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どうしてなのか、わかりませんでした

 どうしても不安な気持ちにならざるをえない、空の見えない赤黒い地下王国。僕は先ほどよりずっと、少女の背中を追い続けている。

 何度か、こちらを止めて消えた場面があった。あの度にこの子はデーモンを倒しに行っているのだろう。

 なんでもないようにやっているけど、一体何体のデーモンを倒したのだろう……本当に、凄いな。


 しばらく歩いているのだけれど、少しずつ天井が低くなっている気がする。

 さっきはもっと、遠くに天井が見えたような気がするけど、今ではそうでもない。どこまできているのか……遠くはなかなか暗くて見渡せない。

 もう少し歩こう。


 ……お互いずっと黙っている。

 こちらから話しかけることもできるし、彼女は応えてくれる。だけど……彼女自身が話せないのなら、彼女にとって大きな負担になるはずだ。

 僕とコミュニケーションを取ろうとしている間も、きっとこの子はデーモンへの警戒を緩めないだろう。

 ふと、姉貴の顔を思い出す。


『護るのって難しいしクソめんどくせーのよ』


 そうだ、確かに姉貴はそう言っていた。

 確か『一人で自分の身を守りながら勝つなんて簡単だけど、誰かを護りたいとなると能力なんていくらあっても足りない』とも言っていた。

 彼女にとって、間違いなく自分一人で逃げる方が簡単だ。僕の指輪を貰った時点で、僕と一緒に行動する理由がない。

 だけど、この子は僕を見捨てない。これだけの長時間、僕の守護をしてくれている。

 あの姉貴がめんどくさがるほどの任務を、全く放棄せずに遂行してくれている。

 ……本当に、いくらお礼を言っても言い足りないな。

 だけど、お礼を言ったところで今の彼女に負担になるだろう。だって再び僕を止めて、また目の前で消えたのだ。

 刺突剣についた黒い血、だんだん拭き飛ばしきれずに黒い量が増えている気がする。


 ちゃんと最後に伝えよう。

 そして、リンデさん達と同じように、僕の命に釣り合うかは分からないけど、おいしいものを食べてもらおう。

 ……今やリンデさんがいないと、自宅のキッチンさえないけどね。


 -


 歩いてきて……どうして天井が近づいてきていたか、ようやく分かった。


 壁だ。

 壁が、近づいてきている。


 恐らく球体をくりぬいたような地下王国は、中心部分が当然天井が高く、出口に行くに従って天井と出口の境目が急速に近づくような形をしているのではないだろうか。

 だとすると……この壁の向こうは!


 少女がもう一度振り向いて僕を止める。そして何度目になったか分からない死の風へと変貌してデーモンの血を流させると、再び僕の目の前に現れた。

 少女の向こうには、この悪鬼王国の街からの出口が見える。


「……ようやく、ですね。目が疲れてしまいました」


 僕が少し緊張を解いた顔で言うと、少女もくすりと笑って両肩をすくめた。

 それはこの少女も、僕と同じような感想だということが分かるほど、大きく距離を詰めた反応。


 きっと実際は僕たちが思っている以上に短い時間なんだろうけど。

 かなり長い時間、協力関係でいたように思う。


 まるで洞窟への入り口のように、壁の中に大きく開いた洞窟の出口があった。その坂道をまっすぐ進む。

 ……かなり急勾配だ。これ、どれぐらい続くんだろう……。


 ……坂道、坂道……。

 ……………………。


「……っふぅ、ふぅ……」


 息があがってきた、まるで山登りだ。

 僕は一体、いつまで歩けばいいんだろう……。

 レノヴァ公国では活躍できたけど、正直運動不足もいいところだ。まあ趣味が自宅でするものばかりだもんな。

 それでもこの距離は……かなり疲れた……坂道の角度を見誤ったか、ペースを間違えた。全力疾走した後みたいだ……。


「……うわっ!」


 僕が脚を躓きかけた時、目の前に白い少女の顔があって、僕を心配そうに見ていた。

 当然のように彼女は全く息が上がっていない。


「うう、すみません……疲れてしまいまして……情けないですね……」


 少女はあわてたように首を横に振る。……気遣いもできる子だなあ。

 そう微笑ましい気持ちになっているのもそこまでだった。


「————え? え、えっ!?」


 少女は、僕をまるで丸太でも担ぐように持つと、走り出した!

 は、速い! 速いけど怖い!

 リンデさんにお姫様抱っこされた手前今更すぎるけど、この背丈も小さく可愛らしい感じの子に豪快に担がれるのは、また恥ずかしい……!

 幸いなのは目撃者が誰もいないことだろうか……。


 そうして時間にして、恐らくそこまで長時間ではない……と思う。

 少しずつ減速した少女は、やがて歩くぐらいの速度になると僕を下ろした。


「あ、ありがとうございます……」


 少女は首を振って微笑むと、その先にある扉に手をかけると、少し僕に目配せをして中に入った。それはきっと、外で待機しているようにという合図。すっかり僕たちの中での見慣れた合図だった。


 ……扉の向こうは、どうなっているんだろう。

 彼女に少し悪い気がしたけど……僕は扉の近くまで来て聞き耳を立てた。


 中の、音が聞こえる。


 ————ゴトリ。

 ————な、なぜ……。

 ————ゴボボ……カヒューッ、カヒュー……ゴプ。


 ……僕は、扉から耳を離した。

 聞かない方が、良かっただろうか。


 扉はまもなく開いて、そこには無表情な少女と、向こう側に細いロングソードを持ったデーモンの死体が二つあった。


 僕はその部屋の中心にある、何か不思議な模様の描かれた魔方陣に近づく。

 ここが地下の端のようで、部屋にはもう扉がない。

 移動してきた場所から察するに、恐らくこれが出口なのだろう。


 ……まだ息切れしている、ちょっと休む時間があったとはいえ、彼女に持って移動されてあまり時間が経ってないからなあ……。


 僕がその魔方陣をのぞきこむと……後ろから勢いよく押し出された!

 軽く浮き上がって、目の前の魔方陣に向かって落下していく。


「うわっ!」


 そして足が魔方陣に触れた瞬間、その魔方陣から体に魔力が通り、自分の両手が光るのを確認した。


「あ……え?」


 何が起こったか一瞬分からなかった。後ろを見ると、僕を突き飛ばしたであろう格好の少女と目が合う。


「な……んで……? どうして、こんなことを……」


 少女は、どこか泣きそうな顔をして微笑む。

 ……そんな表情をするぐらいなら……!


「一緒に、来ればいいじゃないか!」


 僕が渾身の思いで叫ぶと、少女は再び泣きそうな顔で俯く。

 そして口元が動いた。




 ありがとう。




 その理由も聞けないまま、僕は段々と意識が遠くなる。

 最後の気力を振り絞って叫ぶ————。


「待って、まだ、お礼を……!」


 ————そこまでが、地下での記憶だ。

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