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姉貴が帰ってきました

「ら、ライ……なに、なんだ、なんだおまえ! ライから離れろ!」

「姉貴!? これは違うんだ、待ってくれ!」


 なんでこのタイミングで……! いや、確かにそろそろ帰ってくる頃だった。しかし……まさかこんな時に限って!


「姉貴……あれが、ライさんの姉さん……?」


 リンデさんには、まだ姉貴の話をしていない。いる、ということしか知らないはずだ。

 そして姉貴は、リンデさんがどういう性格か、どういう経緯でいるか、全く知らない。

 姉貴がリンデさんを見てわかることは一つ。

 魔族、とういことだけ。


 リンデさんが小さく呟くと、ゆらりと立ち上がり、再び剣を手にとって……


「私は魔族の女ジークリンデ! あなたに勝負を挑みます! 私が勝った場合……私の言うことを聞いてもらいます!」


 姉貴に、剣を向けた。




 なんで、こんなことになっているんだ?


「ハァッ!」

「ぐっ……村に来た魔族が、こんなに強いなんて」


 リンデさんの剣戟が姉貴を捉える。姉貴はそれを大きな剣で受け止めるも、盾を持たない近接職タイプの姉貴は、スピードで上回るリンデさんの攻撃を防ぐのに精一杯のようだった。

 しかしリンデさんも、まさか人間相手に攻撃を受け止められるとは思っていなかったのか、真剣な顔をして言った。


「それはこちらの台詞です、ただの人間ではないようですね!」

「当然! 私は魔王を倒す、勇者だからね!」

「な……!」


 姉貴が、よりによってリンデさんの目の前でそのことを言ってしまう。

 リンデさんの雰囲気が、変わる。


「そう……そういうこと……!」


 それは、明らかに強敵と認識した呟きだった。


 まさか、リンデさんは。

 僕が、勇者の弟だということを。

 勇者の弟だということを隠していたことを、悪いことに解釈しているのでは……?

 だめだ、止めなくては!


「ち、違うんだ、隠していた訳じゃ」

「油断せずに行きます!『時空塔強化』!」


 さっきデーモンを倒したものと同じ、その黒いオーラを再び剣から出した。明らかに強くなったと分かるその姿で再び接近し剣を振り下ろす。……先ほどからリンデさんは、片手で持ったその剣で、両手持ちの姉貴を圧倒していた。

 そこにあの黒いオーラが乗れば、当然……


「ぐっ……こいつ、強い……! なんなのなんでこんなのが村にいんのよ!」

「そこです!」

「しまっ……!」


 ……姉貴は力負けし、ふらついたところを捉えられて剣をはじき飛ばされた。勇者としての力を持ち、その戦闘能力は比類するものがないと言われた姉貴が、初めて負けた瞬間を見た。


 姉貴がいきなり魔王より強いなんて思っていなかったが、それでも勇者というのはそれだけで十分すぎるぐらい強いはず。勇者の力に目覚めてからは魔王討伐のために数々の地で活躍してきた姉貴だったが、リンデさん相手にはまるで赤子同然だった。

 まさかリンデさんが本当にここまで強いとは思わなかった。


「私の勝ちですね」

「……その、ようね……ごめんライ、姉ちゃん負けちゃったわ……」


 悔しそうに唇を噛む姉貴に、剣を突きつけるリンデさん。そんな……こんな構図、だめだ!


「や、やめてください!」

「そこでじっとしていてください! 私は怒っているんです!」


 そこでリンデさんは、姉貴に向かって叫んだ。


「さあ、私の勝ちです、言うことを聞いてもらいます!」

「……言うことを聞くとは限らないけど……言いなさいよ……」

「では、言います!」




「あなたはお姉さんなんでしょう!? 家族なんでしょう!? だったらライさんの料理に、ちゃんと「おいしい」と言ってあげてください!」




 ……。


 え? それだけ?


 という僕の心の声と、姉貴の心の声がきっとシンクロしてるだろうなって表情をした姉貴と目が合った。あっちも同じ事を思っているだろうなこれ……。


 ……でも、なんで?

 リンデさんは急にそんなことを言ったんだ?


 記憶を探って……ようやくそのことに思い当たった。


 僕がリンデさんに感謝を伝えた日。

 リンデさんが僕に感謝の言葉を毎日伝えると言った日。

 そう……僕は……

 僕は何と言った?




———姉貴においしいと言ってほしかった。




 そんな! そんなことで……!


 リンデさんは。

 僕もすぐ思い出せなかったようなその一言をずっと覚えていてくれて。

 たったそれだけのことで、勇者の姉貴に本気で怒って挑んだのだ。

 つまり、これは、僕のためだ。


 ああもう……! 一瞬でも、こんないい子であるリンデさんを疑おうとしてしまった自分が恥ずかしい! 同時に、どうしようもなく嬉しくて、もう涙が出そうだった。


 姉貴が立ち上がる。


「一つ聞いていい?」

「何ですか?」

「あんた……ライの何なの?」

「えっ!? え、ええと、ど、同居人です! この村を守る代わりに、料理を食べさせてもらっています!」


 姉貴は、答えを聞いて……腕を組んで言われた意味を理解しようと少し唸って……再び質問をした。


「もう一個聞いていい?」

「何です?」

「魔族よね?」

「魔族ですよ」


 リンデさんは、それを聞くと……少し顔を緩めて「ふふっ」と笑った。


「どうしたのよ魔族……」

「いや、だって……あなたの質問、ライさんと全く一緒なんですもの、おかしくて……!」


 リンデさんは、すっかり緊張を解いて笑い出した。

 そういえば、僕もリンデさんを見た時は、全く同じ反応したなあ……。


「えーっと、とりあえず……村の人は死んでない、のよね?」

「はい、私がデーモンから責任を持って守りましたから!」

「……そ、そうっすか……ええと、あたしの代わりにありがとうございます……」

「どういたしまして!」


 姉貴はリンデさんの満面の笑みを見ながら明るい返事を聞いて、少し顎に手を当てて考えると広場までゆっくり歩いて……大声を叫んだ。


「アンタらーっ! さっきからそこらで見ているあんたらーっ! 最初から分かっていて見てたわねー!? 出てこーーーい!」


 姉貴の叫びに、頭を掻きながらリリーたちが出てくる。


「いやあ……有無を言わさない展開だったからね。でも、リンデちゃんはもう村人公認でさ、ミアにはどう説明しようかなーって思ってたの」


 村人みんなが和やかな雰囲気で、さすがの姉貴も気が抜けてしまったようだ。


「あのさ、あたしがさ、魔王討伐している勇者だってこと知ってる上でその反応なんだよね?」

「当然! かわいいからねリンデちゃん、いい子だし。あ、ちなみにそのリンデちゃんと顔から火が出るほどラブラブなのがミアの弟君だよ。みんなで一緒にリンデさんとお喋りしながらカレーやシチューでパーティやってたの!」

「な……なんなのよそれ……」




「あ……あたしが魔王討伐で一人で苦労してる時にあんたらは……」


「ほんとは……ずっとライも連れていきたかったのに……」


「あたしの……あたしの今までの孤独って……」


 姉貴は、膝を突いて両手の平を地面につけて、ガックリと四つん這いになった。

 ……うん、ごめん……さすがにこの状況、我が姉ながらかわいそすぎると思う……。


 -


「なるほど、姉貴はそのデーモンに煽られたと」

「そういうこと」


 少し気が落ち着いた姉貴が、改めて広場でみんなに話をする。

 姉貴の話はこうだ。


 ある日、魔王討伐を目的として魔族の相手をしていた時に、一体の人語を解する灰色のデーモンに言われたのだ。


『オレのダチが、お前の村にオーガをばらまいている』

『オーガロードとオーガキング、追加でゲイザーを放ったところでデーモン自らが全員の死を確認して今頃村はおしまい』


 と。

 それを聞いて、そのデーモンを頭に血を上らせながら倒して、次第に言っていることを理解した姉貴は血相を変えて村まで戻ってきたらしい。


「本当に心臓が止まるかと思ったわ。ライの実力は多少マシな程度に信用してるけど、ゲイザーに狙われるなんて想定してなかったもの」

「ぶっちゃけリンデさんが来る直前にオーガキングに襲われて死にかけたから、リンデさんが一分遅れていれば、僕は今頃死んでたよ」

「そう。……ええと、リンデさんというのね? 弟のこと助けてくれてありがとうございます、姉として不出来な弟ですが大切な唯一の肉親なので、感謝いたします」

「あーっそういうのいいですよ! もう、ほんと食べさせてもらって十分お礼になっているというかお礼以上な感じなのでっ!」


 リンデさんはあわてて姉貴の顔を上げさせた。……よかった、仲良くなってくれたようだ。


「さて、それじゃあたしはあなたの願いを聞かなくちゃいけないわね」

「お願い……あっはい、ぜひ」

「ん、実際ちょっと楽しみなのよね。それじゃ……」


 姉貴は僕の方を見て、そして


「ライ。明日、チーズ入りハンバーグ、お願い」


 母さんの料理の中で姉貴が一番好きだった料理をリクエストした。


 -


 本日はお開きということで、リンデさんを家に迎え入れた。


「はー、しかしまさか、魔族がこんなだとはねー」

「僕も信じられないぐらいだけと、話をしてみるとほんとに普通というか、無邪気というか、明るくてかわいらしい性格というか」

「か、かわいい……! えっへへへ……」

「あっ……その……」


 僕がぽろっと口を滑らせて、リンデさんは顔をにやけさせると、再び僕の後頭部に顔を隠すようにして鼻を埋め、においをすんすん嗅いできた。


「ほんっと、あきれるぐらいの仲の良さというか……お似合いというか……」

「あ、姉貴、よしてくれよ」

「もう村に相手もいないのに村を出れないわけだし、いいんじゃないの?」

「その……」

「はー……村公認っぽいの、気づいてないわねー。こういう、人の噂ってやつは本人二人だけが知らないって典型的な話よね……」


 姉貴はぼそっとつぶやくと、僕とリンデさんを残して部屋まで行って……


「なんじゃこりゃーーーーー!」


 絶叫した。




「あ、あたしの部屋が、ぶっこわされてる!」

「あああああ! ご、ごめんなさいっ! 私、その……」

「何したのよ!?」

「土下座した勢いで、床に頭突きをかましてしまいましたあああ!」

「……は?」


 ……姉貴の反応は、もっともだと思う。誰が土下座でここまで派手な穴をあけると予想できるのか。


「……土下座の経緯ぐらいは、話してもらうわよ」

「そ、それは……」


 その話は……つまり、あの朝の内容を喋るということで……それは、リンデさんにとっても、聞かれたくないわけで……


「姉貴でも、その話は」

「あ?」


 ごめんリンデさん、怖い。


「寝ていたリンデさんにベッドの中に引きずり込まれて、その謝罪に目覚めたリンデさんに土下座されました」

「なにそれ」

「言ったとおりの意味です……寝ぼけて抱きしめられました……」


 リンデさんが困ったように「な、なんで言ったんですかぁ~っ!」て涙目で僕を見たけど、ほんとごめんなさい。これは、長年のものでして……逆らえないんです……。

 姉貴は、ジト目で僕を見て、リンデさんを見て、ため息を付いて、


「……あたしの勇者としてのここ五年って何だったのかしら……」


 すっかり意気消沈してしまった姉貴は、呆れたように、それを言った。


「お前ら一緒に寝ろ」


 ……は?


「は!? 姉貴、自分が何を言ってるかわかってるのか!?」

「……はー。わかってるとか、そういうことを言うのもメンドーだから言うわ。あんた、リンデさんと寝るのイヤ? 嫌い? 臭い?」

「そ、そんなことない! リンデさんはいい匂いだし……っ! あ、ああっそうじゃなくて……!」

「……そういう反応だろうと思ってたわ……」


 しまった、かまかけられた……! リンデさんは、目線を下にしてもじもじしながら「あう……あう……」と恥ずかしそうにしていた。その姿を見て僕も顔が熱くなる。

 姉貴は、ジト目をさらに細くして、眉間の皺を深くしてリンデさんを睨んだ。

 ちょっとひるんでるリンデさんに向かって、姉貴はため息をついた。


「魔族のリンデさんとやら。あんたはライと一緒はイヤ?」

「ライさんが、嫌じゃないなら……」

「いやライじゃなくてあんたがどう思うかよ、髪のにおい嗅いでたのは嫌だからなの!?」

「嫌じゃないです! ライさんはいい匂いです!」

「そ」


 なんだか勢いでリンデさんもとんでもないことを伝えてしまったが、それを聞いた姉貴は腕を組んで、宣言した。


「あたしはライと寝るとか絶対無理だしおかしいし、あたしを負かせたそこの魔族と寝たらあたしは寝首をかくわ」

「ひうっ!」

「あたしはもう寝る、あんたらも寝ろ」


 そう宣言して、姉貴は……なんとベッドに入って即寝息を立て始めてしまった!


「……」

「……」


 ど……どうしよう……。


「あの……」

「……はい……」

「これで別に寝ると明日が怖いので……その……寝ます、か……」

「は、い……」


 お互い絞り出すように、その結論を出した。




 二人で、背中合わせに寝る。


「狭く、ないですか……?」

「いえ……私は……大丈夫です……」

「これ……嫌じゃ……ないですか……?」

「それも……私は……大丈夫です……むしろ……」

「……なん……ですか……?」

「……あ……なんでも、ないですっ……!」


「そう、ですか……」

「……そう……です……」


 ……。

 なんだかんだ、今日は色々あって……。

 疲れた……。


 眠い、な……。


 そういえば……

 むしろって……

 次に続く言葉……

 一つしか……


 眠い……

 考えが……


 ……、……。


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