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魔人族のことを話しました

 アウローラさんが恐る恐る僕に聞いてきたけど、僕はその質問をするアウローラさんを見て安心していた。

 見ず知らずの僕に対して心を開いてくれているアウローラさんを見て、僕自身がアウローラさんに隠し事はしたくないなと、情報の断片から分かるぐらいに情報を出していたのだ。


 質問している表情は、あくまで探るようにといった感じだ。

 責めるような雰囲気もない。何より僕に直接聞いたということは、他の人に密告のように相談を持ちかけるという選択もしなかったということでもある。

 それは僕を信用してくれている、心を開いてくれている証拠だろう。


 だから、僕も正直に話そうと決めた。


「はい、僕は魔人王国の人達と交流がありました」

「ほ、本当に……」


 予想していたとはいえ、やはりアウローラさんは幾分ショックを受けた様子だった。同時に僕に対して警戒心を高めている様子。


「アウローラさん」

「は、はい……」

「僕は、アウローラさんが僕に良くしてくれた分、アウローラさんなら言っても大丈夫だろうと判断してお話をしました。なので気になることがありましたら、アウローラさんが僕に質問をしてください」


 そう聞いてみたら、すぐ切り替えて僕に質問を重ねた。

 孤児院をやっているだけあって、しっかりしている側面もある。


「え、えっと……じゃあ、魔王ってどんな奴なんですか?」

「魔王様ですね」


 どんな『奴』と来たか……確かに普通に考えると、そういう言い方をする方が自然だろう。でもこんな優しそうな人にまでそう言われたら、マーレさんが聞いたら涙目になっちゃいそうだ。


「アマーリエさん……マーレさんと呼んでいましたが、交流がありましたよ。姉貴の友人でしたから」

「ま、マーレさん……? というか、友人……って」


 ふと、アウローラさんはそこで何かに思い当たったという顔をして目を見開く。

 同時に、この顔を引き出せるかどうかも計画の内だった。

 やはり、姉貴は————。




「もしかして、魔王の友人って、あの『裏切りの勇者』なのでは」




 ————まあ、そういう名前で呼ばれているだろうなーってことも、なんとなく予想はついていた。


「そんな呼ばれ方してるんですね、姉貴」

「じゃ、じゃあやっぱりライさんって」

「勇者ミアの弟です。言ったじゃないですか、姉貴に比べると普通だって」


 言った……よな? 普通だとは言ったはず。

 さすがに僕の素性は驚いたようだ。


「……あの、それではライさんも魔王に肩入れする感じなのですか?」

「そう、ですかね。といっても、いきなりそんなこと言われたら僕がどうしてマーレさんを支持するのか分からず動揺すると思います。でも今の話を聞いた限り、やっぱりマーレさんは悪人ではないですよ」


 僕の意見はやはり信じられないのだろう。アウローラさんは真剣な顔をして、僕に顔を寄せた。


「どういう、ことですか……?」

「まず、話を聞く限り魔人族は今まで一度も人間を怪我させていませんね」

「それは……多分そうみたい、ですが……」

「僕は魔人族の中でも魔王の護衛だった人達と交流がありましたが、ハッキリ言って魔王より強い人物、少なく見積もっても七人以上います。クラーラさんなら帆を破るよりも船を一度に全部沈める方が遥かに簡単でしょうね」


 魔王より強い存在がいる、というのはあまり知られていない。クラーラさんの情報はさすがに驚いているようだった。


「ま、さか……」

「でも、わざわざ風の魔法なんていう面倒な方法を取ってでも押し返している。それはマーレさんが、人間とは争いたくないし、怪我をさせたくないと思っている何よりの証拠だと思うんです。きっと魔人王国に近づくにつれ、海の魔物も減っているはずですよ」

「そんなはず……ああ、でも確かに、危険な魔物の話はそこまで聞かない……死者もいないし……」

「人間の死者が出たら、マーレさんは相当悲しんじゃうでしょうね。魔物を丁寧に掃除しなかった部下の方を処刑しちゃったりして」


 その解答も驚くしかないだろう、アウローラさんはぽかーんと口を開けて僕の話を聞いている。


 実はマーレさん、神官戦士が殺された時も小さく『ごめんなさい……』と呟いていた。

 あれだけ悪意を一方的に向けられてなお、あの人は他者への配慮を忘れたりはしないし、心から相手のことを想っている。

 戦争状態の敵国だろうと、きっと人間の死は悲しむだろう。


「だから、そんなマーレさんが人間を襲うはずがないし、部下にそんな命令を許すわけがない。恐らくこの戦争も、シレア帝国側が宣戦布告して、魔人王国側は降伏勧告….…いえ、和平交渉を呼びかけしているんじゃないですか? レノヴァ公国も、シレア帝国の味方ではないと思いますし」


 それはあくまで憶測だったけど、ほぼ確信に近い部分があった。

 マクシミリアン・レノヴァ公爵は魔人王国女王アマーリエを知った。その人柄を知った上で、攻撃しようとは想わないだろう。

 同時にレノヴァ公国の民も、キマイラ大量発生が僅かな人数の魔人族の部隊で完全に制圧されたことを知っている。

 ヴィクトル様がそれを広めていないとは思わない。


 僕の発言を受けて、アウローラさんも真剣な顔で頷いた。


「仰るとおりです……シレア帝国は孤軍ですね。此度の戦争、シレア帝国の軍部や帝王周りの人が皆して『聖戦だ!』と言っているのですが、どうにも一方的に攻撃しているようにしか感じられなくて……」


 やはり、そうだったか。


「戦争だからと食料を上乗せで税として要求をされている村もあります。ここは孤児院で食料も少ない事情から見逃してもらっていますが……親元にいても豊かじゃない子たちもいる。私たちは、日々を平穏に過ごせたら、それだけでいいのに……」


 アウローラさんは、窓の外のアプリコットの実を眺めながら呟いた。

 ……この人も、とても良い人だ。最初に見つけてくれたのがこの人でよかった。


「僕も、そう思います。姉貴もマーレさんも。みんなが平和であれば、それに越したことはないんですよ」

「はい……。それにしてもライさんは、よく私に話してくれましたね」

「アウローラさんが僕を信用してくれたように、僕もアウローラさんを信頼したいなと思いましたから」

「じゃあ、もしも私が、軍に密告をしたら……」

「さすがに我が身かわいさに逃げますね!」


 僕が笑いながら肩をすくめると、アウローラさんは最初ちょっと驚いた後、くすくすと口元を抑えて笑い出した。


「それにしても……勇者ミアの弟さんですか。本当に凄い方だったんですね」

「だから普通なんですって。姉貴はほんとデタラメに強くて、巨大な魔物も素手で倒したりするぐらい余裕でやっちゃうんですよ。僕から頭一つ小さいのに。あれを見せつけられると、本当に自分の凡人っぷりを痛感しますね。そもそも勇者の紋章なくても滅茶苦茶喧嘩強かったしなあ……」

「それで、いろいろなことに挑戦しているんですか?」

「そういう側面もあります。姉貴の役に立ちたいですし、料理も作ってあげたい。しばらく僕の料理も食べてないわけだし……リーザさんにレシピ教えておいてよかったな」


 きっと姉貴のことだ、あのハンバーグをたくさん食べたがるだろう。

 今はリーザさんがメニューとして『マリアのチーズハンバーグ』を出している、


「でも、却って思い出させちゃうかもなあ」


 特に、リンデさんが今どんな状態かも気になる。姉貴はあれでも気丈だし、多分僕のことを『まー死んじゃーいないっしょ、あたしの弟だし』ぐらいに思っているはず。

 だけどリンデさんは……あの感受性の豊かな子がどういうふうに思っているかは全く分からない。


「……早く、帰らないと」

「帰るって……ライさん、今は海路も陸路も緊張状態で、とてもではないですが検問を抜けることはできないですよ。……勇者ミアの影響と、レノヴァ公国が協力的でなかったことから、人間に対してもスパイ疑惑がかかっているのです。シレア帝国の入出国は非常に厳しい状態です」

「……そりゃ、そうですよね……」


 そりゃそうだよなと思った。勇者が人間ではなく魔族の方についたというのは、シレア帝国でも大きな影響がある。しかも、僕が勇者の弟と知られたら……。

 ……しかし、どうしたものか。


「いつまでもお世話になるわけにもいかないしなあ……」

「いえ、いいですよ?」

「え?」


 僕が驚きに声を上げると、むしろアウローラさんが「どうして?」と言いそうな勢いで首を傾げた。


「回復魔法を手伝ってもらったりしていますし、むしろ私のお手伝いをしたりしてくださるのなら、行く宛がないのなら是非ここにいてほしいぐらいです」

「本当ですか?」

「もちろんです。子供達の相手も私一人だと大変ですし」


 そう言われると……あまり断るのも失礼だし、なんといってもアウローラさんなら信頼できるし。


「じゃあ……改めまして、よろしくお願いします、アウローラさん」

「はい! よろしくお願いしますね、ライさん!」


 アウローラさんは嬉しそうに手を差し出してきた。僕は、その細く……そして、指にタコができて幾分硬くなっている孤児院のシスターの手を握る。

 確かに、一人でここをやりくりするのは大変そうだ。

 彼女を手伝うという条件なら、いいかもしれない。


 そんなわけで、当面の拠点として、ここシレア帝国の孤児院に住むことになった。

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