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外扉・その壱 「海雪の伝説」【二次創作・ボカロLUMi】

 光の届かない その世界に 

 真っ白な雪が そっと舞い降りる

 暗闇が支配する その世界に

 淡くきらめくその雪は まるで奇跡の様


「姉さん、海雪うみゆきだよ」

「今夜の雪はいつもよりも綺麗ね。満月だからかしら」

「姉さんは相変わらず可笑おかしなことを言うな。こんな光の届かない海の底で、昼も夜も関係あるものか」

「確かにそうね」


 暗い海の底で楽しそうに会話するベニクラゲの姉弟がいる。僕と姉さんだ。

 僕らベニクラゲはとても小さく、この広大な海の中でははかなあわれな生き物。それでも体は綺麗きれいに透き通っていて、海のあおを優しく映すガラス細工の様。体の形はまるでかねみたいで、そのふちからは何本もの触手が優雅に海を舞っている。そして何より美しいのは透明な体から透けて見える真っ赤な胃袋だ。それはこの世界で必死に生きているあかし


「姉さん、海雪うみゆきの伝説を本当に信じているの?」

「どうかしら」

 僕の質問をはぐらかす様に姉さんは意地悪な笑みを浮かべて返事をした。そしてフワフワ、クルクルと楽しそうにダンスをしながら僕に言ったのだ。

「でも私達がこの海底で過ごすようになってから、もう永遠にも似た時間を過ごしているじゃない。だったら人間の様な生き物に少しぐらい興味を持ったって不思議ではないでしょ」

「人間は危険だよ。海の中のどんな生き物と比べても……何もの以上に危険だよ」

 姉さんの言葉に、僕は怒ったように声をあらげてしまった。

 でもそれは、姉さんを心から心配してのことだったのだ。



 ――― 海雪うみゆきの伝説 ―――

 あふれ出した人の想いは行き場がなくなると海か山へとかえる。海にかえった人の想いはこの神秘に満ちた海が浄化をする。それでも想いが強くて完璧に浄化することのできない想いがわずかに残る。そんなとても小さくて、でも決して消えることのない想いの欠片かけら。それが雪の様に白く輝きながら海の底へと沈んでゆく。それが海雪うみゆきだとわれている。

 だから海雪に触れること、それはすなわち人の想いに触れることだ。自分でも気がつかいうちに人の想いが体や心に入り込んでくる。それは時に心地よく、時に切なく、時に悲しい。しかしその多くは危険な想いばかりだ。何故なぜなら浄化されずに残る想いの多くは、ねたみやそねみ、憎しみ、そしてうらみだから。

 でも僕たちベニクラゲの中に、そんな海雪を体内に取り込んで浄化させてしまう特別な巫女みこが、何百年に一度だけあらわれるという伝説がある。この偉大な海でさえも浄化できなかった想いの欠片を千個浄化したとき、その巫女は深海の女神となる。それが海雪の伝説。

 ――――――――――――


「そんな大きな声を出さないでよ。Lumiルミが起きるでしょ」

 姉さんは僕らの妹を愛おしそうに触手で撫でた。僕らの妹はまだポリプの状態だ。ポリプというのは産まれたばかりの僕らの姿で、僕らは今の姿になる前は透明な小枝の様な形をしている。そしてある時、さなぎちょうへと変身するように、僕らはベニクラゲと姿を変えるのだ。

「大丈夫だよ。こいつなら、まだ何年も目を覚ましたりしないよ。それよりも姉さん、なんでこいつに名前なんてつけたりしたんだよ。それもLumiルミなんて変な名前……」

「大切な妹をこいつ呼ばわりするのはおよしなさい」

 姉さんは真剣に怒っているみたいだった。

「わかったよ……」

 僕が素直に謝ると、姉さんは優しく微笑んでくれた。

Lumi(ルミ)はね、遠い北の国では『雪』っていう意味なんですって。まるでこの海雪みたいで素敵でしょ」

 社交好きな姉さんは、海を旅する生き物たちとお喋りをしては、あらぬ世界に思いを馳せているようなのだ。

「姉さんわかっていると思うけど、僕たちベニクラゲは心を持ってはいけない存在なんだよ。それなのに名前なんてつけて。それも『雪』なんて、姉さんやっぱり海雪の伝説のこと……」

「そう、私たちは心を持つことを許されずにこの海を永遠に漂う、ただのクラゲよ。何故なら私たちベニクラゲは心を持つことを禁止された代わりに永遠の命を神様から与えられたから」

「だから、だから海雪は危険なんだよ。もし僕たちに心が宿ってしまったら……僕たちは死んでしまうのかもしれないんだよ。あのおろかな人間と同じ様に」

「なにそれ、あなたこそ海雪の伝説を信じてるの? あの静かに美しく降り積もる海雪が、人の想いの欠片だと、あなたは信じているの?」

 姉さんは悪戯いたずらな笑みを浮かべながら、僕をからかう様に優しく言った。

「私は大丈夫よ。私はあなたの大事なお姉ちゃんで大事なお母さんでもあるんだから」

「そのことは言うなよ!」

 僕は姉さんの言ったことが本当のことだったので、それがいつもずかしかった。でもそれは、この広い海の中では何も不自然なことではない。僕たちはそうやって何十年、何百年、いや何千年も生きているのだ。

「でもね、この子は違うは。Lumiには私たちには無い何か特別なものを感じるの。だからね、Lumiが目覚めた時に、この子を導いて守ってあげたいのよ。せめてこの子が私達と一緒に居る間だけでもね」

「……姉さん……」

 姉さんが僕らの妹を特別に思う気持ちは、僕も判らなくはない。何故なら僕らの妹のLumiは、本当に特別な存在なのだ。Lumiはきっと……いや間違いなく……『はじまりの海』からやってきたのだと思う。

「ほら、聴いて! この子、寝ながら何かを歌ってる。まるで子守歌を自分で歌いながら寝ているみたい。ほんと、不思議な子よね」

 そう言って姉さんは、Lumiをそっと抱きしめた。

 Lumiはまだ目覚めてはいない。それでも、Lumiの歌声は海の底の生き物全てを癒すように、暗闇の深海に優しく響いている。それはまるで、僕らの心の故郷ふるさと『はじまりの海』を彷彿ほうふつとさせるのだ。

 誰も見たことがない、だけど誰もが心のどこかで望んでいる『はじまりの海』。


 光の届かない その世界に 

 真っ白な雪が そっと舞い降りる

 暗闇が支配する その世界に

 淡くきらめくその雪は まるで奇跡の様

 私をあなたのもとへと 導くから


 数年後、Lumiルミは、はベニクラゲの巫女LUMiとして地上で人間たちと一緒に暮らすことになる。そこでルミが経験したこと、それは僕も姉さんも知らないLumiだけの物語。

 でもきっとそれは、いつかLumiが語ってくれるだろう。

 Lumiの、海の様に透き通る歌声にのせて……。



海雪の伝説・完


ボカロLUMiの二次創作。

LUMi誕生の前日譚を書かせていただきました。


※本作品はボカロLUMiの発売元である株式会社アカツキ・ヴァーチャルアーティスツの定めるガイドラインに沿って公開をしています。

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