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第六扉 「星屑の想い」

 ある村に仲の良い夫婦が住んでいました。


 男の髪は燃えるような優しい甘栗色で、性格は陽気で元気な働き者でした。一方、妻はまるで神様が造られた人形の様に美しく、エメラルドに輝く髪と深い碧色の瞳を持つ魅力的な女性でした。

 ところが、二人に子供ができると妻は病弱になり、そして子供が三歳になる頃にはベッドから起きられなくなり、五歳になる頃には食事を取ることもままならなくなってしまいました。そしてとうとう死の淵を彷徨うようになってしまったのです。


 そんなある日、妻が夫に告白をしました。


 実は自分は妖精族であり、妖精族の女は人間と交わり子供を作ると、その子供が六歳になる時、子孫を遺すか自分が死ぬかの選択を迫られるというのです。

 男は妻の言っていることが初めは理解できませんでした。しかし、妻の人間離れした美しさはまるで妖精のようであり、何よりも男が妻の話を信じせざるを得なかったのは、二人の子供には生まれつき特別な力が宿っていたからです。それは決して人間が得ることのできない能力でした。


 男は悩みました。来る日も来る日も悩み続けました。しかし、悩んでいても何も解決されません。そこで男は妖精属のおさに会いに行くことにしました。妖精族など何処に住んでいるのだろうと男は不安でしたが、そんな思いとは裏腹に、男が旅を初めて間もなくすると妖精族の国へと辿り着きました。でもそれは、男が妖精族の国を探し当てたのではなく、妖精族の国が男を招き入れたのです。

 その証拠に、男の目の前の現れたのは、妖精族のおさその人だったからです。それは女性なのか男性なのか、年齢もいったい幾つぐらいなのか、全く検討がつかない不思議な姿でした。しかしその神々しさは、まさに男が探し求めていたその人であると一目で判るものでした。

「私はこの世界を束ねる者です。お前はなぜ私に会うことをそんなに求めているのですか?」

「妖精族のおさ殿、どうか私の妻を救ってください」

「お前の妻のことならよく知っています。私の忠告を聞かずに人と交わった愚か者です」

おさ殿にとっては愚か者かもしれませんが、私にとっては愛する大切な妻です」

「……それで、私にどうしろと?」

「妻は子供を産んでから体を病んでしまい、もう死にそうなのです。どうか、おさ殿の力で妻を助けてやってください」

「お前は、あの者から何も話を聞いていないのですか?」

「話というのは『子孫を遺すか自分が死ぬか』というお話しでしょうか……」

「その通り。お前が妻を助けたいと思うなら話は簡単です。お前たち二人の子供を殺してしまえばいいだけのことです」

 男は妖精族のおさが意地悪を言っているとは少しも思いませんでしたが、それでもその話を理解することは全くできません。何故そんなことをすれば妻が助かるというのでしょう。

 そんな男の様子を見ておさはある場所に男を案内しました。


 そこは湖の畔で、水面には色とりどりの大きな大きな蓮の花のような蕾が浮かんでいました。

「私たち妖精族は、自分達自身で種の繁殖をしてはならないのです」

 そう言うと、おさは目の前の蕾を指さしました。

「これが私達、妖精族の誕生の瞬間ですよ」

 男は目の前の光景に目を疑いました。湖面がかすかに揺れ、花の蕾がふわりと開いたと思ったら、中から赤ん坊が現れたのです。そして、その赤ん坊は、まるで空気に優しく抱かれるように宙に浮いていたのです。その様子は男の子供が産まれた時と全く同じでした。男の子供も生まれた瞬間、目に見えない揺り篭に揺られるように宙に浮いていたのです。

 そんなことを思い出しながら、男は改めて自分の妻が、そして自分の子供が妖精族の血を受け継ぐものだと思い知ったのでした。

「この花は下界で人間が死ぬと咲くのです」

「それはつまり……人の命が尽きると、妖精が産まれるということでしょうか」

「その通りです。そして私達の命がこの世界で尽きると、また下界へと戻るのです」

「…………」

 男は何も言えなくなってしまいました。初めて知った世のことわりを前に、男は自分の想いを一瞬見失ってしまったのです。男はしばらくうつむき黙っていましたが、それでも意を決したように言葉を絞り出しました。


「判りました。では、私の命を差し出します。私の命を代償に妻の命をどうか救ってください」

 男は自分の言っていることに筋が通っているのか、自分でもよく判っていませんでした。それでも、自分の命を代価に誰かの命を救えるのなら、それが愛する妻の命なら、自分は心から自らの命を差し出したいと、そう思ったのです。

「わかりました」

 おさの言葉は男にとって意外でした。自分の願いがそんな簡単に受け入れて貰えるとは思っていなかったからです。男は気をよくしたのか、もう一つお願いをしました。

「それでは、どうか私の魂を夜空の星の一つにしてくれませんか。私はいつまでも自分の家族を見守り続けたいのです」

 男は今度も妖精族のおさが二つ返事で自分の願いを叶えてくれると思ったので、おさが沈黙してしまったのを意外に感じました。妖精族のおさは随分と沈黙を続けた後に、ゆっくりと口を開きます。

「天には天のことわりがあるので、お前を天の星に加えることはできません。しかしお前の魂を、まるで星の様に夜空に灯し続けることはできます」

「それで構いません。どうかお願いします」

「いいですか、それはお前が考えているような……お前が想像するような幸せなことではありませんよ。それどころか辛く苦しい日々を何年も、何十年も何百年も過ごすことになるかもしれないのですよ。お前はその苦痛にあらがうことを許されずただそれを甘受かんじゅすることしかできない夜空の孤独な星になるのです」

「はい、構いません。私は妻を愛しているのですから、どんな苦痛や孤独にも耐えてみせます」

「わかりました。では一つだけ私と約束をしなさい。きっとお前のためになる約束ですから。そして、その約束は決してあの女、お前の妻だけには話してはいけませんよ……」

 男は妖精族のおさとある約束を交わし、そして妻のもとへと戻ってゆきました。


 男は家に戻ると、妻に妖精族のおさと交わした話を正直に話しました。もちろんおさと交わした秘密の約束は話しませんでしたが……。

 妻は男の話を聞くと、おさと交わした話など反故ほごにするようにと何度も夫に頼みました。そして夫の代わりに自分が死ぬと言い続けるのです。鬼気迫る妻のそんな姿に男は怖くなってしまいました。そこで男は妻と幼い子供を強く抱きしめながら心の中で念じたのです。

『妖精族のおさ殿、私たち夫婦の愛は永遠です。ですから、今すぐ私の命をもって妻の身体を元通りにしてやってください。おさとの約束は必ず守りますから、どうか私を天の星に……』

 妻と子供は、自分を強く抱きしめてくれる夫の、父親の腕の中で、その姿が突然消えてしまうのを感じました。そして妻は自分の体にかつての生命力が甦ってくるのを感じながら、とても、とても、深い悲しみに突き落とされたのです。

 幼い子供も同じように深く悲しみましたが、それでも父親と母親を心から信じていましたので、父親が姿を消してしまっても、心のどこかではその悲しみから救われたような想いを感じていました。そうです、男は子供にも全てを話していたのです。妻には話さなかった妖精族のおさと交わした秘密の約束も含め全てを……。


 その晩から、夜空には虹色に光る星が毎晩現れる様になりました。


 その星の輝きはとても高貴で誰れもがその星に魅了されました。そして不思議なことに、天の星が季節ごとにその様を変えるのに、その虹色の星だけはいつまでも、いつでも、夜空に凛と輝いていたのです。


 そして、その輝きに祝福されるように残された子供は美しい娘へと成長してゆきました。


 そんな月日が幾年も経ったある晩のこと、満天の星空を二人の姉妹が見上げていました。

「あっ、お姉ちゃん、あれお母さんの星だね」

 そう言ってエメラルドに輝く星を指さす幼い妹に、年の離れた娘が優しく答えました。

「うん、そうだね」

「ねぇ……お姉ちゃん、皆が言ってた虹色に輝く星なんて本当にあったの?」

「ええ、本当にあったわよ」

 娘は妹の小さな手をギュッと握りしめました。

「ねえ、お父さんはまだ帰らないの?」

「人間の男はね、普通は死んだら土に還るのよ」

「……お父さん、死んじゃったの」

「あなたのお父さんは、遠い所へ行ったの。……会いたい?」

「うん、会いたい」

「……そうね、私も父さんに会いたい」

 娘は小さな声でそう囁くと夜空に散りばめられた宝石の様な星屑を掴む様にそっと手を伸ばし、その詮無い行為と想いに独り涙しました。その涙は誰にも知られることのない悲しい、悲しい涙でした。

 娘は幼い妹を優しく抱き寄せ言いました。

「なら連れて行ってあげる。さぁ、私達の世界に戻りましょう」

 娘は妹の腰に軽く手を当てると、妹を連れ立って星屑が天を満たす美しい夜空へと飛び立って行きました。血糊の付いた一本のナイフを大地に残して。


『いいですか、もしお前の妻がお前を愛さなくなってしまったら、その時はお前の魂は星屑となり夜空に散りゆくことになります。しかし、お前はお前の妻に愛されている限り、その魂は虹色に輝く星として夜空に永遠に在り続けることが出来るのです。それが私とお前の約束です。そして、これがお前にとっての救いとなるでしょう』


星屑の想い・完



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