翌朝の食卓は賑やかです
オフェーリアは子供達に慕われているようで、夕食後もみんなの世話をしていた。
僕はそんな様子を、洗い物をしながら微笑ましく見る。
洗い物も魔法ですることを二人に驚かれたけど、これも文化の差かな? 孤児院の近くには井戸が掘られてあるから、そこを生活用水にしているようだ。
そもそもリーザさんだって冷気を操る魔法を使って料理作りする僕のことを器用だと言っていたし、どこからが自然に出来るようになるかというのには個人さがあるものなのだろうと思う。
その分といってはなんだけど、一人一人の魔法使いの体力が高い印象がある。
後衛だからとはいえ、それだけでいいとは限らない。僕も体はそれなりに鍛えている方だけど、オフェーリアも食材を買って軽々持っていたし、アウローラも多少の距離で疲れている様子もない。
ここら辺りの感覚は一長一短、といったところかな。
さすがにオフェーリアは寝泊まりするということはなく、子供達と遊ぶと自分の家に帰って行った。笑顔で「飲み直すわ!」って言ってたから、ダニオさん達と合流するのかもしれない。
僕は再び孤児院での就寝。
目を閉じると、比較的粗末とはいえ十分な暖かさを持った薄い布団の心地いい感触が体を癒してくれる。
……長い間船に揺られて、昨日はそれで寝たせいか、未だに船に揺られているような感覚さえある。
船も楽しかったけど、ここまで感覚が影響されるのは考え物だなあ。やっぱり陸地に足が付いてるっていいな。
目を閉じると、その揺られている奇妙な感覚すら心地よく感じて、僕は眠りについた。
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本を読んでいる。
目の前の時計塔の色も、本の背表紙の感覚も、螺旋階段の肌寒さも感じる。
ただ、意識ははっきりしていない。
自分でははっきりしているつもりなんだけど、体がおいついていない。
今日の時計塔は静かだ。僕は再び、螺旋階段を下りる。
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……。
朝……。
……やっぱり、この夢は前にも見た気がする。何か、ぐるっとした大きくて暗い場所。
妙にはっきりしているんだけど、その割に自分の体を自分で操作できる感覚は全くないんだよな。
何故か夢の中限定の使命感があったり、夢の中限定の過去の記憶なんてものがあったり。
でも夢ってそんなもんだよね。
切り替えていこう。
起床して朝の光を浴びる。
だいぶ明るいから寝坊したんじゃないかと一瞬思ったけど、そういえばこの暑さで、今は夏なんだったと思い出した。
当然日の出も早いし、気温も高い。
冬のうちはなるべく毛布の中にくるまっていたいけど、夏は逆。
涼しいうちに起きて、朝食の用意を始めよう。
キッチンに行くと、机の上にはどどんと大量の食材。
そっか、オフェーリアは全部置いていってくれたんだ。
自分の分とか考えなかったんだな。僕の料理一食ぐらいでは釣り合いが取れてないであろう高級食材を惜しみなく譲ってくれて気前が良いし、あの色っぽい見た目からは想像つかないぐらいからっとしていて気持ちのいい人だなあ。
後で改めてお礼を言いに行こう。
————なんて思っていたんだけど。
「よっ! アウローラは起きてないのね」
「オフェーリア? もしかして」
「へへ……朝食べさせてくれない? ちょっとお腹に優しい感じのやつがいいな」
そんなオフェーリアの様子に苦笑していると、後ろから更に見知った顔がいた。
「ダニオさん?」
「おうおうライムント、随分オフェーリアと仲良くなってるじゃないか」
「あ、そういえばそっか。オフェーリアからもっと気楽に話してほしいと頼まれて」
「なるほどねえ……話によるとアウローラと同じ屋根の下ってことらしいな……よし! 俺にも気楽に話しかけてくれよ。俺はこんなだから敬称とか言われ慣れてねーからな」
「そうですか? ……んん、じゃあ、うん。分かった。ダニオ、改めてよろしく」
「おう! ……っおおお!?」
楽しそうにダニオが返事をしたところで、つんのめって前に倒れた。
どうしたんだろう、と思う前に、答えが分かった。
「あはははは! ダニオ兄ちゃん油断しすぎだな!」
「もう、カルロったら……あら、ダニオお兄様、おはようございます」
元気いっぱい、子供達が起きてきていた。
「カルロってめえ! あいもかわらず容赦ってものをしらねえな! ロザリンダは……前見た時より背伸びたか? こりゃオフェーリア以上のいい女になるかな?」
「まあ! 嬉しいですわ! 素敵なレディーを目指していますの、ふふっ!」
「お前さんならきっといけるさ! ほら、カルロも少しはリコを見習え」
「や〜〜〜だ〜〜〜!」
ダニオがカルロの頭をわしゃわしゃとかき回しているけど、二人とも楽しそうに笑っていた。
みんな仲よさそうだ。
……っと、料理の方をしないとね。
今日は、そういうことならリゾットを作ろう。バジルと、チーズと……昨日作り置いておいたスープのベースがある、これを利用しよう。
リゾットを手順通り作り、オフェーリアが買ってきていたチーズを吟味する。……んん、この固いチーズが、削って使うタイプか。味は……うん、とてもいい。食感も時々まるで砂糖や塩を噛んだ時のように、独特の感じがする。
キッチンにいくつかあって使われていない調理器具。そのうち、このチーズ専用であろうおろし金があった。
少量でも十分味が引き立つ。これで削っていこう。
「よし……完成しました」
「うおーっやったーっ!」
元気の良い子供達に配膳を手伝ってもらったところで、アウローラが起きてきた。
「あら、いいにおい……ライがまた作ってくれたんだ、ありがとね」
「いえいえ、休ませてもらっているお礼ですよ。あとオフェーリアが買ってくれた食材を使いたかったから、もうほとんど趣味みたいなものです」
「そうなの? だったらご厚意に預かっちゃうね。オフェーリアと……ダニオさん、もしかして飲んでました?」
「ははは、すっかり飲んでましたよ!」
再び任務の話題に花が咲いたところで、食事を開始した。
「……オフェーリアから聞いていたが、ほんとに料理上手いんだな……」
「ね、驚きよね。それに飲んだ私たちに配慮してくれた料理よね。ほんといいわあ、染みる……」
二人にバジルリゾットは好評だった、よかった。
「ところでライ」
「何かな?」
ダニオさんが僕を見て一言。
「お前さん、任務中に相手の船に向かって矢を撃ったよな? 上にちょっと言っちまったけど大丈夫だったか一応確認だ」
それは、少しまずい事後確認だった。




