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名刀と言えば斬〇剣

「よう、よくきたな」

 ディアボロが手を振った。

 鍛錬場は天井のないだだっ広い野外だった。多くの兵士が木剣を握り稽古をしていた。見覚えのある者もいれば、知らない顔もある。仲間の練習を見ていたものや隅に設えられたベンチに腰掛けていたものが一斉に大和を振り返る。

 長い髪を後でひとつに縛っているまだ若い男がディアボロに尋ねた。

「彼が異国の剣術使いですか?」

「おおよ、通訳の指輪つけているだろう。まだこっちの言葉はよくわからないらしい。ヤマト殿、こいつは俺の片腕のウィルだ」

「大和・神凪です」

「ウィルソンだ。家名はいえない」

「こいつ、貴族の出なんだが、次男なんで家をでなきゃならない立場なんだ」

 ポンポンとディアボロがウィルの肩を叩いた。

「変わった木剣ですね」

「木刀といいます」

 大和はこの世界に持ってきてしまった木刀を持ってきていた。こっちの兵士が使っている木剣はあきらかに切っ先のないこちらの世界の剣をモデルにしている。幅広のそれと比べれば木刀は細身で先がとがっている。

「形状からすると、そちらが使う剣は片刃ですか? 先が尖らせてあるのはいったい……?」

「変わった剣術を使うんだよ。ここで披露してもらおうじゃないか。おい、誰か相手してやれよ」

 ディアボロに応えてまだ若い従者が名乗り出た。

「隊長、自分が相手をします」

 ディアボロに尊敬のまなざしをおくるのは、まだ騎士の資格を持っていない若い見習いだ。同じ年頃の大和が憧れの隊長に親しく声をかけてもらっているのが悔しいらしい。

「そうか。ヤマト殿、いいか?」

「かまわないが。これは芯に鉄が入ってて真剣と同じ重さにしてあるんだが、いいか?」

「こっちも同じようなものを使うさ。いいか、気をつけろよ。ヤマト殿の剣は──」

「無用です。異国の剣術には負けません」

 突きについて注意しようとしたディアボロを遮って見習いが気勢を上げた。

「──そうか、お前がその気なら、好きにしろ。根性みせろよ」

「はい!」

 鍛錬場の一角が開けられ、大和と見習い騎士──アルバが向かい合った。

「ギルとレンを倒したという異国の剣ですか。アルバに言ってやらなくてよかったのですか?」

 ある程度は話を聞いているウィルはディアボロに囁いた。

「身をもって知ったほうがやつのためだろう。舐めてやがるからな」

 痛い目を見るのも経験だとディアボロが笑った。

 上司の愛の鞭も知らず、初めの合図とともにアルバが大きく木剣を振りかぶり──大和はそこを突いた。三段突き──大和の得意技だ。

 歓声とも悲鳴ともつかないどよめきがおきた。

 アルバが木剣を落とし、突かれた腹を押さえて悶絶している。

「大丈夫か? 強く突きすぎた」

「ひ、卑怯だぞ! あ、あんな攻撃!」

 アルバがなじった。

「卑怯もくそもあるか。異国では当然の攻撃なんだろうさ。異国の剣術だと知っていたはずだぞ」

 ディアボロがアルバを諌めた。

「アルバ、きさまこれが真剣なら死んでいたぞ。死んでから卑怯だのなんだの言えるか? 卑怯でもなんでもない。お前がヤマト殿より弱い。それだけだ」

 がっくりとアルバがうなだれる。

「なるほど、あの攻撃をするから先が尖っているのですな。あの足捌きは徒歩であることを前提に?」

 副隊長のウィルは大和の剣術に興味津々だ。

「そうです」

 道場で対峙することを前提に足捌きが作られた。剣の使い方よりそれが興味深いらしい。

「洗練されていますね。実戦ではどうなのですか?」

「どうでしょうかね? 実戦になったことがないもので」

「ギルとレンがやられた。その程度には強いさ」

 にいっとディアボロが笑う。ギルが喉を突かれた兵士でレンが腹を突かれた兵士らしい。アルバが顔を真っ赤にして食い下がった。

「不意をつかれたんでしょう! でなきゃ、やられるわけが──」

「真剣なら二人とも死んでいる。実戦に不意打ちもなにもあるか」

 剣を抜いたのなら反撃はあって当たり前。その攻撃が予測外だというのは本人の責任だとディアボロはいう。

「面白いな、その剣術。もっと教えてくれよ」

「かまわない。代わりにこちらの剣術も教えてくれ」

「おお、前向きだな」

 こうして一日のうち数時間は鍛錬場で修行することになった大和だった。


 召喚陣はすでにある程度の研究がされていて、やっていたところまでを再現するだけならすぐにできるのだが、材料がそろっていない。できるところまでやって注文した材料待ちだとナリスが言うので、大和は全面的にナリスを信用し、黙々とこちらの言葉や習慣を学んだ。そして一ヶ月が経とうとしていた。

 あちらの言葉とこちらの言葉のすり合せは進んでいるようで、翻訳された言葉が多くなった。ナリスはすでに日本語をある程度理解できる。

 大和はこちらの剣術を一から習っているが、これがなかなかしっくり来ない。やはり日本の剣術の癖が強く残っている。

 ある日のことだった。

 鍛錬場にナリスと顔を隠した椿がやってきた。大和は慌てて駆け寄った。指輪をはずして日本語で尋ねる。

「何しにきたんだ! ばれるとまずいだろうか」

「そのように心配しないでください。顔は隠してますし、すぐにおいとまします」

「……日本語上手になりましたね」

 顔を隠した椿が細長いものを差し出した。

「兄さんに持ってきたの。こっちの剣は扱い辛いでしょう?」

 大和は眉を寄せてそれを受け取った。包みを開けてみるとそれは──

「日本刀? いったいどこから」

「再現してもらったの。ただし鋼じゃないわよ。こっちにある金属で同じような製法で作ってもらったの。時間短縮のため魔法まで使ったのよ」

 拵えも完璧に再現されているようだった。

「どこからそんな金……」

「これも滞在費のうちです。武人は真剣を持つべきでしょう」

 ナリスが微笑みながら言う。その笑顔が黒い。どうやら必要経費はロジニア公の懐から出ているようである。

「妹君が心配なされていたのですよ。知らない剣術を一から習うのは大変ですし、普通の剣は使えないでしょう?」

「抜いてみて」

 わくわくと瞳を輝かせる椿とナリスに大和の心も少し動いた。

 ディアボロとウィルがよってきたので、大和は慌てて指輪をはめた。

「なんだ、そいつは?」

「ヤマト殿のお国の剣を再現したものです」

「ほほう、ぜひとも中身を見せていただきたいものですね」

 促されて大和は仕方なく刀を抜いてみた。鯉口までちゃんと再現されていた。刀身は色こそやや白っぽいが、反りといい切っ先といい波紋といい、見事に日本刀を再現していた。いい仕事をしている。

「これが……あの先は突きのためのものですね。なるほど、この剣ならあの剣術が生きる。美しい」

「細いな。刃はついているようだが、切れるのか? これ」

 首をかしげたディアボロにナリスがわが意を得たとばかりに畳み掛ける。

「それですよ。切れ味がわかりませんので、ヤマト殿にぜひ試していただきたいと思いまして」

「据えもの切りか?」

「すえ?」

「試し切りのことだ」


 巻き藁が用意され、興味を覚えた兵士たちが集まってきた。

 ディアボロとウィルを筆頭に皆が興味深げに見守る。

「あれがヤマト殿の真剣ですか?」

「そうだ、ヤマト殿が真剣を使っていたら──よかったな、木刀で」

 アルバが悔しそうに唇を噛む。

 大和は青眼に抜き身を構え──鋭く踏み込んで袈裟懸けにした。芯の丸太ごと奇麗に両断し──残心の構えでとまる。

 歓声が起きた。

「素晴らしい切れ味だ」

「見事」

「ヤマト殿?」

 見事に巻き藁を切り捨てたにも関わらず、大和が顔を引きつらせていた。

「なんだ、この刀──」

「不都合でもありましたか?」

「いや──そうではないが」

 首を振った大和の視界に、鍛錬場の隅に放置されているヒビの入った青銅の盾が入った。

 大和はそれに歩み寄り──

「これもらってもいいか?」

「あ? かまわないが──おいおい、金属を斬ろうってのか? 無理に──」

 大和が刀を一振りすると、角の一部が奇麗に斬り飛ばされた──鍛錬場は水を打ったように静まり返った。当然だ。盾が斬り飛ばされたということは防具の類が無意味だということだ。

「ざ──斬○剣──」

「あら? やっぱり兄さんもそう思った? 予想以上の切れ味ね~。なんでこうなったのかしら? 使用した金属のせい? それとも時間短縮に使った魔法が作用したのかしら」

 日本刀にも優れたものに兜割りの伝説があるが、これはそれどころではない切れ味だった。

「ザン○ケンというのが、この剣の名前ですか?」

 なにも知らないウィルがきく。

「あ~それはだめ。世の中には著作権というものがあるの」

「──ふ──」

「──ふ?」

「封印だ! こんなもの、造っていいものじゃない! その製法、封印しろ!」

 大和は取り乱して喚いた。危険物である。大量生産されれば世界が変わってしまう。

「えっと秘蔵すればいいのかしら?」

「これ一振りだろうな──なぜここで眼をそらす!」

「五本造って、一番できのよさそうなの持ってきたの」

「椿! この一ヶ月、なにをしていたっっ! というか、これだけか? こっちで造ったのはこれだけか!」

「えっとお、色々♡」

「椿ー!」

 後にこの五本の刀は和刀と名づけられた。

 日本刀と呼ぶのは大和が許さなかったのである。

 特に結局大和の物となった刀は後に『大和』の号で知られる一品となったのである。

 この世に最初に持ち込まれた異世界の技術であった。

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