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リンデさんのお披露目会です

 調理を全て終えた頃には晩になっていた。ここから緊張の、魔人族ジークリンデ……リンデさんのお披露目会だ。

 正直、今もまだ「魔族」というものを村に入れているということは、冷静に考えると無茶苦茶思い切った話だ。しかも、勇者を輩出する特殊な村で。

 果たして、受け入れられるのか。


「それじゃ僕が村の真ん中広場まで運ぶので、ちょっとリンデさんは待っていてくださいね」

「はーい!」


 さて、これらを運んでいく。さすがに重いけど、下手な台車を使うのも、収納魔法を使うのも危ない。それに、そこまで筋肉がないわけではないからね。


 ………………。


 …………。


 ……よし、運び終わった。一つの鍋から、結構な人数に取り分けられる。オーガの肉がまだまだあるから、かなりいけるはずだ。


 村の広場には、既に人がたくさん集まっていた。


「ライーっ! もーおなかぺこぺこー!」

「リリー、すまないな、ここまでみんな集めてくれるなんて」

「いーってことよ! 食べさせてもらっちゃうなんてね! ……あ、あとさ」

「何?」

「……リンデちゃん、酒、いけそう?」

「あ……多分、無効化しそうだけど……ちょっとこわいのでパスで……」

「だよねー。あれで酔ったらキレるとかだったらこの村おしまいだからねー」


 アハハと笑ってリリーが言ったけど、確かにちょっとそれは笑い事じゃないな。


「どちらかというと」

「ん?」

「リンデさんが……酔いが醒めた後にする顔を想像したくないかな……」

「……」

「……リリー?」

「もう、言うわ。ライ、あんたリンデ好きすぎない?」

「なっ……!」


 ま、待って、急にそんなこと……いや、いつ? もうってことは、大分前から?


「ちょっとカマかけてみて否定しないぐらい狼狽してるあたり、かなりマジねー」

「あっテメ!」

「ううん、そうじゃなくてもさ。村人の命よりリンデさんの顔の方が先に浮かぶってなかなかの熱愛っぷりでちょっと妬けるよ」

「う、それもそうか……」


 言われてみれば、確かにそれは当然のことだ……でも、浮かんでしまった。


「いやいやライ、別にあんたが村人の命ないがしろにしてるとか、そういう意味で言ったんじゃないって。ま、気にしないで」

「そっか……ん、わかった」

「じゃねー。あ、開始は早くしてね! あんまり遅いと先食べ始めちゃうから!」


 ヒョイっと向こうへ言ってしまうリリー。……そうだな、みんなを待たせるのも忍びない。早く始めてしまおう。





 僕は、後ろに控えているリンデさんに声をかけた。


「リンデさん」

「はーい」

「僕が呼んだら、出てきてください」

「わかりましたっ!」


 そして広場の、体半分程度の高さがある台へ行く。そういえばここ上るの初めてだな……。


「みんな、今日は僕の呼びかけにきてくれてありがとう」

「いいぞー!」「緊張すんなー」

「タダ飯だからな!」

「それな」


 男衆はみんなノリが良くて元気そうだし、いい雰囲気だ。これなら大丈夫そうかな?


「じゃあ挨拶とかもうめんどいよな! うん! ってわけで今日の目的かなり手短にまとめようと思うけど長くなったら皆ごめん!

 オーガ肉って今まで人型の魔物だから食べづらいとか禁忌って言われてたけど美味かったから、全部鍋にしていろんな味付けしてぱーっと作ったから全部食べてくれ!」

「ヒューヒュー!」


「で、だ。魔物って話の通じないやつらと、魔族って人間の話が通じるやつは違って……魔族の人、人の言葉が分かる人型の魔人族は基本的に人間への敵対意識が全くない。その魔人族の人が……このオーガロード合計47体! オーガキング3体! 僕らの村のために討伐してくれた!」

「マジかよ」「すげーな」


「この肉は、全部その魔族さんのおごり! そしてその魔族さんは、もう知ってる人も何人かいるけど、昨日からうちの村に来てオーガを倒してくれて、今日もやばいゲイザーとか倒して村を守ってくれているわけだ。だから、みんな好意的に、迎え入れて欲しい! 僕の家で、一緒に住んでいるし、責任を持って彼女を見ておく!」

「彼女!」「彼女さん!」「彼女さんだな!」


 な、なんだか変な雰囲気だけど、ええい勢いだ!


「それでは登場してもらおう、僕らの村の新しい住人で新しい護衛、魔人族のジークリンデ! リンデさん、お願いします!」


 そう大声で叫んで、僕は台の上を少し横に避ける。上から……ふわっと、リンデさんが降り立った。




「あ、あの! はじめまして! ジークリンデです! 略称はリンデといいますのでみなさんリンデとおよびください! 仲良くしていただけると嬉しいですっ!」




 …………どう、だ?


「リンデちゃーんよろしくー!」

 ……! リリーの声だ!


「おおっリンデさん、こんな見た目か、なるほどな」

「魔族って感じはするけど、なんか思ったより雰囲気ちげーな」

「見た目は魔族なのに、なんか普通の女の子っぽいんだけど」


「てか妙に色っぽくね」「それな」「わかる」


「うわーマジか大丈夫かライ、あれほんとに制御できんの?」

「あのリンデちゃん、完全にライの料理の虜だから大丈夫だよー」

「まあリリーがそう言うならいいけどよー」


「ていうかアンタら! ギルドにたむろしてないでリンデさんを見習って一人でオーガロード何体も討伐して村を守らんかい!」

「む、無理っすよ姉御!」「あんなん簡単に討伐できりゃ勇者パーティっすわ」

「それをもうやってんだよあのリンデさんは! アンタらみんなリンデさんいなかったら今頃オーガキングとタイマンだったんだからしっかり感謝しな!」

「ひえージークリンデ様ー!」「俺の分まで助かるっすー!」


 反応はまちまちだけど、リリーとエルマの姉御が会話をうまいこと回してくれてる。ありがたい、概ね好意的なようだ。


「じゃあもうお腹減ったんで食べ始めよう! 僕も減ったし、リンデさんも楽しみにしてるから!」



 ……そこからは、宴会だった。リンデさんは……なんというか、ホントに? ってレベルでみんなに話しかけられていた。

 魔人族ですよ? めっちゃ青肌で目は真っ黒で金に光って角生えてるんですよ?

 ……みんなすごいな。まあ僕自身、全然抵抗感ないから、これも……人徳? ってやつかな? うん、魔人族だから人徳。わかりやすいね、間違ってない。


「おいし〜〜〜いっ!」


 リンデさん、早速カレーに挑戦中。


「た、たまらないですライさんっ! こ、これもう! これもう大好き!」

「ナンっていう名前の柔らかいパンは用意できませんでしたが、朝に食べたパンもたくさんありますからどうぞどうぞ」

「わーい! やったあ!」


 リンデさんはニコニコとパンをカレーに浸して食べていく。相も変わらず硬いパンもものともしない食べっぷりで気持ちがいい。


「リンデちゃーん、こっちのトマトもいいわよー!」

「あ、はーいリリーさん!」


 リンデさんは、リリーに呼ばれてトマトとバジルのオーガ煮込みを食べに行った。


 いいな……と思っていると、エルマが近くに来た。今日の肉50体弱を一人で捌いた、まさに功労者だ。


「今回一番の功労者、お疲れ様」

「……いや、一番疲れたのはあんただろ、よくこんだけ作ったもんだ。しかもうまい。つーかマジでオーガこんなうまいとはな」

「作るの好きだからね。それに、リンデさんが受け入れてもらえるためには、やっぱりこうやっておいしいもので交流するのが一番だからさ」

「リンデさんにそこまで頑張っちまうんだから無意識もいいとこだよ…………しかし…………」

「ん?」


 エルマは、珍しく何か居心地が悪そうにしていた。こういう煮え切らない態度はもどかしい。いったいどうしたのか……

 ……もしかして……


「……リンデさん、どうでした?」

「…………ああ…………うん……。…………今まで生まれてきて、父親に言われたことと母親に言われたことと旦那に言われてきたことの合計量の3倍ぐらい昼だけで褒め倒された……」


 ……その光景、見てみたかったなー……。




「ふわーっ! なんですかこれおいしい〜っ!?」


 おや、あの場所は……


「おう行ってこい行ってこい、リンデの横にはメシ解説するお前が必要だ」

「ええ、行ってきますね」


 僕はエルマさんに手を軽く振ると、リンデさんのところまで行った。


「何をいただいて……あっ、ひょっとして白いやつということはクリームの方のシチュー?」

「しちゅう! おいしい! シチューすっごい! ふしぎとおいしくてまるくあまくてすごい! たまらない! カレーとどっちが好きか困っちゃう!」

「ふふ、シチューは優しい味で、今日は濃くない感じに作っているのでそのままでも飲めるようにしてます」

「あと、このぷるぷるしてるまるっこいのがおいしいです!」

「マッシュルーム、きのこですか?」


 リンデさんが、ぴたっと止まる。


「き、きのこ!? きのこって食べられるんですか!?」

「えっ? はい。というか、それがきのこで、みんな食べてます」

「なんと……陛下は、あれはほとんどが毒だから人間は食べないらしい、鮮やかなのだけ毒かと思ったら大人しい色のものも毒があるから無理に食べる必要はないと仰ってました!」


 陛下、大変なる慧眼です。でもマッシュルームは知らなかったようだね。


「ある意味とても正しい意見です、でもそのきのこのように食べられるものもあるんですよ」

「し、しらなかった……! こんなにおいしいなんてっ! すごいですね、どうして最初に食べようと思ったんでしょう!? 私みたいな魔人族じゃないと、すっごい危ないですよ!」

「あっ……」




 ……確かに。そうだなあ。この辺の感覚が、やっぱりリンデさんって面白い。リンデさんとの会話は、僕の料理生活の当たり前のメニューに新しい風を送ってくれる。

 いろんなきのこがあって、それらを最初に食べようと思った人がいる。そして栽培しようと思ったり、栽培に失敗したり。逆に、毒だと分かっているものは、最初に毒の被害に遭った人か動物がいるはずで。

 最初から食べられることを知っていた僕からすると、本当に、会話の全てが新鮮だ。




「さすがリンデさん、いいところに気がつきます。やっぱりリンデさんと話していると、とても楽しいですね」

「……えへへ……ここで褒められると、我慢できずにまたくっついちゃいますよ……?」

「そ、それはさすがに恥ずかしいので」

「……その……また、帰ったら、いい、ですか……?」

「えっ……!」

「……あ、やっぱり嫌でしたか……邪魔すぎましたよね……?」

「いえ……嫌なことは全くなかったので、その、問題ない、です」

「……よかった……約束ですよ……」


 ……なんともいえない雰囲気が漂う。


「ラ〜イ〜っ!」

「うわっリリー!」

「なによもー! あたしにすんごいオクテだったくせしてめっちゃすすんでんじゃ〜ん!」


 うっわ酒くっさ!


「飲み過ぎだろ!」

「だってー! オーガ肉うめーんだもん! もーあたしさーたべちゃってたべちゃってー! 網のほうとか男がエール持って大盛り上がりだよ! おらーっおまえらーっ! エールまだまだあんぞーっ! ただし有料だおらーっ!」

「もちろん飲むぜーっ!」「こんな肉あんの初めてなんだけど!」「明日も食べなくていいよう食べ溜めとこうぜ!」


 うわー、完全に出来あがってんなあいつら。


「それじゃーおふたりさん、なかよくいちゃいちゃがんばってねぇ〜! いろいろ! 期待してるよぉ〜!」

「お前もうあっちいっとけ!」

「あっははははは〜〜!」


 リリーは酒屋の娘だけあって酒大好きな反面、酔うとああなる。おかげで店をやっている間は全く飲めない。仕事の後の一杯、らしい。

 ちょっと恥ずかしそうに、居心地悪そうにしながらリンデさんが聞いてきた。


「あ、あの、リリーさんどうしたんですか?」

「あれは……お酒というもの、を、飲んだ人間が、おかしくなるひとつのパターンです」

「おさけ」

「飲み物なのですが……リンデさんには、ちょっと怖いかなと」

「飲ませてもらえない?」

「その……悪い方向に酔ってしまったら、結構怒ったり、殴ったりする人も出るんですが、リンデさんがもしそのタイプなら……」

「……それは……のみません……こわい……のむならひとりでこっそりのみます……」

「そうしていただけると……」


 リンデさんはお酒を諦めてくれたようだ。ひと安心……。


 -


 かなり鍋も空になったところで、リンデさんが突然空を見た。


「—————ライさん」

「はい……?」

「すみません、予想外です。早い」


 リンデさんが、剣を抜いて叫んだ。


「みなさん! 広場から離れてください!」


 急に雰囲気が変わった魔族の様子に、村の全員が離れる。さすがにこの手のことは、戦うことの多い村にいると慣れているのか、行動が素早い。僕もすでにリンデさんから離れていた。


 一体何が————




———空から、筋骨隆々の灰色の魔物……いや、違う。


 多分、そういうことなんだろう。


 デーモンが現れた。


「魔族のデーモン……人間に敵対する魔族、そして我々魔人族に敵対する種族……」

「ハ、この村はもう滅ぼされているかと思ってたのによ、まだまだこんなに人間が残ってるとはなあ」

「まだまだっていうか、私が来てから誰も死なせてはいない!」

「……ああん? なんだ、てめえ魔人か? 人間と組んでるのは珍しいじゃねえか。ま、野良なら気まぐれか。どこの弱い個体か知らんが、ついでに首も持って帰れば俺も上がれそうだぜ」

「悪鬼の連中風情が……」

「軟弱ものだねぇあいかわらず魔人王国はよぉ! 人系どもの人類悪結構! 略奪による拡大こそが王国の繁栄よ。まったく王もこんな連中になにビビってんだか」


 うろうろと歩くデーモン。そこで鍋の中身を見て、「人間のモンくってんのかよ……」と言い、あれは……オーガシチューか。ビーフシチューのオーガ版。赤く煮込んだやつだ。そういえばあれは……。


「っくっせ! これ草入ってんじゃねーか!」

「あっ———」


 デーモンは、一口食べるとオーガシチューの鍋を殴って、机の上からはじき飛ばした。残り少なかったそれはくるりと回転し、逆さまになって地面に残った中身を全て出した。


「あ……あ……」

「肉以外食う気はねえ。人間なんかは一番うまいもんだが、血が残っている方が」

「ああああアアアアアア!」


 リンデさんの叫び声が静かな村に響く。

 ……予感はしていた。


 きっと怒ると思っていた。


 だって、あれは。




 ()()()()()




「お前だけは許さない!」


 リンデさんが、本気で力を解放しようとしていた。


「時空塔強化!」


 その剣が、少し黒い光を纏う。ちょっと見ただけで、間違いなく強化したな、と分かるほど存在感のあるそれが、リンデさんの手の中で揺れる。


「はあ!? 野良かと思ったら女王の騎士団じゃねえか! こんな田舎にいるとか聞いてねえぞ!?」


 その時。

 そのデーモンは。隣の机のクリームシチューの鍋を、よろけた際に倒しそうになった……これが運の尽きだった。

 デーモンは、その腕と首を、一瞬で斬り飛ばされた。


「な———————」


 断末魔を上げる暇もなく、デーモンの刺客は、リンデさんの剣によって絶命した。




 村に静寂が戻る。みんなが固唾を呑んで見守る。

 ……大丈夫、か……? この姿、やはり、圧倒的に強い。他の人に、拒否反応が起こる可能性も……。


「……うっ……ううっ…………」


 ……リンデさん……?


「うっ……うえぇぇん……ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 リンデさんは。

 シチューの空の鍋を抱えて泣いていた。




—————その瞬間が、僕の記憶と繋がった。


 そうだ、あれは。


 あれは、僕だ。


 最後の、母さんの人参料理が腐って食べられなくなってしまったのを、どうしてあの時、と後悔していた僕だ。

 リンデさんは……僕の料理が守れなかったこと、すぐに動けば食べられたことを……食べ物を無駄にせずに済んだことを、心から泣いてくれていたのだ。




 僕は駆け寄って、リンデさんの頭を抱いた。


「村を救ってくれてありがとうございます」

「うっ……ぐすっ、私、ま、守るなんて言っておいて、こんな……」

「大丈夫。大丈夫です」

「……ひっく……」

「僕は、母さんとは違って、まだ死んでいません。リンデさんが守ってくれましたから」

「…………ぐすっ……」

「まだ生きていますから、またこれは、シチューは、作ることが出来るんです」

「…………」

「何度も、何度でも。リンデさんが守ってくれれば、今日出した鍋よりもっとたくさんの種類、作ってあげられます」

「……ライ、さん……」


 リンデさんの角を少し抱えるようにして、後頭部を優しく撫でる。


「だから、泣かないでください。泣かれると、その……僕も悲しくなっちゃいますから……」

「…………っ。…………はい……わたし……まだまだ、ですけど……がんばりますね……!」

「はい、僕の料理分にしてはきっと過剰なぐらい働いてくれているので、その分たくさん、また鍋はもちろん、今日のような甘いものも作ります」

「ライさん……はい、はい! 私、がんばります!」


 リンデさんは、涙を拭いてようやく笑顔を出してくれた。


 そこへ——————




「————デーモン! どこだ! 出てこい! …………ん? あ、あれ?」


 姉貴が帰ってきた。

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