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もう一人の巫女候補

 我らは忘れじ その加護を

 陽は天にあり我らをはぐくみ

 闇はその腕に我らを抱き癒す


 聞こえてきた歌声に大和は足をとめた。ナリスが声をかける。

「どうなさいました?」

「歌が……」

「ああ、これが陽月祭で捧げる詠ですよ。ロジニア公の姫君が練習なさっておられるのでしょう」

 賢者の塔に移動するため中庭を横断途中、建物の中から聞こえてきた歌声に一行は足をとめた。

 椿も立ち止まり指輪をはずした。大和も指輪をはずす。

 伸びやかな声が美しい歌を続ける。


 我らは忘れじ その加護を

 火は穢れを払い 風は不浄なるもの払う

 天は見守り 地は支える


「……兄さん、この歌……」

「……言うな。分かっている」

 二人は耳をすませて最後まで詠を聞いていた。

 大和は指輪をはめなおした。

「今のが詠か?」

「ねえ、今の詠って誰でも知っているの?」

「え? はい。詠自体は小さな子供でも知っています。なにせ、四年に一回は儀式で詠われますし、よく教会でも感謝を捧げるために詠われます」

 思いつめたような顔をして椿が聞いた。

「……リリー王女って、行方不明になってからどのくらい?」

「三ヶ月ほどですが」

「三ヶ月(そんなに短いの)……」

「…………我々の世界の言葉でリリーとは花をさす言葉なのだが、こちらではどんな意味がある?」

「偶然ですね。こちらでも花の名前ですよ」

 ナリスが植えられている花を指差した。

「あれです」

 五枚の花弁が釣鐘の形に開いている花だった。花弁の中央が仄かにピンクで外側が白い。地球でいうところの百合かカサブランカの中間ぐらい花だ。大輪の白百合──に見えなくもない。

「………………」

「……まさかね……」

「どうかしましたか?」

「なんでもないわ(お願い聞かないで。言いたくないわ)」

 妙な顔をして黙り込んだ双子にナリスは首をかしげた。シーリアが声をかける。

「あの、もうよろしいですか? 賢者の塔に向かいませんと。顔を隠しているとはいえ、このようなところでは誰に見られるかわかりません」

 椿は顔を見られないように貴族の娘がよくするようなベールをかぶっているのだが、確かに中庭でぼうっとしていたら誰に見咎められるかわかったものではない。

「よいとこで会いましたわ。宮廷魔術師さま」

「こ、これはランカ姫。ご機嫌麗しく。素晴らしい詠でございました」

 ナリスが慌てて頭を下げた。シーリアやディアボロもそれに習うので、ナリスの陰で椿も従った。なるべくベールを深くかぶり顔を見られないようにする。

 ランカと呼ばれたのは十代後半の少女だった。艶やかな黒髪を複雑な形に結い上げ、白いドレスをまとっている。黒目がちな眼は目じりが少し上がっていてきつい感じがする。つんとすましたシャム猫を連想させるたおやかな美少女だった。

「わたくしの機嫌がよいように見えるのなら、あなたの目は節穴ね。お父様が謹慎させられたと今聞いたところよ。なにがあったのかしら?」

 詠に謹慎。何かどこかで聞いたような話だ。椿と大和は目線をかわし、相手が自分と同じことを考えていると確信した。

(まさかまさかまさか)

「その話でしたか。陛下より祭に必ず間に合わせるよう、仰せつかった研究がございましたが、ロジニア公が横から手を出され台無しになりました。今からではとうてい間に合いませんので、ロジニア公には陛下から責任を取るよう申し渡されました」

「お父様がそんなことを?」

 似てない━━━━━っっ!!

 椿と大和は心の中で絶叫した。

 話の流れからいうと、このすました猫を連想させるいかにも毛並みのいい美少女は、あのぶくぶくに肥えたお世辞にも美形とはいえない脂ぎった中年男ロジニア公の娘らしい。

 母親似なのであろう。母親似なんだよね。母親似でよかったね。と心の中で繰り返す。

 本当に血が繋がっているのか怪しいくらいに似ていない。

「はい。とりあえず謹慎してもらっておりますが、いずれ賠償責任がありますので」

 ランカが悔しそうに唇を噛んだ。

「それは、仕方のないことね。でも、お父様は王族の血をひいているのよ。蔑ろにされてよい方ではないわ。わかっていて?」

「それは重々」

 ふとランカの眼が大和にとまった。

「あら? 変わった方ね……リリーさまに似ておられるわ」

「こちらはヤマト殿です。陛下の遠縁ですが、継承権を放棄した方の末でございます。遠い異国から留学に来られました。こちらの習慣や言葉に疎いもので、御容赦ください」

「わたしく、ランカ(個人名)・メル(尊称)・ロジニアですわ。大公家のものですの」

 ナリスが大和に囁いた。

「名乗ってください。家名があればそれも」

「神凪大和……いや、こちらふうに言えばヤマト・カンナギになるのかな? こちらの習慣や言葉はよくわからない」

「カンナギ? 変わった響きですわね。異国の言葉ですわ。ようこそロディシアへ」

 すっと手を差し出す。

「跪き手をとって口づけるのですよ」

 ナリスが大和に囁き──大和は赤面した。

 女の子の手をとってくちづける! なんだそれは! こっちの礼儀かっ! そんな気障なまねをしろと! 恥ずかしい! 恥ずかしい! 声にださず大和は悶絶した。

「ヤマト殿」

 ナリスに促され、大和は方膝をついて手をとり、触るか触らないかのくちづけを指の先におとす。

 ベールの陰で椿がにやにやしていた。

(んきゃ~、兄さん、素敵! お姫様と、王子まではいかなくても、騎士ぐらいはあるでしょ~! きゃー、きゃー、女の子の夢よね~)

 幸いランカは椿には気づかず、社交辞令の挨拶をして立ち去った。

「いやあ、いつも思うんだが、あの姫さん、母親似でよかったよなぁ」

 まるで存在を無視されていたディアボロがこぼした。思うことは誰も一緒らしい。

「まあ、ソアラさまと瓜二つですから」

 ころころとシーリアが笑う。侍女や護衛と言うものは気にしないのが礼儀なのだろうか。それで陰に隠れていた椿も見落としたのだろう。

「へえ、ロジニア公の奥さんってああいう顔なんだ。そんなに美人なのによくあのおじさんと結婚したわね(似合わな~い)」

「権力と財力」

 とディアボロが笑った。

「お若い頃はもう少し……(ええ、ほんの少しましでした。あんなにぶくぶく太るから)」

 フォローになってない。と思ったのは双子だけだろうか。

「声をかけられると面倒です。塔に急ぎましょう」

 一行は賢者の塔に向かって歩き出した。

「カンナギというのが家名なのですか。家名が名前の前に来る形式なのですね」

「そうよ」

「カンナギとは何か意味があるのですか?」

「カンは神を意味しているの。カミともいうわ。凪は風がやみ波が穏やかになること。無理矢理意味をつけるなら神を穏やかにするってことかしら」

「素晴らしい名前ですね。もしや、神に仕える家系とか? 水や風にも関係ありそうですが、そちらの魔力がおありとか?」

「どうかしら? あっちの世界には魔法とかないから」

 椿は少し考えた。名前のルーツなど考えたこともない。古流剣術を継承しているからには武士の子孫かも知れないが、四民平等の現在では意味がなかった。

「ではいずれ魔力と霊力の測定をしてみますか?」

「霊力と魔力ってどう違うの?」

「霊力は魂自体がもつ力です。それが変換したものが魔力になります。魔力は五元素のどれかを帯びますが、霊力はどれにも属さず、どれにでも変えられます」

「よくわかんない」

「いずれ教えてさし上げます」


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