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あまりにも衝撃的な話でした

 呆然としている僕に「おい、あんた大丈夫か」と声がかかり、あわてて意識を引き戻す。


「すみません、次の人をお願いします」


 まだまだ痛がっている人がいる、その人たちを放置しておくわけにはいかない。

 怪しまれないように回復魔法を使いながらも、頭の中はもうパニック状態だった。


 ————七月。


 僕は、リンデさんと出会った時まだまだ肌寒い時期だった。林檎パイを食べて……そう、まだ秋から冬にさしかかったところだったはずだ。

 だから肌寒かったし、温かいスープを出していた。


 だというのに、今のこの気温は何だ。

 完全に、夏だ。僕が汗を出しているのも当然だ。今の服が全く合っていない。

 今の怪我人を回復したところで、あまりに場違いな白いコートを脱いだ。


 ……それに、シレア帝国って何だよ。滅茶苦茶遠いじゃないか。

 ビスマルク王国から東のレノヴァ公国に行き、更に東南へ向かった先でぐるっと南西に迂回する形で半島を進んで行った、その先の国。

 ビスマルク王国とは、海を挟んだ南側の国だった。


 本当にそんな場所に来ているのか……?

 しかしそうなると、いろいろなことの辻褄が合う。

 特に今、アウローラさんが僕のことを『珍しい名前』と評したのも、国が違うからなのだろう。

 先ほどの男性はビスマルク王国を詳しく知っていたようだけど、詳しくなければ他国の名前は少し変わった響きだ。


 いろいろ考えているうちに、目の前から人がいなくなる。

 ああ、そうか……もう全員治療を終えたんだ。


「これで全員ですか」

「おう! あんた滅茶苦茶いい腕だな……どうだ? ここで働いてみないか?」

「ちょっとロランドさん! 初対面で失礼でしょう!」

「うっ、だってよぉ……」


 ロランドさんという壮年の回復術士の方が僕を勧誘してきたところで、アウローラさんからの助けが入る。


「お気持ちは嬉しいですけど、僕にもやることがあるので」

「そうか……まあそんだけ優秀じゃ、こんな小さいところで収まる器じゃねーよな。……いや、なんにせよ助かった。お礼でもさせてくれ」


 ロランドさんは立ち上がると、倒れている人たちを見渡して大きな声で叫んだ。


「このイケてる兄ちゃんのおかげで早めに済んだぜ! どうやらビスマルク王国からのお客さんらしいし、今日は術士の皆の分まで俺が出す! 店は『トラットリア・グリフォン』だ! アウローラも来ていいぜ」

「うおっ、グリフォンでおごりっすか!」

「おっしゃあ今日は昼から飲むぞーっ!」


 にわかに活気づく院内。患者達も含めて、さっきまでの院内の陰気な空気が吹き飛ばされて和気藹々としている。

 治療を申し出てよかった、やっぱり誰かの役に立てることは大切だ。




 ————リンデさんにも、またお礼を言ってもらいたいな。




 僕がそう思った瞬間……何か、頭の中に声が聞こえてきた。

 何だこれ? 何と言っている?


 ……確…………封…………。……効、な……? ……もし……て……。


 聞こえている。何を言っているんだ。お前は誰だ?

 と思った瞬間……今度はぴたっと声が止まった。




「————さん、ライさん……!?」

「うおっ!」


 急に方を揺さぶられて我に返る。目の前には不安そうなアウローラさんがいた。


「どうしたのですか?」

「す、すみませんちょっと考えごとを……それより、えっと、グリフォンというのは」

「あっと、はい。この辺りだと特においしくて良い収入の人たち中心に利用されている高めの食事処ですよ」

「食事ですか! それは期待しちゃいますね!」


 僕は初めてのシレア帝国の料理を食べられる機会に喜びながら、なんとかごまかしたかなと冷や汗を流した。

 ……今のは、何だったんだ? 一体僕はどうなってしまっているんだ……?

 疑問は多いけど、考えても仕方ない。今は目の前のことから考えよう。


 -


 シレア帝国の気軽に食べられる食事処が、このトラットリアという場所。

 そしてその中でもグリフォンという名前のついたこの店は、確かに他のトラットリアと比べてとても綺麗な店だった。

 落ち着いた内装と広い店内、机と机の感覚も広めで、長く大きいテーブルにも彫刻が施されている。

 ちょうど、姉貴に連れて行ってもらったレノヴァ公国のレストランがこんな感じだった。


「それじゃ……メニューはとりあえず一通り頼んだから、適当に食べようぜ」

「やったな! おーい店員さん、赤のデカンタこっちに3つ」

「かしこまりました」


 手慣れた様子で注文していく。話の流れからすると、やはり回復魔法を使う彼らはそれなりにいい収入の層らしい。


 ワインと一緒に、料理が運ばれてきた。

 これは……これがピッツァか! そして器の中に、本で見たことがある程度の知識だったペンネやラビオリが沢山入っている器が並ぶ。


 皆はもう食べ始めている。僕も取り皿でいただこう。

 食べると……なるほど、これがシレア帝国のパスタ文化か。ビスマルク王国はパン文化だったけど、こちらの食事もおいしい。

 味付けもかなり凝っているというか……レノヴァと比べても遜色ない。レノヴァの方が上品で高級感があったけど、こっちは純粋においしいし、がっつり沢山食べられる。

 特に一体いつから食べていなかったのか全く分からない以上、僕のお腹は目の前の料理をどんどん消費していく。

 これ、後で立てなくなるやつだ。でも、今回ばかりは仕方ないかな?


「いやしかし、今日は驚いたぜ。まさかあんなに回復魔法が上手いなんてな……一体あんたは何モン……ああいや、言いたくないんだったらいいぜ」


 ロランドさんは気を遣ってくれているけど、かなり興味があるようだ。僕の隣に座ったアウローラさんも、興味深そうに僕を見ている。

 見た感じ悪い人じゃなさそうだし、ある程度伏せてなら話しても大丈夫だろう。


「そうですね。僕自身はそんなに大した魔法使いじゃないんですが、友人に強化魔法を使える人がいて、その魔法を使いました」

「強化魔法一つってレベルじゃなかったと思うが……」


 まあ、第二段階ダブルだったからね。でもそこは伏せる。

 今のところ、魔人王国だけの魔法技能のようだし。

 なので、本職の方を見せる。僕の指だ。


「もう一点はこちらです」

「これは……指輪、魔力増強の魔石の指輪か」

「そうです。僕はこういうものを作るのが専門なので、自分で自分の魔法を自分の宝飾品で強化していたんですよ。だから高級品と強い魔法、とかじゃなくて、普通の村人のできる範囲のことを組み合わせただけです」


 僕がそう言うと、にわかにざわつき始める。な、なんだろう、注目を集めてしまっている。


「……いや、あんた宝飾品の職人が強化魔法と回復魔法って聞いたことないぞ。ビスマルク王国ってライ君みたいなの沢山いるのか……?」

「いえ、全部出来るのは僕以外には知らないですけど……でもちょっとかじったぐらいで普通ですよ。強化魔法は友人の方が強いし、剣は自分で悲しくなるぐらい同棲してる子や姉の足元にも及ばないですし。だから元々は森で弓矢を使って魔物から村を護りつつ料理とか……最近は甘いものなんかも作りますね。そんなのが日常の大半です。普通ですよ」

「…………」


 ますます注目が集まる。向こうの男性なんかは目も口もあんぐり開いている。

 ……な……なんだろう……なんかおかしかったか……?

 遠距離万能型、広く浅くの僕は、今のところ普通の能力しか言ってないはず……。


「えっと……?」

「いや、なに、あんたがさらっと言った内容で驚いちまってな……弓術士アーチャー回復術士ヒーラーで、強化術士エンハンサーで……? 家では料理人シェフ菓子職人パティシエ彫金師マイスターの村人って……。……普通って一体どんな意味だったかな……」

「すごい方だったんですね、ライさん……」


 いえ、本物の天賦の才としか思えない姉貴と比べると、本当に同じ両親かと思うぐらいには人間の範囲という意味で凡人です。

 アウローラさんが顔を近づけて僕を穴が空くぐらい見ている……い、いやいや恥ずかしいですって……。


「こんな優秀なヤツだったら、戦の後詰めにもいいかもしれねえなあ」

「戦? 戦とは何ですか?」

「逃亡かと思いきやそんなことも知らないとは、ホントに長い間ぶらついてたんだなあんた……ライ君はビスマルク王国か。これは言ってもいいものか」


 ……なんだろう、何か言いづらいことがあるんだろうか。


「僕は気にしないから言ってください、何でもいいから情報が欲しいんです」

「そうか……分かった。じゃあ冷静に聞いてくれよ」


 ロランドさんは目を閉じて少し心を落ち着け、再び目を開くと僕を正面に見据えて宣言した。

 その衝撃は————あまりにも計り知れないものだった。


「ビスマルク王国は、今魔王と争っているか、占領下って話だ」


 まさか、悪鬼王国に……!?

 と連想した瞬間、更に次の言葉が僕の考えを吹き飛ばした。


「その魔人王国っていうやつが北の海に展開していてな、シレア帝国は魔王と戦してる」

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