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違和感の正体が分かりました

 体の調子はもう悪くないようで、ベッドから起き上がるとシスターの背中を追って部屋を出る。


 ……眠る前のことを思い出す。

 魔方陣。あれに乗って移動するのだろうということはすぐに分かった。

 それに僕が乗った、だから外に出られたということも。


 分からないのは、結局あの子が来なかったことだ。

 無茶なお願いに対して、とても協力的だったように思う。本来ならば命を奪うといった行為にも慣れていないんじゃないだろうか。それぐらい彼女は強かったし、同時にその表情はどこか思い詰めたものがあった。

 最後の扉の前で聞いた会話も、やはりあのデーモンが少女を知っていたことを意味する。何か、もう少し引っかかることがあるような気がするけど……。


 ……考えごとをしながら歩いていると、窓の外にはズッキーニが見えた。食べられるものが植わっているのは、ここの庭で育成して食料に宛てているということなのだろうか。

 僕はその庭からシスターの後ろ姿に目線を戻すと、曲がり角で窓の外が視界から外れた。


 ————何か、強烈な違和感を覚える。


 教会の廊下の先は礼拝できる場所がああり、そこには沢山の子供達がいた。

 やはり、ここは……。


「あ、兄ちゃん起きたな!」

「……うー」

「へえ、なかなかいい男じゃない?」


 子供達は、元気そうな子、引っ込み思案な子、ちょっとませてる女の子……他にも様々な子がいた。

 そして、ここにいるのは子供だけだ。

 だとすると……。


 僕はシスターの近くに行き、彼女の耳元で小声で尋ねる。


「孤児院、ですよね。庭もそのために……?」


 シスターは僕の答えを聞くと、こちらを向いて頷いた。


「ここにいる子は、今の戦の被害となった人の子はいないのですが……それでも、お腹いっぱい食べてもらいたいから」


 なるほど……志の高い方だ。若いのにしっかりしているな。


「アウローラねえちゃん、あの人気に入ったのかなー?」

「……?」

「ふふっ、そろそろアウローラ姉さんも独り身は寂しい時期かしら?」


 なんだかやいのやいの言いたい放題言われている。

 さすがにさっきのは聞き逃せなかったのか、シスターは「お、お客人に失礼よっ! めっ!」と可愛らしく怒っていた。

 僕と目を合わせると、恥ずかしそうに顔を伏せて謝った。


「も、申し訳ありません……元気がいいのはいいのですが、親がいない分ちょっとマセちゃった子ばかりで……」

「いえ……子供は元気が取り柄ですから……。あの、それで……」


 彼女が「はい」と返事をして僕の方を向く。やっぱ今のだと、不公平だよな。


「あなたの名前はアウローラさんというのですね。僕はライムントといいます、気軽にライとお呼びください」


 そこでようやく、あちらも自分が自己紹介をしていないことに気付いたようだ。


「す、すみませんお名前も聞かずに協力を仰ぐなんて! はい、私の名前はアウローラ、よろしくお願いします、ライさん」


 アウローラさんはニッコリ微笑むと、前を向いて歩き出した。

 歩きながら「珍しい名前だなー」なんて呟いているけど……ライムントってそんな珍しい名前かな……?

 外に出た瞬間、彼女の髪の毛が太陽の光を浴びて涼しげに輝く。

 僕の髪の毛、ちょっと暑苦しい色だからなあ。

 今の時期には、彼女の髪の毛が目の保養だ。




 ————何か、強烈な違和感を覚える。

     何かが、おかしい。




 行き先はやはり病院らしき場所で、その中には怪我をしている人が沢山いた。ひどい状況だ。

 何人か、じっくり回復魔法を使って治している。


「これは……!」

「はい、怪我している者たちの一時避難場所です。幸いまだ死者は出ていないですが……」

「こんなに場所を取るほどになっているなんて……他の回復魔法を使える人は? もっといるのでは?」

「この街にはあと数名いらっしゃいますが、ちょうど休んでいる時間なのでしょう。ずっと出ずっぱりでしたから」


 この街全体で、あと数名……!?

 そんなに少ないのか!


「すみません!」


 アウローラさんが大きな声を上げる。他の治療をしていた男性もアウローラさんの方を向くと、同時にこちらとも目があった。

 そして皆が会話を始める。保護していた青年か、ようやく起きたのか、元気そうだ————。


「彼は回復魔法が使えます!」


 ————アウローラさんが叫ぶと、それまでの会話がぴたっと止んで、僕に皆の視線が集まる。

 とにかく考えることは後だ。皆を見ると、はっきりと頷いた。


「はい、僕の名前はライムント。ライと呼んで下さい。回復魔法を使えばいいんですね?」

「ライ殿というのですね。はい、急で申し訳ないですがよろしくお願いできないでしょうか」

「助けてもらったお礼です」


 そう宣言して、手近な人の側に行く。

 まずはアイテムボックスから指輪を出して嵌める。これは魔力強化のもの。


「もう少し準備するか。『マジカルプラス・ダブル』……っ……と」


 魔力強化をしても、魔法が強くなっただけで僕の体の中の魔力の総量は変わらない。今のはぐらっと来た。

 僕がふらつくのを見て、アウローラさんは心配そうに近づく。


「だ、大丈夫ですか!? まだお加減が」

「いえ、ちょっと強化魔法を準備に使っただけなので」

「————え?」

「時間が惜しいです、すぐに治療していきますね。『ヒール』」


 魔力強化をした回復魔法は、すぐに目の前の人の傷を治した。

 さすがにこの強化重ねがけはいいな。


 次から次へと回復させていく。

 口々に「なんだあの魔法すげえぞ」「何モンだあいつ」「アウローラちゃんいい拾いモンしたなぁ」と賞賛の声が聞こえてくる。

 な……慣れない! そんなに凄い魔法だろうか、確かに強化魔法はちょっと人類の一段上のものを使っているけど……!

 僕は人々の声に、顔が熱くなりながらも頭を下げてお礼の意を伝える。

 そんな態度も「あれだけできて謙虚とは……」なんて言われて、追い風にしかなっていなかった。


 一人、治ったと同時に元気よく話しかけてくる人がいた。


「兄ちゃんいい腕だな!」

「ありがとうございます、照れますね」

「いやー自信持って良いぜ! それにしてもその名前、ビスマルク王国か? 遠いところから来たなあ……やっぱ王国の魔法使いって腕いい奴多いわ」


 ……ん? 今、何て……?

 というか……。


「待って下さい、ここはどこなんですか?」

「知らなかったのか? シレア帝国のはずれの街だぜ。すっかり知ってるもんかと思ったが……」


 し、シレア帝国!? 遙か南、海を挟んでの半島じゃないか……!

 どうりで、僕のことを珍しい名前だと言うわけだ。かなり遠い国のはずだ。

 思った以上に違う国へと出てしまって、部屋の暑さもあって汗が落ちる。


 ……そして、同時に分かったことがある。

 さっき汗が落ちた時に気付いた。


 ————この、違和感の正体だ。


 ……なぜ僕はアウローラさんの涼しげな髪の毛の色を、今の時期の方がいいと思ったか。

 それは、今が暑いからだ。


 アプリコット?

 ズッキーニ?

 その旬って……。


「あと、今は何月ですか?」

「そりゃ今は七月だが……」


 その答えを聞いて唖然とした。

 有り得ないと思っていたけど、全ての状況が嘘ではないと僕に教えてくれている。


 信じられないけど……間違いない。

 僕が行方不明になってから、数ヶ月経っていた。

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