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「衣装を持ってこさせろ。鬘も忘れるな。心得ておる侍女をよこさせろ。それに、子息の服もいるな」

 王はここで大和を見た。

「ヤマト殿は武人かな? その棒は見たことがない形だが」

 大和は少し考えてから口を開いた。

「──武人といえば言えるかもしれない。ある武術を受け継いできたが、現代──我々の世界のだな──では実戦に立ったことがない。こちらの世界の人間から見ればままごとに思えるだろう」

「戦場にたったことがないと? そういう家柄なのかな?」

「どう考えているのかは知らないが、我々が生まれる前、祖国は戦争に負けた。そのときあまりにも悲惨な状況に永久に戦争をしないと誓ったんだ。戦争がなければ実戦もない」

「しかし、ひとつの国が戦争を放棄しようとしても、周りが戦争を仕掛けてくるだろう」

 そんなに長い時間は持たないのではないかと王が聞いた。

「少なくとも我が国は、六十年は戦争をしてないぞ」

 王が眼をむいた。

「…………どうやって?」

 どうやら戦争はよく起きるものらしい。

「交渉と経済よね。戦争を起こすような外交は下の下よ。戦争とか軍関係なんて金食い虫なんだもの。国が疲弊するばかりだわ。知りたければ機会があれば教えてあげる──でも今知りたいのはそんなことじゃないでしょう?」

 その場にいた全員が眼をむいて椿を見た。

「女ながらに鋭い観察眼よの」

「一般教養よ。わたし達のいた国では男も女も九年間教育を受ける義務があって、さらに高度な教育を三年とさらに高度に教育を受けたい希望者は受けられるの。で、兄さんが武人なら、なに?」

「ああ、剣をどうするかと……それは稽古のときに使う木剣であろう。我々が使っている剣とは形が違う。そなたが使う剣はないかも知れぬ」

「ないだろうな。あれはわが国独特のものだ」

 大和の使うのは真剣なら日本刀である。日本刀は日本独自の剣であり、異世界にあるはずがない。

「あれって合金なのよね。二種類の鉄を溶かして造る──」

「それは大変興味深いものですね」

 椿とナリスが日本刀について話し始めた。

「ではどうする? こちらの剣でよろしいか?」

「…………剣を持ち歩くのか」

 日本でそんなことをすれば警察に捕まる。こちらではそんなことはないだろうが、気後れしてしまう。

「こちらの流儀だ。武人ならばな」

「ならば従おう」

「ディアボロ」

「は、陛下」

 王に呼ばれて髭の男が返事をした。

「そなたに命じる。ツバキ嬢とヤマト殿の護衛につけ。ヤマト殿にはこちらの武人の流儀を教えるように」

「御意」

 王は二人に向き直った。

「ツバキ嬢、ヤマト殿、これなるはディアボロという。生まれは低いが、わが国屈指の(つわもの)だ。護衛兼案内役としてつけよう。よろしく頼むぞ」

「よしなに」

 にやっとディアボロが笑った。

「よろしくね」

「面倒をかける」


 さらっとした手触りは絹のようだった。長い裾のドレス。くるっと回れば裾が広がる。

「うわー、リアルお姫様」

 本物のお姫様の代わりをするから当然なのだが、別室に移って侍女に手伝われて水色のドレスを着せられ、付け毛を足して髪を結った姿はまさに物語のプリンセスだ。

 椿は鏡を覗き込んではしゃいだ。

「ツバキ様は本当にリリー様にそっくりでいらっしゃいますわね。お似合いですわ」

 シーリアという落ち着いた感じの美女が褒め称えた。シーリアはリリーつきの侍女だったという。

「ありがとう。でも、やっぱりわたしは庶民だからあんまり人前に出ないほうがいいわね。ボロがでたら困るでしょ?」

 見た目は同じでも所作や物言いが違うはずだ。とりあえずシーリアが上流階級の身ごなしや決まりなどを教育する手筈ではある。が、身近な人間には一発でばれるだろう。もっとも身近な人間の多くはリリーが行方不明になっていることを知っているので取り込み済みなのだが。

「ですから、祭まで教育の口実でナリス様の統括する賢者の塔に移られる予定ですわ」

「賢者の塔ってなに?」

「宮廷魔術師が住むところですわ。ですけど身の回りの世話をするものもまいりますので、御不自由はさせません」

 姫にふさわしいものを用意し部屋を整えるらしい。

「なんだか、ものすごくお金かかりそうね」

「御安心ください、姫には大きな財布がございます」

 にっとシーリアが笑った。椿と大和の滞在費は全てロジニア公が出すことになっている。ロジニア公に対してあまりいい感情を持っていない椿も笑った。

 扉が向こうから叩かれた。

「入ってもよろしいでしょうか?」

 切羽詰ったような声がした。

「まあ、ナリスさま? どうなさったのでしょう? 取り乱しているようですわ」

「開けてあげて」

 シーリアが扉を開けると、分厚い本を数冊抱えたナリスが突進するような勢いで入ってきた。シーリアが眼を丸くする。

「どうなさいました? ナリスさま?」

「ツバキ嬢! これ、これはなんですか!」

 ナリスが抱えていたのは二人とともにこちらにやってきた向こうの世界の百科事典だった。

「本よ」

「それはわかっています! わたしが言いたいのは、これはあちらの文字でしょうが、どうしてこんなに同じ文字が奇麗にまったく同じに書かれているのですか! それにこの絵! リアルにもほどがあります!」

「まあ、素晴らしく上手な絵ですわね」

 横から覗き込んだシーリアが驚いていた。

 なんでも二人とともにこの世界に運ばれたものを塔に移そうとして、この本の存在──異質さに気がついたのだという。ひらかれたページを見て椿は首をかしげた。

「──印刷と写真よ?」

「インサツ? 陰を写したもの?」

 今度はシーリアとナリスが首をかしげた。

「あ──こっちの世界ではないんだ。判子ってある?」

「あります」

「基本はあれと同じよ。あっちの世界ではもっと高度になっているけど、たとえば逆文字で文字を掘り出すでしょ、それにインクとか墨を塗って紙を押し付ければ文字の形にインクがつくでしょう。それを繰り返せば同じものが大量に作れるわ。写真は──」

 ここで椿はナリスに印刷と写真について基本の仕組みを説明した。

「素晴らしい! そんな技術がこの世に──ああ、いえ、異世界でしたか。とにかく、あるんですね! それなら本が大量に作れますね」

 どうやらこちらの世界では本といえば手書きらしい。原本を写し書きした写本が一般的なもののようだ。

「そうね、大量に作ってるわよ。写真もそうだけど、一般的なお楽しみだし」

「…………ツバキ嬢、あちらの世界の技術のお話、もう少し聞かせてもらえますか?」

 がしっとナリスが椿の手を握った。その眼が異様な熱を帯びている。それは探求者のそれだった。

「いいけど、わたしの説明よりわたしが持ってきた本の方に詳しく書いてあるわよ」

 ナリスが百科事典に熱い視線を注いだ。やがてこれは椿とナリスの手によって翻訳されるのである。

 こうしてこちらの世界に新たな技術が持ち込まれ──後にこちらの世界の技術と魔法と融合し新たな技術が生まれることに椿とナリスは気づいていなかった。


 大和のために用意された服は軍服に似たものだった。それに着替えた大和にディアボロは笑った。

「いやあ、そういう格好をすると人間だと思えるな」

「……なんだと思っていたんだ?」

「いやあ、妙な服着ていたからなぁ。あれは一般的な服装なのか?」

 片隅にたたまれている道着を顎でしゃくるディアボロに大和は少し考えた。

「……日本の民族衣装のひとつだ(あまりふだんから着る人はいない。たまたま練習着だった)」

「武術の鍛錬中だったのか? 変わった剣術だったな。少しうちの者に披露してくれないか?」

「かまわないが……」

 護衛の主とするべきは椿ではないかと大和は思うのだが、塔の内部は魔法で守られているという。

 大和は用意された剣を見た。

 幅広で両刃、切っ先のない剣。これは大和には扱えない。

「これの使い方を教えてくれ」

「おお、いいぜ」

 こうしてここにも変革を迎える技術があった。

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