どうやら助けられたみたいです
……夢を、見ていた。
父さんと、母さんがいる。
何か口を動かしていたけど、声は聞き取れなかった。
僕の横には誰もいない。
ぼんやりとしている。
机の上には、料理。
姉貴は……ああ、姉貴は勇者なんだった。
両親がいて、僕がいて。
食べて、寝て。
一日が終わる。
場面が変わる。
姉貴が剣を持っている。
隣にリヒャルトがいる。
僕は弓を持っている。
姉貴がリヒャルトの脇をつつく。
リヒャルトは笑いながら姉貴の頭を撫でる。
姉貴はくすぐったそうに笑う。
それをぼんやり見ていると、腕を引っ張られる。
隣を見ると、リリーがいる。
リリーはとても嬉しそうだ。
————何か忘れている気がする。
場面が変わる。
広く円柱状に広がる空間。
上も、下も見渡せないような空間。
壁には一面の本が並んである。
その外周に隣接して、螺旋階段。
螺旋階段の中心に……なぜか時計塔がある。
階段を下りる。
階段を下りる。
階段を下りる。
視界が暗転。
……まだ、階段を下りている。
座り込む。
階段の壁にある本を開く。
読んだような、読んでないような……。
疲れが取れたのか、立ち上がる。
再び階段を下りる。
時計塔の鐘が低い音で五回ほど鳴っている。
その音を聞きながら、本に手を伸ばして————。
-
…………。
……………………。
瞼が、重い。
外の光が明るく眩しい。
……さっきまでの、夢は、何だっただろう。
なんだか、意味不明な夢だったけど……。
……夢……。
夢って、覚えていることがあるんだよな。
忘れることの方が多いんだけど、覚えている時はどんな夢だったかと思う。
あー……もう思い出せない。懐かしい感じの夢だった気がする。
長い間日常が続くだけ。そんな時間。
……その後、何か別の夢を見た気がする……。
思い出そうと……頭がちょっと痛いというか、重い……がんがんする……。
もうすっかり水の中に溶けた砂糖のように消えていって、透明なもやのようになってしまっている。
でも、覚えていることが一つだけある。
あの夢は、以前も見たことある。
大きな施設に……そう、あの不安になるような、広さと独特の暗さと。
それと…………………思い、出せない……。
そんなことよりも、ここはどこだろう。
まだ頭はぼんやりしているけど、起き上がらないと……。
————痛ッ……!
なんだ、体が滅茶苦茶痛い。またあの痛みが来るかと思うと、動くのを躊躇ってしまう。
怪我している? 今僕は一体どうなっているんだ……!?
「……【ヒール・ダブル】」
痛みに警戒しつつ、自分に回復魔法をかけた。
慌てて第二段階を使ったので、一気に体から魔力が抜けて再び気を失いかける。
ベッドに寝ている状態でよかった。
「……はぁっ……はぁっ……」
少し息切れを整えながらも、恐る恐る腕を動かす。
……よし、痛みなく動いた。
足を動かす。動く。
恐る恐る、体を起こす……。
「……まだ、少し痛いか……? じゃあ【ヒール】……」
念のためダブルはやめて、自分の体の様子を見つつ回復魔法を使う。
確認に再び体を動かす。痛くはない、もう大丈夫だろうか。
ここは……ベッドの上?
窓の外には……アプリコットのオレンジの実が見える。
以前ビスマルク王国城下街の、果物屋のおばちゃんが売っていたな。
……なんだろう、何か引っかかる。
僕が窓の外を見ながら違和感の正体を探っていると、部屋のドアが開く音が聞こえて意識を引っ張られる。
そちらに目を向けると、扉の向こうから優しげなシスターさんが現れる。
その少し疲れが見える顔がこちらを向き、僕と目が合うと……少しずつその顔が驚愕の表情を形作る。
「……あ、あの」
「————お目覚めになったのですねっ!?」
僕の声を遮って、シスターさんが僕の近くへとやってくる。
水色の髪と優しげな目元の青い眼をした、シスターに見下ろされている。
「……この状況からすると……もしかして、僕はあなたに助けてもらったのでしょうか?」
「は、はい! 全く起きる気配がなかったので、とりあえず横になっていただいただけなのですが……あの、お怪我は」
「助けていただいてありがとうございます。起き上がれないぐらい痛かったので、自分で回復魔法を使いました」
どうやらかなり危険なところを助けてもらったようだ。正直に話しても大丈夫だろう。
僕が自分のことを話すと、再びシスターの表情が変わった。
「回復術師なのですか!?」
「正確には違いますけど、使えますよ」
遠距離万能型って、職業名じゃないもんな……姉貴と僕と、その周りの皆ぐらいにしか分からない名前。
広く浅くという感じの、自分で言うのも何だけどいかにも僕らしい内容だ。
そんな解答を聞いて、シスターさんは顔をぐいっと近づけて、僕の両手を握ってきた。
「起きたばかりのところで初対面の貴方にこんなお願いをするのは申し訳ないのですが……お願いします、その回復魔術を使って私を助けてくださいませんか!」
その願いを、彼女に助けられた僕が断る理由はなかった。
まだまだ分からないことだらけだけど……とりあえず、目の前の問題から片付けていこう。




