶髪の短髪に、野生的な顔つきだけどどこか理性的で頭の良さそうな視線をしている。裏方の職にしては相当体格のいい男性で、ベテランの戦士という雰囲気だ。恐らく現場で戦ったことが何度もある人間だと思う。
迂闊に敵対はできないな。
レジーナさんは、切れ長の鋭い目と青い髪がストレートに肩まで伸びている姿が、一見冷たい印象を受ける。
穏やかに会話できているのは、彼女の口元が微笑んでいるからだろう。
この人も恐らく相当腕が立つだろうな……。
と、ここでくすりとレジーナさんが笑う。
「ん……? レジーナさん、どうしましたか?」
「あっ、すみません! いえ、あなたがあまりに警戒していらっしゃるものですから、あーこれはきっとマスターの視線がやたらと鋭いせいだなーと思っていたところです」
「おいおいひどいじゃないかレジーナ、多分君の視線が鋭いせいだろ? こないだも睨み返すだけでゴロツキどもが逃げ出したし」
「んなっ!? 言いましたね!? 私の気にしてることを!」
軽い調子で話しかけてくれたレジーナさんに、エラルドさんが茶化して返すとレジーナさんも言い返す。
……あ、見た目よりも結構お茶目な感じの人達かもしれない。
「あーもー、完全に呆れちゃってるじゃないですか。ほら仕事しますよ」
「今のは俺が悪いのか……?」
エラルドさんの言葉に返事をせずに、僕の方に向き直り羊皮紙を取り出すレジーナさん。
「えーと、コホン。突然お呼び立てして申し訳ありません。私たちはちょうど領主様よりあなたのことを調べるように言われていまして」
「僕のことを、ですか?」
「はい」
手元の羊皮紙を見ながら、レジーナさんは続けて話し出す。
「ライムントさん。あなたは……現在孤児院のアウローラさんのところでお世話になっているのね」
「はい」
「治療院から我々のところに確認があったの。名前をはっきりと言わなかったけど、ちょうどライなんとかという優秀な回復術士はここに登録していないかって」
ああ……そうか、治療院の人からこっちに情報が流れたのか。
アウローラへのお礼も兼ねていたのであの場ではああするしかなかったし、全く事情を知らなかったとはいえ迂闊だったなあ。
それで、この国基準では相当優秀な回復術士の話が出たと。
「後日……というか、つい先日ですね。領主の討伐隊に参加しました」
「領主?」
「……ん? ここメルクリオ侯爵の領地軍の魔物討伐船に……ああ、そういえば何度も負け続けだからか体裁が悪くなったのか、名前を変更して募集していましたね」
「それ、領主の前では言うなよ」
「そりゃ言いませんよ」
レジーナさんがぽつりと呟き、エラルドさんが横からツッコミを入れる。
そしてメルクリオと言われて、僕はすぐに思い当たった。
「あの海上の魔物討伐隊に参加する話ですね。メルクリオ侯爵家が、聖戦がどうとか言い出して驚きました」
「そうそう、それなのよ。一応やったというだけで他の家に大きな顔をできるとはいえ、領民の税がああいうことに使われるとねー。幸いこの街には資源が多いし、魔物も多いので素材も他の街と交易できてる。でも、無限に湯水のように利益が出ているわけじゃないのよ」
それには納得だ。
船というものを初めて見て、初めて乗って。それで思ったのだけれど、あの帆も、それを取り付けるため、支えるための柱も一朝一夕に用意できるものではないだろう。
「それに……まるで勝負にならずに、すぐにやられてしまいますからね」
「そうなのよ……誰の報告を聞いてもそんな感じで、私もやめるように持ちかけてみたんだけれど、全く攻撃が届かずにね」
「まあ、普通は届かないですよ」
レジーナさんが、ぴたりと言葉を止めて、僕を見る。
……黙られると、本当に視線の鋭さが際立つな。
「やっぱりエラルドさんの言ったとおり、黙ったらちょっと怖いですよレジーナさん」
「あっ、君も言うの!? ひっどい!」
すぐに表情を崩してくれたレジーナさんの横で、エラルドさんが笑い出す。
「ほら、やっぱり言ったとおりだ。君はすぐ顔に出るんだから自覚しなさい」
「うう……わかりました」
エラルドさんが笑いながら身を乗り出して…………。
……ん? 今「顔に出る」って言った、か?
ということは、レジーナさんの顔は、やはり僕に対して探りを入れている顔だったのか?
「せっかくいいところにまで誘導できたのに、警戒されてしまったじゃないか」
「……エラルドさん、僕の何を聞き出したいのか聞いてもいいですか」
「ふむ……そうだね。君はギルドの他の皆とは全く違う性質を持っているように感じるから、腹の探り合いはなしだ。まずはこれを聞こう」
エラルドさんとレジーナさんの顔が、真剣そのもになる。
「あの魔人王国の船の横の爆発、あれは君の攻撃だね?」
「いえ、違います」
さすがにきっぱりと断っておこう。
「ダニオはちょっと女にだらしないが、あれでも数々の情報を集めている身でね。ギルドでも一応彼の情報は信頼している」
「……ということは、ダニオは」
「ギルド側の人間だよ。冒険者兼情報屋だ」
……そうだったのか。
妙に顔が広いと思ったら、そういう理由なら納得がいく。
気のいい人ではあるけどあまり迂闊に話はできないな。
「ああ、前もって言っておきたいが、ギルドは君達の味方だ。なるべく不利益になるような交渉はしないつもりだ。だからダニオのことも話したわけだ」
「では、僕にそれらの情報を聞き出して、仮に肯定した場合あなたたちはどうするつもりだったのか先に聞かせてもらってもいいですか?」
「ビスマルク王国の人間が味方にいると何かに役立てるかなと思ってね」
……。
「おや、驚かないんだね」
「名前から察することができるでしょうし、動揺を誘うために切り出したのかなと思いましたから。でもそれでは警戒してしまいますよ」
「……本当に手強いね、一応ビスマルク王国のSランクや騎士団長の名前は把握しているが、君の名前は聞いたことがない……」
エラルドさんは腕を組んで唸っていたけど、すぐに手を叩いて話を切り上げた。
「いや、すまない。これ以上君から情報を聞き出すことはないよ。それで……君の回復魔法がかなり好評でね。毎度死者なく任務を終えているが、今後もそうとは限らない。どうか次回以降も、討伐隊に参加してくれないだろうか」
「そうですね、そちらは前向きに検討しておこうと思います」
「感謝する、ライムント。今後もよろしく頼む」
エラルドさんは身を乗り出して手を差し伸べて、僕はその手を見て少し間を置きつつも、こちらからも手を伸ばして握手をしたのだった。




